ピーター・スワンソンを読み、心理サスペンスにどっぷり浸る
ミステリ小説は、謎解きものばかりではない。ストーリーにハラハラドキドキ、驚きと怖さに溢れた“心理サスペンス”というジャンルもある。
ここでは時間を忘れて没頭した心理サスペンスもの2冊+1冊を、偏愛的読書メモとして記しておこう。
レビューというより感想文。ちょっと深掘りして、ネタバレもギリギリラインまで攻めていくのでご理解を。
①_『そしてミランダを殺す』 ピーター・スワンソン
【最低でも3回の驚愕を保証!】
これが本の帯コピーだ。心理サスペンスや叙述モノは大好物。3回も驚く? 期待を込めてページをめくる。
ストーリーの概要はこんな感じだ。
登場人物たちはみんな嘘をついている。誰が誰を騙しているのか。誰が被害者なのか加害者なのか。秘密が浮き彫りになる一方、新たな謎が深まっていく。そんな緊張感がノンストップで持続するのだ。
さて、滅多なことでは動じないと高をくくっていた私、不覚にもホントに3回驚愕した。「えっ!!」と声出すレベルの驚愕だ。
勿論、犯人が誰かなんてレベルではない。斜め上方向からの「驚愕」とだけ書いておこう。
【構成力と突き抜けたアイデアの勝利】
各章ごとに語り部(登場人物の視点)が入れ替わるため、物語は縦にも横にも膨らみ出す。厚みと深みが増してくる。嘘や思惑、意外な繋がりも露呈する。
視点で切り替える複雑な章展開でも、緊張感、ミスリード、感情移入、どんでん返し、驚愕の事実などがシンプルに収束していくのはなぜか。
それこそ、計算され尽くした構成力の賜だろう。
私は海外ミステリを読む度、卓越した構成力を感じずにはいられない。物語の組み立てが見事だと、話しの運びや展開だけであっと驚かされるのだ。テンポ良く無駄がなく、伏線の張り方も回収も美しい。
勿論、国内ミステリも秀逸だし面白い。だが構成力に関しては、海外ものが一歩抜き出たセンスがあるように感じている。
1841年『モルグ街の殺人』(E.A.ポー)が発表されて以来、欧米では長い歴史の中で探偵・ミステリ小説が愛され、多くの読者と作家によって発展してきた。
作家たちは競うように巧妙なトリックを生み出し、アイデアをストックし、文章の組み立てをもトリックにする構成力を磨き抜いてきた。
ミステリは娯楽だが、これが大人の知的洗練ノベルを多く生み出してきた所以である。
【読み手の感情移入で、どんでん返しがよりショッキングに】
また、抑えた欲情の表現が秀逸であることも記しておきたい。
これは寒い墓地で、男が女を抱き寄せるシーン。別れ際、もっと深く愛したい気持ちがこんなにロマンチックな形で表れる。吐息や心臓の鼓動まで伝わりそうだ。
一瞬、ページの指送りが停止する。登場人物に気持ちが同化し、この幸せを壊さないでと願う気持ちが芽生えるからだ。
感情移入すると、登場人物に寄り添うようにストーリーを追ってしまう。だからこそ、予想外の展開やどんでん返しがより強烈になるのだ。
読了後、スワンソン中毒にかかった私は『アリスが語らないことは』『ケイトが恐れるすべて』を即購入。当然の成り行きだろう。
②_『ミランダ殺し』 マーガレット・ミラー
スワンソンの作品を読んだとき、私はマーガレット・ミラーの『ミランダ殺し』を思い浮かべた。「ミランダ」繋がりだからではない。ラストの落とし込み手法が似ているのだ。これこそ詳細に書きたいが、ここでは小出しに。
【25年寝かせて再読を待ったミラーの名作】
マーガレット・ミラーは異常心理ものを得意とする作家である。この点では、スワンソン作品と系列的には同じと言えよう。
ストーリーの概要はこんな感じ。
『ミランダ殺し』は再読したいと願いながらも、ラストが鮮明すぎて記憶が薄れる頃を待ち続け、初読から25年後の今、ようやくページを開いた。
読み返すと、思った以上にユーモラス。会話劇が絶妙なミラー作品、くせ者ばかりの登場人物達が爆笑を呼ぶ。
若返り整形の苦しみに耐える50女のミランダは、美しさ故に周りから嫌われ、殺される運命に追い込まれる。問題は、いつ殺されるのか。誰が殺るのか。
ぼんやり笑いながら読み過ごしていると、急転直下のラスト到来。最後に一気に仕掛けるミラーの残酷さよ。
スワンソンの『そしてミランダを殺す』とは全く違うムードだが、読了後の満足感はやっぱり似ている。ラストの驚愕、ラストの美学。
【ラスト驚愕小説、とどめの1作】
スワンソンの小説から離れ、ここでもう1冊だけ、珠玉の衝撃ラストが味わえる小説を記しておきたい。リチャード・ニーリィの『殺人症候群』だ。
こちらも異常心理ものだが、構成そのものの仕掛けを楽しむ超一級・叙述ミステリである。ニーリィは凝りに凝ったマニアックな作家である。
かつて読んだこの『殺人症候群』と『心引き裂かれて』をきっかけに、私は叙述ミステリを探しまくって読み漁った。パズルのような構成に騙される快感を求め、叙述ジャンキーとなった時期もあるほどだ。
読んで騙され、また読み騙されて。
幸せのミステリループである。
③_レビュー記事がきっかけの読書
今回この偏愛的読書メモを投稿しようと思ったのは、Small Worldさんの投稿記事がきっかけだ。Small Worldさんの読み手に期待させる紹介記事、広がる周辺情報の内容に、書評読みの面白さを堪能させていただいた。
しばらくミステリから離れていたため、スワンソンは初読。レビューを読んで3冊購入、すぐさま完読する没頭ぶり。再びミステリ熱が再燃した。
またSmall Worldさんは、「WEB 別冊文藝春秋」〈#ミステリー小説が好き〉企画でベストレビュアー賞に輝かれた。「別冊文藝春秋9月号」には、賞をとられた記事が掲載されるそうだ。誌面で見るのは一層楽しみ。
本当におめでとうございます。そして私にスワンソンを出会わせていただき、心より感謝致します。
サムネール写真:Image by Bac Kiem from Pixabay