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コールドスリープ

「・・・?」

体が・・・痛い。
痛いというよりも・・・動きが悪い?

金縛りにでもあったような、全身硬直感。

・・・ずいぶん、ぼんやりする。

俺は今・・・何をしている?
俺は・・・何を、して、いた?

「・・・っ。」

声が、うまく、出ない。

これは・・・夢?

手を、動かして、みる。

ずいぶん・・・重い。

目は・・・見えて、いる?
目は・・・開いているのか?

目の前が、やけにぼんやりとしていて・・・かすんで、いる?

目が、覚めているような、夢の、中のような。

俺は、一体、どうしてしまったんだ。


俺がおかしな状況に気が付いて、ずいぶん、経っただろうか。

ぼんやりしているうちに、少しづつ、頭がはっきりとしてきた。

俺は・・・目が、覚めたのだ。

おそらく、今は、ずいぶん・・・時を越えたころの、はず。

人類の、計画は・・・失敗に、終わったのだ。

・・・俺の、生きた、時代。

おそらく、はるか昔の、過ぎ去った、時代に、なっていることだろう。

今は、昔。

一大ブームが、起きたのだ。

コールドスリープ。

体を氷付けにして時を止める、夢のような技術。

いつまで経っても不老不死を実現しない、不甲斐ない科学技術の足踏み状態を嘲るがのごとく、コールドスリープは人気を博した。

治療法の見つからない難病患者。
いつまでたっても痩せる事ができない肥満体のもの。
現代で贅沢の限りを尽くし時を越えて散財を願うもの。
死を恐れる年長者。
老化を恐れる美しい女性。

実に気軽に、コールドスリープ希望者はあふれたのだ。

いつか、科学が躍進する日が来ることを、みんな信じていたのだ。

科学が衰退することなど、誰も考えていなかったのだ。

化学が、医療が、技術が、人の願うものをいつかもたらしてくれるはず、それまで眠って待てばいい。

俺は、コールドスリープの開発チームにいた。

凍結と、解凍が、きちんとなされるのか。
如何に細胞の損傷を防ぎ、完璧に解凍をするのか。
全身くまなく、きっちりと凍結させるには。

動物実験では何も問題は起きず、成功を収めた。

人による実験が行われ、無事成功を収めた。

だが、それは、一年という、短い期間の凍結であり、解凍の際はスタッフが10人がかりで見守っていた。

・・・コールドスリープ技術は、いずれ躍進するはずだ、その認識があったからこそ、無事成功したのだ。

無事成功の影には、いくつかの不具合があった。

たとえば、解凍時間の計算ミス。
たとえば、解凍箇所の欠落発生。
たとえば、解凍後の覚醒時の混濁。
たとえば、いつまでも鼓動を開始しない臓器への電気刺激投与。

だが、人を冷凍し、解凍に成功したという偉業ばかりが注目され、すべてがうやむやになってしまった。

俺は、開発チームのアシスタントだった。

研究チームのトップは、コールドスリープの有用性について研究を進めねばならない。
開発チームのトップは、システムの保持について研究を進めねばならない。
医療チームのトップは、病気治療の研究を進めねばならない。

頭のいい人材は、コールドスリープに入るわけには行かなかった。

俺は、開発チームのアシスタントではあったが、派遣社員だった。

来る日も来る日も、コールドスリープの内部のウレタンを噴霧していた。
来る日も来る日も、時給1500円で働いていた。

「君、コールドスリープに入る気はないかね。」

あるとき、研究チームの代表から打診された。

独身で、一人暮らし。親しい知人もなく、毎日会社とアパートを行き来するだけの日々を愚痴っていたのが、トップに届いたらしい。

「私は何も知識がないし、機材の使い方も分からないし、入る意味がありません。」

俺は別に長生きもしたくないし、時を越えることに魅力を感じていなかった。

「知識はとんだ先の未来にあるはずだ。遠い未来に、君の伴侶が待っているかもしれないよ。」

丸め込まれているとは思ったが、俺は反論するような矜持も持ち合わせていなかったのだ。

「君が目覚めたとき、周りに人があふれていたら、人類は躍進したということだ。いなければ…衰退したと、思ってくれていい。」

医学、科学、そういったものが躍進すれば、コールドスリープの機械に眠る肉体は随時解凍され、最新の技術で治療を施される手はずになっている。

だが、万が一衰退するようなことがあれば、コールドスリープの機械はやがて老朽化し、凍結の継続が困難になる。
老朽化すれば、-196℃を保つことができなくなり、やがて温度は上昇を始め、均一に解凍されない冷凍人間は鼓動を復活させることなく腐敗する。

開発チームは、万が一の際には、自動解凍システムが作動すると発表していた。

人類がいなくなる未来を想定し、電力供給が止まってしまった際には、備蓄エネルギーを使って機内温度を調整し自然解凍に近い形で、コールドスリープ状態を解除するシステム。

自然解凍されて目が覚めたときはおそらく…解凍作業をできる人間が存在していないことを表している。


「あ、あー、あー・・・。」

ああ、やっと声が出るようになった。

・・・腕も、動かせる。

このコールドスリープのカプセルは・・・内側に・・・ボタンがあった、はず。

暗いので、良く分からない。

・・・俺の目は、見えていないのかも、知れない。

少しだけ動くようになった手を、少しづつ、動かす。

少し動かしては、少し休み。

やがて、手がボタンを捉えた。

押してみる・・・押せないな。

撫でることしか、できない。

体を、少しづつ動かして、力をためる。

ボタンを、押す。

・・・カチリ。

コールドスリープの、カバーが、上がる。

まぶしさを、感じる。

俺の目は、見えている、ようだ・・・。

「※△□☆○??」

なにやら、声がする。

・・・耳の中に、何か・・・突っ込まれた。

「やあ、気分は、どうだい?」

「あ、あ、あ…。」

まぶしさで、目がくらむ。

のどが、枯れていて、うまく声が出せない。

「そうか、自然解凍だと不具合が出るんだな。おい、記録だ。」
「はい、どうします、水分与えますか。」

俺は、自然解凍された・・・?

だが、この人たちは?

「じゃ、これ飲んでください、飲めます?体内の温度見ると、飲めるはずなんですけど。」

良く分からないが、俺の体は・・・モニタリング、されて、いる・・・?

飲み物らしきものを差し出されたが・・・手が、言うことを聞かず、持つことが、できない。

震える手を見た若い男が・・・口の中に、ストローのようなものを差し込んだ。

「すってみて?すえるかな?」

すってみようとするが、吸うことは・・・できなかった。

まだどことなくぼんやりする頭で、状況を把握するため、周りを・・・見渡す。

目の前に、二人。
遠くに、一人。

良く分からない機械が・・・宙に浮いている。

一台、二台、三台・・・。

「まだすえないかな、じゃあ、押し出すから、ゆっくり飲んでみて?」

口に無理やり差し込まれた、ストローの先から、押し出された・・・液体を飲み下す。

のどが、熱い。
胃袋が、熱い。

「あ、こ、ここ…は。」

声が、出た。

「ここは研究室だよ。ようこそ、新時代へ、われわれは・・・君を歓迎するよ?」

《《《成功です!!!!》》》
《《《初の自然解凍に、実況中継を見守る観客席が沸いています!》》》

・・・なんだろう、騒がしいアナウンスが・・・聞こえる。

「君はね、記念すべき1000体目のコールドスリープ被験者なんだ。」
「記念、すべき・・・?」

どういう、ことだ。

「私はね、1000年前の技術で時を渡ろうとした人間を復活させる様子を実況中継しているものだよ。」
「実況、中継・・・?」

1000年前?
ということは、ここは。

「今までにも、君の仲間…999体の冷凍人間を解凍して、その人生を全うさせてきたんだ。君も、人生を全うできるよ、安心していいからね。」

ああ・・・技術が飛躍的にアップして、病気治療ができたって事か。

「じゃあね、ゆっくり…介助ロボを付けるから、立ち上がってみようか。」

・・・空に浮いていた、丸い機械が目の前に降りて、四つに割れ、俺の両手、両足に、ついた。
小さいくせに・・・やけに俺の体をしっかり支えている。

俺は、節々がきしむ体を、一歩、前に進ませ、ふらつく体で・・・無機質な床の上に、たった。

《《《直立しましたー!今回は丈夫そうだ!長く楽しめそうです!!》》》

・・・長く、楽しめる?

ぼんやりする頭では、今の、この状況が・・・把握、できないな・・・。



俺は、研究室で生活をすることになった。

目覚めたその日、スタッフ付きの部屋をもらった。まだうまく動けない体を、介助ロボットとスタッフがフォローしてくれるらしい。

目覚めた次の日から、リハビリが始まった。

体の検査、損壊箇所のチェック、可動域の回復、思考能力の回復、その他もろもろ。やけに整った設備の中、俺は何一つ不自由のない生活を手に入れた。

不満があるとすれば、食事だけだ。

この時代、食事はほぼ飲み物となっている。

噛んでものを食べる習慣はなくなり、飲んでエネルギーを確保するようになったらしい。
物を噛む欲求は、噛むと消えてなくなるフレーバーフィルムを使って満たすらしい。

一枚もらって噛んでみたところ、相当なうまみが口の中に広がり、やがて20回ほどの咀嚼で口の中に何も残さず・・・消えた。

俺の目覚めた場所は、大学の研究室だった。

老化と命の終焉を研究するチームなのだと、教授は語った。万年資金不足で、今は動画配信と実況中継をしながら小銭を稼いで研究費を稼いでいるのだと教えてもらった。注目はされているが、如何せん研究費がかさむため、仕方無しに研究の様子を配信しているのだそうだ。

不老不死が当たり前になったこの時代、病気など存在していないし、古くなった肉体は破棄して自分の望む新しい体をいつでも得られるようになっているらしい。

死亡するものは、この時代にはいないらしい。
かつて老化をし死亡をしていた人類に対し、非常に好奇心をそそられる様になっているらしい。

「君の過ごした時代では、未来の技術で病気が治せるようになっていることや不老不死の技術が確立されていることを予測して、冷凍保存して、解凍して、治してもらって、命を永らえることを望んだんでしょう?」
「まあ、そういう人もいましたが・・・。」

教授が俺に向かって話をしているが・・・口の動きと、声が合っていない。おそらく、耳に突っ込まれている機械が、瞬時に翻訳しているのだろう。

時代を飛び越えてしまった俺には、理解できない事象があふれて、いる。

だが、いちいちそれにおどろいていては・・・身が、持たない。
・・・俺が、もともと、刹那的な思考の持ち主だから、かも知れないが。

俺はこの時代に・・・馴染んでいかなければ、ならない。

俺はこの時代に・・・目覚めてしまったのだから。

「無事に解凍された皆さん、希望をそれなりにかなえて満足して死んでいきましたよ。たまに残念な結果になったこともなきにしもあらずですけど、多分あなたも無事死ねますからね、安心して生きてくださいね。」
「はあ・・・。」

この時代の当たり前を、俺はまだ、理解して・・・いない。
とぼけた返事しかできないが、教授は特に・・・気にしていないようだ。


俺が目覚めてから、一週間ほど経った。

まだ少しぎこちないが、部屋の中を動き回ることができるようになった。
ぼんやりしていた頭も、ずいぶんすっきりとしてきた。

時折、部屋の中をぼんやり観察するようになった。
窓はなく、常に小さな機械がいくつか浮いている。
空調が効いているのか、暑くも寒くもない。

毎日、少しづつではあるが、教授と面談を重ねている。

自分の名前、生きてきた道筋、興味のあること、簡単な計算に言語の調査。この時代の日常の過ごし方、生活の基礎の伝授。
この面談で、俺は今の時代を学び、教授は過去の時代を学ぶのだ。

「あなたはどんな病気を持っているんですか?まだ若いですよね、いくつ?」

今日も・・・俺は教授と面談をしている。
色白なのは、この時代の人の特徴・・・?
ずいぶん綺麗な肌をしている、そんなことをぼんやりと思いながら。

「僕はたぶん健康です、コールドスリープの研究チームにいて・・・スタッフとして、優遇されて冷凍されたんです。27歳です。」

そういわれてみれば・・・健康な状態でコールドスリープに入った人は、珍しいかもしれないな。大体病気もちか、老人が多くて、働き盛りの若者はいなかったように思う。

「なんと!それは貴重な!!ではずいぶん長生きできますね、これは楽しみだぞ・・・!!おい!!緊急生配信だ!!」
「了解でーす!!」

面談中、時折、たまに・・・重大な意思の疎通の不具合?認識の相違?・・・違和感を感じる。

やはり、自分はこの時代の人間ではないのだと、しみじみ、思う。

1000年経ってもなお、誰かと対峙していてもなお、孤独を感じて・・・しまう。

他の解凍者は、孤独を感じなかったのだろうか。

・・・。
他の、解凍者・・・?

・・・そうだ、なにかおかしいと思った。

そういえば・・・俺はまだ、コールドスリープから目覚めた他の誰かを、見ていない。

「・・・999人、解凍したんですよね?私以外の人はどこにいるんですか。」
「え?いないよ、君だけ!」

忙しなく配信準備をしている教授の助手が、こちらを見ることなく答える。

「私だけですか?」
「今はね。一体目からしばらくはね、うまく解凍できなくて苦労したんだ。生焼けや解凍できてない箇所が発生しちゃってね、初めて心臓が動いたのは…おい、何体目だったっけ?」
「教授!!233体目のユミリアちゃんですよ!!!あんな可愛い子、忘れるなんてファンが暴動起こしますよ!!!」

・・・名前に聞き覚えがある。そうだ、全身に悪性腫瘍ができて治療法がない16歳の女性だったような、気がする。
じゃあ、彼女は無事治療を施されて生きることができたんだな。

「あれは気の毒だったね、細胞の入れ替えをして健康になったんだけど、食べ物が合わなくてね。あっという間に死んでしまった。」
「また弱っていく姿が儚くて…空前の大ブームになったんです。写真ありますよ、見ます?」

やけに目のぎらぎらした・・・クマのある女性の、写真?薄い、液晶シートだな、これは。

「あの子がいたから、現代の食事が1000年前の人間には適していないことが判明したんだ。有益なデータをくれたよ、感謝せねばね。」
「はい、準備完了です、流しますね。」

・・・ライトが少し明るくなった。
小さな機材がいくつか・・・宙に浮いている。

「君は健康な体を持っている、間違いないね?」
「はい、健康診断では、いつも優良をもらっていました。」

「運動は、するの?」
「できることなら、したいです。」

「食べ物の好き嫌いは?アレルギイは?」
「生もの・・・刺身があまり好きじゃないです、アレルギーはないです。」

《《《生もの!!魚を食べていた時代の証言、キター!!!》》》

「では、好きな食べ物は?」
「・・・白いご飯ですね、お米、野沢菜と一緒に食べたいです。」

《《《米!!!日本人だ!!本当に日本人は米を好んでいたんだー!!》》》

「炭水化物の毒性認識ってあったんだったっけ?」
「・・・毒?炭水化物抜きダイエットというのが、一時期流行って・・・。」

《《《歴史が変わる!!衰退の原因は1000年前から認知されてイター!!!》》》

・・・何をいっても、実況者が騒ぐのを、俺はぼんやりとスルーした。

「実況、お疲れだったね、いやあ、登録者数一気に一万人増えたよ、今月の収益はすごいぞ!!」

「これならもう一体解凍許可申請出せるかも!!」

生配信終了後のテンションが高くて・・・口を挟みにくいな。

「あの。何で解凍、一人づつしかできないんですか?」
「法律がね、うるさいんだよー。」

教授がタブレット?をつるつるやりながらこちらを見向きもせずに答える。

「貴重な命の終わりを持つ人間を、むやみやたらに消費するなってさ。」
「絶滅種ですもんねえ、仕方ないですよ。」

・・・絶滅?

「あの、私はあなた達と同じ人間なのでは?」

どう見ても、同じ人間にしか、見えない。

茶髪に、黒髪、たまに白髪の人もいるが、ここで見た人は皆、同じような背丈で、同じような動きをして・・・。

「構造がもはや違うんだよ、体内に蓄積されてる物質構造がまるで違う。細胞や臓器は似通ったところもあるけどね。」

構造が、違う?

「君の時代は、予防接種?そういうものがあったんだろう?ずいぶん乱暴な※※※だけど、それに似たシステムが存在していてね。」
「君の体は、予防接種には耐えられるけど、今の時代の※※※には耐えることができないんだよ。」

一部、分からない言葉が・・・ある。
俺の知らない言葉?技術?

「昔の人間は、強いようで貧弱というか。ああ、頭脳が貧弱?いや、君のことじゃないよ、研究者がね。」
「なんでゲノム解析に###使わなかったんでしょうね、着目点がぬるいんですよ・・・。」

・・・全然、理解できないな。

「私は、どうなるんですか。」
「普通に健康に生きて、穏やかに死ぬだけだけど。・・・何かやりたいこと、ある?」

やりたい、こと・・・。

「ゲームとか、ジム通いとか、テレビとか、カラオケ・・・?」
「…しまった!!今の、録画してる?!」
「してますしてます!!!」

良く分からないが・・・24時間、録画、されているらしい・・・?

「いいね、じゃあ準備しよう。調べるまでに時間がかかるけど、必ず用意するからね。」
「でも・・・1000年前のもの、なんて。」

俺の生きた時代の何かは、どれくらい残っているんだろう。
生配信というくらいだから・・・映像視聴の習慣はありそうだが・・・。

「時代博物館があるから、貸し出してくれると思うよ。多少出費がかさむけど、生配信したら倍になって返って来るから。」
「Webデータだけで済むなら、すぐにでも対応できそうですね。」

パソコンのデータは、1000年前から蓄積されているのだろうか。

「…どう?この映像、君の暮らしてた時代のものだよ。」

目の前に、画像が映し出された。

何だろう、空中に、何もないのに・・・シート状に映像が映し出されている。違和感がハンパない、この時代の常識が混乱を招いている。

「ああ・・・これは、情報番組?カラオケ特集・・・私の望むカラオケでは、ないですね。」
「え、違うの?じゃあ、どれなんだろう。」

画面には、カラオケ店を紹介する映像が流れている。当時の最新鋭の、プロジェクター使用カラオケ店・・・ミラーボールが回って、うまそうなフードが並んで。

・・・うまそうだ。

そういえば、ここの食事は・・・いつもどろどろの飲み物で、まったく美味くない。

まずくはない、だが、決して美味くはないのだ。

かつて俺が何の気なしに、ぽいと口に放り込んだ、揚げたての・・・ポテトフライ。・・・思わず、口の中に、つばが溜まる。

「・・・あの、この食事、食べたいです。」

俺が、山盛りポテトフライを指差すと。

「…ああ、ゴメンね、それは無理かな。この時代にはね、君の食べていたものは存在していないんだ。」

では、俺は、何を食べているというんだろう?

「今は、何を食べているんですか。」
「体の維持に必要な成分を工場で生成して…ほら、これだよ。」

やや緑色の、透明な液体。
俺の飲んでいるものとは・・・ずいぶん違うな。

「それは私の飲んでいるものと・・・違いますね。」
「君の体は…この時代の食べ物を受け入れることができないんだよ、純度の高い成分は、君の体に蓄積された有害物質まで増幅してしまうんだ。」
「嗜好品程度なら、楽しめるから安心してね。」

今の時代・・・米も肉も、野菜も存在していない?
だとすれば、俺は、何をエネルギーとして摂取している?

「あの、あなた達の食事ではなくて・・・私は、何を、食べているんでしょうか。」

映像を消し、助手が俺の目の前に立った。

「大丈夫だよ、君の時代にあったものをちゃんと用意しているからね、何も心配しなくて良いよ。」

何だろう、この、いいようのない、胸の・・・ざわつきは。

「具体的に・・・何を、食べているんですか?」
「おかしなものじゃないよ!君の時代を生きた、君がちゃんと消化吸収できるものがたっぷり備蓄されてるんだ。大丈夫、枯渇することもないよ!心配しないでいいからね?」

俺は、飢えることを心配しているんじゃ・・・ない。

「君はね、不老不死の人間社会の中で、ただ一人、老いて死ぬ人間なんだ。貴重なんだよ、ちゃんと最後まで面倒見るから、心配しないでね!」

俺が、貴重・・・?
そういえば、俺は、肝心なことを、聞いて、いない。

「あの、私は不老不死には、なれないんですか。」

多くの人が、願って・・・コールドスリープに入ったのだが。
俺のまわりには、一人も、不老不死になった過去の人間がいない。

俺で、1000人目。
俺が、記念すべき、自然解凍初成功者。

胸騒ぎが、ひどい。

「君は過去の人間だからね、不老不死になる要素が構築されていないんだ。だからきっちり死んでもらうね。」
「今までの解凍者も良く口にしていたよ、不老不死にしてくれってさ。君もあこがれるの?」

俺は、不老不死なんかあこがれちゃいない。むしろ、限りある命を持て余し、することがないからコールドスリープに、逃げたのだ。

「私は普通に生きて、普通に死にたいです。」
「ああ良かった!!6人目の爺さんみたいに不老不死にしろって暴れまくって高い機材ぶち壊されたらどうしようって思ったんだよ。君、穏やかでいいねえ…。」
「12人目のばあ…美女も厄介でしたよ、毎年皮膚の再生にこだわって、費用がかさむのなんのって。挙句アルコールに溺れて突然死んじゃって、7年しか記録できなくて大赤字でしたもんね!!」

アルコールはあるのか。・・・俺は下戸だから飲まないけど。

「ま、君には全世界が注目してるんだ、何一つ不自由にはさせないよ、ただ、食事だけは勘弁してもらいたいんだ、悪いね。」
「昔の画像があるから、それを見て我慢してね、ごめんね~!」

部屋の外から、別の助手がやってきた。

「今日の分です、お願いしマース。」

手渡されたのは、どろどろの液体の入った、赤茶色の飲み物。
毎日一回、俺が口にする食べ物だ。

「あの、これは何でできているんですか。」

俺が口にできるものが存在しない、この時代で、俺は何を食べて存在をしているのだろうか。・・・嗜好品だけで、エネルギーは補給できるのか?

あの、うまみの広がるフィルム、あれを凝縮したもの?

・・・それとも、別の、何か?

「ああ、廃棄物から精製してるんだ、大丈夫、悪いものはさっきも言ったけどね、入ってないよ、むしろ体の喜ぶものしか入ってないからね。」

廃棄物・・・?

「私の食事は、不用品からできているということですか・・・?」
「不用品だなんてとんでもない!!貴重な物資を存分に使って・・・贅沢な食事なんですよ?!」

俺の手にある、パウチの、ストロー付きの、この飲み物が、貴重。

俺は、ストローをくわえて、ひと吸い、しようと。

「1000年前の廃棄物だよ。貴重なんだけどね、君を生かすためには消費せざるを得ないのさ。気にしなくていいからね?」

ひと吸い、しよう、と。

「保存状態の悪いのもいてね、そういうのはすべて解凍者用の食料に回してるんだよ。」
「人間を構築するために、食物を取り込んで肉体を維持していたんだよね、昔って。」

俺の手の、パウチを、見つめる。

「めんどくさいことしてたんだよ、わざわざ人体にない物質を取り込んで、肉体の一部にするために臓器が働くとかさ。」
「だから内蔵が疲労して機能停止しちゃって命が終わっちゃってたんだよねえ…。」

・・・この、パウチの中身は。

「現代の食事が過去の人間に毒って分かったときはあせったよね!!飢え死にさせる前に毒殺になっちゃってさ、世論の批判ハンパなくて!!」
「まあでも、それで解凍不良の貴重な人体の有用な使い方が確立されたんだからいいだろ。」

・・・まさか!!!

「共食いさせてるんですか?!」

俺は、俺は、俺は、俺は・・・今日までに、何度、この液体を、飲み、こん、だ・・・?

「もうすでに命として終わってるただの物質だよ、共食いって人聞き悪いなあ、虫みたいじゃないか。」
「まあ、虫も今は存在してませんけどね!!!」

陽気に笑う、教授と、助手・・・。

俺は、パウチを投げ捨て!!!

「ちょ!!何てことするんです!!貴重品!!1パックいくらすると思ってんですか!!」
「…待て、興奮させたら駄目だ、おい!!鎮静剤!!」

暴れることもできない俺は、椅子に座って・・・ぼんやり壁を、見つめることに、なった。

目の、前には。

陽気にうたい踊る、人間の、姿。

「人間を取り込めば肉体の維持は可能なんだ、肉体そのものを摂取したら都合が良いじゃないか。何で理解できないかな…。」

ああ、これは、過去の、映像だ。

「もともと人を構築してる物質ですもんね、消化も吸収も炭水化物に比べたら優秀なはずなんですけどね。」

陽気に、うたって、踊っていた、人間は、もう、ここには、いない。

「しまったなあ、食事のことは今後秘密厳守にしたほうがいいね。せっかくの健康な体がすっかり病んでしまったよ。」

「やっぱり1000年前の人間を復活させるのは難しいですねえ。」

命を持つ、命の尊さを知る、心を持つ人間は、ここには、いない。

「まあね、現代とはかけ離れた…オーパーツだからね。」
「使い方の分からない、貴重な生命体、って訳かあ…。」

ここに、いるのは。

「ま、死んだら健康な細胞サンプルを抜いて、パーツごとにばら売りすれば良いんじゃない?」
「赤身は冷凍保存で次の冷凍人間の餌にすればいいですもんね。」

心を持たない、永遠の命を、永遠の若さを持つ、ただの。

「とりあえず、会話ができなくなったら人間博覧会の目玉として展示しよう。動いてるだけで相当集客できるからな。」
「展示するならガードマンつけないと、18体目みたいに命を自分の手で終えさせてみたかったって馬鹿が殺しちゃいかねないですよ…予算足りますかねえ。」

・・・ただの。

「もう自主的に食事しませんよね、これ。意外に頑固だな、昔の人ってこんなに融通利かなくて良く争いにならなかったな…。」
「麻酔銃で眠らせて胃袋に直接注入すればいいんだよ、争う前に争いの火種を消すのが一番さ、寝てる間に処理できるんだ、あと50年は稼いでもらわないと。」

命の、冒涜者、のみだ・・・。


俺はこの先。

未来で生きることを望んで1000年前に時を止め、命を凍結させた誰かの亡骸を糧にして・・・生きてゆかねば、ならないのだ。

生かされて、ゆくのだ。

いずれ命の尽きる、その日まで。

俺は・・・誰かの命を食らって。

誰かの命を、食らわされて。

いつか、誰かに、食われる。

いつかが、いつ、訪れるのかは・・・。

俺は、ただ、ぼんやりと・・・している。

・・・俺は。

痛みすら与えない、針をぶち込まれて。

俺は、ただぼんやりと・・・している。

目が覚めたら、腹がいっぱいで。


俺は、ただぼんやりと・・・している。


俺は、ただぼんやりと・・・している。



俺は、ただぼんやりと・・・している。

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