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時空冷凍庫から取り出された、解凍できないメッセージ。

キンマキさんの画をはじめて拝見したのは、五美大展だった。
「木を見て森を見ず」という作品である。渓谷の河原に、豆粒のような人物たちが描かれている。自然の大きさを感じさせる画だ。もう一枚のキャンバスには、その人物たちがバーベキューをしているシーンが描かれている。背後に川が流れている。そしてもう一枚。今度はバーベキューの網の上がクローズアップされている。バーベキューをやっている人物のスニーカーがわずかに描かれている。
あたかもドローンで空に舞い上がったごとく、あるいは河川敷数十センチに降下してきたがごとく、視点の移動がおもしろくて、この三枚の画を何度も行ったり来たりしながら眺めた。
五美大展では、このキンマキさんの画の背後に大きなインスタレーションがあって、人通りを避けながら近づいたり、遠ざかったりもしてみた。だが、作品と作者のクレジットがどこにあるのかわからなかった。
Twitterでこの画が誰の作品なのかを訊いてみた。すると見ず知らずの方から「キンマキさんですよ」とすかさず回答が寄せられ、作者を知ることとなった。これは私がそのTwitterの字面から受けた印象でしかないのだが、言外に「え〜っ、しらないんですか」という驚きがあったように思う。

そんなキンマキさんがOpen Letterで個展をやるという(とっくの昔に会期終了。ここまでなかなか感じたことを書き込むことができなかったのだ)。ギャラリーの山内さんも、キンマキさんの「木を見て森を見ず」に出合って個展のオファーをしたと言うから、私としても“そうだよね、あの画は良かったよね”と内心嬉しかったことを覚えている。

今回の個展は『message』と名づけられている。
特徴的なのは、ポストイットや家族のメモ書きなどが画の中に採り入れられていることだ。これらに書かれている文字を読むと、レシピのメモだったり、買い物の予定だったり、子どもの頃のキンマキさんが書いたのだろうと思われる金釘流の文字だったり。しかしそれらはメッセージとしての意義を失っており、画の中でなにかの投げかけをしているわけでもない。



ギャラリーの山内さんによれば

その画面 / 展示空間においては、物語的または言語的な意義の同一性を回避するような構成がとられており、「分かろうとする」ことを常にはぐらかすような、本人が言うところの「バグる」ような感覚を覚えます。
キンマキさんは、自身の制作について、この「バグる」という表現を象徴的に使います。これまでの絵画実験 ー 例えば絵画作品の展示空間をインスタレーションとしてメタ的に捉え直す、同一モチーフを大きなキャンバスに小さく描き、小さなキャンバスに大きく描くといったイリュージョンの入れ子構造をつくる、または復数の作品を半強制的に関連づける展示構成でタブローのポータビリティを無効化する等 ー は、一貫して絵画というメディアを利用して「バグる」状態をつくり出す実践とも言えます。

Open Letter HP 「キンマキさんの作品について」より

ということらしい。



メッセージがテキストとしてではなく、絵画としてそこにあるとき。それでも私たちはしばらくの間、テキストを読み解こうとし、脳内でいくつもの試みをしていることに気づく。文字があれば人はそれを読もうとしてしまうのだ。いくつかの作品は、たとえば、レシピのメモなどはそのままテキストとして読むことはできる。しかし、卵を三個使うことはわかっても、完成品がどのようなものなのかは想像するしかない。書いた当人の中ではそのとき成立したはずのものも、時間がその意味を奪い去ってしまっている。
こうして、テキストには何らかの伝えたいものがあるはずだとする意識は空回りする。
やがてそれらはもう一度絵画として目の前に現れてくる。そのときたしかに必要だった、あるいは意味をもっていたメッセージを時空を超えて掬い上げるものとして。
それはそこに人がいて、生活があり、言葉があったことの証として、まるで凍結された言葉のように、画としてそこにある。これらの作品群に凍結保存されたものたちは、実際の画に奥行きと広がりを与えているように感じる。それを確かめるようにいつのまにか、タブローに近づき細部を確認し、空間全体を味わうように展示の中央でぼんやりしていたりする。

もしかすると、いま、“画を見て文字を見ず” “文字を見て画を見ず”の仕掛けに嵌ってしまったのかもしれないなどと考えながら。

Open Letter (休廊中)
キンマキ 個展「message」
展覧会URL:https://openletter.jp/exhibitions/kim-maki-message/
会 期:終了



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