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「出歯亀」の意味を調べたら、文豪スキャンダルに到達した! 〜辞書コラム

こんなコメントをいただいた。

(新明解国語辞典の)
「出歯」の派生語「出歯亀」の語釈はパワーワードです♪ コーヒー噴き出さないようにご注意ください(`・ω・´)キリッ

note記事コメント欄より


出歯亀でばかめの語釈(意味)が面白いだって?

コメントの主は新明解国語辞典(第四版)を読破された強者つわものnoter、数学専門の国語教師オニギリさん。

これは気になる。

数学専門の国語教師オニギリ氏。
知識の宝庫 
国語の伝道師


私はさっそく辞書を引く。
ところがそれだけで終わらなかった。

ここから私の辞書連鎖、正しくはGoogle連鎖が始まるのである。

そして意外な事実に辿りつくのだが──。

今回は、「出歯亀でばかめ」の語釈から私の興味がどう飛んだのか、一緒に追っていただくメチャ自分本位な辞書コラム、いや辞書コラムの派生形なんである。


註:「ただのウェブブラウジングやないかい!」と言わないで

どれほどのパワーワードなんだい?


オニギリ氏からお題を出された「出歯亀でばかめ」、まずは指定の新明解国語辞典(第三版)で引いてみる。


●「出歯亀でばかめ」とは

[俗][もと、変態性欲者池田亀太郎のあだ名
 女ぶろをのぞき見などする、変態性の男

新明解国語辞典(第三版)より


変態性欲者の男のあだ名
か! 
確かにパワーワード!

それにしても池田亀太郎って誰?

ほとんど使わなくなったこのことば、改めて調べてみると面白い。


*後に友人に話したら、池田亀太郎のエピソードを当たり前のように知っていた。
 知らなかったのは私だけ?


やっぱほかも見てみなくちゃね


◉三省堂国語辞典(第八版)では……

〔俗〕のぞき見などをする常習者。でばかめ。
[由来]明治時代に実在した のぞき常習犯、池田亀太郎の あだ名から。

◉電子辞書 スーパー大辞林では……

のぞきの常習者。また,変質者。〔1908年(明治41),女湯のぞきの常習者で出っ歯の池田亀太郎猟奇殺人事件を引き起こしたことから〕


とにかく、「出歯亀」は変態性で変質者のことを示すらしい。
その由来はのぞき常習犯の池田亀太郎のあだ名であることもわかった。

しかもスーパー大辞林には、「出っ歯の池田亀太郎」と書かれている。
そんな容姿差別的なことを堂々と!

それにしても……


ここで辞書は一旦終わり。
私の次の興味は、池田亀太郎に一極集中
ここからはGoogle検索旅の始まりだ。


池田亀太郎の謎、直撃!


まずは基本。Wikipediaで「池田亀太郎」を調べる。

*wikiは誤情報も多いので複数情報での事実確認必須。
*同姓同名の写真家で洋画家の池田亀太郎氏とは全く別人。


あだ名が「出歯亀」の池田亀太郎は「女湯を覗いた後に殺人を犯し、彼の逮捕と裁判は多くの関心を集めた」
とある。

wikiに記されたもうひとつ事柄が、さらに興味の扉をこじ開けた。

(「出歯亀」は)
事件当時は流行語となって[1]、後述するように関連する意味の派生語も生まれた。

wikiより


事件が流行語になる現象
って、よくよく考えるとかなり異常だ。
どれだけ世間が飛びついたのか。

早速wikiの参考文献を参照。上記の[1]文春オンラインの記事だった。

文春オンライン 連載>明治事件史 「出歯亀事件」
記事執筆:小池新氏


文春オンラインの記述をざっくりまとめると、こんなふう。

1908(明治41)年3月、東京郊外の新開地で風呂帰りの電話局長夫人暴行致死事件が起きた。この犯人のあだ名「出歯亀でばかめ」は一世を風靡した流行語となり、性犯罪やモラルに関しても使用されるようになる。

どうやら事件そのものよりも、「出歯亀」ということばが一人歩きしたようだ。

文春オンラインの記事には、
なぜそれほど「時代のことば」になったのか、当時の新聞等メディアの責任と、社会や文化が絡んだ状況のことが書かれている。

面白いので、気になる方はこの下線部リンクから全記事の閲覧をどうぞ。


ちょっとヒドいな


私が興味を引かれたのは、事件そのものよりもこの一文だった。

この事件がセンセーショナルに受け止められたのは、当時の文学界の動きと関連付けられたからでもあった。

「文春オンライン>明治事件史 小池新著」より引用


文学界の動きとは、当時トレンドだった「自然主義(自然派)」のこと。

自然主義とは、人間の内面をえぐり出し、それを躊躇なく赤裸々に描くことを目的としたもの。
島崎藤村の『破壊』とか、それよりも田山花袋の『蒲団』がインモラルな吐露として世間を騒がせた。
(『蒲団』は男のエゴがみっともなくも切ないので、タカミハルカ激推し)

平たく言えば、人がいちばん興味あるセクシュアルな部分が取り沙汰されて大流行したのだ。
「自然主義=エロティシズム」みたいに安直に。

1908年4月4日付東京二六新聞には、自然派を罵倒するようなイラストが掲載された。
(文春オンラインの記事より)

「自然派」と書かれた帽子をかぶった淫らな妖怪・狒々ひひが、警官の前に現れるイラストだ。
見出しは「自然派の大先生 大久保に出没す」。

これは「出歯亀事件」と「自然派」を結びつけて揶揄したものらしい。
(伊藤整『日本文壇史12 自然主義の最盛期』)

新聞が率先して、当時トレンドだった自然主義文学破廉恥ハレンチ代名詞を背負わせたわけだ。

出る杭は打たれるということか。


なかなか非難の対象だわ


森鴎外の『ヰタセクスアリス』が、当時の自然主義文学への挑戦的メッセージだったことは有名だ。これは文春オンラインの記事にも引用されていた。

本当のところ、当時の文壇はどう思っていたのか

こういうのは紀要論文(大学の研究論文)なんかを見るのが手っ取り早い。
ググりまくってザザーっと目を通した中、広島大学の論文が面白かった。

広島大学・学術情報リポジトリ 〈『蒲団』 論序説〉


橋本 威氏による『蒲団』に関する論文から、ここでは自然主義攻撃について述べられている部分のみ大雑把にまとめてみる。

1907(明治40)年に発表された田山花袋『蒲団』は、赤裸々な自然主義文学として世間を騒然とさせた。

●『蒲団』ストーリー
既婚の中年作家が弟子の女学生に恋をし、彼女の恋人に嫉妬して破門。その後、彼女が使っていた蒲団に身を埋めて懊悩し欲情するというスゴい作品。

タカミハルカによる乱暴な要旨


田山花袋『蒲団』より抜粋


当時の文壇は異常な好奇心を燃やして是非を問い、夏目漱石は「これが自然な人間の姿か」と、皮肉たっぷりに冷笑した(『田山花袋君に答ふ』)。

とにもかくにも破廉恥ハレンチとかアッパレとか、文壇のみならず世間がざわついたのである。

その1年後に、「出歯亀」事件が起こる。


また出歯亀事件が報道された時期と同じくして、

森田草平平塚春子(平塚らいてう)と尾花峠心中未遂事件を起こし、東京朝日新聞に「自然主義の高潮」という見出しで報道された。

心中未遂事件は出歯亀事件と同一視され、自然主義を「出歯亀主義」とまで呼ぶようになったのである。


まったく無関係の事件を結びつけるのはおかしいが、性へ傾倒する(と新聞や世間が持ち上げた)自然主義は、どこまでも格好の餌食だったようだ。

後に森田草平はこの心中未遂事件の真相を語る私小説『煤煙ばいえん』を発表し、大注目を浴びた。

それにしても・・・

自然主義と攻撃された先生方は、自分のことを切り売りするように暴露しまくり。
いや、本質はそれ故の苦悩を描いているわけだが……

・田山花袋は弟子への赤裸々で淫らな恋慕を『蒲団』で
・森田草平の心中未遂事件の真相は『煤煙』で
・島崎藤村はのちに『新生』で、姪っ子との不倫&妊娠発覚逃亡を暴露した。

暴露ざんまい


芥川龍之介は『新生』のクズ男っぷりを『或る阿呆の一生』「老獪な偽善者」と辛辣に批判している。

いや、もう……

白熱しきっとるな・・・



これでいよいよ最後です
今夜はここまで。もう寝る!


「出歯亀」から池田亀太郎、「出歯亀事件」、自然派への「出歯亀主義」という揶揄に行き着き、私の興味は最後、「スキャンダル」へと落ち着いた。

夜中に1時間近く連鎖し続けていると、段々、下世話な話題に堕ちていく。

「公衆は醜聞を愛するものである」と、
芥川龍之介だって『侏儒の言葉』の中で言ってるわ。

で、こんな本をAmazonで見つけてポチッとしちまい、無事Googleの旅を終えて就寝するんである。↓

またまた楽しませてくれそうよ。


Good night



★記事本文中の書籍と「記事」を全紹介★


▼「出歯亀」コメントをいただいた数学専門の国語教師オニギリ氏の辞書記事
 楽しく読めてカシコクなる記事! 


▼「読書連鎖」について書いたタカミハルカ記事


▼田山花袋『蒲団』について書いたタカミハルカ記事


▼田山花袋『蒲団』
 (青空文庫、Kindleともに無料で読めます)


▼森鴎外 『ヰタセクスアリス』 (青空文庫、Kindleともに無料で読めます)


▼森田草平『煤煙』


▼島崎藤村『新生』 (青空文庫、Kindleともに無料で読めます)


▼芥川龍之介『或阿呆の一生』 (青空文庫、Kindleともに無料で読めます)


▼芥川龍之介『侏儒の言葉』 (青空文庫、Kindleともに無料で読めます)


●文春オンライン 連載>明治事件史>「出歯亀事件」#1


●広島大学・学術情報リポジトリ 〈『蒲団』 論序説〉