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#07 理想のゴール像を描くための準備

ドラフトデザインとは、「理想のゴール像を可視化し、具体的なイメージを描く行為」であり、それによってプロジェクトの北極星となるゴール像を共有し、議論の土台をつくることができる。そして理想のゴール像を解像度高く描くためにも、プロジェクトをドライブさせてリードするためにも、自分の内にある「自主性」と接続することが重要となる。
このように、ここまで「理想のゴール像(ドラフト)を描き提示すること」の大切さについて語ってきたが、改めて「理想のゴール像を解像度高く描く」には何から始めればいいのだろうか?


自主性=我欲やわがまま、ではない

前回の記事では、個人的な思いや衝動をWebサイトのワイヤーフレームに込めたことでブレイクスルーした経験をドラフトデザインの力を実感した原体験として紹介したが、それは当然ながら単に自己中心的な我欲やわがままを押し通せばいいという意味ではない。
いや、実際のところ、自分の内にある自主性や我欲のみからでは、理想像のイメージを明確に持つのはなかなか難しいのだ。
もちろん中には類い稀なる想像力と創造力で、自分の内から驚くほど精緻で壮大な世界を描き出せるクリエイターもいるだろうが、誰もがそうできるわけではない。いきなり真っ白な画用紙を手渡されて「好きなように理想を描いてみてください!」と言われても手が止まってしまうのが普通だ。

“リサーチやアイディエーションは、やればやるほど、成果物として何かしらの結果やアイデアが出てくるので、生産的な活動をしている(仕事をしている)気持ちになりやすいが、その誘惑に負けてはいけない。
リサーチやアイディエーションは、あくまで理想を描くための準備や「材料集め」であり、ただそれだけを繰り返していても、アイデアは具体的な像を結ばずゴールは一向に近づいて来ないからだ。”

#03 理想のゴール像を実現する基本プロセス

以前このように書いたが、裏を返せば、理想を描くためにはそのための材料集めや準備が必要だということでもある。

理想を描く準備としてのリサーチ

リファレンス調査

理想を描くための準備として、やはりリサーチは欠かせない。
リサーチと一口に言っても目的やシーンによって様々な手法があるが、仮にWebサイトや動画、チラシやポスターなど、何かしらの制作物をつくるプロジェクトを想定してみるだけでも、まず競合調査、ベンチマーク調査、先進事例調査、トレンド調査などの方法が思い付く。
これらは基本的には参考事例によるリファレンス調査であり、関連する各種情報を体系的・網羅的に収集・評価・分析することで、基礎知識の構築や初期仮説立案の土台づくりに役立てることができる。

基礎知識や初期仮説の精度を高めるためには、一定程度以上の事例の数・ボリュームが必要だ。そういう意味でも事例の網羅性は重要な要素だが、とは言え手当たり次第にただ集めればいいというわけではない。集めた事例を後で評価・分析するためには、あらかじめ何かしらの「軸」に沿って体系的に事例を収集する必要がある。
もちろん最初は、その軸を設定するためにもある程度暗闇の中を手探りで進むようにして取っ掛かりを探す必要はあるかもしれないが、まずリサーチの目的を明確にした上で、そこから逆算するように調査範囲やフォーカスを設定し、関連するキーワードをすり合わせてから調査をスタートするといい。

事例の収集先に制約はないが、やはりインターネット検索や書籍が主要な調査源となるだろう。ドメインエキスパート(その分野に関する情報や知見を豊富に持っている人物)や情報通に話を聞くのも有効な手段となる。
ここで注意すべきポイントは、情報の信頼性の確認だ。言わずもがなだが、誤った情報をもとに仮説を立ててしまわないよう、可能な限り情報は一次情報や公的なソースから裏付けを取ることが望ましい。
また、集めた情報の整理の仕方にも気を付けたい。事例によって情報の粒度や語られているポイントも異なるため、無頓着にスプレッドシートやNotionに事例を放り込んでいってしまうと、後から比較や分析がしづらくなってしまう。最初に設定した調査の軸に合わせて、情報の格納先もあらかじめ整備しておきたい。

そうして集めた参考事例を分類・体系化し、重要なポイントや傾向を抽出することで、押さえておくべきデファクトスタンダードや、他にはない独自要素や差別化ポイント、トレンドとして欠かせない視点などを炙り出すことができる。
このように事例を集め、その集めた点同士を比較し相対化していく中で、徐々に目指すべき方向の輪郭が浮かび上がってくるはずだ。これがその上に思考を積み重ねていく土壌となるため、最初にこの土壌をどれくらい広く深くつくれるかは、そこに実るアイデアの豊かさを大きく左右する。

デザインリサーチ

よりユーザーの行動や心理を深く理解し、アイデア発想や課題解決に役立てることを目的とする調査がデザインリサーチだ。これも様々な手法があり、目的やフェーズによって選択したり組み合わせて行うことが多い。
理想を描くための材料集めとしては、インタビューや観察、アンケート調査などが代表的だろう。

インタビューは、ユーザーやステークホルダーと直接質問や対話をすることで深い洞察を得る方法だ。もちろんインタビューの中で出てきた意見や体験談が直接的なヒントになることもあるが、半構造化インタビューやデプスインタビューでユーザーの思考や反応を掘り下げていくことで、さらにユーザー自身も自覚していない潜在的な欲求・インサイトを発掘することができる。

観察は、フィールドワークやエスノグラフィーによってユーザーの実際の行動や環境を直接観察し、そこから潜在的なニーズや問題を発見する手法を指す。特に対面のインタビューや調査協力の謝礼が発生する場合では、調査対象のユーザーも取り繕ってなかなか本音を出してくれなかったり、役に立たねばという思いで無意識のうちに過剰に演じて(いわゆる「盛って」)しまうなどのバイアスがかかってしまう可能性があるが、観察ではより非言語的な情報を収集できるのが利点と言える。

アンケート調査も一般的な手法だ。インタビューや観察と比べて、より多数のユーザーから定量的な情報を集められるため、統計的な分析からも傾向を探れるのが利点だ。インタラクティブに掘り下げることができない分インタビューには劣るものの、自由記述などの設問を有効に使えばある程度定性的な情報を得ることもできる。
また、最初にアンケート調査で得られた定量情報をもとにある程度仮説の方向性を定め、インタビュー設計や観察調査でさらに定性的に深いインサイトを探りにいくという二段階での使い方も非常に有効だ。

前提条件・背景情報の確認

これはリサーチというよりは要件定義の範疇ではあるが、忘れてはならないのが前提条件や背景情報の確認だ。
仮にいくらゼロイチで手がかりが少なかったとしても、プロジェクトとして立ち上がった以上、そこに至った経緯やステークホルダーの思惑など、何かしら足がかりになる背景情報はあるはず。そしてこれまで何度も「自主性」の大切さを説いてきた通り、プロジェクトオーナーや担当者のプロジェクトにかける個人的な「思い」は、得てして理想のゴール像を描く上で何にも代え難い重要な材料となる。

また、当然ながら対象物のユーザー(誰が)や利用シーン(どんなときにどう使うのか)などの目的や、かけられる予算やスケジュールといった制約などは、必ず確認しておかなければならない。ここが的外れになってしまうと、リサーチ先の選定や評価軸の設定自体がずれてしまうことにもなりかねないからだ。
つまり、リファレンス調査やデザインリサーチが「理想を描くための準備」だとすれば、前提条件・背景情報の確認は「リサーチのための準備」として不可欠なものだと言えるだろう。

「頭に入れる」ではなく「腹に落ちる」まで考える

こうしてリサーチの目的を明確にし、そこから調査範囲やフォーカスを設定し、キーワードの目線を合わせて調査や材料集めを行えば、発見した事例から新たな気付きや仮説が立ち、点と点がつながって線になっていくように、かなり手応えを感じることができるはずだ。そして恐らく、割とすぐに「正解」のように見えるものを見付けられることだろう。
しかし、安易にそれに飛びついてはいけない。リサーチは理想のゴール像を描く前のあくまで準備であり、それは実際正解のない海に手探りで潜り続けるような作業だ。誰だって早く目に見える確かなイメージを示して安心したいと気持ちがはやるところだろうが、その前に情報の深い理解がとても重要となる。
安易に参考にしてしまうと模倣や権利侵害になってしまう恐れがあるということもあるが、実は何より、頭で考えた理想像では結局腹落ちしないのだ。

まるで、ある一点を精細に描くと他の場所のバランスが崩れて見えたり、絵の具を重ねれば重ねるほど完成から遠ざかってしまうと感じることがあるように、頭で考える正解に対してなんとなくしっくりきていないなと心がブレーキをかけることがある。それは絵筆を操り理想を描く「スキル」が足りないのではなくて、実は理想を描く「材料」が足りていないことが多い。
リサーチも同様だ。「もうこれ以上ないくらい調べ尽くした」「誰よりも自分こそがこのプロジェクトについて一番考え抜いた」と思える境地まで至らずに、頭で正解かどうかを考えているうちはまだ準備が足りない。

頭にちらつく「正解めいたもの」の誘惑を乗り越えてさらにリサーチを進め、頭が飽和するほどインプットを注ぎ続けていくと、ある時点で情報が頭を通り越して内臓に入ったと感じられることがある。それがいわゆる「腹落ちした」状態だ。
ここまでくると、頭で悩んだり考えたりせずとも、ごく自然に「こういうことだよな」と直感的にあらまほしい未来像が手触りを持ってイメージできるようになる。思考ではなく感覚として理想のゴール像を実感できるようになるのだ。

どれだけ事例の海を探してもこれから描く理想の正解は見つからないが、考え抜いた先の「直観」は、意外と正しいし、頼りになるものだ。

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