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小中不登校、ヤンキー高校から一年間の独学で阪大に受かった話 [Origin] 第16話 意味の果て

意味は備わっているものでなく、与えるものだ。見出すものだ。

もし現役で落ちたあの時の悔しさに意味を持たせていなければ、もし悔しくて一人で泣いたあの夜に意味を持たせていなければ、もし励ましてくれたあの笑顔に、嗤われたあの屈辱に、灼熱の夏に息を切らしたことに、凍てつく冬に駆けたことに、意味を持たせていなければ、きっと今はない。

意味の連続が、僕をここに連れてきた。


そうした果てに今はある。

そして今もそうだ。僕は午前の試験に意味を持たせる。この休憩時間に意味を見出す。










「いちっ、にーっ、さん、しーっ」


試験会場の前には桜のの下でストレッチする。

まだ蕾の桜が、風に揺れている。

僕が歩んできた道が「正しい」のかなんて知ったこっちゃない。けれど、「今」は僕が少しずつでも与えてきた「意味」の集合であることに疑いはない。そしてこれからもそうだ。僕はただ、意味を与え続けるだけだ。

さあ、これからどう歩もうか


……。


ブドウ糖を舐めて、例の化学の3冊子を回す。 




もうこいつもボロボロだ。
ガムテープで辛うじて冊子としての形を保っている。

触れるたびに蘇る、ランニングコースのカビた匂い。


ページをめくるたびに蘇る、ランニングコースを回り続けた日々。

ストップウォッチをスタートして、ポケットに消しゴムとペンを突っ込んで音読して、歩き続けた。


足が痛くなって何度も立ち止まった。


時には座り込んだ。


座り込んでいたら、おじいさんに「邪魔!」と怒られた。
座り込んでいたら、おばさんに「頑張って!」励まされた。





パタリと冊子を閉じる。




空を見上げる。





「ここまで来た、




あとはやるだけ」


試験教室に戻る。




まだ開始時間でもないのに、皆んな席に座っている。

試験の説明も始まっていて、なぜが僕が場違いみたいになる。




まあどうでもいい。



今までの手答えとしては、

数学4割から5割
英語7割から9割

平均6割…


タブン


ちょうど目標値くらいに、やっとの思いでしがみついている状況だ。


つまり、



すべては生物、化学の出来で決まる。


化学と生物の試験はセンター試験と同じようにまとめて行われる。

途中の休憩はない。


この150分間で、生物と化学が平均6割取れれば、僕の勝ちだ。


もし取れなければ…





いいや、そんなことはどうでもいい。






僕は、僕であり続ければいい。

僕のまま、ありのまま、試験に挑めばいい。



呼吸を整えて合図を待つ。



そしていよいよ試験官が口を開く。



「試験を始めます」


みなが一斉に紙をめくる。


僕もさすがに緊張しつつ、最初に化学の問題用紙を開く。




有機化学の構造決定の問題から解くと決めていたので、そこまでページをめくる。


ぴらぴら。

…30分後


…うん。



…多分、満点のはず。



有機化学は英語と勉強の仕方がそっくりなので、とても得意だった。


しかし慎重になりすぎたせいで、かなり時間をロスしてしまった。


すぐに理論化学、無機化学のページまで向かう。

時間がないことにかなり焦る。



問題の把握が大雑把になり、問題文をあまり読まずに手を動かす。






…やばい







計算が全然合わへん。


次進も、次。





…やばいこれも、答えを絞る方法が分からん。



やばい。

やばい。


目が泳ぐ

去年を思い出して、急に気分が悪くなる。



やばいこのままやと落ちる…


全部、無駄になる…





…いや、そうはさせない。


震える手で、解けるやつだけ解く。


絶対に最後の最後まで、諦めない。



今諦めたら、もう一生自分を許せないと思うから。



解くことにこだわりすぎたせいで、もう80分経っている。

生物・化学の配分はフェアに分けても、75分ずつだ。


“作戦がない限り”、150分を不等分するべきではない。




…作戦




そうだ、僕には作戦がある。




すぐに生物に移る。



生物は大問が四つある。


その大問の一問目を見た瞬間に、希望が湧いてきた。




絶対に、僕には解けないのだ。




これは大きな希望だ。


とことん勉強していたからこそ、この大問は絶対に僕の知識を超えていると瞬時に判断できる。


中途半端な期待を引きずらずに、”これは絶対に解けない”と線引き出来る。


だからすぐに4問のうち1問目を捨てる決意ができた。



大問二つ目をめくってみる。



…これは絶対に解ける。



これもすぐに確信する。



つい2日前にやっていた問題とそっくりな問題だ。



多少は理論的な文章を書くのに手こずって書き直したけれど、少し立ち止まって考えれば簡単な問題だった。 

難なく全問を回答して次の問題へ。


大問3…


しばらく見つめる。 



…たぶん解ける。



これも既視感がある。





すぐには問題の意味が理解できないけれど、詳しい説明は、手を動かしていると思い出すと思う。



頭ではなく、体に覚えさせているから。








たとえ頭は、焦りと去年のトラウマでパニックになっていても、腕が勝手に回答できた。


そんな腕に助けられて、次第に頭も冷えてきた。


若干の不安を残しつつ、回答終了。


最後の大問をぴらりとめくる。





なんかむずそうやん。


あるあるかは分からないけれど、僕は生物受験者として「電気泳動の図」が出てくると少し身構える。





くそーまじか。



気持ちよく答えれたのも、ここまでか。



この手の問題は、うっかりすると引っかけ問題にやられる。今まで散々経験してきた。


…と嫌な気分になる。


それに試験全体を通して考えると、回答はまるで奮っていない。
このままだと落ちる



…と脳裏に過ぎる。






いやいや!



ぶんぶんと頭を横に振る。

完全におかしな受験生だ。





見た目で判断せずに、問題の文章を読んでみる。



次第に思い出す、何を経てここにいるのか。


ーーーーーーーー

そう、生物の”論証を添削してくれない”問題は解決策はトライアンドエラーの繰り返しだった。

センター試験が終わり二次試験の勉強を始めた時に生物は全く進んでいなかった。

ほぼ全ての問題が初見だった。

急いでやってみるけど、それが難しいったらありゃしない。

魔が刺して「阪大 生物 難しい」なんてどうしようもないことを調べると、

「阪大の生物の害悪さは日本一と言ってもいい。高1、高2で阪大を考えているならば物理を選択するべき」

という記事が出てきた。


調べるんじゃなかったとスマホを投げる。

泣き言を言っても仕方がない。

とりあえず解いて、答え合わせをしながら教科書や、高校のプリントと、知識を結びつけた。

そうしているうちに、直前期だというのにすっぽりと抜けている知識を発見した。
生物基礎の範囲だ。





そう、理系の生物基礎と生物というのはなかなか歪な関係にある。
基礎”とついているからには、それがベースに生物という科目があると思われがちだ。
しかし事実、そこまで明確に包括関係が成り立っているわけではなく、内容が一部、”重なっている”程度だ。
おまけにセンター試験では、理系は生物基礎なしなので、このように知らず知らず全く触れなかった知識が存在する。




それに気づいた僕は、もう大急ぎで参考書を買ってきて、読み上げながら、説明して、録音して、とにかく聞いて、
自分で教科書を説明する動画を撮って、トイレでも見て、
“樹状細胞くん”や”B細胞ちゃん”が出てくる物語を齧り付くように読んだ。

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添削の問題は、とにかく模範解答の論理を真似た。


論理展開のさせ方は、

まず結論を言う→
そこから分かっている前提を言う→
実験データから分かることを言う→
考察を言う→
もう一度結論に念を押す。

というものだと何となく分かった。

それを指定された文字数になるように、自分の文章での口調や言葉を焼き直した。

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Yahoo知恵袋で、初夏からお世話になってる人に、質問リクエストをして直接「この論理構造は破綻していませんか?」と質問したりもした。

その人がスマホの向こうの一体何者かは知らないのだけれど、いつも優しく、謙虚に、筋の通った説明をしてくれた。


生物をやる時は、自分を縛り付けるために、春先に通った懐かしの図書館に篭った。


そこでずっと生物の論証をしていた。

目の前の席に中学校の後輩がいて、生物の教科書で顔を隠していた。


ーーーーーーーーー


…改めて大問4を見てみると、そっくりな問題が過去問にあったことに気づく。








…わかった!




そこからは早かった。


論述も一発で、文字数以内に収められた。


ランナーズハイというやつか、世界がゆっくり過ぎていくのに、思考は一切止まることがない。


今までやってきた生物大問3つを見返し、おそらくこれらは満点だと確信する。
満点ってことは、7.5割…




…目標を超えている。


英語も想定以上にできて、おそらく9割はある。




「…あれ…じゃあ別に化学って2割とかでもいんじゃね?」


そう思った瞬間、肩の荷が降りた。


心が軽くなり、もう一度、化学をなんとなく見返してみる。







目を右に左に…。





…ん。



…ああ、こういう問題やったんか。






要はこれって比熱からわかるやん…?





さっきはパニックに陥っていたけれど、落ち着いて読んでみればそれほど難しい問題ではない。



けどやっぱり、




有効数字は3桁の指定(憤慨)  



受験生は計算機じゃねーぞ!とイライラしつつも、前日まで鍛えた計算方法で


最初に概算し、
割り算と引き算をなるべく回避して、
自分が得意な領域に持ち込む。







時間が少ないことは分かっている。


けどもう時計を見る時間すら惜しい。


仮に今、時計を見たところで何になる?

やることは、目の前にある。




計算する、考える



思考に手が追いつかない。

もっと早く動いて欲しいと、もどかしく思う。


それに応えようと、手が震える。



自分の心臓の音がうるさい。


もっと早く手が動いて欲しい。


もっと早く。


消しゴムも、もっと早く消せればいいのに。





…あと何分だ?


いや、今考えても仕方ない。


…これで何割取れた?


ああもう!うるさいうるさい!



「最後に、


名前と受験番号が、


回答用紙に書かれているかを確認してください。



名前がない場合は0点となります。」



最終通告が言い渡される。




僕もビビって見返す。


よし、ちゃんと名前と受験番号は書いてある。





受験番号440245  藤森嵩人




よし。





あとは、足掻くだけだ。



見直しを済ませて、最後の最後まで計算し続ける。











そして…









そして1年間の地獄は、




たった一言で、


聴き慣れた一言で、


呆気なく終わる。



































皆がペンを置く。








…僕もペンを静かに置く。


力が入りすぎて、節々が痛い。

腕や手首を回す。

手汗で手のひらがテラテラと光っている。

手がプルプルと震えている。



終わったんだ。


試験が、終わったんだ。









終わったんだ。








はい。

回答用紙の枚数の確認が出来ました。



皆さんお疲れ様でした。




…会場に篭った殺気が消えていく。


すぐに立ち上がって帰るひと。

放心して座ったままのひと。

泣くひと。

笑うひと。

すぐに家族に電話するひと。

すぐに解答速報を確認するひと。

友達と話すひと。


…本当にたくさんの人がいる。




僕は、ただ目を瞑って息を吸う。




一瞬で思い返すには多すぎる軌跡を、ゆっくりと噛み締める。


何もかもが懐かしい。

たまに食べるコロッケパンの味、市民センターのワックスがけしたあとの廊下の匂い、図書館の古い本の匂い、体育館のカビたカーテン匂い、街の知らない場所に初めて足を運ぶ高揚感、ふと遠い未来を想像した時に宙ぶらりんになるような不安と胸の高鳴り

煉獄の春、憤怒の夏、迷いの秋、孤独の冬、

すべては色づいた情緒のなかで混ざり合って、僕を作っている。

透明人間になるという目標にしては、あまりに多くの人に助けられすぎた。


…。


10分くらい目を閉じる。



気づけば体のこわばりはなくなっていた。試験会場にはもう二、三人しかいない。


そして思った。




「まだ結果は分からんけど、
この一年は間違いなく、
この地獄の物語は、

この”人の願いが紡いだ”物語は、

何物にも代え難い、僕の宝だ」


「将来、迷いそうなとき、苦しい時に、きっと道を照らしてくれる」



そう確信して、僕は会場から出る。





ヒュゥーーーーーーーーーと風が吹く。




風が冷たい。


少し春の兆しを感じさせる、冷たくも、どこか暖かい風だ。



マフラーを深く巻く。









…さあ、帰ろう。


次回予告

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