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第9章 Change the world(1)Free Talk


  結局、首相・総督と3人でラサ入りする。
事務総長時代にラサへ立ち寄った際、ダライ・ラマ14世の没後だったこともあり、中国政府が認定したパンチェン・ラマ11世に面会したのだが、その顔を一目見た時、胸が強く痛んだのを思い出した。「この人物は違うのではないだろうか」と何故かおもった。暫く話していて、俗物だったと判断した。中国政府は、人物評価能力が欠けていると思わざるを得なかった。翌日、
中国政府が面談時に撮った写真を公開したが、国連事務総長の顔が笑顔が無く、強張っていると、話題になった。自分でもそんな顔をしているとは思わなかった。2年前に中国の国家顧問に就任した際、ニセのパンチェン・ラマから再会を求められたが、断った。逆に 北京政府に対して質問した。何故、宗教を認めないはずの共産国が、他国の宗教に関わっているのか、意見を求めた。皆、黙ってしまい、誰も答えてくれなかった。

ダライ・ラマにしても、パンチェン・ラマにしても「生まれ変わり」の判定材料は、故人の遺物で検査をしたと聞いている。本当に生まれ変わりなのか?それが事実と仮定すると、仏教用語(?)でいう前世なるものが存在するという話になってしまい、疑わしさばかりが増す。そんな疑わしくも、いかがわしい世界に、可愛い孫を導こうものなら、全力でぶち壊してやると意気込みながら ラサ入りした。

とはいうものの、ことチベットだけに限定されるルールの破壊行為をするつもりはない。チベット仏教にとって、ダライ・ラマとパンチェン・ラマという2枚看板は必要不可欠のものなので、現代科学を掲げて全否定しても仕方がない。アンタッチャブルな領域は科学が進めば進むだけ、増えていくのだろう。
日本にしても、皇族に関する議論、当面は皇族後継者問題は議論が活発に行われるだろう。将来を第三者として勝手に考えると、長男家と次男家で、名前は何でもいいのだが、例えば北朝と南朝に分かれて、両家で補完関係を構築すれば良いのではと考えた。皇太子は娘である方が務め、その次の皇太子が従兄弟に当たる男系天皇でいいではないか。皇室典範もなにも、推古や文武等は女性天皇で、適任者が居ないから仕方なく就いた天皇だ。今回もその古事に則って特例処理にすればいい。一々あれこれ悩むより、四方八方が丸く納まる形にすればいいのではないだろうか。片方ありきの議論は、時間と金を掛けるだけ無駄だ。それで、80歳前後になったら「もう疲れた、交代〜」と自己申告頂き、年齢を配慮して皇太子に譲って上皇となる。嘗ては南北朝に別れた歴史もあるのだから違和感はないはずだ。約80歳定年制も、嘗ての故上皇が実践されたので踏襲出来る。これにより、皇族方のプレッシャーはかなり軽減出来るのではなかろうか。

季節は雨季。朝夕にザッと降る雨で多少の湿度があって快適だ。空気も澄んでいて北京より遥かに美味い。日本のアルプス位の標高に首都がある感覚で清々しい。そう言えば、南北アルプスを縦走をしている時の空気感によく似ている。高山登山の経験のない首相と総督の為に、今回は酸素ボンベを念の為に持ってきたらしい。

「なんか、嬉しそうね・・」

「いや、たった今、皇族の後継問題の解決策を思い浮かべてですね・・」と得意になって話しながら、タラップを降りてゆく。

「モリさん・・」チベット暫定政府の首相がお出迎えに成られている。英語が達者な方なので助かる。猊下もそうだったが・・柳井と阪本をタラップを降りながら追い抜いて、握手を交わす。

「ラサでお会い出来る日が来るとは思っても見ませんでした。ご紹介します。日本の首相と、こっちは副首相みたいなもんです、北朝鮮の首相です」

「みたいなもん?・・」阪本に蹴られる映像が世界に発信される。蹴るのかよ?と思っていたら、背後の首相からゲンコツを貰う・・殴るか、普通?

とは言え、柳井と阪本なりに事前に示し合わせていたらしい。3人の成人前に、バイト仲間だったエピソードは広く知られている。しかもヤナイとモリの間にはその頃に宿した子が居て、阪本は柳井の前にモリと付き合っていた話まで知れ渡っている。阪本のご主人は、ご健在だと言うのに。
その予備知識がある前提で、仲の良さをひけらかすつもりでいたらしい。
取り敢えず、つかみの段階で「チベットという根の深い問題に、日本の仲良しチームが挑む」という、極めてライトな設定を作り出す・・こうした どうでも良い事を考える連中なのだ、昔っから・・
首相同士が話している隣で、ベネズエラ大統領と北朝鮮総督が「こんな所で蹴るなよ」「何が、副首相みたいなもんよ」と言い合いをしていた。

ポタラ宮に案内される。前に来たときは観光コースを歩いただけで、執務室や応接なんて入れなかった。妙に落ち着く雰囲気で感心する。中南海の紫禁城よりもいい。
嘗て、隣のブータンの王様が日本にハネムーンにやってきて、ちょっとしたブームになった際に、その理由の一つが日本人に似ているという話だった。キルギス人も違和感が無かったが、個人的にはチベット人の方が日本に近いものを感じる。肌の日焼けの具合がよく似ていると感じる。標高が高く、日差しが強いので、自然とジリジリと焼けてしまう。夏の日本アルプスもそうなのだが、2000mを越えると空気が乾燥し 気温が下がるので、日焼けしていても暑く痛く感じない。チベットは日々夏山登山をしている状態となる。しかも、標高が高いので虫が少ない。特に蚊などの害虫が居ない。それで、もう時効だが 2000m以上で勝手にテントを張って山で生活していた。虫に刺されないからだ。居るのは高山植物の花の蜜を集める、蜂や虻くらいだ。
従って、チベット高原のように土壌があれば、作物の栽培に適している。 余計な農薬をばら撒く必要が無く、しかも降雨量は少ないが、水には不自由しない。そんな自然環境なので、農業振興策を あれこれ計画している。

虫にも触れたが、敢えて追記するならヒトの生態系だろう。ネパールに亡命しているチベット人は、ネパール人が住み着かない標高3000-4000mゾーンで畑を耕し、生活している。南米のペルーやボリビアで、侵略中のスペイン人が、後年になってアフリカから黒人を連れてきて、ポトシ等の鉱山で働かせようとしたが、高度順化に対応出来ずに、不自然な死に方をするようになる。結局、麓で農産物の栽培に従事した。高地での作業はインディオに任せるしかなかった、という逸話も鉱山のある国では残されている。ポルトガル領ブラジルの場合は高い標高の山が無かったので、黒人の活用が上手く行ったという。それで、ブラジルでは黒人の方々をよくお見かけするのだとか。
つまり、チベット人が長距離走や水泳や山岳ガイドや登山をしたら、ナイジェリアやタンザニアのマラソンランナーや、ネパールのシェルパ族に引けを取らない活躍をするのではないか、と想像してしまうのは自分だけではないと考えていた・・

「ちょっと、人の話、聞いてる?」阪本に突っ込まれる。「え?」

「先日、モリさんの次男と三男が点を取って、UAEに勝ちました。おめでとうございます」・・ああ、その話ですか・・

「まぁ、代表に残れるのか分かりませんよ、まだ」心の底から、そう思う。

「チベットの代表チームの監督を日本人にやっていただく訳にはいかないでしょうか?」
首相が言う。確かに「国」になればオリンピックもW 杯もチベットは出場を認められる。14世が、チベットにも代表チームが出来たぞ、と喜んでいたのを思い出す・・
「検討します!きっと、強くなると思うんです。走り回るチームとして」

「That's reason why?」阪本が理解出来ないようなので、説明する。   陸上、バスケ、ラグビー、ハンドボール、水泳、それに登山と、毎日が高地トレーニング状態となると説明すると一同が納得する。

そもそも、外交官の経験も無いまま政治家になり、国連事務総長になったが、外交とは、営業活動と同じだと捉えていた。相手を理解し、自分を認めてもらう。この相互関係が成立して、初めてビジネスの話が始まる。会社の看板や製品に頼って売る営業は、いずれ破綻する。一定の商品を売ったら、あとが続かず、それで終わるからだ。相手が必要としているものを常に考えて納品するためには、相手をよく理解し、助言が出来る対等の立場に立たねばならない。アメリカだ、日本だ、と国の看板に縋る外交官や大使、そして政治家で溢れていた。取り分け、日本の外交能力は極めて稚拙で成果も燦々たるものだった。成果を収めるのは「敵失」の時だけだ。何もせずとも勝てる時だけ。どこかの国の選挙と全く同じレベルのママゴトだった。
最初は、こういう与太話から始めていいのだと思う。相手の人となりを認識しながら少しづつお互いが歩み寄ってゆく。チベットの首相もアメリカの大学で学んだ御仁なので、こういった流れで違和感はない。本来、アメリカ人には、このフリーディスカッションはごく当然のものなのだが、何故、交渉事となると、結果が伴わないのか謎だった。それが、最近になって理由が何となく分かってきた。

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北朝鮮、新浦空港にベネズエラから航空機が到着すると、降りてきたのはビジネスマンだけではなかった。ベネズエラリーグの所属チームのガタイの良いサッカー選手であり、野球選手が次々と出てくる。暫くはプロ選手の搭乗が続く。ベネズエラではサッカーは8月から、野球は9月からシーズン入りを迎えるが、今年のキャンプは気候が北海道に近い北朝鮮でやろうと大統領府が各球団、各クラブに提案し、賛同をもらっていた。
嘗て北朝鮮もサッカーチームも野球チームも存在した。勿論、代表チームもあったのだが、国がそれどころではなくなり、活動を停止し、選手達も故郷へ戻らざるを得ない状況だったという。
グラウンドを整備して、競技再開に向けて準備を始めても、選手が揃わなかったり、監督・コーチが集まらないなど、直ぐに再開するのも厳しい状況だった。
それならば、ベネズエラのプロ選手に混じって練習を始めてはどうかと短絡的な発想が湧いた。これも子供達の日本とアルゼンチン・コロンビアの3チームを提携関係にするという発想から考えた。サッカーはJ2,J3、野球は2軍や地域リーグ、社会人チームと練習試合をしてもいい。野球は日本の1軍よりも強いかもしれないが・・。

渡航費用、選手達の滞在費は全てベネズエラ政府持ちとなる。ベネズエラでスポンサーとなった企業が、その後プルシアンブルー社に大挙して買収された経緯がある。北朝鮮にはベネズエラだった企業の工場が数多くあるので、それぞれチームのスポンサー企業から、資金やら 練習時の飲料や食品類が差し入れとして届く。
練習を始めると、北朝鮮の選手の中でも目立つ選手が必ず居る。ベネズエラに来ないかと、早速スカウトも始まっているらしい。
北朝鮮の人々も、練習風景を見学に行って、紅白戦を見ては歓声を上げているらしい。そこで北朝鮮の選手が活躍をすれば、尚更騒ぎも大きくなる。

北韓総督府は市民のスポーツ観戦好きな傾向や盛り上がりを見て、北朝鮮でもプロチームを作ろうと思い立ち、動き出した。最初は北朝鮮の選手に固執することはないと割り切った。外人枠といった制約を設けずに、日本や韓国、中国、台湾、南米からプロ志望の選手を集うことにした。
監督やコーチは日本に経験者が幾らでも居る。サッカークラブはJ2でも外人監督が当たり前になっている。日本人の指導者を育てる上で、場を提供する事にも繋がる。広い意味で、スポーツ振興になって良いのではないかと動き始めた。
とは言え、全てのスポーツを揃える訳にも行かないので、どうしてもベネズエラとの対比となる。バスケットボールも男女チームで検討し始める。丁度シーズンも日本とズレるので掛け持ちも考えられる。野球と同じで、日本のほうが学ぶことが多いかもしれないが。

そのベネズエラのサッカークラブの北朝鮮でのキャンプの話を知った娘達が、オーナーになったアルゼンチンとコロンビアのチームもキャンプしてはどうかと考えた。
オーナー達がほぼ同タイミングで北朝鮮へ招くことになった。

元々、北朝鮮は社会主義の国だったのでグラウンドなどの設備は各都市に備わっており、キャンプ場所には不自由しない。改修したばかりの施設で、しかも温暖な春の気候の中でのトレーニングで快適だったのか、直ぐ様、練習試合をしたいという要望が南米チームから起こった。
北韓総督府、文科大臣は外交ルートを通じて、日本と韓国の2部リーグ、3部リーグ、滞在中のベネズエラのクラブチームにも打診して、試合の申し入れを行った。アルゼンチンとコロンビアのチームと言うのが響いたようだ。韓国チームが真っ先に受け入れ、試合日程が組まれていった。
エスパルスもユースの選手を北朝鮮に派遣して、両チームに割り振って練習に参加した。アルゼンチンとコロンビアのチームにして見れば、AIを使ってみたくて仕方がない。とは言え対戦相手チームの情報が、試合の映像が手に入ってもダイジェスト版で数分に編集されたもの位で、大したものが集まらない。
それでも得点シーンは必ずあるので、直近の試合のデータをAIに取り込んで、僅かなデータを元に韓国へ乗り込んで試合に望み始めた。
監督、コーチは驚いた。選手達が躍動していた。相手も韓国の2部リーグなので動きもアグレッシブでプロそのものなのだが、その韓国選手の突進をいなすように躱していく。いつからアイツはマラドーナやメッシになったんだ?とコーチ陣は首を捻っていた。
韓国のチームは必死になる。アルゼンチンの2部から今度昇格するチームと聞いていたので侮っていたら、とてもではないが敵わない選手が数多くいる。やはりアルゼンチンは違うと思って全力で挑んだが、7-0というスコアで終わった。

この試合を見ていた韓国のサッカー記者達が騒ぎ立てる。翌日のコロンビアチームに2部リーグのトップチームが挑んで5-0で敗れていた。「南米との選手層のカベ」と大きな見出しが並んだ。韓国の1部リーグが動き出す。「仇を取ってやろうじゃないか」と。

ベネズエラのチームは各チームから代表選手を集って、南米2チームに挑むのが分相応ではないか?と、試合の映像を見ながら驚いていた。とてもではないが、勝てないだろうと、各クラブのコーチ陣はイチ早く悟ってしまった。結果的に韓国チームが生贄になってゆく事になる。

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UAEとのテストマッチで、得点を上げた歩と海斗の兄弟が欲しいと、3つのカタールのクラブチームが静岡のクラブチームに打診してきた。
3つのクラブが優位に話をしたかったのか、オファーを出したと公言したので話題となった。エスパルス側は驚くような金額が提示され、面食らったが本人達が日本に居ないので即答できないと回答を保留した。
カタールもすっかり中東の強豪国となり、今回も日本代表とのマッチアップを要請したが、アラブの歴史的なサッカー大国に圧し出されてしまった。2022年のWCUP後は国内サッカーリーグに各国の有名選手をオイルマネーで集め、リーグ自体が急成長を遂げていた。移籍金では糸目をつけないカタールのトップチーだけに、世界中に報道された。「サンジェルマンのケイゴ・モリのような 兄達」という残念な形容詞が付いていたが。

この日はサウジ戦だったが、日本は選手を総入れ替えで挑む。火垂と圭吾が先発する。歩と海斗はテストを終えたということもあって、ベンチ入りもせず、スタンド観戦となる。
2人は、カタールからのオファーに揺れていた。エスパルスに所有権はあるが、契約条件に「給与無給」としたので、移籍金は選手の総取りとなるからだ。「こりゃ、宝くじに当たったようなもんだな・・」と2人でヒソヒソ話をしていた。

このサウジアラビアのスタジアムもドーム式に改装され、大型の空調装置が備えられて室温が25度、湿度が33度と維持されている。2020年頃は中東の夏は温暖化の影響で50度超えも珍しく無かった。インドと同緯度の中東も5月は暑いが、訪問時は日中40度には至っていない。各国でCO2排出量が激減したからだろう。そういう意味で日本は大きく貢献した。
このスタジアムも外壁工事を行って、発電能力を高める計画だという。カタール・ドーハにある各スタジアムも空調設備が付いているので、外気を気にせずプレー、観戦が出来る。それらのスタジアムも、プルシアンブルー社が改良工事を請け負うのだろう。

カタールリーグは7月からだが、6月にはプレシーズンマッチ的な大会がある。半ば移籍するつもりになって海斗と2人で、カタールという国をスマホで調べ始めていた。アルゼンチンとコロンビアリーグも悪くはないが、如何せん、給与と移籍金が尋常な額面だった。気分はすっかり固まりつつある。

「でもな、父さんの影響も間違いなくあると思うんだ」 歩が弟に言う。

「そりゃそうだろう。アラブ諸国が挙って日本を担ごうとしている。そこにガキどもをクラブで囲って試合に出して、孫と息子達が試合に出てますよってアピールするんだろう。
でもさ、要は活躍しちゃえばいいんだろ?」

「まぁ、そういうことだ・・」海斗が自信たっぷりなのも分かる。AIがあれば、個人であっても十分に活用できる。4兄弟には2人の専属マネージャーがいる。海斗と同級生のマネージャーを連れて、カタール入りすれば、AIの部分利用が出来る。それだけ有れば2人には十分だった。AIの存在をあまり広めるのもマズイ・・

「あゆ兄ぃ、あの人、知ってる?」海斗が指差す方向に居たのは、ヴァネッサだった。平壌で半分同棲状態だったイギリスの外交官・・おそらく、実態はMI6だ・・

「ああ、平壌の外交官仲間だ。ちょっとゴメンよ」

「いってらっしゃい〜」どんな相手だから察したのだろう。嫌味な顔をして笑っている。

「そんなんじゃねーよ」と言いつつも楽しんでいたのは事実だ。無視する訳にも行かない状況で姿を現す。やっぱり、プロなんだろうなと思いながら、ゆっくりと近づいていく。

いつからガイジン好きになったんだろう?と、その蠱惑的な笑みを見ながら回想していた。

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日本のA代表も、AIの導入効果を実感してしまったようだが、それよりも北朝鮮滞在中の南米2クラブの韓国遠征は衝撃的だった。AIが吐き出したレポートを見るとそれがよく分かる。南米のクラブには韓国チームの事前情報は無いので、前半はデータを収集しながら、ポジション変更の指示を出していった。ポジション変更など下位チームであっても南米の選手にはお手の物と見え、ポジション変更後のボールキープ率が向上している。ハーフタイム中に相手の弱点をAIが弾き出し、攻略パターンを幾つか提示していた。コーチ陣がハーフタイム中に作戦を決め、攻撃パターンがAIの指示通りに繰り出されてゆく。更に、選手交代ともにプラスαの指示を出していく。それで後半に得点を重ねている。

相手が2部リーグとはいえ、この後半の攻撃の的中率と得点率は、サッカーを齧ったものが見れば明らかに異常だった。モリはラサのホテルでAIを操作して、その蓄積されたデータを見てみた。当たり前だが大半がエスパルスのデータだった。しかも静岡の40人の選手が日々フル活用している。
増える戦術パターンをAIが認識して、AIの能力が日増しに向上しているのが分かる。この戦術DBを最も操作して使いこなしているのが、モリ4兄弟だった。つまり、4人の為のAIになりつつある。だからこそ、A代表でも簡単に得点できたのではないか?と仮説を立てた。

また、韓国と中国のチームは、日本によく似ていると最近言われている。Jリーグを目指す韓国、中国選手が増え、Jリーグ経由で欧州クラブを目指す傾向が増えてきた。KリーグとJリーグの交流戦も増えているし、Kリーグの日本ナイズも韓国内では懸念されるほどになっている。ここで仮説だが、Jリーグと似ているKリーグだからこそ、AIは前半の試合中だけで、的確な分析が出来たのではないか?とモリは考えた。とすれば、南米2チームは北朝鮮キャンプで華々しい成果を上げるはずだ。勿論、後半はお互い通しで試合をするのが最も効果的だろう。AIを使うモノ同士の対決だ。緊迫したものになるのは間違いない・・
問題は、母国に戻ったときにどうなっているかだ。しかし、戦術パターンは整った状態でシーズンに突入出来るので、ひょっとすると敵ナシ状態となるかもしれない・・

「何をお悩みなのかしら?お孫さんのこと?」朝食中に考え込んでいた。純子と君枝に顔を覗き込まれていた。

「あ、失礼。北朝鮮のサッカーの未来を考えていたんだ。申し訳ない・・」

「ベネズエラの野球チーム4チームが、台湾へ乗り込んで行くそうよ。台湾総統閣下が招待したみたい。空き日程で交流試合を組んでくれたみたい」台湾担当大臣でもある、柳井純子が嬉しそうだ。

「韓国チーム相手じゃ、練習にもならなかったみたいね・・台湾、どうだろう?」
ベネズエラの選手が目指しているのは、アメリカ・メジャー入りだけにレベルが違いすぎるのかもしれない。サッカークラブもそうであるといいのだが、他の南米2チームのようにはいかない・・。北朝鮮の選手が何人か増える程度か・・それでも前進となればいいのだが。

「ほら、また考えてる。食事中は、元カノの話相手になりなさい!」
・・何を言っているのだろうか・・

「いや、北朝鮮に南米のクラブやチームがキャンプしたのは大正解かもしれない。これは東アジアのスポーツ界に変化をもたらすかもしれない。シーズンがズレているのもいい感じだ・・」日本のサッカークラブは、欧州のクラブとコレをやりたかったのかもしれないが、南米クラブは盲点だった・・

「あなたが言ってたけど、チベットでキャンプもいいんじゃない?高地トレーニングを取り入れて。エクアドルやペルーの選手だって、2000mが精々でしょ?チベットなら4000mも出来るわよ。空気2/3以下、お医者さんと酸素ボンベの必要はあるけどね」

「そうすると、競技場やグラウンド、室内プールや室内競技場なんかも必要ですかね・・」・・中国に作らせるとするか・・

「いいんじゃない。広大な土地があるところに、300万人しかいないんだから」純子首相が言うが、中国内に500万人、ネパールに2万人、インドに10万人のチベット人が居る。それでも512万人、1000万人に満たない・・
その時、閃いた。忘れないようにノートを出して書き始めると、純子と君枝が諦めたような顔をしていた。

この後、チベット亡命政府首相と4人とで秘密会談が始まる。

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昨日のチベットと日本首脳との会談は、本当に中身が無かった。
世間話に終始していた。一体何のためにチベットまで来たのか、理解出来無かった。日本の目的が何なのか、それがよく分からない・・

亡命政府をポタラ宮に受け入れる前に、新開発の盗聴器を応接、執務室、会議室等に仕掛けた。現行の探査機では確認することが出来ないので、設置場所は照明器具の中で部品の一部にしか見えないが、交換を必要としない部品であることと、充電式の日本の超小型積層リチウム電池を積んでいるので、日中は照明オフでバッテリーから供給し、暗くなって照明が点くと充電が始まる。半永久的に利用できる盗聴器だ。

日本の3人が応接室に入ってきたようだ。握手をして椅子に座る音が聞こえる。そんなクッション音まで拾う。実に高性能だと思っていたら、急に無音になった。
「何だ、何があった。故障か!」「確認中です!」
しかし、米国製盗聴器が悪いわけでは無かった。

「なんですか、それは?」
モリが机の上にプルシアンブルー製の小型AIスピーカーを置くと、チベット首相が訊ねた。

「これは、見た目はスピーカーなんですけど、実は盗聴器や監視カメラを無力化する装置なんです」柳井首相が言うと、驚いた顔をしている。

「ええっとですね。昨日伺った時にここで時間を掛けて調べていたのですが、あの照明器の中か、その裏に盗聴器か監視カメラが隠されているようです。今は何を話しても大丈夫ですよ。この装置はお譲りしますから、どうぞご活用下さい」

そこから、本題へと入っていった。

(つづく)

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