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イベントは地域に何をもたらすのか?

新型コロナウイルスが5類に移行して初めての夏休みだった。各地で3年ぶりとか4年ぶりとかいうイベントが、今年の夏はたくさん催された。

そんな夏のある週末、朝から店の準備をして、今日は暑いし、忙しくなるな〜なんて思いながら、Instagramを眺めていた。

私が運営するstudio pelletは数社でシェアしている施設だが、そこではカフェも営業している。2017年10月に甲府市上石田にオープンしたが、この6年間毎日店を開け続けて、自ら毎日店先に立ち続けて、ようやく地域の店として認められ始めたと感じる。地域に当てにされている、という実感が出てきた。そして私たちも、地域の人々の仕事や余暇を少しでも支えている、という自負が出てきた。

そんな我がカフェでは、毎年夏になると、季節の県産果物からつくるジェラートが人気で、特に週末は家族連れやカップルで店がいっぱいになる。しかし、この日は昼を過ぎても、3時になっても誰も来ない。Instagramで甲府市内のカフェのページを眺めていると、「今日は本当に土曜日なの?」なんて悲痛な投稿が目に入ってくる。
こういう日は、何かある。
ググってみると大小あるある。駅北口のイベント、富士北麓の大きな音楽イベント、歴史あるお祭りなどなど。人口が全県でも80万と極端に少ないこの地域では、どこかで大きなイベントがある日は、地域の店は暇になる。都会では想像できないと思うが、地域の店は嘘みたいに存在感が薄くなる。この「地域の店」というのは、実店舗を構えて定休日以外は毎日オープンしている店のことだ。日常的に街を彩っている店のことだ。街の一角を、責任を持って日々担っている店のことだ。

ところで、イベントとは何を指すか。
フェスティバル、祭り、朝市、マルシェ、スポーツイベント、音楽イベント、映画上映イベント、地域活性化イベント、講演会などなど。その日またはその期間に特別に企画された催しもの、という意味だと思う。その反意語は、日常の仕事や日課ということだろう。
つまり、この山梨県という地域では、日常を担う地域の店が、その日限りのイベントの(多かれ少なかれ)犠牲になってしまう、ということだ。これは善悪の問題ではなく、構造的に避けられない事実だ。このことは、イベントを企画運営する者も、イベントへの出演者や出店者も、イベントに参加する地域住民も、または(イベントとは関係ない)地域の店を営業する者も、しっかりと自覚する必要があると、私は言いたい。

特に行政が主催だったり、行政の補助金が入っていたりする、いわゆる地域活性化イベントでは、明確な自覚が必要だ。もちろん、どんなイベントにも非日常の体験があり、参加者にとっては「ひと夏の思い出づくり」にはなる。しかし、その裏で地域の店を犠牲にしている面がある。こう言うと、必ず次の反論がくる。「イベントで中心街にたくさんの人が集まれば、その人たちが街に溢れて、地域の店にもお金を落としていく」と。しかし、そんな効果は一部の例外を除いてほぼない。イベント会場でお金を使い果たして(イベントを消費して)、みんな帰ってしまうのが現実だ。
地域活性化イベントが活性化したのは、中心街に一時的に出現したイベントそれ自体であり、地域ではない。

では、イベントにとって大切なことは何か?
やはり「日常の充実」を少しでも志向することではないか。それが、たとえ地域とは一見関係のないイベントであっても、何か日常の充実につなげる工夫は可能なはずだ。
2008年から続くイベント「ワインツーリズム」は、今では地域活性化イベントとして有名だ。しかし、そのイベントでさえ、実は企画段階ではワイン産地の地元、勝沼の住民から反対にあっていた。その理由は「ワインツーリズムという名前ってことは、ワイン屋のためのイベントずら? 彼らの商売になぜ俺たちが協力するんだ? 勝沼はワインだけの地域じゃねえ」というものだった。まだ30代半ばだった私が、地域というものの複雑さに初めて触れた瞬間だった。ワインを掲げれば地域が一丸になるなんて、甘い考えだった。このままだと地域イベントにならない。ワイン業界と酒好きのための酒飲みイベントになってしまう。
そして地元住民との議論の末に、行き着いた答えが「ワインというネームバリューを使って集客し、ワイン産地を体感してもらうという名目で、ぶどう、その他の産物、ぶどう畑のある風景、お店や食、人や文化、つまり勝沼の日常を表現しよう」というものだった。そして「ワインツーリズム」当日には、地元住民を広く巻き込んで道案内なんかをしてもらい、彼らがイベント参加者の喜ぶ表情を見ることで、地元の日常の魅力を再発見する、という効果にまで及んだ。一つのイベントが、日常の充実につながる好例だと思う。

明日からの日常を変えるイベント。これが合言葉、これが正しい。
その日またはその期間に集客する努力よりも、雨の日も風の日も毎日集客する努力の方が貴い。


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