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小中不登校、ヤンキー高校から一年間の独学で阪大に受かった話 [Origin] 第15話 力の結晶


東からオレンジ色の陽が昇る。

冬空が次第に色づいて、世界を青く包み込んでゆく。

鼻息すらも白く帯を引く。

桜舞うあの日から歩き出した道は、

真紅に燃え盛る煉獄に繋がっていた。

僕がブルーな時には、

赤の他人が僕を助けてくれた。

僕が臆病になっている時、

友達との薔薇色の青春が、

家族の海のように大きな愛が、

僕を支えた。

山を超えて、

荒野に彷徨い、

それでも空を見上げて、
僕はここまで来た。



自分で修理した自転車で毎日下り降りた坂をくだり、

空腹に耐えてネットの問題を印刷したセブンイレブンを横目に、

僕はあの長い長い線路沿いの道へと進む。

そこを抜けると、毎春桜祭りが華々しく行われる川沿いの駅前に繋がる。

駅前からは、市民センターがよく見える。

駅前からは見えないけれど、市民体育館も実はすぐそこだ。

市民体育館からは、夏祭りの花火の音がよく聞こえるんだ。






深く深呼吸する。


スーーーーーーーーーー




はああああああああああああ…


めいいっぱいに肺に空気を取り込む。



大阪大学のことはよく知らない。



どこにあるのかも、どんな大学かも。

けれど難しいに違いない。

そして、それは僕の物語をシメくくるには絶好の舞台のはずだ。


地図を握り締めて、電車を乗り継ぐ。

頭の中で、英単語1900語が2倍速を超えて再生されている。




最初の一文字目を聞くだけで、


どの単語で、どういう意味で、どういう用法で、どんな例文があって、どんな派生語があるかが一瞬で分かる。


ガタンゴトン、と揺られながら外の景色を眺める。



…僕は、望んだ未来までやってきた。
見たことない境地までやってきた。


…こんな未来、誰が想像しただろうか。

けど血反吐を吐いた末に、


それは現実となり、僕はいま息をしている。


…自分を変えると決意したあの日から、

どれほどの時が流れたのだろうか。
もう大昔のことのようにも、昨日のことのようにも感じられる。






乗り継ぎが終わり、「柴原」という正門前の駅に降りる。



親御さんや塾の先生らしき人達が花道を作って、エールを送っている。カイロも配っている。

(いいな僕もカイロ欲しい)









…そして正門前に立つ。






「きたぜ」







…2月25日、



大阪大学個別能力試験、通称”二次試験” 



ついにその日がやってきた。心は落ち着いている。周りの雑音は一切気にならない。


周りの受験生より賢いかどうかなんて、どうでもいい。
志望学科の倍率がいつもの4倍になっているなんて、どうでもいい。




誰の真似事でもない、僕の一年。

今、この体ひとつで、

この肺に

この空気をめいいっぱい入れる。


そして、この足でこの大地を踏みしめる。


それだけで十分だ。







支えてくれた母、姉。
辛い時に思い出すと頑張れた友達の顔。
ネットで僕の質問に答えてくれた人たち。
YouTubeやブログで何も知らない僕に教えくれた人たち。
通りすがりのお爺さんやお婆さんの何気ない応援。
自習室の警備員のおっさんとの他愛ない会話。
僕を助けてくれたドクター、気遣ってくれたナースさんたち。


みんなの一年の想いが、願いが、僕の体には宿っている。







そう、今の僕は、結晶だ。





何にも負けない、紡がれた想いの、力の結晶だ。





だから、

だから


僕が負けるなんて、











万に一つも、ありえない。







そうだ。


もう弱い僕はいない。
流してきた涙も汗も、


食いしばった歯も、


握りしめた拳も、


死ぬのが怖くて泣いた夜も、

吐きながら超えた日々も、


全部ぜんぶ無駄じゃない。

いや、無駄にしない。

この瞬間、この一歩に意味を与え続ける限り、僕は僕でいられる。




……







ー僕はここにいるぞ、運命。


お前を捻じ曲げにきた。

僕の全身全霊を以って、



お前をぶっ殺しにきた。


高らかに雄叫びをあげる。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


受験票との顔写真の照合が終わり、試験室に入る。

部屋に充満するプレッシャーはセンター試験とは比にならない。


そりゃそうだ。ここにいるのは赤の他人じゃない。
限られた枠を奪い合うライバル以外の、何者でもない。


僕もそれを肌で感じる。




「けど、出来ること以上のことは出来ないから」

と言って自分を落ち着かせる。




試験監督が挨拶して、「不正事項やったらこうするぞ」とか、「ケータイが鳴ったらこうするぞ」みたいな事務的な連絡をする。


最初は数学。

いきなり苦手教科だ。でも大丈夫、対策もイメージトレーニングも何回もやった。

今は何も考える必要はない。ただ僕であればいい。

目を瞑りその時を待つ。






すべては、このときのために。













ー「試験を始めてください。」










目を開けてページをめくる。




「満点を取る必要なんてない。僕は、6割あたりを目指せば受かるんだ」

具体的な目標を常に意識して、解けそうな問題から取り掛かる。


不思議な感覚だ。

心は落ち着いているし、頭の中の”自分の声”がはっきりと聞こえる。

体が”操作”できる。

どんな結果になったとしても、受け入れられる気がする


運良く、さっさく標準的な問題を見つける。

この大問はおそらくサービス問題。


まずは受験生に最低限の能力があるかどうかを、ふるいにかけるつもりだ。



…面白え。乗ってやろうじゃねえか。



…15分後。






積分がハードすぎない??????問題設定した人、本当に温かい血が流れてる????





とりあえず計算しきったが、ミスがあるかもしれないから後で見直すことにする。


次に、また簡単そうな問題を見つける。


阪大の過去問5年分を何十周ってしたからすぐに分かった。

阪大が最近ハマってる「複素数と確率の融合問題」だ。


この手の問題はとりあえず手を動かしたら指針が見えてくる。

任せろイッ!



…15分後



あれ




ホンマにあってる?



だめだ。



途中計算までできたけど法則性が見出せなくてやめた。





解けそうな問題を探して前のページに戻る。


ぴらぴらぴら。



一見イカついのだが、よく見てみたら「極限のハサミウチ」で解けそうな問題を見つける。



ハサミウチも春に嫌と言うほどやった。

どう動けばいいのかは手が覚えている。



数十分後…




…まあ、悪くないはずだ。納得できるまで解けた。





ここまでで、5問中3問は、完全正解出来ているかは置いておいて、指針・途中計算まではかけた。



後ろのページの残り2問をみてみる。



ふむ、ふむ…







…エ”っ!




…全然分からん。





突然、一年前の二次試験を思い出してパニックになる。


呼吸が荒くなる。

「ごめんなさいごめんなさい、結局、僕は嘘つきで…」




「いや、




僕は、僕だ



この一年のことを思い出し、呼吸を整えてもう一度問題に取り組む。


よく見てみれば、最初の小問は手を動かせば解けそうだ。


落ち着いて論述を進める。


数十分後


論述をしていると突然、さっき解いた確率と複素数の問題の法則性がピンときて、急いでページを戻る。



「残り5分です」






試験監督が野太い声で、そう言った。



全身が一気に熱くなり、焦りの感情が支配した。



けど、手先と頭だけは冷静に動かせた。



眼球が高速で動き、自分の脳がフル回転しているのが分かった。



「試験終了!」



合図で、すぐにはペンを置けなかった。まだもう1行だけ論述を続けようと意地になっていた。




「試験を終了してください、ペンを置いてください」

念押しが入り、ようやくペンを置く。



手のヒラから汗が噴き出て、ガタガタと震えている。




改めて、めちゃくちゃ緊張していたことを自覚する。



5割は取れた気がする。


6割にはたどり着いていなくても、まあ上出来だと思う。


…僕はそもそも、すべての教科で6割を取ろうとはしていないんだ。


ここで、改めて自分の戦略を思い出す。




ーーーーーーーーーー



センター試験が終わり、いよいよ二次試験の勉強に移った。


秋に過去問をやったけれど、かなりあっさりとしか出来なかった。


4教科の5ヶ年分の過去問が収録された過去問しか持っていなかった。

そして11月に触れることができたのは、そのうち英語・数学の2年分だ。

つまり、20回ある過去問のうち、4つしか出来てなかった。しかも一周くらい。


これはもはや、ほぼやっていないに等しい。だから改めて、ゼロからやり直した。


特に難しかったのが数学と化学だ。


どちらも計算がかなり重い。

その一方で英語は大して難しくなかった。

たしかに、難しいのは確かなのだけれど、「どうやら難関大学らしい大阪大学」の問題にしては拍子抜けだ。 

問題も出題も大して凝っていない。

ただ、ネックになるのは英語作文だ。

僕には添削してくれる先生もいない。自分でやるしかないけど、どうやって?

また、生物も対して難しいものではなかった。

見たことのない問題ばかりなのだけれど、解説を読んでみれば「なるほど、そういうことか」と納得できる内容だった。

けれどネックは、求められる答えのほとんどは、論証という事だ。もう一度言うが僕には添削してくれる先生がいない。 
「こういうふうに回答すればいい」
とか、”文字数制限の中で要旨を伝えるテクニック”とかは誰も教えてくれない。


知ってはいたけれど、問題は山積だった。


そこで大まかな指針をこうすることにした。


英語と生物をなんとかする。
なんとかして、問題を解消し、この二つを”武器”にする。

一方で苦手な数学と化学は、”足枷”にならないようにする。
“得意”にはならなくても、それくらいならば残り時間でも可能だ。



よって



英語 7~8割
生物 7~8割
数学 3~4割
化学 4~5割


を目標として、勉強スケジュールに濃淡をつけて取り組んだ。


これが残り少ない時間で、ライバルを出し抜くための最適解だ。

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だから今、数学の試験が終わったわけだが、大して動揺はしていない。

想定通り、あるいは想定よりちょっと良いくらいだ。


ゲロを吐きながら積分計算してよかった。



休憩時間に外の空気を吸いに行く。





スーーーーーーーー



ハアアア…



ストレッチをする。    



いちっ、にーっ、さんっー、しーっ



薄暗い廊下を渡って、試験教室に戻る。




相変わらず、シケた空気が漂っている。




僕は席につき、カバンからズタボロな過去問を取り出す。


別に今から解くわけじゃない。ただ触れていたい。


11月にメルカリでこの本を買った時、中古だったので誰かの匂いがついていた。

誰かの書き込みがあった。


けど今は、僕の書き込みで埋め尽くされている。



消しゴムのカスや、シャー芯の炭素の匂いがする。こぼれたお茶が染み込んで一部が茶色になっている。

表紙は破けて、塗料は剥がれ落ち、角は丸くなって、僕の手に収まっている。

目を瞑って、ぴらぴらぴらとめくる。

その音に耳を傾けて、日々を思い出す。


そしてこれから迎える英語の試験を想像する。


「…もんだいようしがくばられたら、
うけとって、
ひらいて、
とく…」

小声で繰り返す。


もんだいようしがくばられたら、
うけとって、
ひらいて、
とく…


「試験を始めます。


試験に関係のないものはすぐにカバンにしまってください。


関係のないものがあれば見つけ次第、不正行為とみなします」


席の前から問題用紙が配られる。



僕は受け取って、


目を瞑って合図を待つ。


「英語、8割を…」


ーー「試験始め!」




…奪る!



目を見開いて、ペンを握り、書き込んでゆく



英語の”添削できない問題”をどう解決したか説明しよう。

調べたところによると、英語作文というのはそもそも減点方式だ。

つまり冠詞などの文法的におかしいところから減点され、内容のせいで減点を喰らうことは”ほとんどない”

つまり原理的には、減点を避けるだけで点数は保持できる。 

”良い文章を先生に教えてもらいながら身につけていく” 
ことは僕にはできない。

けれど、 

“だめな文章のパターンを蓄積して意識する”ことは出来るはずだ。

こうして僕は「減点されない英語作文」という本を購入して、その減点パターンを必死にボイスレコーダーに入れて聞いた。

聞くよりもさらに、アウトプットを重視して、自分で書いた文章のなかに減点パターンを探した。

そしてまた、僕は春からずっと英語長文をまるまる暗記してきたので、それをそのまま流用することにした。
これならば文法的なことで減点されることなど、あり得ない。

大きな柱はこの二本だ。

阪大英語には、和訳という厄介な項目が要所にたくさんあるのだけれど、自分の今までの血反吐がモノを言うと信じて取り組んだ。


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当然、Yahoo知恵袋などで「この和訳は変ですか」みたいな質問も沢山した。


過去問で初めてみる単語も、即答できるまで覚えた。



だから、僕が負けるわけがない。



案の定、いや、想定していたよりもずっと英語は簡単だった。


長文のテーマもありきたりなAIのお話



英語作文のテーマも尖ったものではなく、ありきたりなものだ。

「諦めるのは大事かどうか」みたいな


僕は「大事じゃない、諦めるな」という主張をする。


けど、「諦めなかった経験のおかげで成功した」例が、ない。


もちろん、この一年のことを書けば良いのだけれど、ちょっと内容が多すぎてパンクするし、時制を正しく書ける自信がない。





「僕は諦めなかったおかげで、高校受験に大成功して、今ここにいます」

みたいな嘘っぱちのストーリーを書く。




嘘は得意なので書きやすかった。Who cares!?



残り時間20分を余して、完走




周りの受験生を見渡すと、みんなまだカツカツと音を立てながら解いている。




「…そうか」



何かを納得して、解答を見直しながら時間を潰す。



「試験終了!


直ちにペンを置いてください」





試験監督の声がさっきよりも強い。僕のせいだろうか。



…ふぅ…






…英語、




もうやれることは、全部やれた。







自分のすべてを出せた。





ーいよいよ試験は午後の後半戦へと続く




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