見出し画像

【01話】小春麗らか、希(ノゾミ)鬱

第1話 屋上

(創作大賞2024参加作品)

【あらすじ】〝鬱病で精神障害者の矢箆原咲真(やのはらさくま)は高校二年生の学生だ。隣のクラスの小鳥小春(ことりこはる)と、同じクラスの神祐希(かみゆうき)、クラス委員の雉子島麗(きじしまうららか)仲良し四人組で馬鹿やって過ごしていることが多い。そんな俺は鬱病のために毎朝起きれない。小春が毎朝のように起こしに来て、そして二人で学校に遅刻している。授業を受けて、放課後に屋上で祐希のギターと歌を聞いて、それから小春と二人で帰る。そんな毎日。病と人と生活に悩み、苦しみ、もがいて、足掻く。学生生活を青春と呼ぶのならそれもまた良いだろう。これはそうやって生きていって、そして少し恋なんかしたりするそんな物語だ。〟




1-1 小鳥小春(ことりこはる)


 小春とは、初冬の、穏やかで暖かい春に似た日和が続くころのことである。また、陰暦十月の異称でもあり、つまり言葉から想像されるような春の暖かな日というよりは、冬の暖かい日というイメージが正しいのである。

「おはようー、朝だよ。起きてー、咲《さく》くーん」

 ゆさゆさ、ゆさ。

 そう、その日もカーテンが開かれ、差し込んだ光によってもたらされた暖かさは、小春というよりは小春日和という言葉が似つかわしい日だった。季節は四月下旬。市立有藻高等学校普通科二年生に所属している俺と小春は朝起きるか起きないかという格闘をしていた。寝ているのは俺。起こしているのは小春。

「今日は休む……」

 これは寝ぼけているのではなかった。怠けているのでもなかった。そういう病気だった。鬱病という病気を知っているだろうか。名前は知っていてもきちんとは知らないことも多いのではないだろうか。当の本人である俺でさえもそのすべてを理解はしていない。だからちゃんと知っているのは医者とか、科学者とか、そういう人たちなんだろうと思った。患者本人は自分で自分のことを分かっていないことが多い。俺も多分に漏れず、わからないことだらけで、そのくせ、病気を理由にすることが多々あったりするから厄介だ。そう、俺は厄介な人間だった。普通なら、普通の人ならば見捨ててしまうような存在であるにも関わらず、小春はこうして毎日俺のところへやって来ては一緒に遅刻するのだ。

 そう、登校すべき時間はとうに過ぎている。

 だから俺なんて見捨ててすぐにでも学校にいかなければいけないのに、こうして毎日のように起こしに来ている。俺の記憶では、校則によると三分の一以上遅刻した場合留年になってしまうはずだ。小春はなかなかの数を既に遅刻している。俺のせいである。正確な数はわからないが、あまり良いことではない。

 では起きられない理由を、少し俺のわがままも含めて述べよう。

 まず、大きな巨大な鉛の鉄球が俺の体を上から押し付けている感覚、といえば分かりやすいか。そんなの動けるわけ無い。そう、動けないのである。体がだるくて、酷い鬱で動けない。鉛のように重く、動かそうと思っても動けない。これはいいわけでしかないが、しかし事実だ。だから起きれない。

 また、鬱というのは今日を憂いているのではなく、常に未来を憂いているから厄介なのだ。学校は明日も、その次の日も、その次の日もある。今日過ごしても、また明日がやってきたら、その次の日が目の前に現れる。一生終わらない。社会人になったら仕事に置き換わるだけである。学校生活を楽しめず、若いうちから鬱になったのはやはり不幸と言うか、残念なことなのだろう。

 俺は休むと言って実際に休むと、少しだけ心が軽くなった気がするから不思議だ。今日はいかなくてもいい。それだけで嬉しいと言うか、負荷が軽くなる思いで、気分が安定する気がする。しかしすぐに休んでしまった後悔がのしかかってきて、より一層鬱病を悪化させる。結局はいかないよりは行ったほうが絶対にいい。誰の目にも明らかなことで、当たり前で当然のことなんだけどな。

 せっかくの青春だから楽しみやがれ。

 俺の友人がそんな戯言を言っていたことをふと思い出した。しかし、俺は思う。青春とはきらびやかで、明るく、楽しいものであるという一般理解とは打って変わってかけ離れているのが現実で、憂鬱で、鬱病で苦しんでいる今このときこそが青春なのではないかと。起こしに来ている彼女がいて、俺がいる。今ここに居て、悩み苦しんでいる。それでいいじゃないか。そうじゃないか、そうあるべきじゃないか。毎日学校で楽しく笑うこと、ときめくような恋をすることだけが青春じゃない。今このときもまた、いやそれこそが青春なのではないかと、俺はふとそう思うのだった。

 憂うことばかりの毎日だが、しかしそれも悪くないのではないかと、そう思いたいのだ。

 うちは父親が単身赴任で北の果ての街にいて、母親も朝から仕事に出かけてしまっている。いつの間にか我が家の鍵を獲得していた小春が俺の鍵のついていない部屋に押し掛けてきて、毎朝毎朝起こしに来ているというわけである。

「あっ、起きたー。おはよう、咲くん」

「ああ、おはよう」

 小春の懸命な努力のおかげか、俺は半身を起こすことに成功した。すぐにでもまた倒れて寝てしまいそうな、ふらふらした状態である。小春はそんな俺を支えてくれる。だから俺は今日という日を始めることができた。起き上がって、小春に言う。

「おはようございます。着替えます」

「うん、じゃあ、待ってるね」

 小春は部屋の外に出て、それから扉の向こう側で待っていた。俺はいそいそと寝間着から制服へと着替える。それから部屋を出てうがいをして、顔を洗って、髪を直した。ささっと。誰かのせいで時間がないのだ。もちろん朝ご飯など食べる時間なんてのはとうに無い。そんな余裕はない。

「悪い。待たせた」

「うん、行こう」

 家から学校は徒歩十五分の近所である。自転車も煩わしいぐらいに近い。さて、オープニングを流すならこのタイミングである。


 これは突飛なことはない、特別なことは何も無い。ただ憂鬱を常に抱えている俺とそれを見守ってくれている小春とその友人たちの物語である。




next第二話↓
https://note.com/takanashi_saima/n/n9685fb9efda6

第三話↓
https://note.com/takanashi_saima/n/ncf92d2c0e556

第四話↓
https://note.com/takanashi_saima/n/n8cbeb889e5e8

第五話↓
https://note.com/takanashi_saima/n/nc393a60a447a?sub_rt=share_b

第六話↓

https://note.com/takanashi_saima/n/nbaa608dfbabc

第七話↓
https://note.com/takanashi_saima/n/nd87f5f51cbaa?sub_rt=share_b

第八話↓
https://note.com/takanashi_saima/n/n1748050b0359?sub_rt=share_b

第九話↓
https://note.com/takanashi_saima/n/n33f7f265d80f?sub_rt=share_b

第十話↓
https://note.com/takanashi_saima/n/n989ce2733b6f?sub_rt=share_b

第十一話↓
https://note.com/takanashi_saima/n/n3ab90d3f8881?sub_rt=share_b

第十二話↓
https://note.com/takanashi_saima/n/nf14202cf8df0?sub_rt=share_b

第十三話↓
https://note.com/takanashi_saima/n/n7f4f3d47733f?sub_rt=share_b&d=s5tcb3XjNZbx

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?