しあわせイコライザー③(note de ショート #21)
土曜日の朝、と言ってももう昼前。僕は目が覚めた。昨日の夜はいつもの金曜の晩のように遅くまで音楽制作をしていて、空が青く光り始めた朝方に眠りについた。布団の波に紛れ込んだスマホを取り出すと、ハルカからメッセージが入っていた。
〈おはよ。ルナとは1時からお出かけ。今のところ特に変化はないよ〉
メッセージの時間を見ると、朝の9時だった。休みの日にハルカとメッセージをするのは初めてだけど、休みの日でも意外に早起きするんだな。僕はメッセージを返した。
〈おは。今おきた。りょーかい。ぼくはずっと家にいる〉
一文が短く、なんだか地球に来たばかりの宇宙人みたいなメッセージになった。すぐにハルカからレスがあった。
〈おは、ってもうすぐ昼だよw 〉
〈うん。色々やって、寝たの朝〉
〈なる。そろそろルナと出かけるよ〉
〈りょーかい。なんかあったら言って〉
〈おっけー〉
こういうやりとりをしていると、なんだかハルカと付き合ってるみたいだ。クラスメイトだけど、ハルカが学校で付き合ってるという噂聞いたことないし、別の学校の彼氏がいると言うのも聞いたことがない。メッセージをしても普段の人格と同じでいい感じだし、やっぱいいよな、ハルカって。
あまりに遅く起きたことわ母親に軽く怒られつつ、僕は昼過ぎにお昼ご飯を食べ、部屋に戻った。ベッドに寝そべってMacBookを立ち上げ音楽制作をしようとした時、何故かわからないけれどクルっと体が回り、ベッドから転げ落ちた。
「えっ?」
今、何がどうなった?普通に寝そべっただけなのに、知らぬ間に床に落ちてる。ハルカに何かあったのかな?と思ってると、メッセージが入ってきた。ハルカだった。
〈マサくん、大丈夫?今お店の中でコケかけたら、すぐ横にあったソファにすっぽりと座れちゃった〉
〈なる。僕は寝転がって、ベッドから謎に転げ落ちたw〉
〈ごめーん!気をつける〉
〈いや。ハルカが大丈夫ならいい。というか、連動早くない?〉
〈うん。なんだか秒になってきてる〉
〈だね。気をつけて楽しんで〉
〈ありがとう!〉
僕は今日も明日もずっと部屋にいるので、多分何もないと思うけど、ハルカ動きはわかっとかないといけないな。スマホの通知は気をつけておこう。
気を取り直してMacBookを開き、昨日制作していたセッションを開いた。
前はバンドをやっていたけど、バンドって難しい。友達同士で初めても、みんな微妙にやりたいことが違うし、力量もそのやりたいことに見合わないことがほとんどだ。やりたいことの違いと、やれないことが続出して、友達が友達でなくなってしまいそうな瞬間が何度もあった。だったらひとりで作る方がいい、そう思って1人で音楽を作りだした。やってみると、意外と簡単で思った事は形にできるし、完成した作品は良くない時は自分の発想が良くないだけの話で、原因もすぐにわかる。音楽は1人で作るにかぎるなと考えるようになっていた。昨日作っていた作品は、晩御飯を食べている時に思いつき、その後からずっと制作していた。最後の最後にどうしても詰めきれず、途中でやめて朝方眠った。夜中に手紙を書き次の朝読み返してみると内容がヤバいことがよくあるように、夜中に作っている時には天才だと思った音楽が、次の朝聞いてみるとなんて事は無い作品だった、というのはよくある話。昨日の作品はどうだろう...。制作ソフトのプレイボタンを押して、音源をリプレイしてみた。うん、悪くない。夜中の勘違いというワケではなさそうだ。僕は制作を始めた。僕は1人でこうやって音を作ったり、少し直したり、それをもう一度聞き返してみたりするのが好きで、まるで陶芸家が土を練りながら、少しずつ作り上げていくような感じと似ているような気がして、時間が消えた空間の中に僕1人だけが存在しているような気分になってくる。アスリートの人たちが言う「ゾーン」って、こんな感じなのかもしれない。そんなゾーンに入りかけたとき、開いていたセッションファイルが固まった。音楽制作は扱うデータ量が多くて、こういう事はよくある。僕は少し待ってリトライしてみた。まだ動かなかった。こういうこともよくある。僕は部屋を出てトイレに行き、冷蔵庫に入っているコーラを飲んだ。少しキッチンで休憩してから部屋に戻ってセッションファイルを開くと、さっきまで作っていたデータが落ちていた。
「えーーっ!」
僕は大きな声でうなってしまった。かなり傑作な予感がしたのに。でも、データはそこまで重くなかったはず。どうして落ちてしまったんだろう?あれこれ考えていると、ハルカから連絡が入った。
〈ずっと探していた古着の凄く可愛いスカート発見!〉
あ、そういうことか! ハルカが欲しいもの見つけて、僕のデータが代わりに消えたと。うーん、ハルカが嬉しいならまーいいか...。いいのか?
〈かなりラッキーなんだけど、マサくんは大丈夫?〉
〈あ、うん〉
〈そう!よかった!〉
傑作のデータが飛んだとは言えない。しゃーないけど、つれー!まあ、また作ればいいかー(泣) ハルカがこんなに喜んでるんだしなー。しかし、連動具合が半端なくなってきた。こんな状況なら一瞬でも外出するのはやめた方がいいな。
僕はとりあえず一旦落ち着くために、ココアを飲むことにした。土曜日の今日は家族が全員出かけていて、家には僕1人。シンと静まり帰ったキッチンに入って、お気に入りのココアの袋を探した。でも、いつもあるはずのところに、ココアがない。いつもは、両親が飲むコーヒーや調味料などが置いてある場所に一緒に置いてあるのに、今日に限って見つからない。これも、ハルカの行動と何か連動してるのかな? そう思いながら探していると、あった!シンクの側にある食洗機の横に、ココアが置いてあった。そういえば昨日の夜中に、音楽制作をしている途中でココアが飲みたくなり、ココアを作った後にそのままシンクに置いた気がする。さすがに何でもかんでも連動はしないかと思いながら、僕はココア小さじ2杯をマグカップに入れて、ポットのお湯を注いだ。こういうお湯を扱うとは、今はかなり慎重になるべきだな。もしものために、お湯はマグカップの7割程度しか入れなかった。部屋に戻る時もわずかな距離だけど、多少の振動が来てもこぼさぬように、ゆっくりゆっくりと歩いた。
デスクに座ってマグカップをパソコンから離した位置に置き、僕はホッと一息ついた。もうここまで来たら大丈夫だろ。僕はそう思いながら、ココアを1口飲んだ。あれ?おかしい。もう1口飲んだ。うーん?おかしい。ココアがちっとも甘くない。いつものようにマグカップにココアを小さじ2杯入れたのに、全然甘くない。「甘い飲み物代表」なココアなのに全然甘くない。僕が困惑しているその時、ハルカからメッセージが入った。
〈買い物終わりで入ったカフェのココア、今まで飲んだ中で1番おいしい!!〉
というメッセージとともに、マグカップ片手に笑顔でピースサインをしているハルカの自撮りが添付してあった。なるほど、こういうことか。ハルカのとてもハッピーな笑顔を見ると、僕の飲んでるココアが多少甘くなかろうが、なんかどうでも良くなってきた。というか、僕がアンラッキーになることでハルカがハッピーになるんなら、クスリが効いている間は僕が一方的にアンラッキーになってもいいのかも、と思った。
〈おー!いいねー!僕も飲みに行ってみる〉
僕はメッセージを返した。
〈一緒に行く?〉
ハルカはそうメッセージを送ってきた。
〈え?〉
とっさのことで、僕は焦った。
〈あはは。じょーだん〉
いやいや、冗談を言うタイミングじゃないでしょ。一瞬本気にした自分が恥ずかしかった。
〈あ、でも〉
ハルカが何かメッセージをしようとした。
〈どした?〉
〈お母さんが、マサくんを家に連れてきなさいって〉
〈え?〉
どういうこと?
〈わたしがケガをして、昨日家まで送ってもらったじゃん?!〉
〈うん〉
〈そのことをお母さんに話すと、送ってもらったのに、お礼もせずに帰ってもらったのは悪いって〉
〈あー〉
〈だから、いっぺん来てもらいなさいって〉
〈な、なるほど...〉
〈でね〉
〈うん〉
〈マサくん、明日、ウチに来ない?〉
〈え?〉
〈だって、土日は家にいるって言ってたじゃん。ヒマなんだよね?〉
〈まあ、そうだけど...〉
〈明日は私ももともと予定ないし、どうかなって〉
甘くないココアを飲んだ後の急展開に、僕は頭と感情をついていかせるのが精一杯だった。なんだって?ハルカの家に明日行く流れになってるぞ。
〈だめ?...〉
〈あ、いや。行くよ〉
〈よかったあー!じゃあさ、明日昼に来てよ。お昼ごはんとお茶しよっ〉
〈わ、わかった〉
〈近くの駅に11時50分に来てね〉
〈オッケー〉
〈じゃ、明日ね!〉
〈うん〉
僕はベットに倒れ込んだ。ケガをしないためにそれから寝た。
「しあわせイコライザー①、②」はこちら
〈このエピソードの他にも、「note de ショート」というシリーズで2000文字〜8000文字程度で色々なジャンルのショートストーリー(時にエッセイぽいもの)を、月10話くらいのペースで書いていますので、よろしければお読みください。〉
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