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(5)Starting on over, and restart from "One Earth".

カラカス市の執務室で新聞に目を通していたモリは、グアム沖の海難事故の各紙の記事を読み比べていた。米中の軍事関係者が混じって事故調査に当たり、米中双方に過失が認められると、双方の代表者が経過報告の中で発言すると、今回の海難事故は痛み分けの様相を呈していた。    

事故の翌日には引き上げた沈船と、網を引きずった潜水艦を双方の関係者が実際に目視しながら論じ合う様がニュース映像として流れ、事故調査が新たな段階に至ったと伺わせる。海底に沈んだままでは、推測、仮説の域を脱する事ができず、双方の報道官が非難の応酬をし続けていたかもしれない。

事故直後は米中が加害者・被害者の当事国だった為に、世界中が動揺した。証拠の船が引き上げられた事で、当事者同士が会して検証作業に当たり、実態を踏まえた冷静な議論が交わされているように今のところは見える。
各紙の論調の末尾は意見を協議したかの様に共通の見解が述べられていた。今回のケースでは加害側も被害者側にも、どちらにも非がある。事故の再発防止に向けて、対応策を至急講じる必要が有ると結ばれていた。過剰なエスカレーションを世界は望んでいないと言う事だ。相手が中南米軍だと勝敗が分かっているから緊張を煽り、勝敗の行方が悲惨な結末となりそうなケースは自重を求める。マスコミも評論家も、所詮 風見鶏に過ぎないと痛感する。 日本のネーション紙だけが、海上自衛隊潜水艦の浮上時と水面航行時、潜行時の安全体制について大々的に取り上げていた。誰がここまで漏らしたのかは問わないが、何もフライングユニットやモビルアーマーが無くとも代替品を使うことでかなりの範囲をカバー出来る。 他国の潜水艦の速度はたかが知れているので、浮上航行時はドローンを使えばいいし、水面下を潜行する際は、単独行動の回数を減らして、複数艦で行動すればいい。どちらにしても中南米軍が、艦船全ての現在地を把握しているのだから・・。  モリはニヤリと笑うと、週末の息子達の試合結果を確認して、またニヤニヤと笑う。週明けの新聞は実に楽しいなと微笑んでいると、3人の孫娘達も記事になっていたので驚く。そういえば週末はアルジェリアとエジプトに行っていたのを忘れていた。           

ペルシャ湾岸、紅海沿岸の産油国に加えてイスラエル、レバノンの海水浄水プラントに隣接する土地にアンモニア火力発電所と、サナトリウムを触媒として作られる、エコ・アンモニア製造工場の2つの施設の建設が始まった。

浄水プラント・エコ発電所・アンモニア工場の3点が基本のセットモデルとなる。この基本セットを拡充した施設が、アルジェリア・、エジプト・アレキサンドリア近郊の2箇所で始まった。

地中海に面して設置された海水浄水プラントの隣で、砂漠の上にチタン製の競泳プールサイズの巨大な「桶」が並べられ、その桶の上には幾何学的な造形の太陽光発電パネルが並べられている。直射日光が9割近く削減された下部のチタン製の桶に中央アフリカ各国から運び込まれた土と1割の砂漠の砂を掛け合わせて、海水を浄水化した水を引き込んで水田状態にし、穀物栽培が行われていた。小麦は来月に収穫予定だが、先行して黍(きび)の収穫作業がロボット達の手によって行われていた。
桶の中に砂漠の砂が入らないように風を遮る囲いはしてあっても、砂礫の粒が微細なだけに完全に侵入を拒むのは難しいものがある。しかし、育てるのはコメではなくキビなので、多少の土壌劣化にも対応可能だ。小麦栽培はそうは行かないので、こちらは屋根が採光可能な太陽光パネルになった倉庫内で栽培されている。

サハラ砂漠で穀物栽培がそれなりの規模で始まったという目新しさが、話題を呼んだ。 ニュース映像に3人の若い植物学者が登場して、植物学者なのに割烹着とバンダナを頭にした格好で、収穫した黍できび団子を作っていた。その団子を見学に来た政府関係者やマスコミに振る舞っている、そんな映像から始まっていた。    

栽培された黍は団子ではなく、全て家畜の飼料として使われる。海水浄水プラントの隣には、アンモニア製造工場と、アンモニアを原料とする尿素肥料工場、海藻肥料工場があり、更にその隣に飼料工場がある。現在は小麦の屋内栽培施設を増設中だ。次は、鶏の厩舎を建設し、鶏肉と卵の生産を始める。
これが、アラブ圏で建設が始まった「基本3点モデル」からの進化系となる。砂漠であっても水さえあれば、ここまで出来ると立証され、話題となる。      

地中海に面するモロッコ、チュニジア、リビア等の北アフリカ諸国でも、「進化系」の完成を目指してアルジェリア、エジプト同様の工場とプラント建設が始まり、広大なサハラ砂漠の新たなる活用方法が、砂漠で接する各国で始まっていた。

割烹着を脱いだ3人の日本の植物学者は、出で立ちこそ大人びたスーツを纏っていたが、随分若く見えた。 「女性に年齢を尋ねちゃ、ダメですよ〜」と英語で言って笑わせていたが、誰もが3人の秀才の経歴も、そして実績も、誰の孫娘なのかも知っている。幾ら大人を気取っても、どう見ても20歳前にも満たない3人を代表して、モリ・アカネ室長がマイクを握ってマスコミに向けて解説を始める。

「20世紀の末頃は、砂漠の緑地化計画が提唱されてきましたが、どれも実現までには至りませんでした。我々の研究室は日本とベネズエラの技術を取り入れた「砂漠の活用方法」を考案し、北アフリカ諸国に広がるサハラ砂漠でテストを始めています。
小麦は来月に収穫し、収穫したキビは飼料工場に運ばれ 鶏の餌の原料として使われます。
キビはたんぱく質を白米よりも多く含んでいます。以下、コメとの比較になりますが、亜鉛は約2倍、食物繊維、マグネシウムは約3倍多く、含まれています。 このように小さな黄色い穀物ですが、色素はポリフェノールの一種で抗酸化作用に優れています。 また、必須アミノ酸の1つであるメチオニンが含まれていることも特長です。
日本には、モモタロウという昔話があります。 大きな桃から生まれた桃太郎が、村を苦しめる鬼を退治に、猿、犬、キジを従えて戦いに挑むというお話です。猿と犬、そしてキジをテイムする際に動物に与えたのが、皆さんに先程食べていただいた、きび団子なのです。

キビは日本のコメ作りの田圃では雑草の扱いです。丈の低いうちはコメの稲に非常に似ているので分別がよく分かりません。まるで動物の擬態のようにコメになりきって、水田で密かに成長します。成長するにつれて、稲よりも背丈が高くなっていきます。葉が少ないので日光を一身に浴びる為です。粒はコメよりも小さいですが、日本ではこの粒のまま、インコなどの鳥のペットの餌として使われています。コメより栄養価の高い穀物を食べるので、小さなゲージに閉じ込めたままのインコ達は、成人病になりやすいのです。    コメの成分以上の栄養価を活かして、鶏の餌や、粉にして蒸したタロイモ等と練り合わせる飼料を作って、豚の餌として工場で製造しています。 豊富な栄養価でありながら、日本で主食となり得なかったのは、コメの方が粒が大きく、作付比あたりの収量も上回り、何よりも炊いたコメの独特な粘着性が好まれたからではないか、と推察されています。確かにキビを炊いて食しても、コメのような食感や満腹感は得られません。ヒトに取ってはコメが上回りますが、先程、きび団子を召し上がった皆さんは仄かなキビの甘さを実感されたかと思います。あの甘さが芋の甘さと重なると、豚たちにはたまらない一品になっているようです。
世界には、キビのようにまだ知られていない栄養素を持ったスーパー食材が埋もれているかもしれません。私達は日本の農業研究施設に属しています。研究内容は様々ですが、日本のとある御仁から、ヒト用の新たな食材の発掘と栽培の可能性、家畜用飼料に向いた植物の発掘という課題を得て、世界中の植物を研究して回っています。この地球環境の奇妙な一致点にかの人物は気がついたと言います。まだ仮説の段階に過ぎませんが、地球上の生物、特に植物には、不要な動植物など無いのでは無いかと考えるようになったと言います。       

話は変わりますが、日本がロボットをプラントハンターとして使うようになってから、特に医薬品研究で成果を上げてきました。ガン製薬、パーキンソン病の薬、リウマチ薬などです。どれも密林に自生していた植物の特定成分が有効だと判断され、製薬に至りました。改良がされながら、特効薬としての地位を固めつつあります。 医療が発達して地上にある病の大半は、治療できるような時代がやってくる・・嘗て、医療はそんな未来となると語られていました。確かに予測通りの未来が実現しつつあります。しかし、振り返って考えて見ると、その製薬の原料となったのは、ロボットが採取してきた植物由来の成分ばかりでした。この地球上の自然界で生まれた全ての生物で、あらゆるモノが賄えるのかもしれないと最初に仮説を考えたのが、私達の祖父、モリ、ベネズエラ大統領です。この砂漠の活用方法は、祖父の仮説を元にして各企業と研究者達が具体化したものなのです。 砂漠に建設された居住プラント、私達はコロニーと呼んでいる建屋は、昨年のプレ五輪前に居住が始まり、居住者の方々から喜ばれ建設ラッシュとなっています。アレキサンドリア市内に居住するより快適だとも評されています。コロニー自体は月面基地の居住施設と上下水道・ガス以外のインフラ以外は共通化を図っているのも皆さんご存知だと思います。          

企業は砂漠、凍土地帯、夏季の高温地域での建設パッケージ化を計り、建設コスト低減を目指しています。サハラ砂漠だけではありません。チベット政府とはタクラマカン砂漠で、モンゴル政府とはゴビ砂漠、内モンゴル自治区に隣接するエリアで、オーストラリアではパース近郊の砂漠で、ロシア政府とはツンドラ地帯でテスト棟の建設を始めようとしています。 人口が殆ど存在しなかった地域を居住化し、不毛の地とされたこれらの地域で一次産業の確立が出来れば、私達の地球が人類の唯一の居住先となりえるかもしれません。全ては月面基地を含めた、地球上の各地でのテスト結果次第となります。 一次産品も現在は小麦とキビの穀物栽培だけですが、浄水プラントのお陰で水は潤沢に有りますので、サハラの砂に肥料工場の製造品を入れて水耕栽培の野菜・・、メロンやスイカ、トマトといった瑞々しい野菜を育てようと考えています。

水の問題が月面で解決すれば、小麦の室内栽培のような形で実現できるかもしれません。彼の地でも同じように野菜が栽培出来るかもしれません。幸いなことにサハラ砂漠には酸素が潤沢にありますので、月面に比べれば耕作範囲は無限に広がります。セメント砂としての砂漠の砂礫の活用方法が定着した現代では、拡大を続ける砂漠は、不毛の大地から一大一次産業エリアに変貌してゆく、かもしれません。私達も、微力ながらアフリカ、南米、アジアの広大な砂漠、そしてシベリアでの農耕の確立に向けて、研究活動に邁進していきたいと考えております。日本連合の掲げた、One Earthの自立経済と人類の永遠の繁栄の為に、尽力していく所存です」    

17歳のくせに4月からは大学2年生で、且つ、一端の植物学者が、偉そうに何も見ずに語り終えた。祖母である行方不明の日本の元首相・・実際は行方不明ではなく、密かに日本の官房長官職に就いている人物と同じ様な雰囲気を滲ませていた。本人達が年齢不詳と宣言したからなのか、それなりに有名な祖父を持ち出した為なのかは分からないが、立ち上がった記者たちの拍手喝采を受けていた。

ーーー                    「昼食の準備が出来ました」パメラ銀河宇宙省 副大臣の妹カーヴィーが、プレハブ平屋作りの執務室に入ってきた。新聞から目を外して、老眼鏡を取るとモリはのっそりと立ち上がる。              「今日は、昼からビール飲んじゃってもいい? 飲みたい気分なんだけど・・」  大統領秘書官のカーヴィーは、歴代の秘書官から聞いているモリの習性を察知して、仕方がないなという顔をして頷く。      「では、お料理は個室に運びます。ビールはボクシッチ首相達の、目の毒になりますから・・」 モリを見上げるように告げると、すっと近寄ってきたモリが嬉しさを滲ませながらカーヴィーの尻を撫でる。これも歴代の秘書官・・姉も玲子からも聞いた、モリなりのスキンシップだ。モリ以外の男性ならセクハラ行為だが、カーヴィーは逆に尻を寄せる。甥っ子たちの頭を優しく撫でる、そんな親しみを感じるタッチに人柄を感じる・・姉達の言うワケの分からない、頓に説明できない解説通りだった。・・もっと俗なものを本心は求めているのだが、面と向かって要求する訳にもいかない、相手が様々な女性との間に子を成しているとは言え・・。

「お、今日は日本食かな?」           作業現場にある事務所のようでもあり、ガレージや平屋店舗のようでもある離れの執務室から、大統領府の建屋に入ると仄かな調理の匂いが漂ってくる。     

「はい、今日はヴァーディが調理担当です・・料理の名前を失念してしまいましたが、御飯の上に鶏肉を卵とじしたものを乗せたものが、今日の日替わり定食です」交通観光大臣兼、RedStarHotel 総料理長のアマンダの妹で、越山と櫻田が滞在している間に日本食の調理を覚えた、姉譲りの調理人兼、もう一人の大統領秘書官務だ。「親子丼かぁ、ビールに合うなぁ。じゃあ、今日はそれにしよう・・」                「分かりました。オヤコトンのランチセットを持ってきます」                    「ヴィー、Tonじゃなくて、Da Di Du De DoのDon、親子丼だよ。ドレミのDoでDon。 因みに、鮭とイクラの海鮮コンビも同じく親子丼」 

「オヤコドン・・覚えました。センセイ、私も個室でランチご一緒してもいいですか?」         絶えず相手のスキを伺う姿勢まで、姉のパメラと一緒だなと思いながら頷く。             「君がビール飲むのなら、僕も厨房へ行こう。一人じゃそんなに持てないだろう?」          「私は飲みません。午後はネット授業を視聴しなければなりませんし、そもそも大統領府では飲みません。まだ学生なんですよ・・」             「強要はしないよ。でもね、個室ならビールを飲んでいる姿は誰も目撃できないだろう?大瓶3、4本運べば、あの男、真っ昼間から3本飲むのかよって、大臣達は誰もが思うだろうねぇ・・でもね、今日もこんなにいい天気じゃないか。君だって、家ではお姉ちゃん達と結構飲むだろう。あの魅惑的な黄金色と泡の絶妙なまでのコントラスト・・いつだって、試したくなるだろう?   授業をヘッドホンで聞くんなら、離れで聴講したら? どうせ机は沢山余ってるんだし、酔って赤い顔になっても、AI補正でシラフに修正しちゃえばいいんだし。それに、君は大統領秘書官殿なんだろう?」 カーヴィーが嬉しそうに頷く。

敵に機会を与えてどうすると思いながらも、自分に「その気」が無い訳ではなく、姉と比較したがっている俗物性に気が付いていて、己を戒めて封じ込める。姉妹や母娘という魔性の組み合わせは、自分にとっては麻薬以上なのだなとよく知っている。食堂にスキップでもするかのように入ってゆくカーヴィーの後ろ姿を、目で追った。  ーーー                        アルジェリアとエジプトが製造したエコ・アンモニアの輸出を始め、地中海沿岸国へ供給を始めた。既存のLNG火力発電所では、LNG3割アンモニア7割の配分で燃焼してタービンを回して発電出来ると、日本の研究結果が公開されていた。LNGの2/3の価格で、CO2を発生しないアンモニアが各国から求められるようになる。CO2削減目標達成でバラツキがあった欧州では、総じて減少傾向に歯止めが掛かってゆく。エジプトでは石油は出ないが、アルジェリアは産油国だ。いずれは枯渇する石油依存の経済に対する柱の一つが備わった格好となる。サハラ砂漠の活用と合わせる事で、従来の国内産業構造を変える計画を打ち出せた。石油に比べればアンモニアの価格は1/3程度と安いが、環境保全エネルギーなので、大量消費しても環境を損ねる事が無い。今までの石油輸出量の3倍量のアンモニアを輸出すれば、国庫収入としてはプラマイになる。           これは中東の産油国にも同じことが言える。相応量のアンモニアを輸出出来る様になれば、石油の補完物資となりうる。           

しかし、火力発電所、尿素肥料以外の用途が増えなければ大量にアンモニアを生産しても、余ってしまう。その需要の穴埋めが、アンモニアで駆動するエンジン車となる。日本のプルシアンブルー社系列のPB Motors社が、既存車両にアンモニア駆動エンジンを搭載して販売を始めていた。水素ロータリーエンジン車同様にCO2を排出しない車がラインナップに加わる。水素ほどの燃焼効率性は無いので、大衆車両向けのエンジンの位置づけだ。燃料価格として見れば、水素の1割安となり、水素をハイオクガソリン、アンモニアをレギュラーガソリンの後継と位置づけて、人々は慣れてゆくようになる。

水素同様にアンモニアも危険物なので、ガスステーションではロボットが「給油」してくれる。ガソリン車やEV車両の充電のように、運転手は介在出来ない。燃費はハイブリッド機能でモーターと充電池を搭載しているので、ガソリン車とほぼ同じで、ガソリン比でも1/3の費用なので、人気商品となってゆく。EV車両も電池の進化によって航続距離を伸ばしたが、ガソリン車には及ばないが、ガソリン車同様に60リットルのタンクを満タンにすれば、700キロの距離は走る車両が世に出た。
2035年のガソリン車両販売禁止措置に合わせて、EV車両専用メーカーに転じた米中韓などの自動車メーカーには、水素エンジンに加えて、アンモニアエンジン車の登場に震撼する。エンジン車の開発を止めたので、関連する部品メーカーも淘汰してしまった。今ここで、エンジン生産を始めるには系列部品メーカーに多額の投資を強いる事になる。2040年となり、エンジン車の開発に乗り出すべきか社内で議論が交わされたが、大きなネックが更に伸し掛かっていた。ベネズエラと台湾の合弁会社、リパブリック社似しても日本のプルシアンブルー社のエンジンにしても、両社のエンジンをバラして検討したが、部品の生産には多額のコストが掛かるのが分かった。とても今までのガソリン車両のような価格では生産も、販売も出来ないと思い知る。まるでレーシングカー用のエンジンだった。つまり、シンプルにピストンを駆動するエンジンではパワーが出ない。仮に部品を全てコピー生産が可能となり、エンジンを組み立てたとしてもドイツ車を遥かに超える車両価格となると試算結果が出された。当然ながら、今は開発は断念し、EV車両に特化するとの経営判断が下される。それでも研究開発は必要として、開発予算は与えられたものの、米中韓国メーカーのエンジニア達は頭を抱えていた。日本連合の圧倒的なまでの技術レベルの高さの前で、為す術が見出だせなかった。水素とアンモニアの燃焼実験をひたすらに繰り返し、燃料としての特性を把握して、燃焼効率を上げる方法の様々な模索をしたが、日本連合の製品化手段が最も効率的だと判明して、白旗を掲げて脱力していた。ーーー                                    
想像はしていた。10年前当時、低迷していた韓国経済を日中で支援しようと言う話になった。韓国の主要な輸出品が半導体、乗用車が主力なので、中国企業がこの2つの産業に51%出資して、中国傘下の企業となった。製鉄と造船はモリの三男が会長を務めるドイツ企業が資本投入して、子会社とした経緯がある。       後年、中国は有望市場として、南米へ中韓合弁の工場を進出したいとも申し入れてきた。日本とベネズエラにとっても、これは悪い話ではなかった。当時、アメリカ市場が2035年でガソリン車撤廃の既定路線を変えずにいた。日本連合のようにCO2削減目標が達成出来ない公算がほぼ確定していたからだ。中国も削減目標に達しないので、EV車両生産への特化が進んでいった。北米の自動車市場に中国企業と韓国企業のEV車を持ち込めば、一定の成果を上げることは中南米諸国も分かっていた。中南米諸国の自動車用部品産業を大いに利用するとまで中国が言ってきたので、ブラジルとチリに工場を建設して操業を始めた経緯がある。

当初は思惑通りに事が運び、米国市場で中韓製のEV車が売れてゆくのだが、ブランド力と販売網に勝る韓国車が近年では売上を伸ばしていた。北米市場向けの韓国製半導体も好調となるのだが、中国製品に対する排他的な動きを米加両国政府が取るようになり、中国製品の失速を補うように韓国製品が浸透していった。しかし、車も半導体も事実上は中国企業であり、主要株主として利益を得たので、中国製品が排他的な姿勢を取られても、この2つの工業製品に関してはザル法のようになり、中国は内心では喜んでいた。             しかし、水素エンジンを搭載した自動車を日本が販売しだすと、航続距離や価格面で水素エンジン車が主流となり、今またアンモニア駆動車両を世に出そうとしている日本連合の動きで、EV車:電気自動車の更なるシェア低下が懸念されるようになる。米軍が韓国から撤退する方向で検討を始めると、北朝鮮に執拗に連絡と要請を繰り返し、中南米軍駐留を求めた。
チベットに引き続き、韓国からもアメリカが撤退すれば、19世紀の西洋諸国の居ないアジア諸国だけのアジアという、あるべき姿になる。

そんな経緯と共に、韓国が中南米軍の防衛管轄に入る。その前に、合弁企業設立時に多額の資金を投じた中国が、経済が低迷し、資金不足に陥っていたこともあり、世界の投資会社に韓国企業株の売却を持ちかけ、シンガポールの投資会社に一時売却する事が決まっていた。
それが、結局はご破算、元の木阿弥となった。
ーーー
アマンダ交通・観光相とパメラ銀河宇宙省・副大臣が大統領のサインを貰うために、モリの執務室がある離れにやってくる。ノックすると酔って頬を赤らめたカーヴィーがドアを開けた。昼から飲んでたなと・・アマンダが察しながら、カーヴィーに微笑もうとすると、意固地になって目を合わせようとしない。姉のパメラはいい傾向だと、妹に向かって親指を立てる。一方のモリは、何も無かったかのように冷静な表情をしている。    「こっちはヘベレケなのに、あの表情のまま、迫ってくるんだよね」とアマンダは思いながら、モリの前にニヤけた顔で歩んでゆく。  
「北朝鮮・新浦港から朝鮮半島をぐるっと回り、釜山港、、仁川、平壌港を往復する、ホバークラフト便の計画案です。サイン願います」顔をニヤけたまま書類を渡す。モリが引き出しから毛筆ペンを取り出して、ペンのキャップをしたまま文章をなぞり、一読してゆく。誤字脱字のチェックも含めて、自分もしっかりやるから、書式を纏める側も入念にチェックする。そして漢字でサインをする。日本人大臣達は、皆、モリに倣って毛筆ペンを使ってサインしていた・・。          パメラは妹の隣の席に座って、話をしている。アマンダがパメラにサインが済んだとサインを送ると、パメラが立ち上がった。                「はい、ご苦労様でした」モリがアマンダに書類を返すと、アマンダはロボットのジュリアに書類を渡す。ジュリアが目視するのと同時に、書類が複写され、大統領がサインした日付けの、格納書類として内閣府のDBに格納される。事実上の秘書官はカーディではなく、ロボットなのだが、パメラ達が妹をモリのそばに置いた。大学に登校するのは週2回で、大半はリモートの講義なので。 

「月面基地の居住区エリアが完成しました。残りは到着ブース内の室内空調設備と輸送船と繋ぐ連絡通路だけとなりました」パメラがモリのロボットに指示すると、銀河宇宙省のデータフォルダから画像と動画を引き釣り出して、モリの向かいにある大型ディスプレイにデータが表示される。 「この映像は、公開するの?」

「ええ、月面基地建設のHPにアップします」 

「ロボットが基地の各所を紹介している動画を作ったらどうだろう?ロボットが映像内に映ったら、空間の大きさもイメージできるんじゃないかな・・杏に相談してご覧、Angle社に撮ってもらえば、それなりになるんじゃないかな・・」   

「分かりました・・」パメラが頭を下げて、ゆっくりと頭を上げると、もう自分の仕事に戻っている。周囲に流されず執務に当たる集中力は、精神科医でもある幸乃大臣も驚異的と言っていた・・。パメラは元官房長官らしく、越権行為をしようと考えた。         

「センセイ、日本政府が米中双方に首相の特使を派遣すると発表しました。中国には柳井元首相を、米国には奥様2人となりました」パメラも心得たもので、モリの耳が動くような物言いをする。          

「奥様って・・あぁ、官房長官と外相?」・・やっぱり反応したと、パメラは内心で手を叩く。 

「はい、お二人です。米国と中国への支援策は、エンジンが故障した航空機と船舶の補修作業を請負うんだそうです」パメラは知らないだろうが、そこは予定通りの支援内容だ。       

「そう・・で、君とアマンダは、難民を送り込むアメリカをどうして助けるんだろうって、思ってる?」疑問が生じたら、直ぐに確認するように指導してきたからこそ、アマンダに付いてきたのだろう・・      

「はい。だって、折角双方の軍事力を削いだのに、ここで支援をしたら勢いを取り戻すかもしれないじゃないですか・・全然、お金にもならないし、掛かってばっかりなのに」       

「提供するのは1世代前の技術なんだよ。未だに航空燃料ジェットエンジンとディーゼルエンジンしか製造できない両国には、今回提供されるテクノロジーをメンテナンス出来る組織も、人材も居ない。つまり、日本とベネズエラはサービス業として両国の軍事産業に関わってゆく。目的はね、ビジネスなんだ。メンテナンス部隊が両国に進出してゆくって言う、えげつない話なんだ」  ジェットエンジンやディーゼルエンジン等の古式では無く、この機に乗じて水素エンジンに変えてしまい、日本とベネズエラの企業でなければ、メンテナンスが出来ないようにして費用を少しづつ回収してゆく。米軍には、8年前のアメリカ支援プログラムで買い取った米軍所有の中古機F35、 500機を、AI装置を外してから無償提供する。このF35が中南米軍の仕様基準に部品を全て変更しているので、メンテナンスはベネズエラ企業で無ければ出来ない。 部品の数々を見てもらって、自分達が作ったF35との、雲泥の能力差を思い知って貰うのが狙いだ・・             

姉の目がトロンとしているのが分かった。アマンダ交通相がカーヴィーの肩に手を乗せたので見上げると、ウィンクしてきた。       

 お姉ちゃんのあんな顔・・今夜も私達が付け入るスキなんて無いんじゃないの?とカーヴィーはムクれた顔をアマンダに返すと、アマンダが笑いながら肩を叩き続けた。

(つづく)    

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