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【特別鼎談】「個人の趣味」としてのアクアリウムが、「地球課題の解決」を導く──GEX五味宏樹×イノカ高倉葉太×イノカ増田直記

地球を救うカギとなるのは、熱狂する個人の趣味だ──そんな想いから、環境移送ベンチャー・イノカは2023年2月、「第1回 INNOVATE AQUARIUM AWARD -アクアリウムで、世界を変えよう。- 」を開催します。

研究職としてではなく、個人の趣味としてアクアリウム(水生生物の飼育など)を楽しむ人々である「アクアリスト」。彼らを、一つの水槽の中に生き物も含めた環境維持システムの設計・構築を行う「生態圏エンジニア(Biosphere Engineer)」として捉え直し、地球課題の解決と事業化の両立を目指す企業や研究者とのマッチングを目指すのが本アワードです。

「地球課題」という途方もないサイズの問題の解決に向けて、なぜアクアリストに注目するのでしょうか? 本アワードの立ち上げに際して、アクアリウム業界の最大手であるジェックス代表取締役の五味宏樹氏、そしてイノカ代表取締役CEOの高倉葉太、同CAO(Chief Aquarium Officer)・増田直記による特別鼎談が行われました。

アクアリウム業界最大手の経営者が、“ただの学生”を信じた理由

高倉 ついにこの日がやって来ました。今回のアワードはイノカ創業(2019年)当初から構想していたものなので、こうして形にすることができて、とても感慨深いです。プラチナパートナーのGEXさんには、もう6〜7年ほどお世話になっていて、ペット用品にまつわるさまざまな技術を共同開発してきました。この度もお力を貸していただき、本当にありがとうございます。

株式会社イノカ 代表取締役CEO 高倉葉太

五味 いえいえ、改めておめでとうございます。GEXは創業から45年、アクアリウム鑑賞用品をはじめとするペット用品メーカーとして歩んできましたが、一番大事にしているのが、「生き物を大切にする人たちを増やすこと」です。ペット業界の中でも特にアクアリウムは、魚だけでなく水や光、植物や水生生物も含めた自然環境の再現が行われている、とても珍しいカテゴリー。生き物も含めた自然環境にまで心を馳せられる人たちに出会えるかもしれないと期待し、プラチナパートナーとして参加させていただきました。

それにしても、もう高倉さんと出会って6〜7年になりますか……最初にお会いした時は、イノカ創業前どころか、まだ大学生でしたよね?

高倉 そうですね。GEXさんのお問い合わせフォームから、「一緒にアクアリウムのIoTデバイスを開発しましょう!」と飛び込みメールを送ったら、なんと五味さん直々にご面談いただくことになって。

五味 ちょうど僕たちもIoT商品を開発しようとしていたタイミングで、ベンダーさんを探していたんですよ。まさか学生さんとはつゆ知らず、お会いした時は驚きましたが(笑)。それ以降、IoTやLEDなど、さまざまな開発シーンで、高倉さんやイノカさんの技術に助けていただきました。

ジェックス株式会社 代表取締役 五味宏樹氏

高倉 でも、何者でもないただの学生だった僕を、よく思い切って信じていただけましたよね(笑)。

五味 アクアリストで情報技術にも長けているという方は貴重でしたし、何より生き物に対する情熱に溢れていましたから。いまもとても熱量が高いですが、あの頃からそうだったなと、懐かしく思い出します。

いち個人の自宅で見つけた「とんでもない生態系」

高倉 ただ、いくら熱量が高かったとしても、僕だけではイノカは生み出せませんでした。ターニングポイントとなったのが、今回のアワードの審査委員長も務めている、イノカCAO(Chief Aquarium Officer)・増田直記との出会いです。

2018年、宇都宮の工場で職人として働きながら趣味としてアクアリウムをしていた増田に出会った時、衝撃を受けました。35年ローンを組んで自宅の半分を改造して、約1トンの巨大水槽を作り、とんでもないサンゴの生態系を構築していた。この増田の技術、そして背景にある想いは、もしかしたら地球を救うかもしれない……直感的にそう思って、一緒に会社をやらないかと声をかけたんです。

その後イノカは増田の飼育技術をベースに、さまざまな企業さんと協力しながら、「環境移送技術」の研究開発・社会実装を推進してきました。モーリシャス島沖での座礁に伴う深刻な環境汚染に際しては、環境保護・回復プロジェクトの一翼を担わせていただきましたし、世界初の真冬に水槽内でのサンゴ産卵にも成功しました。

増田 私は本当に、ただ趣味としてサンゴのアクアリウムをつくっていただけなんです。それがまさか、サンゴ礁の調査でモーリシャスに行くことになるなんて、夢にも思っていませんでしたね。

株式会社イノカ CAO(Chief Aquarium Office) 増田直記

高倉 そんな普通に考えると「あり得ない」ことが、形になった。増田のような人をもっと巻き込んでいきたい、という想いで今回のアワードを立ち上げたんです。

海の生物多様性を象徴するサンゴはこのままだと2040年に8〜9割が死滅してしまう見込みで、淡水生物も現時点で3分の1が死滅のおそれがあるなど、いま地球の水生生物は危機的な状況に瀕しています。しかし、まだまだ水生生物を研究するプレイヤーは足りていませんし、研究環境も特定地域の研究所などに限られていてハードルが高い。そこで僕たちが注目したのが、個人の趣味としてアクアリウムを楽しんでいるアクアリストたちだというわけです。

サンゴだけでなく、水草やクラゲ、はたまたウミウシからミジンコまで……いろいろな生き物が大好きなアクアリストが、世の中にはまだまだたくさん眠っているはず。その人たちを水槽の中に生き物を含めた環境を作れる「生態圏エンジニア」として捉え直すことで、ただの趣味が、地球を救うための選択肢になるのではないかと思ったんです。

増田 アクアリウムは、生き物の数や自然環境の数だけ、魅力や驚きをくれるものです。今回のアワードでは、私もいちアクアリストとして、知らない世界をたくさん教えていただきたいなと楽しみにしています。

アクアリストの熱量が、なぜ地球環境を救うのか?

五味 アクアリウムの楽しさやお魚を飼育することから得られる知見って、アクアリストの方々が思う以上に、地球を変えるポテンシャルがあると思うんです。アクアリストにとってはほんの些細な知見であっても、アクアリウムをやっていない方々にとっては、すごい発見だったりしますから。

先日、最近熱帯魚を飼い始めたという方から、こんな話を聞きまして。「ちょこっとエビを入れたら、水槽がすごく綺麗になったんですよ!」と大変驚かれたのだと。アクアリストにとっては、エビがコケを食べるというのは当たり前のことですし、こうした共生は自然の地球環境でもよくあることです。でも、初めてお魚を飼う方にとっては、それがものすごい発見だったりする。そういう気付きをもっと多くの人に得てもらえたら、少しずつ自然に対する理解が深まり、やがては地球が変わっていくんじゃないかなと思いました。

高倉 僕自身も中学生の頃からエビや古代魚を飼っていた元アクアリストで、いろいろな人たちと話していく中で刺激を受けて育ってきましたが、アクアリストには無限の可能性があると思っています。

そもそも実はいまの日本って、アクアリストが300万人ぐらいいるんですよ(※GEX調べ)。40人に1人以上、つまり学校のクラスに1人以上は水生生物を飼っている人がいるという計算です。こんなにたくさんアクアリストがいて、それぞれの人がぜんぜん違う分野やジャンルの生き物が好きなのだから、それはもうたくさんの知見が生まれるはずですよね。

増田 ニッチに「この生き物だけがとにかく好きで、それ以外考えていない」という人が、まだまだたくさん隠れているとも思っていますし、そういう人はとてつもない知識や技術を持っている。今回のアワードでは、さまざまな生き物に熱狂している人と出会いたいですね。

例えば、私は海なし県の栃木県に住んでいるので田園風景が身近で、小さい頃はよく田んぼでタガメを探したりしていたのですが、いまや日本中多くの地域でタガメは絶滅危惧種になっています。ですから、タガメ好きの方が現れたら、私はすぐに食いつくと思いますね(笑)。

高倉 タガメアクアリストの方、お待ちしています(笑)。

五味 いろいろなアクアリストの方がいらっしゃいますし、その熱量こそが地球を変えますよね。最近、インドネシアの奥深くまで現地調査に行って、現地の魚を絶やさないための技術を開発して輸出されている方にお会いしまして。その時にも、熱意は人を変え、事業にも結びつくのだと改めて実感しました。

増田 私自身、ただ生き物が好きで、その生き物をどうすればうまく飼えるのか、その生き物がどんなところで生きているのかを考え続けてきただけなんです。事業や研究の中で、生き物が好きな人にとってはたまらない場所に出かける機会をいただくことも多いですが、結局そのたびに朝から晩まで自然を見て過ごしている。まずは自然をきちんと学ぶことが、水槽の中で自然環境を作り上げるうえでの大事な要素ですから。そこから自然環境に良い影響が及ぼされて、しかもそれが仕事になるのだから、こんなに嬉しいことはないと思っていますね。

STEAM教育には「Nature」が足りない?

高倉 ビジネスや環境問題はもちろん、アクアリストは教育においても重要な存在だと思っています。いま自然に触れる機会って、どんどん減っているじゃないですか。特に、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学・ものづくり)、Art(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)を合わせた「STEAM教育」の重要性が語られたりもしていますが、ここに「Nature」(自然)が入っていないのがとても気になっていまして。

本当は科学も工学も自然で暮らす中で生まれてきたはずなのに、生き物に一切触れずにそれを学ぶことに違和感を覚えているんです。だから、アクアリストのように生き物と密接に関わり合う人たちの声にちゃんと耳を傾ける必要があると思いますし、「環境問題」に対する取り組みの気軽な第一歩として、アクアリウムを通じて自然に触れていくべきではないでしょうか。

五味 たしかに、誰もが小さい頃に理科の授業でメダカの雄と雌の見分け方を勉強したり、観察日記をつけたりしてきたはずなのに、大人になるうちにいつの間にか、そういうものが失われてしまう。例えば音楽は大人になっても、アーティストのみならず本当にいろいろな人が楽しめる環境があるのに、生き物や自然はそれに比べるとかなり機会が少ない。もっと生き物や自然が好きな人が増えて良いはずだし、そういう機会を増やしていきたいですよね。

増田 ただ、山や海に入っていくというのは、誰しもができることではありません。だからこそ環境移送技術によって自然に近い環境を構築して、自然を覗くような経験をする機会を作り出し、興味を持つきっかけにしてもらいたいんです。

高倉 そうなんですよね。小さな子どもが日常的に川や海に遊びに行くのは大変でも、水槽があれば、安全かつ身近に生き物に触れられますから。

五味 これまでのアクアリウム業界では、アクアリウム用品を売ってお魚を飼ってもらうという考え方が基本でした。でも、お魚を飼うことが自然環境を再現することにつながる、生き物に触れて知識をつけることが、結果的に地球や自然を大切にすることにつながるという視点が、僕たちGEXも含め抜け落ちていた気がします。

高倉 冒頭で五味さんもおっしゃっていたように、アクアリウムのように小さな地球環境を水槽の中に再現するような機会って、他にあまりないじゃないですか。普段僕たちが当たり前のように見ている環境を成り立たせるのが、こんなにも難しいのかと学ぶきっかけにもなるでしょう。

そして、だからこそアクアリストたちが、アーティストやYouTuberのように誰もが憧れ、AIエンジニアのように当たり前に高い収入が得られる存在になるといいなと思っています。今回のアワードを皮切りに、アクアリウムをそうした夢のある趣味や仕事にしていきたいですし、それによって地球環境がどんどん良くなる仕組みを作っていきたいですね。

(写真:今井駿介、文・編集:小池真幸)


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