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小中不登校、ヤンキー高校から一年間の独学で阪大に受かった話 [Origin] 第9話 かくてもあられけるよ

ん…


夢というのは誰もが経験する現象だろう。夢を見るのは脳が記憶を整理するからだとか、未来の脳波と共振するからとか、何かに憑かれるからとか、「科学的」なものからオカルト地味たものまでその理由は様々だ。別にそれについてどうこいうつもりはないのだけれど、夢はやっぱり神秘的で不思議だ。

特に夢について不思議なのは、夢のなかだと非常識なことでも当たり前に思えてしまうことだ。「あれ!?今まで、自転車を横に倒してその上に乗ったら、空中に浮かんだのに!浮かばへん!」「あれ!?急にジャンプ力がなくなった!」などがその例であろう。いや、これはあまりに私的すぎる。

ともかく、夢が覚めてしまえばどんなに良い思い出も悪い思い出も、さながらシャボン玉の如く弾け飛ぶ。だからこそ、悪夢にうなされて汗をかいて飛び起きても、「なんだ夢か」と安堵することだってある。

さて、これは悪い夢だろうか。


最悪な気分で目が覚める。


…。

単なる悪い夢だったと思いたい。

この夢はかなりリアルに描かれている。音や匂いまである。でもどうだろうか。まだこれが夢の可能性だってある。たとえば、空を飛んでみようと思えば飛べるんじゃないか。いや、それよりももっと簡単に確かめられる方法がある。

布団をめくる。

最悪だ。

しっかりと脇腹には管が刺さっている。



冗談じゃない。

あの日から4日が経った。次第にこの朝も慣れてきた。


病室は四人一部屋。


愉快なメンバーばかりだ。



僕は部屋の奥の窓際のベッド。


まず、その向かい
には、ボケーっとしてるお爺さん。意識がどこまではっきりしているかは分からないけれど、しょっちゅうナースコールで若い姉ちゃんを呼んでいる。



その内容は大体、

「おしる漏らしちゃった」

あるいは

「トイレ行きたい」

それ以外は基本的にテレビを見ている。おしるってなんだ。




ルームメイトナンバー1、「おしるおじいちゃん」だ。




次に僕の右隣のベッド。ルームメイトナンバー2「五十音の覇者」
昼間は静かなのに、寝言がめちゃくちゃうるさい。



「あああああっぅ…」「あああ!」みたいな声を急に出す。
正直彼が「あ」以外を言ってるとこは聞いたことがない。


でもたまに「ううううううっ…」とも言う。その日の五十音で僕は占いをしている。嘘だけれど。


最後に対角のベッド。ルームメイトナンバー3「Mr.ステルス」
理由は単純に、彼のことを全く見たことがないからだ。奥さんらしき人がお見舞いきている声はしているが、当の本人はベッドのカーテンを常に閉めて全く姿を現さない。







閑話休題





そんな楽しいメンバーと、ナースさんに起こされて、寝ぼけ眼をこすりながら単語帳を開く。




ペンを走らせた時の痛みには数日で順応できた。


鈍い痛みはあるものの、ストップウォッチを握ってセンター試験のタイムアタックが出来ればそれで十分だ。

ぎゃーぎゃー嘆くのはやめて、改めて、この状況での行動を考える。

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…うん。これでいこう。


火事場の馬鹿力というやつだろうか、入院してからの方が、限られた時間で明確に物事を考えられる。
ただ煩わしいことは、移動のときには自分の体に刺さっている機械を押しながら動かないといけないこと。

どこかに管が引っかかってスポッと抜けないように気を払わないといけないし、こまめに機械を充電しないとダメだ。


ロボットか僕は


他に煩わしいところといえば、風呂に入れないことと、世話係のナースさんが可愛くて勉強に集中できないことだ。


天国かここは






受験生の僕は、院内では噂になっているみたいだ。




定期的に血圧や心拍数を測りに来る看護師さんやドクターは、ベッドの上に散らかる参考書を見て、第一声に「ああ、君が噂の!」と言う。



「すごい時期に入院やねえ」

「災難やねえ」

「がんばってね」



言われんくても頑張るわ!と思ってはいたけれど、この何気ない応援のおかげで僕はいっそう頑張れる。


軋む体から、力が湧いてくる。



この感謝は、全ての物語が終わってから述べよう。

そう思って僕はただ、「あざっす」と返事をする。






ズタボロになった参考書を何度もテープで補強し、何度も何度も何度も何度も問題を解き直す。

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…ーピッ


ストップウォッチを止める。


「50:02」


「まだまだダメだ。制限時間の半分で満点取れるようにしなきゃ。

何回も解いた問題ですら制限時間の半分で満点取れないで、どうやって初見の問題をプレッシャーのなかで9割以上とるねん」


数コンマ秒にこだわってタイムをはかり、何度も何度も改善を繰り返す。

ただ解いて満足感に浸るんじゃない。

ー受かるための改善。




枕元には、お母さんからの山盛りのお見舞い。




…ありがとう。


でも気をつかわなくていいのに。お金もないんだろう。


それに、こんなに食べきれへんわ。

ただ僕の願いは、3月からずっと、”家族に迷惑をかけないこと”だ。

だから、僕にお金をかけないで。
僕のことで気を揉まないで。




…そういってもお母さんはきっと、バイトで稼いだ大事なお金のことなんか気にせず、僕を心配してくれるんだろうな。







涙を拭って、またタイムアタックに戻る。







そうしているうちに大晦日を迎えた。初めて病院で年を越した。


カチカチと時計の鳴り響く病室の天井を見つめる。


LINEを開いて、友達からのお見舞いメッセージや、あけおめメッセージを期待する。





通知なし





あるはずもない。


連絡先は全て消したんだ。


そもそも僕が浪人している事も、

どんな半年を過ごしてきたかも、

いま何をしているかすらも、

誰も知る由はないんだ。



そっとスマホを閉じて寝る。


……


「あけましておめでとう」



この言葉が皮肉に感じるとは。僕の場合、あいてるのは体に穴だ。そんなの全くめでたくない。

そんな冗句はまだ言えるみたいなので、存外病院生活も悪くない。

「あけましておめでとうございます」

と看護婦さんに返す。

いやはや、考えてみれば当たり前なのだけれどこんな年末年始にも怪我をする人はいて、世話をする人が必要だ。僕が毎年テレビを見て餅を食いながら過した年越しの瞬間にも、こんなふうに夜勤の人がいる。すごいことだ。僕とはまるで別世界だ。改めて感服する。

「朝ごはんです」

血圧、血液、体温…一通りの検査を終えた後に出されたご飯に驚いた。

鯛の兜焼き、数の子、黒豆、紅白なますに玉子に海老に、お雑煮に…


なんじゃこりゃ!

正月メニューか。すごいなこれは。家でもここ数年、こんな正月らしいフルコースは食べたことがない。写真に撮って家族に送りたいが、ケータイはベッドの枕の方にある。手を伸ばしてもギリギリ届かない距離だ。管が抜けるのが怖いので、ケータイは諦める。

「いただきます」


…。


それから正月三が日の間は律儀にもお正月メニューが続き、ウマイうまいと言いながら、日々はあっという間に過ぎていった。





勉強面でも不自由はなかった。

看護婦さんの配慮のおかげで、消灯時間を超えても談話スペースに電気をつけてもらい、勉強させてもらったのだ。





ドクターの治療、ナースさんたちの配慮、他の入院患者さんたちからの応援。



自分が入院すると決まった時には、こんなこと想像してもいなかった。

だから、退院するときには少し名残惜しい気分だった。

本当にたくさんの人から応援された。

かけがえのない体験だ。


また入院してここに戻ってくるのは御免だけど、絶対受かったら報告にきます!待っていてください!


こうして、1月4日、無事退院。








…。






ーその間際


「主治医です。今回たかひと君に起こっていたことを説明します」

左の肺に破れやすい、いわゆる嚢胞ができて、それが破裂、今回の症状に至りました。」


治療としては、溜まっていた空気を吸い出すことしかしておらず、破れた肺は自然治癒に任せました」「再発率は50%あり、

ですので受験が終えられたら手術をオススメします。


今回は簡易的処置です












ごじゅっぱー?!







もはや治療なんかそれは…



さらに気をつけて頂きたいのは、右の肺にも嚢胞があることです。

つまり、今回のようにたかひと君が破れた左肺を放置している最中に、

右も破れれば、


残念ながら呼吸ができず救急車が来る前にお亡くなりになられてしまいます。」




<<<ONAKUNARI>>>




「ですので、もし、少しでも違和感があれば必ず来院してください」



一気に血の気が引く。



「それは考えうる最悪なシナリオですよね?別にそれが起こりやすいというわけではないですよね?」


念を押して尋ねるが、それは分からないと言われてしまった。そりゃそうだ。






退院したその日から、普段の勉強生活に戻る。





自転車を自習室まで飛ばす。






はあ!やっと戻ってきたぜ市民体育館!


大きく息を吸い込む。


この約10日間はとても長く感じた。



人並みな感想だけれど、



病院ってこんな感じなんだ、って思った。



無機質に綺麗で、徹底管理、メシがうまい。


ナースさんは可愛い。



もう2度と会うことはないだろう。




何事もなかったかのように一週間ぶりに施設の駐輪場に留める。

自動ドアが「おかえり」と言うように出迎える。

「スゥー…ハァー。



そうそうこの匂いだよ。



清掃用のモップと汗と弁当の匂いが混じった館内独特の匂い。




戻ってきたんだな、やっと








安心したように、今までの日々に戻る










…?


次回予告



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