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旅先の夜を、愛している。

「それでは、また。」
「今度は、益田で一泊しますね。」

益田駅前で知人と挨拶を交わし、フルーツサンドを手に特急列車に乗り込んだ。

電車は、ガタゴト音を立てて、時おり大きく揺れながら東へと進んでゆく。
視界が開け、左手には真冬の日本海が広がる。
買ったばかりのフルーツサンドを頬張り、イヤホンを耳に差し込んで。背もたれをゆっくりと倒す。

うとうとと少し眠っている間に、電車は松江駅に到着した。

電車を降りホテルにチェックインをして、
夜の帳が下りる頃、ひとりふらり街を歩く。

気になっていた、定食屋の扉を開ける。

カウンターには常連らしきご年配の男性と、若い女性が座っている。
私もその隣に腰をおろして、ふたりと店主の男性の会話に耳を澄ませる。
どうやら女性の方は、近隣の県からの旅行客らしい。ひとり旅、私も大好きです。心の中で話しかける。

美味しい地元のお刺身を堪能していると、「お客さんは、お仕事で来られたんですか?」店主の男性がカウンターの向こうから声をかけてくれた。

「はい、東京から仕事で来ているんですけど、さっき益田から電車でここに着いたところなんです。」

三人が、四人になって。
四人の他愛もない会話が、笑い声が、お店に響く。
常連のおじさんのギャグに思わず突っ込んでしまったりして。

人見知りのわたしも、心がゆるり、解けていくのを感じる。

ふしぎな、四人。
年齢も性別も違う、これまでの人生も、今いる場所も、きっとこれからの人生も異なる四人。
そんな四人の人生が、日本のとある街角でふっと交差する夜があるのだから、本当におもしろい。

気付けば夜も更けて。
私はホテルで残った仕事をするため、店を出ることにした。

店を出る直前、「あっ、そうだ!」
店主のおじさんが、ふと思い出したように店の奥から何かを持ってくる。
「この後も仕事頑張るなら、これでも食べたらいいよ。お腹が空いたらね。」
手渡されたのは島根のお菓子。
すっかり恐縮してお礼を言うと、いやいや貰い物だから、と手を振って笑うおじさんの心遣いがなによりも嬉しくてあたたかい。

「またきっと、来ます。」
そう言って名残惜しい気持ちで店を出ると、冬の夜の空気はきんと冷たい。

ホテルまでの道を、軽い足取りで歩く。

ああ幸せだなあ、とおもう。
なんだかすごく満ち足りていて、心の奥底がじんじんとあたたかい。

これだから、旅の仕事はやめられない。
旅先で出会うこんな夜を、わたしはこころから愛している。

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