見出し画像

しあわせイコライザー②(note de ショート #20)

 「大丈夫?」

 僕はハルカが連れてこられた保健室に来た。保健師の先生がハルカの足にシップと包帯を巻いているところだった。

 「大丈夫だよ。ちょっとバランスを崩しちゃっただけ」

 ハルカは笑顔でそう言った。

「運動神経の良いハルカちゃんにしては珍しいわね」
 
 処置に使ったハサミや包帯を片付けながら、先生は言った。

「どうしてコケちゃったの?」

「いつも通りに走り出したんですけど、踏切の直前で何か引っ掛けたような感じになって、足がからまっちゃって...」

「ふうん」

「ハルカちゃん、運動神経良いのにね」

「中学の時に陸上をやっていたんで、自分がどういう動きをしているとか、さっきどんな動きをしていたとか結構覚えてる方なんですけど、さっきこけた時はなんだかよくわからなくて」

 僕は2人のやりとりを黙って聞いていた。やっぱりあの薬の効果が出てるのかもしれない。

「ちょっと疲れてるのかな」

 先生はハルカのケガを “たまたま起こったこと” としてまとめようとしていた。

「そうですね(笑)」

 ハルカも、そうしようとしていた。

「マサくん、ずっとだまってる(笑)」

 押し黙っている僕を見て、ハルカはそう笑った。

「ほんと。自分が何かしてしまったみたいよ(笑)」

 先生もそう言って笑った。僕は笑えなかった。

「じゃ、無理せず大事にしてね。マサくん、ハルカちゃんを教室まで連れて行ってあげて」

「はい」

 僕は少し屈んでハルカに肩を貸した。ハルカからいい香りがした。

「ゆっくりで」

僕がそう言うと、

「うん」

 と、ハルカが言った。僕たちは保健室を出た。僕らの様子を保健師の先生が微笑ましく見ている気がした。僕たちはハルカのペースでゆっくり歩いた。

「なあ、ハルカ」

「なに?」

「このケガさ、あのクスリのせいじゃ...」

「え?」

「さっきの焼きそばパンといい、このケガといい、僕らの行動が連動してる」

「焼きそばパンはそうかもだけど、走り幅跳びはちがうくない?」

「僕、走り幅跳びは苦手だけど、さっきはめちゃくちゃ上手くいったんだ。何でか分かんないんだけど」

「そうなの?」

「うん。何でかわかんないけど、今までの中で一番上手く飛べた」

「そうなんだ...」

「うん。運動苦手な僕が謎に上手く飛べて、運動得意なハルカが謎にコケた」

「そうだね...」

「普段のハルカなら、あんなコケ方しないよね」

「うん...」

「今日が金曜日だし、効き目が2日続くとしたら日曜日まであるんだ」

「そうだね...」

「これだけすぐに連動するなら、お互いに良い事や悪い事が起こったら、すぐに知らせないと」 

「マサくん、土日はどうしてるの? 予定とかある?」

「超インドアで音楽オタクの僕に、それ聞く?」

「あはは」

 そう笑いながら、ハルカが少しのけ反りそうになった。

「あぶないって!それに笑いすぎ(笑)」

「ははは、ごめん」

 ハルカはお腹をかかえ、まだ少し笑っていた。

「ハルカはどうしてるの?」

「え?」

「いや、土日」

「なんかデートの誘いみたい(笑)」

 ハルカにそう言われて、僕は急に照れ臭くなった。

「いや、そういうんじゃなくて!」

「わかってるよ(笑)」

 ハルカの方が何だか余裕があった。

「土曜はルイと買い物に行くけれど、日曜日は特に用事ないよ」

「足は大丈夫なの?」

「じぶんちの近くの店で古着を見るだけだし、明日になったら、ゆーっくりとくらいなら歩けると思う」
 
 「ゆーっくり」を強調して言い方が可愛かった。

「そうかー。無理せずにだなー」

「うん。そうする」

「ケガしてるから無いかもしれないけれど、もしもそれ以外に、ちょこっとでも外出する時は連絡してくんない?! 僕もそうするし」

「うん、わかった」

 ハルカはコクっとうなずいた。

「それと...」

「まだあるの?(笑)」

「うん」

「心配性だね(笑)」

 ハルカはおかしそうに笑った。

「心配性じゃなくて、ハルカのことが心配だから」

 僕がそう言うと、ハルカは少し照れくさそうにした。

「ありがと」

「う、うん」

 僕も照れくさくなった。

「で、それとなに?」

 ハルカがそう言うと、僕は我に返った。

「あ、そうそう。それと、何かして欲しいことがあったら言って」

「え?」

「いや、このケガは僕がさせたようなものだし」

「マサくんが?」

「うん。僕がクスリを飲まなけりゃ、こうなってない」

「うーん...、そうかもだけど...」

「だから遠慮なく言って」

「うーん...。そうだ!」

 ハルカの目が、キラっと光ったような気がした。

「え、なに?」

「明日のお出かけは、ゆっくりとでも1人で歩けると思うんだけど今はムリ。家まで送ってくれない?」

「え?」

 ハルカの家は、僕の家とは逆方向のだった。

「だめ?」

「いや、だめとかじゃ...」

「じゃ、いい?」

「うん...」

「じゃあかえろ」

「結構元気じゃん(笑)」

「言うこと聞いてくれるんだよね?」

「あ、うん...」


 その後、僕はハルカを家まで送った。2人で帰ったのは初めてだった。

「しあわせイコライザー①」はこちら


〈このエピソードの他にも、「note de ショート」というシリーズで2000文字〜8000文字程度で色々なジャンルのショートストーリー(時にエッセイぽいもの)を、月10話くらいのペースで書いていますので、よろしければお読みください。〉

 

 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?