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小中不登校、ヤンキー高校から一年間の独学で阪大に受かった話 [Origin] 第6話 THE FOOL


昼間っから自習室に高校生が来ることはなくなった。



それで分かった、 



夏が終わった。






お時間の区別なんてのはとうの昔になくなって、四季なんて考えることを忘れていたけれど、「夏が終わった」という響きはどうしてこんなにも哀愁を帯びているのだろうか。

「春が終わった」「秋が終わった」「冬が終わった」

「だからなんだ」という感じだ。「冬が終わった」なんて響きはむしろ、万々歳だ。「男子三日会わざれば、刮目して見よ」よろしく、一夏を超えた僕にも何かしらの変化が起こっていて欲しいものだ。





夏の終わりである最近は、大型の台風がよく来ている。





空はずっと重い鉛色で、吹き付ける雨がオンボロアパートの窓を揺らす。





それでも僕は、自習室に行く必要があると思っている。


そこにロジカルな理由なんかない。




強迫観念、いやほぼ呪縛に等しい。

自らにかけた呪い、言い換えれば、誓い。

幼い時に買ったカッパを着てみる。




サイズがあまりに小さくて、胴体と二の腕までしか雨を防げない。



けれど教材さえ濡れなければ問題ない。


カッパを着て自習室に向けて自転車をとばす。

外に出て数秒もしないうちに、横に吹く雨で青色の短パンは紺色に変わる。


メガネに雨粒が吹き付けて、前が見えない。


眼鏡に、車のワイパーのようなものでもついていれば良いのにと何度も思う。


口で呼吸しようとすると雨が飛び込んでくる。 

ペッとその雨を吐き捨てて、眼鏡の雨粒を払う。 

強風に煽られて転倒しそうになる。




それでもペダルを思っ行きり踏んで、自習室に向かう。



どんな日も、たとえ台風の日もびしょ濡れになりながらでも、息巻いて自習室にやって来る



…きっと市民体育館の施設の人は戸惑ったに違いない。


この人は何なんだろうと。









「本日は警報発令中のため、自習室閉鎖」







張り紙がそう言う。


自習室の扉は閉ざされている。



ポチョン…ポチョン…ポチョン



体から雨水が滴り落ちる。



歩いてきた廊下には、雨水で足跡が残っている。


…以前から大雨の日はよくこういうことがあったので、臨機応変に対応する。


市民体育館の一階の、雑談スペースに降りる。

普段は小中学生やおばさんやおじいさんの溜まり場なのだけれど、さすがに豪雨と雷鳴り響く日には誰もいない。


ズチャアという音を立てながら、パンツまでずぶ濡れの僕はイスに腰掛ける。


最近の勉強は、自分の苦手をひたすら、徹底的に叩いている。


1週間くらいの区切りで目標を決めて、

センター数学IAの確率とか、

整数とか、

データの分析とか、

化学の溶解度とか、

沈殿のとことか…

知らず知らず逃げていたところを、時間を測って、まともに試験で使える知識になるまでひたすらに鍛え上げている。

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…鍛え上げながら…



ガクガク



ブルブル


…震えている。



冷房効かせすぎだろオイイイ!


体の方は対して鍛え上げられていなかった。



もう館内に僕しかいないんだから、冷房なんか切ってくれ!

つーかそもそも、9月の台風の日に冷房なんかいらねえんだよ!



…ってずぶ濡れで言っても説得力がない。


かくして


大雨→
ずぶ濡れ→
ガクガクぶるぶる→
館内の受付まで降りて冷房を切るようにお願いする



というのが最近のオキマリの流れだ。


多分すでに5回くらいはこの手のやりとりをしている。多分。




くだらないことにこだわって、自習室に通っているように見えるけれど、僕にとっては重要なことだ。



この誓いを守り続けている限り、僕は僕でいられる。そんな気がする。





ーそれに、





それに、なるべく家に帰りたくない。



最近の我が家の雰囲気はよくない。




お母さんと姉は、お金の話でよく喧嘩している。



壁が薄くて、その声は僕の部屋まで筒抜けだ。



とくに姉は、僕に振り回されることに納得していないと知っているので、尚更気まずい。




そして、その荒れた雰囲気に追い討ちをかけるように電車の轟音が鳴り響く。





ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!





色んな意味で、耳を塞ぎたい。








辛い辛い辛い辛い。



けど今はどうにもできない。


僕の感謝は、贖罪は、行動で示すしかない。  



そう思えば思うほど、勉強以外のことは考えられないようになった。





そんなある日、母から動揺した口調でLINEがきた。







「どうしよう、500万円の請求が来た。こんなん払われへん」





















思わず自習室で声を出す。



家に帰ってすぐに詳しい話を聞いた。



「以前に住んでいた家」の修繕費についての請求らしい。


確かに長年住んでいたから修繕費はそれなりにあると思っていた。



けれど500万円分もあの家をぶっ壊した覚えはない。

管理会社からの請求を見て、驚いた。

「家の修繕費」という名目だったが、「ジェットバスに改造する金」「床暖房に改造するお金」みたいな項目がわんさかあった。明らかにこちらが払う義理はない。

こんなの違法だ。不当だ。


その不当な請求に対処するために、お母さんは動揺しながらも毎日あちこちの弁護士事務所を走り回った。


相談し、弁護士を立てた。 


けれどそのお金だけでも我が家には大打撃だった。




なんでこうも…



次から次へと…






なァおい!神様きいてんのかオイ!返事しろよ!

なんやねんこの天罰の連続はァ!?

…僕が何したって言うんねん…



僕が何したって…





この文句を言うのは、傲慢がすぎる。 




すべての始まりは自分であると知っている。






因果なんか、一番僕がよくわかっている。





…でもせめて、悪役が欲しかった。




神様でも何でもいいから、悪役になって欲しかった。





ーそう願いながら涙を流した秋の夜。






ーーーーーーーーーーーーーー



秋はさらに深まり、たとえ自習室が開いていない日でも、スーパーの休憩コーナーでも、公園でも、場所を見つけて勉強した。


赤ん坊の鳴き声、
おじいさんのいびき、
おっさんの新聞を読みながらの独り言、
奥様方の井戸端会議、




色んな種類のBGMで、勉強した。



文句を言っているわけじゃない。



そもそもここは勉強する場所じゃないんだ。



だから黙って耐える。



黙って耐えて、勉強を繰り返す。



…大まかに立てた勉強計画に従って、

目の前の課題に全力を注ぎ、問題点を見つけては、

ルーティンに含めたり、次の勉強計画を立てる時に組み入て…


そんな日々を繰り返す。






時は流れて風がいよいよ冷たくなってきた10月下旬


ーあの夏の模試の結果が帰ってきた。



模試を受けてから、まだ2ヶ月ほどしか経っていないけれど、大昔のことのように感じる。




「あの模試から、僕はさらに自分の苦手に向き合うようにしたんだ」



「ルーティンの勉強だって増やしたし、

しかもその一つ一つの密度も大幅に上げた。


タイムを徹底的に測り、

自分の音読を録音して聞き返して、

妥協している点を探し出して、自分を追い込んだ」

「だから夏時点より僕は賢い。


だから、模試の結果なんてそんなに気にする必要ない」


そう言い聞かせて心の準備をする。


「現役の頃から、あんまり伸びてません」


という現実を叩きつけられるかもしれないという、心の準備だ。




恐る恐る封筒を開ける。




数字は気にしないように…




ゆっくり目を開ける。





……「偏差値」



右にゆっくりと視線を移す。








「70」












もう一度確認する。





「偏差値」という欄の数値を、別の欄のものと読み違えていないか確認する。




もう一度左に目を移す。





「偏差値」


右に目を移す。







「70」





ついに目がおかしくなったのか


これは何かのミスじゃないか







あり得ない。



運の要素が絡むマーク式の模試ならまだしも、






記述模試で…70…






高校3年生の最後に受けたマーク式の模試ですら、



偏差値36だった。








…めちゃくちゃ取り乱した。



どゆこと!?


何かのミスで、他人の成績が誤植された?!






何度も何度も何度も見返した。




しかしそこには確かに


英語…偏差値70

数学…偏差値59

化学…偏差値54

生物…偏差値70





神戸大学 B判定

大阪大学 C判定


と刻まれていた。


この異常な伸びに、自分の経てきた地獄は無駄じゃなかったと、強く確信する。


…たった一人、誰もいない荒野を彷徨って、ここまで歩いてきた。


空気は干上がり、  
喉は枯れ、
ハゲタカがいつも僕を狙っていた。

それは想像を絶する悪夢だった。


けれど間違いなく、僕が歩んできた道だった。 


…そんなポエムを思わず口ずさむ。




数字が重要ではないと数分前まで言っていたクセに、この急激な伸びにテンションを抑えれらない。







「イイイイイやっほおおおおおおおォオオオオお!」





ベッドの上で飛び跳ねる。




「ちょっと下の階の人に怒られるから暴れんといて〜〜」

と、お母さん。




まさか、自分がここまでやれるなんて、想像もしていなかった。



志望校は、現役の時と同じく神戸大学にしていた。



だけれど、
「3月から10月の半年でこの伸びなら、


受験まで残り半年


ひょっとして、ひょっとするぞ…」




…と魔が差す。







「東大、京大は二次試験に5教科を要する…

…これからセンター試験の対策も必要になってくることも考えると、

10月末の今から国語と社会も、

二次試験で通用するレベルにあげるのは難しい……」





「でも二次試験に、

英語・数学・理科しか課してこない国公立大学なら…


かなり上のレベルまでいける気がする……」






…人の欲というのは止まることを知らない。


大学ランキングなんてくだらないと思う。



けれど、そのくだらないことを抜きにして考えても、


自分の限界の、さらに向こう側を見てみたいと思ってしまった。



ーもっと脈打つ鼓動に、焦がれてしまった。





かくして僕は11月から、大阪大学に志望校を引き上げた。



いよいよセンター試験の勉強も本格的にしなければならない季節なのに、正気とは思えない。




もし、これで落ちたらこう罵ってほしい。




愚か者と





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