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小中不登校、ヤンキー高校から一年間の独学で阪大に受かった話 [Origin] 第7話 ツァラトゥストラはかく語りき

駅前の百貨店の灯りが落ちて、あたりはすっかり活気を失った。飲み会帰りのサラリーマンたちが千鳥足で横断歩道を渡っている。

僕はそんな彼らを横目に、信号を無視して駅の通りを滑り降りる。事故らない程度にスピードを殺しつつ、ある程度の勢いでそのまま駐輪区画に入る。

2時間まで無料と書いてある駐輪機にはあえて留めない。これは僕のささやかな反抗心だ。

違法駐輪を誰かに注意されないかキョロキョロとあたりを見回して、そそくさと店内へ入る。

「いらっしゃいませ。当店10時閉店ですがよろしいでしょうか」

店員が元気よく尋ねる。

こっくりと頷く。

プラスチックのプレートに、プラスチックのトングのようなもので商品を一つ取る。

そのままレジに進む。

「ストロベリーリングが一点。お会計は132円になります。」


…。


そう、最近は駅前のミスドに通い始めた。


というのも、最近僕はやけに焦燥に駆られているからだ。

いや、これじゃ説明になっていない。どうしたんだろう。ちゃんと順序立てて話さないと…。

この前の夏の模試で、僕は無力を痛感した。なのに、返却された結果に浮かれて浮き足立っている。

より高いところを目指す、大阪大学を目指す、と決めたのはいい。

けれど問題は相変わらず山積だ。

11月といえば、フツーの受験生にしてみれば、もうセンター試験に取り組まないといけない時期だ。そして、僕がそのフツーじゃないなんて言うつもりはない。殊更に頭が悪い僕が、センター試験ギリギリにセンター試験対策をして間に合うはずがない。だからそろそろ本気で取り掛からないといけない。

けれど、だからと言って「センター試験の勉強をずっとしていたせいで二次試験の過去問に初めて触れるのは、センター試験後になっちゃいましたぁ」なんてことになるワケにもいかない。そうは問屋が卸さない。

だから、こういう作戦にした。

まず過去問をせめて、英語と数学だけでも、2年分だけでもやってみる。そしてその情報を使って、自分に足りてない要素を考える。たとえその分析が正確じゃなくても、本気で受かるつもりなので嘆いている時間はない。

考えた要素をルーティンに組み込み、そしてそのルーティンがあわよくばセンター試験対策にもなるように、抽象的にこなす。


作戦を立てたのはいいとして、現実は最悪だった。英語は悪くない。だいたいわかる。

けど数学が最悪だ。取れてせいぜい2割。こんなんで受かるのか。


ってなわけで、最近はルーティンとして二次試験の問題をやることにしたり、音読方法を変えたり、新しい単語や解法をを覚えたりしている。


…。


なので、要は、1日にやらないといけないことが多すぎるんだ。だから、帰宅時間を遅くしてこうして閉店ギリギリのミスドで勉強している。



「ストロベリーリングが一点。お会計は132円になります。」


く。132円。大金だ。しかも9時過ぎ入店の、10時に退店だろ?単純にコスパが悪すぎる。

でもまあ、席に着くにはせめてドーナツが必要だ。こいつはいわば席代だ。

くだらないことを考えながら席につき、カバンからセンター国語の赤本を取り出す。

やっぱりこいつは難儀な科目だ。一問ごとの配点がデカイので失点するわけにはいかない。徹底的にやろう。


…ッピっと店内にストップウオッチの電子音が鳴り響く。


よーい、スタート。


…。



夜は更けていく。








朝、起きると同時に単語帳アプリを起動する。


朝ごはんを食べながら、

着替えながら、

身支度をしながら、


1900英単語の発音と意味を、音声が流れる前に即答する
朝の大体30分〜40分の”ながら作業”で単語の仕分けを終える。

次に2次試験の英語長文の復習と音読。


夏が終える頃にくらいには、初夏に買った長文問題集を全文暗唱していたので、ちょうど新しい長文が読めて新鮮な気分だ。

30分ほどこなす。

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センター古文の音読。


品詞を意識せずに分解できるようになるのが目的だ。


20分ほどこなす。

古文の品詞の判別があまりに遅いので、品詞識別方法を何もみないで一気に説明する。


10分ほど。

自転車にまたがり家を飛び出す。


自転車を漕ぎながら、品詞分解の知識や、英語の文法に関する注意、あるいは数学で意識するべきこと、重要な公式を吹き込んだ自作のボイスレコーダーを聴く。


15分ほど。



市民体育館の自習室に着くと、まず荷物を下ろして、すぐに階下のランニングコースに向かう。


当然、ボイスレコーダーは再生したままだ。

まずは、夏から始めた化学の知識がまとまった冊子を歩きながら一気に音読する。

当初は一冊やるだけで3時間ほど立ちっぱなしだったあの地獄のようなルーティンも、

今は三冊で大体1時間と数分で回せるようになってきた。


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それに比例して、冊子はボロボロの紙切れになった。

今はテープで背面を補強して使っている。

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このランニングコースを何週回っただろうか。

ひどい時は一日中ここにいた。


体育館はカーテンが締め切られているので、外界の光は届かない。

足の痛みと、体育館の利用客の移り変わりだけが僕に時間を知らせてくれた。

「ああ、今日は体育館をバカでかい声で準備体操をするミニバスが使っている。ということは今は水曜日の午後7時くらいか」

ーピッ

いつものようにストップウォッチを起動して歩き出す。

いつもランニングしてるおじいちゃん、警備員のおっちゃん、雨漏りしてる天井と、雨漏り対策のバケツと雑巾。

よく見慣れたメンバーを、

何度も何度も何度も何度も通り過ぎる。

「シクロアルカンは…ホルムアルデヒドは…実験室での精製…組成…化学的電気的性質…物理的勾配…アルコールの級数判定とその仕組み…フェノールの合成法…ジアゾカップリングの説明…」


何度も何度も何度も


何周も何周も何周も。

「頻出の化学反応式を化学式と係数を一瞬で言う…この化学式の注意事項は、酸性条件下でしか起こらないことで…沈殿の色、沈殿する組み合わせ…酸化剤還元剤…アルミの生成法…銅の電気精錬…工業的作製法…イオン化傾向…」




幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も


「格子の構造の説明、配位数…周期表の特徴的な元素の説明…モル比熱の定義…溶解度積の計算方針…電離の定義…エネルギー順位…」




ピッ。

ストップウォッチを止める。



59:02


つい3冊で1時間を切ったとガッツポーズ

続いて古文単語

一日たった565語程度。

またピッと、ストップウォッチをスタートする。

「うしろめたし…気掛かり、不思議だ。いぶせし…いやし…めずらし…


ああこれは間違えた。」



ペケマークをつける



ーピッ。

古文単語は、大体20分前後で回せるようになってきた。

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当初は2時間以上かかっていた。


次に、漢文の句型の暗記だ。

ーピッ。

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「…これは反語。なぜならここにヤが入ってるから。いづくにか…AヲシテBヲシテCシム…Aイワンヤ…イヅクンゾAカ」


…ピッ。


句型と例文暗唱、漢字の暗記含めて合計で30分前後

「次は、英語熟語1000語の仕分けと復習…」



ズキッ


と胸が痛くなって立ちすくむ。


もうこの時点で、足の痛みも精神も限界に近い。



コースに座り込む。



体育館で楽しそうに運動している少年たちをボーッと見つめる。


「何のためにこんなことしてんねろ」


「やめてしまいたい」



…もうこうして、ずっと座り込んでいたい。


立つのすら、つらい。




もういいから、何もかもやめて…


やめて…


でもやめたら、


今までの自分が報われねえ……


今まで犠牲した時間も…



飲み込んだ屈辱や恥も悔しさも…



押し殺した感情も、



巻き込んで傷つけた人たちも


…今やめれば、


全ては無意味だ。



…無意味なんだ。


…立ち上がらないことなんて簡単なんだ…




そうやって勝手にしっぽ巻いて、逃げて、感傷に浸るだけが今までの僕ならば、


そいつをぶっ殺すことが僕の目的だったはずだ。





そうだ、



立ち上がれ。




今に意味を与えろ。





今に意味を与え続ける限り、今までは無意味じゃないんだ。



軋む足を、体を動かせ。




ーーピッ。




ルーティン再開



「At any rate どんな犠牲を払っても…be crucial to まるまるにとって重要である…take~by surprise まるまるを驚かす…」




…開館時間から来ているのに、ランニングコースから出てくる時にはもう昼を過ぎている。




そしてようやく座学の時間だ。これを”メーン”と呼んでいる。



このメーンは、3日とか1週間とか10日ごとに変わる。






あらかじめ大まかな予定を組んでおいて、細部は調整しながら、残り時間と伸びしろを逆算して、何をやるかを決める。

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ーピッ。


メーン開始…







トイレに行くなら、ポケットに記憶カードを忍ばせ、耳にはイヤホンを着け、用を足しながら勉強する。





こんな日々が毎日続く


毎日


本当に毎日


1日もサボらずに、毎日毎日毎日毎日







嫌になって、やめたくなって、しゃがみ込んで立ち止まって

けれど必ず立ち上がった。



今逃げたら僕じゃない




いや、”僕”になれない




今を逃したらもう一生、自分を好きになる機会がないんじゃないかと思うから。





誰かの真似っこ、


借り物で満足する有象無象として、


人生を儚く終えるんじゃないか


と思うから。


僕はただ、自分になりたい。





次回予告


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