見出し画像

平和の象徴である世界遺産


8月6日、広島・原爆の日。
日本にとって大切な日です。

広島にある原爆ドームは世界遺産として登録されています。


原爆ドームは負の遺産

世界遺産は基本的に文化遺産、自然遺産に分けられますが、原爆ドームは「負の遺産」として登録されています。

【負の遺産】

負の遺産とは、引き継ぐ側にとって重荷・足枷・負債・後ろめたさの原因となるもの、あるいは、戒めとして心に永く留め置くべきもの、などのことである。
二度と繰り返してはならないという戒めの意味を込めて世界遺産に登録された、戦争や殺戮といった人類的な過ちの痕跡・資料などについては、特に「負の遺産」という表現が用いられる場合が多い。

引用:webio辞書


他にも奴隷貿易の「ゴレ島」やナチス・ドイツの「アウシュヴィッツ強制収容所」が登録されています。

広島の原爆ドームが初めて「負の遺産」として登録されました。

実は、世界遺産条約には負の遺産の明確な定義はありません。負の遺産のほとんどが登録基準(vi)のみで登録されています。

(vi)
顕著な普遍的価値を有する出来事(行事)、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または実質的関連がある(この基準は他の基準とあわせて用いられることが望ましい)。
引用:日本ユネスコ協会連盟

そして、(vi)は、他の基準と合わせて登録が望ましいとされています。


原爆ドームの歴史

戦争については、誰もが学校で習うことだと思うので…
ここでは、世界遺産に登録となった経緯を説明しようと思います!^^

原爆ドームは原爆投下前までは「広島県産業奨励館」と呼ばれていました。

画像引用: 講談社 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66484?page=8

ネオバロック様式と呼ばれる華麗で重厚さが特徴で、チェコの建築家であるヤン・レッツェルが手掛けました。

日本の伝統的な建築とは全然違ったので、当時は珍しい建物だったんじゃないかと思います。
この写真を見る限り、かなり存在感がありますよね!

当時ヤン・レッツェルは母国チェコではなく日本で活動していて、ホテルや学校などの設計を手掛けていましたが、ほとんどが東京大空襲や関東大震災で焼失、倒壊しました。

現存しているのは聖心女子学院の正門と原爆ドームのみと言われています。
残ってはいるけど、原爆ドームはほぼ破壊されていますね…悲しい( ;  ; )

原爆投下後、「見るたびに原爆を思い出し、辛い」「保存に費用がかかる」などの理由から広島県産業奨励館は取り壊しの案が出ていました。

しかし、「原爆投下の事実を伝えるべきだ」という市民の声が高まり市議会は永久保存を決定しました。

その後、保存・補修工事が進められるなど広島市単体で保存管理が続いていましたが、当時の広島市長が世界遺産登録をすすめます。
しかし「文化財ではない」という理由で却下されてしまいます。

そんな〜( ;  ; )

そこで市民は「原爆ドームの世界遺産化をすすめる会」を発足。積極的な運動で文化財保護法が改正、その翌年の1996年に世界遺産に登録されました!

世界遺産に登録されてからは多くの観光客が訪れ、平和の象徴として日本を代表する遺産のひとつとなっています。


今後の課題

原爆ドームの近くに高層マンションの建設や再開発計画が問題となっています。
景観をどのように守るか。
これは世界的にも問題となっていて、先日記事にした「リヴァプール海商都市」は世界遺産ではなくなってしまいました。



原爆ドームはもともと「広島県産業奨励館」でしたが、当時の姿のまま残すことで「原爆ドーム」と呼ばれるようになりました。破壊された時の状態のまま保存は、倒壊にも繋がり非常に危険です。

当時の姿を残しつつ何十年、何百年と保存するのは今後の課題です。

実は昨年より保存工事を行なっていて、今年に工事がほとんど完了しました!


当時の姿を残しつつ工事…。
きっと、難しい工事なんだろうな…。

長崎にある軍艦島もかなり劣化や倒壊の危険があります。軍艦島はそれが「廃墟」のようで味があってとても人気な観光スポットではありますが、原爆ドームが倒壊となると「平和の象徴」がなくなってしまうことになります。


今後どのように保存され続けるのか、注目ですね!


私たちにできること

私が初めて原爆ドームに訪れたのは高校の修学旅行でした。

その時は教科書で思っているよりも小さい!という印象。
そして、想像以上に原爆ドーム周辺の空気感はとても重く、とても冷たかった。今でも思い出せるほど、身体が強張るような感覚で、戦争を知らない私でも「これは二度と繰り返してはいけないものだ」と感じました。

今、オリンピックが行われていますね。
式典は昨年に引き続きコロナ禍で小規模だったそうです。
私たちは、この8月6日にどれくらい関心があるのだろうか、と毎年考えさせられます。
戦争があった事実が薄れていかないように、二度と起こしてはならない過ちを後世に伝え続けなければなりません。

コロナ禍で世界中災難に見舞われ、会いたい人に会えない世の中ではありますが…
当たり前に美味しいご飯食べたり、好きな映画を見たり、明日のことを考えて眠って、また朝が来て…。
何気ない日常を、当たり前に過ごせることに感謝します。

私にとって8月6日は、何気ない日常が幸せだということを改めて気づかせてくれる日でもあります。
毎日平和を願うのは難しいけれど、こうして祈りを捧げ、平和について考えさせられる日があること。素敵なことだなと思います。

#これからも平和でありますように
黙祷。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?