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光と影 モノクロフィルムで想うこと

ようやく、手元のフィルムカメラ Canon AE-1をまともにさわり始めた。

フィルムカメラが映し出すもの、
それはシンプルに「光と影」
カラーも温かみがあって、それはそれでいいし、カラーのフィルムを選ぶ時もある。

35mmモノクロのフィルムと言っても、最寄りの写真店で10種類くらい売っている。
これは、ありがたい。

面白いのが、生産国の性格と、映し出す写真が個性が似ている。
ある程度、試して分かったのは、使い分けができる。
ソフトで柔らかい感じ、髪の毛の1本も捉えるシャープなフィルム、ダークでブラックが美しいフィルム等。

撮影した年始は、外出自粛のため、撮影はしやすかった。

人が消える期間が続く、都心の住宅街でも野鳥の声が聞こえる。

人のいない街に太陽の光が照らされている。
そんな光をカメラでフィルムに収める。
この経験は、もう出来ないかも。

何が書きたいか分からなく自分でもなってきたが、デジタルとの決定的な違い。
それは、当たり前だけど、フィルムはフィルムであり、そこに通過させる光の量と開放速度によりフィルムに焼き付いた光が写真となる。オートフォーカスのフィルムカメラもあるけど、全てマニュアルが楽しい。
デジタルは受光部がセンサーであり、エンジンがデジタル画像化させるから別物と考えている。オートフォーカスの点数や速度、連写速度を競っていた時期は、本当につまらないと思っていた。

モノクロは、店舗現像出来ないから、工場行きとなる。
この待ち時間も、好きだったりする。

写真を撮るということは、結局のところ結論は分からないし、無いのかもしれない。
そもそも、仕事にしてないからというのもあるけど。

でも、最近、つくづく感じることがある。

一瞬にして消える記憶がある事の恐ろしさ。
大切なものが消えた時、忘れるはずがないと思っていても消える。

本気で写真を撮っていると、雑念が消える。
それは、今のところフィルムカメラをやっている時。

まだ再開して間もないけど、続けていくうちに、何かに気づくことが出来るような気がしてきている。

令和三年一月十七日

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