しあわせイコライザー①(note de ショート #19)
放課後、いつものバーガー屋でいつものメンバーと盛り上がった後、僕は駅まで早足で歩いていた。
「ちょっと待って!」
背後から呼び止める女の人の声がしたので振り返ると、スラッと背の高いスーツを着ためちゃくちゃ美人なお姉さんがそこにいた。
「僕のことですか?」
「そうそう、君」
こんな美人に喋りかけられたことがないのと、何の用があるのか全くわからなくて、僕はとても緊張した。
「さっきのバーガー屋さんで盛り上がってたよね!」
やば!お姉さん、さっきの店にいたんだ?! みんなでかなり騒いでたしなぁ。怒られるのかな?
「すみませ! うるさかったですか?」
「ちがうちがう(笑)」
よかった。怒ってるんじゃないんだ?! じゃあ、なに?
「キミ、好きな子いるんだよね?!さっき言ってたじゃん」
「え?あ、はい...」
バーガー屋では、男4人で、それぞれの彼女や好きな女の子の話をして盛り上がっていた。
「ごめんねー。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、みんなおっきな声で喋ってたから(笑)」
話を聞かれてたかと思うと、僕は途端に恥ずかしくなってきた。
「その子のためだったらなんだってできるー、って言ってたよね?!」
「あ、はい...」
改めて言われるとさらに恥ずかしい。
「あれ、ほんと?」
「え?」
「本気で言ってた?」
おかしなことを聞くお姉さんだ。
「あ、はい...」
「そうなんだね。それだけ好きなんだよね?!」
妙に確認するなあ。
「はい」
「じゃあさ、仮に、仮にだよ、その子が幸せになるためなら、キミは頑張れる?」
「はい...」
「彼女を支えてあげるためにちょっと辛い思いをしたり、大変な思いをしたり出来る?」
「はい」
結婚式の時に牧師さんの前で宣誓をさせられてるみたい。〈健やかなる時も病める時も〉みたいな。
「すごいね!高校生、だよね?!なのに偉いね!」
「あ、ありがとうございます」
唐突に褒められたので、語尾が半笑い気味になってしまった。
「ワタシさ、こう見えて調査員みたいなことやってるんだ」
「調査員?」
「そう」
「何のですか?」
「この世の中の、かな。広い意味でね」
広くても、狭くても、よくわからない説明だった。
「最近さ、自分だけが得しようとか、人はどうなってもいいって思ってる人多いじゃん。でもそんな人ばっかりになっちゃうと、バランス悪いよね?!」
「?...はい」
「それを少しずつ修正していくのが私の仕事」
「はい...?」
なんだか着地点が見えない話になってきた。
「地球の資源は限りがあるって言われてるよね。それは何も物に限ったことではなくて、実は幸せもそうなんだよね。この地球の幸せの量は決まってるんだ。誰かが幸せになった分、誰かが不幸になる。プラスマイナスゼロになるように設計されてるの」
急に話がオカルトみたいになってきた。新興宗教の勧誘かなあ。
「キミが考えてることはわかるよ。私だって誰かからこんな話聞いたら、怪しさ100%で疑うもん(笑)だからいきなり信じてくれなくてもいいよ」
じゃあ何?
「さっき言ってた女の子ことで言えば、その子が幸せになればなるほど、誰かが大変になっちゃうってこと。この地球上の幸せの総量は決まってるから」
なるほど。
「で、その子に幸せになってほしいなら、キミは大変な目に合う覚悟まではあるかなぁ?って。もしあるなら、このクスリをキミが彼女に飲ませてもらえば、キミに辛い事が起きれば彼女には幸せな事が、逆に、彼女に辛い事が起きればキミに幸せなことが起きるようにセッティングできるんだ。どうせプラスマイナスゼロになるんだったら、好きな人のためになりたいと思わない?」
お姉さんはそう言って、タブレットに入ったラムネのような錠剤を見せた。
「はい...」
怪しさ満開な話だ。
「疑うのも無理ないよね。私だって人からこんな話聞いたら、すぐには信じない(笑) だから、無理に試さなくてもいいよ。でも、体に害の無いようには作ってあるから、そこまで彼女を思うなら、一度試してみるのもいいかなーと思うんだ」
「うーん...」
さすがに僕は考え込んだ。ハルカのことは大好きだ。本当に付き合いたいし、もし付き合えたら、僕の高校生活はめちゃくちゃハッピーになるだろう。でも...
「わかるわかる。そりゃそうだよね。じゃあさ、こうしない? LINEの連絡先を交換しようよ。私からは連絡しない。クスリを飲んでみて何かあったり、聞きたいことがあったら、キミから連絡してもらう。どう?」
向こうからしつこく何かを言われないなら、まあいいかなと思った。
「わかりました」
「お、いいね!」
そう言うとお姉さんは、自分のLINEアカウントのQRコードを出した。僕はそれをスマホでかざした。
「じゃあこれね」
お姉さんが私のタブレットは3錠だった。
「1錠飲むと、その効き目は2日間続くから。無理はしないでねー」
なるほど。効き目は一生続くと言うわけではないんだ。
「質問とかあったら気軽に連絡してね。じゃあね!」
そう言ってお姉さんは、颯爽と街へ消えて行った。
何なんだこれは? 僕に何が起きてる? 地球のバランスを取る仕事? 幸せの量は一定だって? お姉さんは体に害がないって言ってた。それに、もしもの時はLINEでメッセージをすればいいんだから、やってみてもいいかもな。ハルカに話しかける話題にもなるし。
次の日の朝、教室に入ると、既に机に座っているポニーテールのハルカの後ろ姿が見えた。
「よっ」
「あ、マサくん! おはよー」
ハルカの席のすぐ後ろが僕の席で、こんな感じでハルカの振り返る顔を見るのが好きだ。今日も本当に可愛いい。僕の学校生活は、ハルカの可愛さにハッとすることから始まる。
「昨日さ、ヘンな事があってさ」
「うんうん」
朝イチでもちゃんとこうやって人の話を聞くのが、ハルカのいいところ。
「女の人に呼び止められて...」
「どっかに誘われたの?(笑)」
ハルカは食い気味にそう言って、キャハハと笑った。
「いや、違う違う(笑)なんか変なクスリを渡された」
「クスリ? ヤバいやつじゃないの?」
「うーん、わかんないけど、そういうヤバさはないと思うんだ」
「どういうこと?」
「僕がハルカにこれを飲ませてもらったら、僕に不幸なことが起こったらハルカに良いことが、逆にハルカに良くないことが起こったら僕にいいことが起こる、ってクスリらしい」
「なにそれ? ほんとなの?」
「んー、わかんない。そんなクスリ聞いたことないし」
「だよね」
「うん。でも体には害がないように作ってあるって言ってた」
「そうなんだ...」
「もし何か良くないことが起こったら連絡してくれって」
「ふーん」
「だから、試しに飲ましてくれない?」
「わたしが? マサくんに?」
「そう」
「いいけど...」
「効き目は2日らしいから、ヤバいと思ったら、それ以上飲まなけりゃいいことだし」
「うん...」
「じゃ、これたのむよ」
そう言って僕は、お姉さんに貰ったクスリをひとつ、ハルカに渡した。
「なんかラムネみたい」
ハルカはクスリの裏表を見ながらそう言った。
「だよね。見た目はそうだよね」
「うん。じゃ、あーんして」
僕はハルカに口を開けた。ハルカは僕の口の中に、そのクスリをポイっと入れた。僕の口の中であまーい味が広がってきた。
「どう?」
ハルカが心配そうに僕を覗き込んだ。
「ん、マジでラムネみたい」
「そうなんだ」
「うん。全然何ともない」
口の中で甘ったるい味が広がってる以外は、特に変化は無かった。
「よかったあ」
ハルカは満面の笑みでそう言った。
午前は英語や数学など、普通の授業で僕もハルカも教室にいたので、お互いに何の変化も無かった。午前の授業が終わって昼休みになり、僕は食堂へダッシュしていた。いつもは弁当だけど今朝は母が寝坊してしまい、パンを買わなければならなかったからだ。食堂ではA、Bという2種類の定食の他にパンも何種類か売っていて、焼きそばコロッケパンはいつも争奪戦となっていた。僕は階段を1段抜かしで昇り、3階の食堂を目指した。3階に食堂のある方へ走っていると、食堂から続いている順番待ちの列が、食堂の外にも続いているのが見えた。この列は、間違いなく焼きそばコロッケパン待ちの列で、僕はその最後尾に加わった。列はゆっくりじわじわと進んで、僕は食堂中へと入った。パンを売っているブースを見ると、何種類かあるパンのうちでも、焼きそばコロッケパンの売れ行きが圧倒的に良い。残りもあとわずかとなっていた。だんだんと僕の順番が近づいてきて、見た目にもすごく微妙な残り数になっているのが分かった。あと1人で僕の番となり、焼きそばコロッケが残りは2つだったので、ギリギリ間に合ったと安心していたら、僕も前の男子生徒が2個買ってしまった。
「えーっ!」
僕は見上げて思わずそう言ってしまった。ブースでパンを売っているおばちゃんが、
「残念だったね。残ってるパンもあるよ。何にする?」
と聞いてきた。見ると甘いパンしか残っていない。僕は仕方なくミルクフランス買った。
僕はその細長いミルクランスをプラプラと振りながら教室へ帰っていった。教室に入るとハルカが女子の何人かと弁当を食べていた。僕の存在に気づいて、持ってるミルクフランスを見た。
「あれ?マサくんがミルクフランスって珍しいね!?」
「焼きそばコロッケパンが目の前で売り切れた」
「えーっ、そうなの?じゃあさ、これ食べない?」
そう言ってハルカは、焼きそばコロッケパンを出した。
「焼きそばコロッケパンじゃん!どうしたの、これ?」
「ユータくんがさっきくれたの。お弁当だけじゃ足りないと思って買ったけど、やっぱいらないって。後で何人かで食べようと思ってたんだ」
「マジで!たすかるー」
「そのかわり、そのミルクフランス、ちょっとちょーだいっ」
とハルカは言った。その言い方がめちゃくちゃ可愛かった。
「うん、いいよ」
「やったあ」
そのあと、ハルカと一緒にお昼を食べた。僕はハルカとパンを食べながら、
「これって、なんだか微妙に僕の悪いことが起こって、ハルカに良いことが起こってる気がするなあ。もしかしたらクスリの効果なのかな?」
と思った。
午後からの授業は体育だった。今日の種目は走り幅跳び。僕は運動神経が悪いわけではないけれど、どちらかというと長距離走のような、持久力を試される種目の方が得意で、瞬発力とか俊敏性などの生まれ持っての才能が必要そうな種目は、そんなに得意ではなかった。走り幅跳びは、まさしくそういう種目だった。グラウンドで男子と女子で分かれて走り幅跳びをするけれど、この体育の授業ほど、生まれ持った才能の違いをありありと知らされるものはないなと思う。しなやかに助走して、「タンっ」という音と共に、信じられないくらいに軽いフィーリングでジャンプする者もいれば、ぎこちない動きで、何をどうやっても遠くまで飛べそうにない者も居る。ハルカは運動神経がとても良く、この幅跳びはその軽やかな動きで、いつもいい記録を出していた。
生徒の人数と授業時間から考えると、授業の間1人3回は飛ぶ計算になる。軽い準備運動の後、みんな1本目を飛び始めた。僕も1本目を飛んで、いつも通りの、可もなく不可もない記録だった。女子の方に目をやると、ちょうどハルカの順番だった。普段のニコニコしておっとりした雰囲気からは一変し、キリッとした表情からしばらく走り出し、「タッ!」と軽やかにステップを踏んで、遠くまで飛んでみせた。周囲の女子からは、
「すごーい!!」
というドヨメキが上がった。
2本目。僕の順番が来た。スタートの号令に合わせて走り始めた時から、いつになくが身体が軽い気がした。でもあまりにも体が軽く感じられて、踏み込みを失敗しそうになり、バランスを崩しそうになった。いつもの僕ならここで足をくじいてしまい、コケてしまうところだけれど、その時はなぜか奇跡的にバランスが取れて、自分でもびっくりするようなところまで飛べてしまった。
「おお!すごいじゃん!!」
様子を見ていた生徒があちこちから歓声を上げた。その結果に僕自身驚いたけれども僕はおどけて、
「ま、やれば出来るよ」
と、軽口を叩いて見せた。
女子の方に目をやると、ハルカの順番が来ていた。いつものように真剣な眼差しから素早いスタートを切り、スピードに乗った体を遠くへ飛ばそうとしたその瞬間、足がもつれてコケてしまった。その様子を見ていた僕にも、一体何がどうなったのかわからないくらい不思議なコケ方をした。ハルカは足をくじいてしまったようで、他の女子生徒に抱えられ保健室へ運ばれて行った。僕はその時ハッとした。
「これ、あのクスリのせいなんじゃ...」
そう思うと、なんだか寒気がした。
〈②③④につづく〉
〈このエピソードの他にも、「note de ショート」というシリーズで2000文字〜8000文字程度で色々なジャンルのショートストーリー(時にエッセイぽいもの)を、月10話くらいのペースで書いていますので、よろしければお読みください。〉
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