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元文科省のキャリア官僚と考える、小難しくない教育改革のお話④

【広島叡智学園について】

 初回の記事をお読みいただいた何人かの方から、「その夢(子どもの自殺をゼロにする)と、広島叡智学園がどう繋がるのか?」というご質問をいただきました。

 広島叡智学園は、広島県にある、公立の全寮制中高一貫教育校です(学校案内はコチラ)。大崎上島という人口約8,000人の離島にあります。

 たくさんの留学生を受け入れ、日本語・英語の両方を駆使しながら、PBLを核としたカリキュラムでともに学びます。定員40人に対して、毎年300~400人の子どもたちが受験してくれていて、入試は、合宿によるグループワークに基づいて行われます。国際バカロレアの認定も受けています。

 広島に赴任した2014年から開校(2019年4月)までの5年間、僕はこのプロジェクトのリーダーを務めてきました。赴任当初は、影も形もなくて、連日、チームのメンバーと「こうしたい、ああしたい」と夢を語り合いました。一方で、「ゼロをイチにする」というのは、やはり大変で、開校までの毎日は、文部科学省で働いていた時以上にしんどい日々でした。

 このプロジェクトに関わっていなければ、僕は文部科学省を辞めていなかったでしょう。「公立エリートスクール」と揶揄されたりもするこの学校。プロジェクトからしばらく離れていますので、どうしようか迷ったのですが、開校直前(2018年11月)に書いた原稿をそのまま引用して、この学校に込めた僕の想いを語りたいと思います。

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広島叡智学園(HiGA),第1期生の募集をスタートしました。
この学校は,僕の人生を変えた学校です。
このプロジェクトのために,僕は文部科学省を辞め,広島県に籍を移しました。
少し長くなりますが,僕の広島叡智学園に対する「想い」を,以下に記したいと思います。
まず,僕は,学校は,もっともっと「自由」であるべきだと思っています。そもそも論になりますが,大人たちが考える「学校の役割」と,子供たちが「学校に求めること」は,果たして一致しているでしょうか。学校は,とかく大人たちの「こうじゃなきゃいけない」が溢れる場になりがちです。しかし,こうした「価値観の押し付け」が,子供たちと大人たちの間に,ズレや溝を生じさせていないでしょうか。それが,ともすると,子供たちにとって「学校」を息苦しい存在にしてはいないでしょうか。
子供たちにとっての「学校の価値」というのは,もっと多様でいいと思います。そして,それを認めてあげられる学校であるべきだと思います。
大人たちの「こうじゃなきゃいけない」に支配されるのではなく,子供たちの「こうしたい」「ああしたい」が溢れるような場。学校がそのような場になり,大人たちが考える「学校の役割」と,子供たちが「学校に求めること」が一致すれば,子供たちは毎日,生き生きと学び,成長していくことでしょう。
広島叡智学園は,そんな「世界で一番,子供たちが輝いている学校」を目指します。そして,「学校」というものの存在,さらには「大人と子供」「教師と生徒」という関係のパラダイムシフトを牽引していきます。
また,広島叡智学園は,「学びの変革」を牽引する学校です。
「学びの変革」について議論していた際,こんな指摘を受けたことがあります。
「もしも大学入試改革が実現しなかったらどうするのか。それが実現するかどうか分かってから『学びの変革』に着手した方がいいのではないか」
それに対して,僕はこう答えました。
「そもそも学校は,大学入試のためにあるものなのでしょうか」
日本は,そして学校教育は,大きな転換点にあります。先の読めない,変化の激しい時代がこれからやってきます。しかも,フィールドは「世界」です。言ってみれば,これからの時代というのは,非常に厳しい時代です。学校教育は,そこできちんと活躍できるように,子供たちに必要な力を育んで,送り出していかねばなりません。ものすごく大きくて重要な使命が,学校教育に課せられています。にも関わらず,「大学入試改革が実現しなかったら」という議論は,とても矮小化した視点ではないでしょうか。
もちろん,進路が重要じゃないとは言いません。保護者の方々からすれば,大切な子供のことです。「先が見えない時代だからこそ,子供たちには少しでも『いい大学』に行かせておきたい」と思われるのは,当然のことでしょう。しかし,これだけ大きな時代の転換期に,すがりつく「ワラ」としては,ちょっと頼りなさすぎる気がしませんか。そもそも「いい大学」って何なんでしょう。偏差値が高ければ,本当に「いい大学」でしょうか。
文部科学省時代,僕はある高校生から「何で偏差値の高い大学に行かなきゃいけないんですか?」と聞かれたことがあります。その時,僕は次のように答えました。
「残念ながらいまの時代は,『偏差値の高い大学に行っておかないと,その仕事につくことが難しい』という変な仕事がいくつかある。キャリア官僚なんてその典型例。そんなことで将来が制約されてしまうなんて,バカバカしいじゃない。だから偏差値の高い大学に入っておいた方がいいよ」
確かにこれまではそういう側面もありました。ただ,もう時代は変わりつつあります。近い将来,「偏差値の高い大学を出た」という「ワラ」なんて,簡単に吹き飛んでしまう社会が必ずやってきます。
では,「大学受験のための学校(高校)」じゃないとすれば,学校は何のためのものなんでしょうか。大学受験がなくなったら,学校の先生は,子供たちに何を教えるべきなんでしょうか。そして,子供たちは何を学ぶべきなんでしょうか。
この根源的な「問い」に徹底的に向き合い,生徒たちとともに探究し続けるのが,広島叡智学園です。大学受験に責任を持つ「18の春を泣かさない教育」を行うのではなく,生徒の人生に責任を持ち,「生涯を通じて笑顔でいられる教育」を行います。
そして第三に,今の日本には,いや,世界には,ホンモノのリーダーが必要です。「なぜ税金を使ってエリート教育を行うのか」という指摘をいただくことがしばしばあります。しかし,そもそも「エリート教育」とは何なんでしょうか。「裕福な家庭に生まれて,小学校の時から塾に通い詰めた勉強のできる子たちを集めて,いい大学に合格できるための教育を行うこと」でしょうか。だとすると,僕たちが目指すものとはまったく違います。この学校が「いい大学に合格できるための教育」を行う学校ではないことは,先ほど述べた通りです。また,この学校の入学者選抜は合宿です。塾に通い詰めて,机に向かって勉強をし続けているだけでは,突破することは難しいでしょう。
一方,この学校はリーダーを育成するための学校には違いありません。これからの時代,僕は,リスクを背負いながら,社会変革に果敢にチャレンジしていくリーダーが不可欠だと思っています。そして,「いい大学に合格できるための教育」というエリート教育ではなく,ホンモノのリーダーを育成する教育を行う学校が必要だと考えています。
「この学校の卒業生は,どんな仕事に就くことを想定しているの?」と,よく聞かれます。ただ,人材像に掲げている「社会の持続的な平和と発展に向け,地域や世界の『よりよい未来』を創造できる仕事」としか答えようがありません。僕は,「どこで働くか」よりも「何を実現するか」の方が大切だと考えています。「今の仕事の半分がAIに奪われる」とか「子供たちの65%が,今は存在していない職業に就く」とか言われている時代。これからはそういう時代です。「東大を卒業したのにNPOで働いているなんてもったいない」という声を聞いたことがあります。僕自身,文部科学省を辞める時,多くの人から「もったいない」と言われました。このような考え方を転換していく必要があります。仮に「広島叡智学園を卒業して,パン職人になった子」が出たときに,「もったいない」とか「広島叡智学園は失敗だ」などと言う声が出たとしたら,僕はそういう声が出ること自体が,上に書いたパラダイムシフトと,そして広島叡智学園が必要であることを示していると思います。
また,この学校で育成するのは「社会の持続的な平和と発展に向け,世界中のどこにおいても,地域や世界の『よりよい未来』を創造できるリーダー」です。僕は,広島叡智学園の生徒には,次の姿勢と言葉を大切にしてほしいと思っています。
1.誠実な人「一期一会」
2.思いやりのある人「和を持って貴しとなす」
3.アサーティブな人「和して同ぜず」
僕は,今後,平和で持続的な社会の実現に向けて,日本人は,更に重要な役割を担っていく必要があり,また,担っていくことができると思っています。それは,以下のような仮説に基づきます。
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「(日本が長年大切にしてきた美徳である)『誠実さ』や『思いやり』をもって人と接し, 他者の立場や意見を尊重しつつも,広い視野と高い戦略性に基づいて,自らが正しいと信じる方向へと結論を誘導できる人材(アサーティブな人材)」を育成することにより,平和な社会を構築できるのではないか?
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欧米人のようにアグレッシブではなく,一方で,これまでの日本人のようにパッシブでもない。このような人材こそが求められているのだと思います。
また,その際には,「平和」というものを多角的に捉えられる力が不可欠です。ご存じの通り,「広島」と言えば「原爆」,「広島における平和教育」と言えば「非核・反核の教育」です。もちろん,核の無い世の中を目指すのは大切なことですが,一方で,戦争,貧困,環境,エネルギー,食糧,少子高齢化,地域の衰退などなど,平和な社会を阻害する課題は山ほどあります。こうしたことを全体として捉えた上で,世界中の人々と協働しながら,平和な社会づくりに取り組んでいける人材を育成していきたいと考えています。
これらを体現するものが,広島叡智学園教職員全員で共有している「Code of conduct」(行動指針)です。以下にその内容を記します。
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○ 本校に勤務する教職員は,常に「生徒たちの成長」を最優先で考えなくてはならない。この例外となるものは「生徒たちの生命・身体に著しい危機が生じる恐れがある場合」以外には存在しない。当然のことながら,「生徒たちの成長」は,「学習活動における成果物の質の向上」に優先する。生徒たちの「失敗」や「挫折」は,忌避されるものではなく,奨励されるべきものである。
○ また,すべての教職員は,教職員の役割は,あくまで「生徒たちの自発的成長を促し,支える『足場掛け』(scaffolding)」にあることを忘れてはならない。適切な「足場掛け」は,「生徒たちの無限の可能性を信じること」から始まる。教職員は,生徒たちの可能性を,「教職員自身の経験や想像の範囲内」に押し込めてはならない。
○ さらに,教職員は,教育者としてのみならず,社会の持続的な平和と発展を牽引する存在としても,プロフェッショナルであることが求められる。「平和で持続的な社会」の在り様について,教職員一人ひとりが,自分自身の言葉で語ることが出来なくてはならない。
○ 併せて,教職員は,本校が「Learning Community」となることを目指すものであることを認識する必要がある。本校において,教育を担う主体は,教職員だけではない。外部のサポートメンバーはもとより,生徒自身が,「Learning Community」の一員として,教育を担える主体となるよう,積極的に促していくべきである。
○ なお,教職員は,具体の判断に迷った際には,学校教育活動に関しては,「生徒たちの将来の職業生活の在り様をイメージし,それと乖離していないか」,寮生活に関しては,「家庭における保護者と子供との関係をイメージし,それと乖離していないか」をひとつのメルクマールとして,検討・判断すべきである。
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以上が僕の広島叡智学園に対する「想い」です。
一方,この学校に興味を持ってくださっている保護者の方々に,どうしてもお伝えしておきたいことがあります。
まず,広島叡智学園は,「広島で一番,テストの点数が良い学校」を目指すものではありません。先ほども書いたように,この本校は,いわゆる難関大学への進学を目指した受験指導を行う学校ではありません。それは,海外の大学についても同じです。国際バカロレアの関係から「海外大学への進学」ということがクローズアップされがちですので,もしかしたら「広島叡智学園に入学すれば,ハーバード大学やオックスフォード大学など,海外の難関大学に進学することができる」と思っておられるかもしれませんが,そうではありません。この学校では,生徒の進路については,「社会の持続的な平和と発展に向けて,具体的な自らの将来像を描けているかどうか」「その将来像の実現に向けては,どのような進路がベストなのかを検討し,自分自身の言葉で,選んだ理由を明確に語ることができているかどうか」という観点から,進路指導を行います。先ほどの話じゃないですが,その結果として,「大学に進学せず,パン職人になりたい」という子が出てきた場合でも,上記を満たしていれば,学校としては応援していきます(なお,お分かりだと思いますが,パン職人という仕事を見下しているわけではまったくありません。むしろ,そういう根拠のないステレオタイプには賛同しない,ということです)。
また,僕や校長をはじめとするスタッフたちは,ものすごい経歴や経験を有する特別な人間じゃなくて,基本的には「普通の人」です。でも,僕は,普通の人たちが引き起こす教育改革や社会変革にこそ,大きな意味があると思っています。普通の人たちが中心になって,色々な人たちを巻き込みながら,大きなうねりを生み出していくこと。それが社会に大きなインパクトを残します。ですから,保護者の方々には,ぜひ僕たちと同じ輪の中に入っていただき,一緒に教育改革にチャレンジする仲間になっていただきたい。一緒に日本の教育の歴史を変えていく同志になっていただきたい。僕たちのチームのメンバーになっていただきたい。そう思っています。
「教育を行う側」「教育を受ける側」ではなく,子供たちを中心として,「学び続け,変わり続けたい」という強い想いを持った人たちが集まる場所。それが広島叡智学園が目指す「Learning Community」です。
「どの大学に進学するのかも分からない。将来,どんな仕事に就くのかも分からない。こんなふわふわした理念先行の学校に,子供を預けて大丈夫だろうか?」
そう思われた保護者の方は,お子様にこの学校を受検させない方がいいと思います。そうではなく,「リスクはある。それは重々承知。でもそれ以上にロマンがある。新しい学校づくりに一緒に参画出来て,そして,教育の歴史の新しい1ページを自分が描くことができるなんて,すごいワクワクする」と思われる方にこそ,僕たちはメンバーになっていただきたいと考えます。
「この子には将来,『リスクを背負いながら,社会変革に果敢にチャレンジしていくリーダー』になってほしい。だから,自分も,リスクを背負いながらも,広島叡智学園の人たちと一緒にチャレンジしたい」
そう思ってくださった方々,ぜひ一緒に未来を変えていきましょう。
ただ,もうひとつお願いです。お子様が本当に心の底から「この学校に入りたい」と思っていないのであれば,どんなにお父さん,お母さんがこの学校の理念に共感してくださったとしても,お子様の受検はお控えください。これは切なるお願いです。この学校での学習・生活は,相当にハードです。当たり前のことですが,子供の人生は一生に一度のもの。そして,子供の人生は子供のものです。たとえ小学生でも,子供たちは,大人たちが思っている以上に,実はよく考えています。どうかお子様としっかり話し合ってください。
来年4月。水面に太陽の光がきらきらと輝く,美しい大崎上島で,皆さんと出会えることを,心から楽しみにしています。
(リンク先の動画,ぜひご覧ください。これがHiGAの世界観です)

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 先日、構想段階から一緒だった、広島叡智学園のメンバーたちから連絡がありました。

 「寺田さん、早く一緒に日本の教育を変えましょうよ」

と。


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