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“普通”ってなんだ、発達障害から考える個性と病気の境

 昨夜、下北沢の本屋「ブックアンドビア(B&B)」で行われた「私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音」(姫野桂 × 雨宮処凛 × 光武克)というトークショーに参加しました。行こうか悩んでいたのですが、最近インプットと刺激が足りない・・・!と危機感を覚え、一旦自宅へ帰るも当日券を求めて参加をしました。結果、良かった。

 僕自身、たぶん発達障害です。日常に大きな支障はありませんが、いわゆる“グレーゾーン”におります。別に隠してもいませんでしたが、「障害がある」というパワーワードを盾のように使うのも嫌なので、聞かれれば答えるし、別に自分からは言わないし、という感じでした。

 僕自身のことで言えば、記憶とコミュニケーションが苦手です。話をしていても自分が何を話していたか忘れてしまったり、話しかけたこと自体を忘れていたり。電話番号などの数字が一番苦手で、4桁を超えるとパッと覚えることが難しくなります。だから、何をするにも常にメモをすることを日課にしています。ふと思ったこと、言われたこと、この後やること、全てメモをして確認することで日常生活をやり過ごしています。コミュニケーションについても、いわゆる空気が読めないような場面は恐ろしいほどあります。そもそも、人と接するのが苦手です。「こんな仕事してるのに?」と思われるかもしれませんが、多分この仕事をしていないと、誰とも接さずに生きていくことになりそうで、反対に怖いのです。

 発達障害とは、僕の中では「能力にデコボコがあること」だと認識しています。誰にでもできること・できないことはありますが、時間を守るとか、片付けをするとか、だいたいの人ができることが苦手な人かなと。なので、発達障害と一括りに言っても多種多様。例えば、極端に片付けができない人がいれば、片付けすぎて一つでも調和が崩れると対処できなくなる(僕はこちらです)人もいます。統計学に「有意水準(統計的に誤差として集合に入れない極端な事例)」という概念がありますが、これに少し似ているのかなあと。なんとなく、人間を統計学的に平均化して見たときに両端にいるのが発達障害者なのかなと(手書きの図が汚くてすみません)。

  このように平均的なものを良しとする日本の文化の中では、たしかに“普通にできることができない”と病気とみなされます。でも、じゃあ普通ってなんなんだという話です。個性と障害は何が違うのでしょうか。ここに明確な答えはありませんが、トークショーの中で雨宮処凛さんが「定型(健常者)と発達障害者の距離よりも、私が全く理解のできない趣味を持つ人と自分の距離の方がずっと遠く感じてしまう」というようなことをおっしゃっていました。平均を考えるのではなく、趣味趣向、できるできないのコミュニティーがいろいろあるんだと思えば、その中では自分は平均的かもしれないし、そもそもその中ですら、別に平均である必要なんてないなと。人に迷惑をかけなければ、何だっていいじゃん、と思ってしまうのです。そもそも“普通”ということの定義自体が実は一番難しい。もしかしたら、普通って、平均を逸脱できない病気なのかも。

 僕の好きな本でなだいなださんの「くるい きちがい考」という本があります。古い本ですが、その中で「平均にひたって、自分には問題がないことにした人たちは、平均から逸脱したものを憎む。他人を画一化しようと努力する。自分のような人間にしようとする。自分のようでない人間に、いちじるしく不寛容だ。その人たちは、画一化されない人間をクルッテイルと見なす。ぼくとしては、そういう人々の多い社会を、なんとか、もう少し寛容な人間の多い社会にしたいとは思っているわけだよ」という一説があります。これは病気の話ではありません。でも、まったく同じことなのです。

 今回のトークショーには当事者の方がかなり多く来ておられました。最後の質問コーナーでも当事者としての悩みを打ち明ける方が多く、発達障害ということと世間とのギャップに悩む人は多くいるということを改めて痛感しました。でも、僕としては今、当事者の苦悩を世間に知らしめたいわけでもないし、定型の方に理解を求めたいのかといえばそれも違う。

 ただ一つ言えるのは、発達障害かどうかということを差し置いても、世の中には「平均とそうでないもの」という区分をすることが往々にしてあるという事実です。そして、「平均が正しい」かどうかは時と場合によります。むしろ、人によります。普通ってなんなのか、平均が何を意味するのか。そんなことをなんとなくでも考えられるようになれば、発達障害の問題だけでなく、世の中は少しでも寛容になれるのかもしれない、と強く感じるのです。

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