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【インクルージョン】インクルージョン研究の源流を辿る!最適弁別性理論とは②(Brewer, 1991)

今回は、以前投稿したインクルージョン研究の源流をさらに深く見ていきます。扱う論文は、本投稿執筆時点(2023年7月8日)において、Google Schalorで7921もの引用がなされている以下になります。

Brewer, M. B. (1991). The social self: On being the same and different at the same time. Personality and social psychology bulletin, 17(5), 475-482.

前回の投稿はこちらです。

どんな論文?

この論文では、著者が打ち出した「最適弁別性理論」、つまり「人は、集団への帰属感を持ち、類似性を求めていく一方で、自分の独自性も大事にしようとする相反する欲求を持っており、この最適なバランスを取ろうする」という理論が提示されました。

著者は、論文のタイトルにもあるとおり、人は「社会的自己」という、社会的な文脈の中で特徴化されたアイデンティティを持つと説明します。
つまり、以下の図のように、完全にパーソナルな部分が中心にはあるけれど、社会的なカテゴリーの中で社会的な役割に自己を同一化させていく、というイメージです。

このPersonal Identity(個人的アイデンティティ)と、Social Identities(社会的アイデンティティ)を説明した箇所を以下のとおり抜粋します。

個人的アイデンティティとは、与えられた社会的文脈の中で、ある個人を他の個人と区別する特徴であり、個性化された自己である。社会的アイデンティティとは、自己をより包括的な社会的単位に分類したものであり、自己概念を非個人化する。社会的アイデンティティとは、「自己をある社会的カテゴリーの交換可能な模範として認識する方向へシフトし、自己を唯一無二の人間として認識することから遠ざける」ことを意味する(Turner et al, 1987, p.50)。

帰属感の欲求は同化(アシミレーション)で示され、独自性の欲求は差別化(ディファレンシエーション)で示され、その最適な状態で均衡する、という図が以下となります。最適弁別性理論の紹介でもっとも参照される図です。

つまり、社会にインクルードされていないとき(インクルージョン度合いが低いとき)、社会的同化(assimilation)の欲求は強く、差別化の欲求は低い状態である。しかし、同化が強まり社会的にインクルードされる度合いが高まると、もっとユニークな存在でありたい、という差別化の欲求が高まっていきます

そして、人は、この社会的同化と差別化が最適な均衡でバランスするところを目指すという考えを、著者が提示しています。


UCLAの学生に対する実験

設定として、マイノリティーと評価された人たちと(マイノリティ集団)、マジョリティと評価された人たち(マジョリティ集団)を分け、それぞれにタスクを与えます。

統制群では、個人的アイデンティティを維持するような説明がなされ、
「非個性化」群では集団の大きさや没個性を強調される説明がなされます。

こうした状況を実験的に作り出し、それぞれの群におけるマジョリティ集団とマイノリティ集団に対して、社会的特性(アイデンティティ)に対する肯定度合いを尋ねました。つまり、肯定的であれば同化欲求、否定的であれば差別化欲求が高まる、という仮定です。

その結果、統制群においては、マジョリティ集団は社会的特性を肯定的にとらえる一方、マイノリティ集団は社会的特性を否定的にとらえました。

しかし、「非個性化」群においては、逆の傾向がみられました。つまり、マジョリティ集団は社会的特性を否定的にとらえる一方、マイノリティ集団は肯定的にとらえています

この結果から、非個性化の強い同質な集団におかれると、マイノリティは内集団バイアスが強まって社会的特性(同化)を好意的にとらえるが、マジョリティは逆となることがわかりました。以下がその図です。

誤解を恐れずに例示すると、

  • マイノリティ(ブルーカラー等)の人が軍隊に入ると、その一員であるという社会的アイデンティティを好意的にとらえるが、

  • マジョリティ(ホワイトカラー等)の人が軍隊に入ると、「自分は特別な存在だ」と思いたい欲求が高まる、

と言えそうです。

このように、立場がマジョリティかマイノリティかによっても、組織が同化や差別化を求める文脈の影響が異なる、ということを実験的に示しています

この実験のまとめとして、筆者は以下のように述べています。

過剰な個性化は望ましくないーある社会的文脈の中で、自分を他の誰かと区別するような顕著な特徴を持つことは(たとえそうでなければ比較的中立的あるいは肯定的であったとしても)、少なくとも不快であり、最悪の場合には自尊心を壊してしまう。
(中略)
類まれな特性や経験を持つ個人のための支援団体が人気を博している。このような団体が果たす機能の中に、共有された特徴からカテゴリー化されたアイデンティティを作り出すというものがある。個人レベルでは(その特性をもつことが)苦痛であっても、集団レベルでは誇りの源となる。集団的アイデンティティは、自己価値に対する多くの脅威から個人を緩衝するものであり、社会心理学における「自己」の理解において、この観点の重要性に焦点を当てるべき時期にきている。

つまり、社会的な自己を持つことは、際立った個性や障害によるマイノリティ集団にとって、自分の存在・尊厳を守ることにも繋がる、という示唆で、本文献が締めくくられています。


感じたこと

人が持つ、差別化の欲求と、同化の欲求、そのバランスを取ろうとするという最適弁別性理論を改めてしっかり理解できました。あまりに同化圧力(非個性化)が強いと差別化したくなり、逆に個別化が強いと、もう少し社会的な同化を求めたくなる感じは、よくわかります。(自分は差別化の欲求がどちらかというと強いです)

加えて、社会的なカテゴリーを身にまとい、同化していくことは、マイノリティの立場にいる人たちにとって、時に自分をつつんで安心感を得る羽衣のようでもあるのだと感じました。(サウナ―的な表現)

社会心理学のレンズで、人の本質をとらえようとする視点と、それを理論化した本文献が、多くの引用を得ている理由がわかる気がします。







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