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小中不登校、ヤンキー高校から一年間の独学で阪大に受かった話 [Origin] 第8話 Whole to Detail

12月



いよいよ吐息が白い季節になった。


白い吐息が出るのが楽しくて何度も息を吐くと、次第に温度差がなくなってただの吐息に戻る。口を閉じて、もぐもぐと息を温めたらもう一度白い息を出す。

今年の冬は一層寒い。六甲山脈を控えたこの小さな街では、雪が降らない。六甲の鋭鋒が雪雲をせきとめてしまうからだ。たとえ、降ったとしても積もりはしない粉雪だ。その代わりに、「六甲おろし」と呼ばれる冷たい風が吹きつける。雪雲で冷やされた風だけが、山から海のほうに向かって吹き降りてくる。

芦屋湾のほうに市民体育館があるので、追い風になるのは有り難いのだが、なんせ寒い。口には出さなかったけれど、察したのだろうか、お母さんは手袋とマフラーを買ってきてくれた。

素直に感謝しているのだが、周りにお金を使わせない、気を遣わせないという僕の行動原理には反する行為だ。だから何ともむず痒い気持ちで、それを身につけて自習室へ向かう。



ボイスレコーダーが頭の中で鳴り響く。


白い帯を引きながら、雪降る街を駆け抜ける。


風を切って走ると鼻先と耳たぶが、あっという間に冷える。




浪人を始めたのがつい数週間前のことようにも感じられるし、はるか昔の事のようにも感じられる。


薄暗い廊下から桜祭りを眺めていた市民センターを横目に、市民体育館に向かう。





到着

駐輪場の自転車は夏よりも少ない。寒くなったせいだろうか、みんな外に出歩かないようになったのかな。

はぁー…

手がかじかんで自転車にロックをかけにくい。吐息で手を温める。

自動ドアが開き暖かい空気に突然晒される。メガネが温度差に驚いて真っ白に曇る。

メガネを拭きつつ、そそくさと一階から二階へと階段をのぼる。



館内は暖かくとも、体育館、ランニングコースはそれなりに冷えている。冷たいパイプを使って体を伸ばす。いちにーさんしー。

そしていつものようにルーティンを始める。


忙しかった秋は終わり、今のルーティンはかなり絞れている。


ここを、こうやるべきという課題が明確になってきたからだと思う。



ついこの前に二次試験の勉強を打ち切り、いよいよセンター試験へと意識は向かう。

夏にはマバラだった知識は、YouTubeやYahoo知恵袋、Googleの検索に助けられながら地道に繋がってきた。


あとは、まだ粗い知識を洗練させるだけだ。


いよいよ意識は大から小へ

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化学の冊子を3冊回すのには


59:02

48:56

49:32

....

43分



37分


…と掛かる時間は次第に短くなった。


他のルーティンもそうだ。

始めた当時と比べると、

英単語1900語の即答 6時間→30分くらい
英熟語1000語の即答 4時間→20分くらい
英語長文の音読と暗唱 0長文→20長文以上(700wordくらいの)

数学の313問ほどの解法説明 一問あたり1時間くらい→一問あたり5分くらい

古文単語565語の即答 5時間→15分的くらい
高校化学の3年分の3冊子の即答 4時間×3→35分くらい

漢文句型、漢字の即答  4時間→20分くらい


他にも途中で追加したり、時期によって変えていたルーティンもあるが書ききれないので除外した。

毎日必ずやっていたルーティンだけピックアップしても、その変化は劇的だ。


この数ヶ月、思い返せばこのランニングコースで、

「二宮金次郎かお前は!ガハハ!頑張れよ」

とエールを貰ったり、

すべてが嫌になって、うなだれていたら

「いつもここでお勉強してるよね、えらいねぇ!頑張ってね!」

と励ましてもらったり、

「あんなふうにはなりたくないなw」

と高校生から嗤われたり、


様々な情緒が紡がれた。

カビ臭いだけの体育館にしては、僕にとって特別すぎる場所になった。


ここを走っていると、自分の体が思うように操れる感覚になれる。




浪人を始めたとき、世界は窮屈だった。


何も思い通りにいかない孤独な世界だった。





けれど、彷徨いながらでも辿り着いた”今”では、自分を動かせる。


現実には僕の体が存在して、頭で描いたことを、手足を介して、現実を作っていく。





自分が自分であるという感覚。




ランニングコースを一歩踏み出すごとに感じる



そうだ、僕はここまで辿り着いた





一歩踏み出すごとに、




ズキンっッ!!!!っ!







胸が突然痛んだ。






…すぐに痛みは引いた。



気のせいか




もう一度落ち着いて歩き出す。








ズキンッ




胸が熱い。



胸の奥が熱い。



痛い。


走ると、胸が焦げるようだ。


…秋から気づかないようにしていた鈍い痛みは、冬になってその勢いを増した。




「狭い家に引っ越して、ホコリがたまりやすくなったから?」

「僕にも、母の喘息が遺伝してる?」

「まあいい。


換気と掃除、そして何より家にいないことを心がけよう。


今は勉強


病院に行ってる時間も金も、勿体無い」


とい誤魔化してきたが、この痛みはちょっと異常だ。



数日後さらに、


ーッピィ



息をすると、喉からリコーダーのような音が鳴るようになった。



胸の痛みは日に日に増していき、もはや運動していない時ですら痛たむようになった。




寝苦しい。




胸が燃えるように熱い。






ゲップが出そうで出ない時のモヤッとした感じを、常に抱えて、かつそれが痛みを伴う。




ついにお母さんに打ち明けて、なけなしのお金を握りしめ、リコーダー男は街のてっぺんにある病院まで登った。


それはクリスマスの過ぎた12月26日の事だった。


「病院は嫌い。


早く帰りたい。


自習室はもう開館している」



そうイライラしながら、年末の閑散とした病院の待ち受けで検査結果を待つ。



「喘息の薬を処方されるんだろう。


それを受け取って、とっとと帰りたい」     







看護婦が青ざめた顔で呼びに来るまで、僕はそう思っていた。




呼び出された診療室には、若い男がずっしりと座っていた。



「今、大学生?」



男は尋ねる。



「いいえ、浪人生なんです」








数秒の沈黙








「そっか…」



男は看護婦と目を合わせる









なんだ?何が起きる?






「落ち着いて聞いてください」





レントゲン写真をパッと光らせる。





僕の瞳孔がキュッと小さくなり、その目に映ったのは







左の肺のない人体のレントゲンだった





「藤森くん」


医者はおもむろに話を始める。


「あなたの肺は破れて、今、右肺だけで呼吸しています。」













「いますぐに治療が必要です。まだ未成年ですよね、お家の人呼んでもらえる?」










…えええエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!









なんかの冗談やろコレどっきり番組やろコレ!?!




と言いたかったが実際には、僕は縮み上がった。


…自然気胸 : 
成長期や高身長で体格の細い男子、過度なストレスに晒されている人間などに起こりやすい病。
具体的な原因が不明だが、肺が破れ、空気が肺を収めるスペースの気圧をあげてしまう事でさらに肺が縮む。 





やばいコレ確実にやばい。やだ勉強しなきゃ。





「家の人ですか…




今は…


いません…」



みえすいた嘘をつく




「ご兄弟とかもいない?いつ帰ってくる?」


看護婦さんが迫ってくる。






「未成年だけじゃ


”手術”はできない」





…ゑ




シュ…






しゅじゅつ!?!?!?!?!
まてまてまてまてそんなのしたことないぞ嫌だやりたくない怖い!!!!!!
「しゅしゅ、手術…ですか…?」


「はい。今すぐに治療しないと危ないです。



今から自分で歩かないでください。



こちらの車椅子に乗ってください」 



向こうのあまりの真剣さと、強引さから、事態の深刻さを感じ取った。



恐るおそる姉を呼ぶ。




スマホを打つ指が震えてうまく打てない。




色んな感情が押し寄せる。







センターまでに退院できるのか?
勉強はどうなる?
手術って何するん?
お金は?
今からせめて教材を家に取りに帰ったあかんの?






すぐ姉が駆けつけた。




姉が手術の説明を聞いている間、僕はただ唖然とする。




ただ目を見開いて、起こり得る最悪な状況を頭の中で考える。







母から、バイトを切り上げてすぐに駆けつける!とLINEがきた。




思考停止で固まった僕は、車椅子でそのまま病室に連れて行かれ、手術が始まった。





母が駆けつけた頃には手術は済んでいて、僕はただ病室の天井を眺めていた。


左の横腹から伸びるチューブは、キャリーケースほどの大きさの機械に繋がっていて、ボコボコと音を立てている。





「お、おかあさん……」






「これを、いえから、もってきてくれへん……?」






メモには教材の指示が書いてあった。



我が家で、大学受験をするのが僕が初めてなので、教科を指定したって伝わらない。




だからメモには見た目の特徴を書いた。




「薄くて青いやつ、分厚い深緑のやつ、黄色の表紙のボロボロででかいやつ」



すると、姉がすぐに取り帰ってくれた。




僕は脇腹の痛みに耐えて、ただ天井を眺める。




なんて1日だ。


病院なんかに来なければよかった。

もうセンターも間近だ。間に合うのか?


いや、間に合わせるのだけれど、どうやって?



考えるための情報が少ない。

退院までどのくらい?


入院中のスケジュールは?


入院中はどこまでの行動制限がかかる?

僕はどれほどの痛みに耐えられる?



あれこれ考えて1時間もしないうちに姉が参考書と着替えを持ってきてくれた。 



感謝して、参考書を手に取る。



ノソっと起き上がって 







っっっっっっゲホゲホッッゲッッッッホゲホ!





咳が止まらない。咳で息ができない。


ゲッッッッホゲホ!


咳が止まらず息が出来ない。


やば…ッゲホゲホゲホ!

…ッやッッッゲホゲホ!!っばっっ


ナースさんがすぐに駆けつけて症状の説明をした。


肺が急に膨らむから、咳が出るらしい。


じっとしているように言われた。



嫌味なくらい晴れている冬空を見つめる。





雲の動きが早え




ーー…





1時間ほどで咳は治った。



勉強しようとノソっと起き上がりペンを握る。








ゔ…




ピクリと体を動かすたびに痛みが走る。



筋肉が動くたびに、電流が体を伝うようだ。



クソが…


ペンなんてもう握りたくない。





嫌だ。


逃げたい、



やめたい。


この雲を見ながら昼寝でもしたい…

なんで僕ばっかり……


クソが。




クソクソクソクソ…




でも、ただ一つ、もっと嫌なことがある。





逃げる口実みつけては、悲劇の主人公を演じるブタ野郎に逆戻りすることだ。









いやだ。そんなの絶対にいやだ。


ゔっ…



震える腕を抑えつけて、ペンを握る。





カタカタカタカタ震えながらも、また一文字、一文字と書いていく。


っク…



ここで逃げるな、ここで言い訳を作んな。


今までの全てに意味を与えるのは、今の僕にしかできないのだから



次回予告


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