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(10) 身勝手な家長と 、 影の総司令官

 

  月曜の朝、迎えに来た車に乗り、中南海へ向かう。今週は金曜まで同じような日となる。北京市内を走る車で、人間の運転手が居るのは、政治家や経営者向けの、自動運転の出来ない中国車位しか見かけなくなった。大半は欧米、日本企業の乗用車が走っており、日本のAIが搭載されていた。海外のメーカーは、シェアリングサービスを中国内でも始めており、この新サービスは、中国と韓国車を末路へ誘いつつある。一定の金額を支払えば、TPOに応じてセダンやスポーツカー、ミニバン、1BOX,ミニバスの中から選び、車両を利用できる。運転ロボットが居るので、行き先をロボットに指示するだけだ。当然ながら指定した場所と時間通りに車がやってきて、自在に返却できる。車の税金、車検費用、都市居住者であれば毎月の駐車場代が要らないので、金額を比較すると、自家用車を所有するよりも安く済んだ。車を家賃のように使えるので、企業も経費処理し易いと評判になる。レンタカーのようにスポット利用も出来るので、国内のレンタカー会社は廃業に追い込まれ、車のリース契約も意味合いが無くなり消失した。 梁振英は、大臣達が使う車両よりも プルシアンブルー社と契約したほうがコストが下がると提案したのだが、主席から「我々が外車を使うのはまかりならん」と一喝され、議論にすらならずに終わってしまった。一時は雨後の筍のように乱立した中国の自動車企業は、韓国メーカーとも合併を繰り返して2社に集約され、結局、自動運転技術ではプルシアンブルー社に追いつくどころか、引き離され白旗を掲げた。中国製を除けば、ヒトは空も海も陸上でも運転する必要がなくなっていた。同時にセキュリティ対策も、安全対策も万全になっている。乗車時には個人認証が必要となり、免許取得者がレンタカーや第三者の車両に乗る場合は、暫定であっても、所有権を持つものが居なければエンジンやモーターは動作しない。もし、子供達だけで出発しようものなら大事故に繋がりかねないし、誰でも受け入れる車両ならば盗難が多発するだろう。そんな高度なセキュリティを我が国の技術では用意できない。日本のAIが量子コンピューターで稼働するようになって、全てが別次元のカテゴリーへと昇華していた。高性能なAIを搭載しながらも、生産台数で圧倒的なシェアを誇るので中国車よりも値段が安い。その上、シェアリングサービスが始まって、敵なしとなった。運転したい時にはスポーツカーが好まれるだろうし、家族や仲間と出かる際には、ミニバンやミニバスで酒でも飲みながら行けばいい。今までの所有「マイカー」の選択肢も残しながら、TPOに合わせて車両を選択する方がカネが掛からない・・既に勝負は付いたと言えよう。プルシアンブルー社以外の日米中の自動車会社は、業態を変えるか、更生法を申請するしかない。主席が失脚して、後任に開明派の人物が選ばれたら、即座に中国車は無くなるかもしれない。       

中南海の一角到着し、梁振英外相が執務室に入ると、ー昨日、平壌に現れた杜夫妻の行方が不明との報告を受ける。羽田に帰国した日本の専用機から、降りたのは阪本首相と柳井社会党幹事長の2人だけだった。その後、車庫がある横田の西東京空港に政府専用機は向かったのだが、自衛隊基地側の区画で他のメンバーは降りている可能性もあるという。平壌に向かう際には羽田で、杜 里子外相と娘2人と、杜 翔子秘書官と子供5人を引率する女性2人が乗り込んだのが確認できたが、杜夫妻を含めた全員が、どこにいるのかが分からないという。「平壌にまだ滞在している可能性は?」梁振英にしてみれば、まだ平壌に居るのなら、是が非でも会いに行こうとまで決めていた。「団体が迎賓館から空港に移動して、そこで降車しています。杜夫妻の降車も確認しています。国外に移動しているものと思われます」また、万事休す だ。日本の政府専用機はステルス機能が付いているので、向かう先の特定が極めて難しかった。                         その次の、諜報部の情報は梁振英の目を引いた。「火星における諸々の開発遅れに対処するために、日本がベネズエラ企業に依頼して、火星での大型ロボット投入を計画しているという。梁振英は柳井治郎北韓統治領総督から既に聞いている情報だったので、少々がっかりした。我が国の諜報部は情報取得まで1年以上も掛かるのかと、その能力を憂いた。
重力が地球の1/3という利点を生かして、火星上でも2足歩行可能な、関節に負荷の掛からない宇宙環境向けのロボットを試作しているとの情報を得た。Pleiades社の土浦工場に出入りしているベアリングメーカーの中国人技師の買収に成功し、施策状況の進捗が把握できるようになった、という。柳井総督自身が、ベネズエラ製大型海洋ロボットの動力源の情報を掴みかねていた。仕様については完全にブラックボックスなのだという。数週間前だが、ロボットに記載された、製造番号や管理番号と思われる、同じ番号表記のロボットが、確認された。前日まで地中海に居たのに、翌日にはボルネオ島沖で作業していた。20時間以内にこの距離を移動できる能力を有しているのが判明した。水中なので、重量問題は軽減されるとは言え、大型ロボットがどんな動力性能を誇り、巨大な4本のアームを駆動しているのかが未だに推し量れずにいた。もし原子炉ならば、ロボットに搭載できるサイズで小型化した画期的な技術となる。想定される推力から逆算して考えると、大型船舶や軍艦で利用されている水素エンジンは複数が必要となり、ボディーへ搭載できないだろう。ましてや大きなスクリューが搭載される筈もないので、謎のままだ。火星の重力が少なくとも、それなりの重量となる機の2足歩行を可能とする構造体と、重心移動しながら両足を駆動させる為の強力なモーターを備えるのだろうから、電池となれば大容量、高出力は必須で、稼働時間は数時間も持たないだろう。出力ありきで考えれば、原子炉に行き着くのだが、小型化は困難を極める。現在の技術では大型ロボットの高速2足歩行と距離が伴う移動は不可能だとされていた。ベネズエラがどんな技術を有しているのか、興味深く感じていた。・・幾ら、数々のロボットアニメを創作してきた日本人と言えども、現実的にはまだ無理だろうと、梁振英も大多数の人々と同様に考えていた。                     
ーーーー                            
モリがAIからコールを受けて操縦席に向かうと、CA出身の里子の注意を振り払うかのように微笑み返して、フラウは祖父の後を追っていった。副操縦席で着陸を見ていたいのだろう。昔からモリが甘やかしているので、何も言われないのが分かっているのだ。小さな子供達のシートベルトをCA時代の習慣で確認してきた里子が、ヤレヤレと言う顔をしながら座ると、翔子が隣席から言葉を掛ける代わりに、微笑みかけた。里子は幼馴染の横顔が、いつもよりも艶やかな事に気が付いていた。モリが居たから口にしなかったが、昨夜久しぶりに閨を共にしたのが、理由だと思っていた。  
「調子がいいのは、やっぱり昨夜のせいなのかな? 翔子はどう?」   里子が言うので、翔子が口の前で指を立てる。後席にいる、杏と樹里に聞こえると思ったからだ。音速から通常速度に変わったので、音が通るようになったのもある。
「ねぇ、2回くらい飲んでたよね?」また口に指を当ててから、翔子は仕方なく頷いた。 

「こっちは意識が遠のいてたから、記憶があやふやなんだけどさ。やっぱりそうだったか。2人共、閉経してるのにねぇ・・危険日ぐらいだよね、飲むの強要されたのなんて」
もうヤメて、後ろに聞こえるでしょう、と手真似と口パクで言うが、里子は全く気にしていない。精液を飲んでも何も変わらないと思うのだが、里子は人の顔を探るように見ながら、疑って掛かっているようだ・・。まさか、そんな筈はないだろうと思いながらも、自分の両手をじっと見る。いつもと変わらぬ、炊事洗濯をする主婦の手だ。鮎のような、若々しい滑らかで張りのある手ではない・・。  
「ちょっと。鮎先生は皮膚自体を変えたのよ。翔子が幾ら白い肌をしてるからって、真新しいものには、逆立ちしたって勝てないんだよ・・」   

「ねぇ?本当に皮膚の移植をしたのかな? 私は、60歳手前の頃の鮎先生しか知らないから比較しようがないんだけど、それでもあの変化に、まだ、驚いてるんだ・・」「5年もすれば私達も60。そしたら引退して、私達も移植手術しよう!」   

「もしもだけど、試すのなら、もっと先かな・・、鮎先生と同じ、75歳前後に手術して、ある日、娘よりも若返ってるって、どんな感じがするんだろうって思ってね。それに、その頃ならもっと技術も進んで、値段も安くなっているだろうし・・」          

「叔母様、余計な事を吹き込まないで。今のママの顔、「それって最高じゃない?」って、顔をしてるもの・・」樹里がベルトを外して後ろの席から顔を出してきた。      

「さっきのゴックンの話だけどね、越山さんも櫻田さんも、不思議に思ってるみたい。あなた達も飲んでるの?って、玲ちゃん達と居る時に聞かれた事があるんだ・・。1ヶ月前位だった」 杏も立ち上がって興味があるような顔をして加わった。         

「あの2人はまだ妊娠できるでしょうに・・それで、あんた達は飲んでるの?」 里子が 娘たちに尋ねると重なったように首を振った。

「叔母様、昨晩2回飲んだんでしょ?体調に変化はないの?」樹里から聞かれて動揺する。この娘達は変な解釈をしているかもしれない・・。

「あのね、栄養士としてハッキリ申し上げますけどね、あれは単なるタンパク質でしかないのよ。そりゃあ、先生のは濃厚だけど・・」翔子は言ってから「失敗した!」と思った。                    「それってさ、亡くなった旦那様との比較なの?それとも、他の人? ママはさ、先生とパパのと比べてどうなの?やっぱり子沢山だけあって、先生のは濃厚なの?」      

「あー、もういいから席に座りなさい!今は着陸体制中なのよ!」   「はーい」とハモりながら 姉妹は席に付いた。翔子は詮索から開放されてホッとする。そこへ里子が手を伸ばしてきて、首筋を触ろうとするので曳いたが、逃げ場が無いので触らせた。
「なるほど、2回分の成果はあるのかもね・・」真顔で里子が言うので、話がオカルトめいてきたなと翔子は思った。                ーーー                                 「イーグルワンの乗る北韓総督府の専用機の地中海到着まで、あと1時間弱です!」

「到着したら、イーグルワンのPCやら,モバイル全てを全て自動起動させて下さい。それから、ジェノバに居る、柳井ヴェロニカに、伝言を伝えて貰うように要請してくれないかしら。ベネズエラはモリに、至急連絡を取りたがっているって」 「はい、分かりました!」 
朝4時だというのに、ベネズエラの大統領府は慌ただしくなっていた。   エジプトが隣国のスーダンへ侵攻する可能性が高まったと軍から連絡を受けて、櫻田は渋々起きた。情報をキャッチしているのは、恐らくベネズエラだけなので、日本にも、国連にも相談できない。情報入手の経緯を説明しようがないからだ。「たまたま、ばったり遭遇したので対処した」と事後報告するしかない、と櫻田首相兼国防相は考えていた。 

「櫻田っち、ご苦労様!エジプトは動いた?」越山大統領がオペレーション室へ入ってきた。寝癖だらけの越山を初めて見る。起きてそのまま私邸からやって来たのだろう。

「まだよ。でも時間の問題かも。各地の戦車隊が車庫から出されたり、機関砲が車両に積み込まれている。イーグルワンは機上の人になっている。しかも、北韓総督府の機体だから、この連絡が出来ないでいる。あっちは大人数になっちゃったみたいなの。まぁ、仕方がないんだけどね」   
「そう・・。しっかし、すごい砂嵐ね。エジプトはこのタイミングを待ってたんでしょうね・・」   
「うん・・。でも、自然環境に身を隠すってさ、戦国時代じゃないんだから・・まぁ軍事政権の末期的な状況だね。勝てる相手を武力で押さえ込んで、言いなりにしたいだけ。それもチキンの集まりだから、事前に見透かされない為に首脳会談までして友好関係を結んでおいて、砂嵐と共に攻撃ってさ、ちょっと、卑劣過ぎない?」   

「また、真珠湾攻撃って言葉が使われるかもね・・エジプト政府は資金難でオリンピックを諦めたっていうよりも、周囲に反対されて撤退する方を選んだ・・。資金難で中止って、実態が晒されるよりは、体裁はいいからね」
「イギリスとアメリカは表向き泥を塗られた格好になるけど、その多額の資金も、開発建造を全て中止になると、エジプト政府の懐に入れるのかな」 「どうだろうね。IOCが得るお金と開催国の収益の配分がどうなっているのか、分からないけど・・最初から、東京開催にしておけばいいものを」  「本当よね・・。この際だからIOCも一新しないとね、あっ、JOCもか!」
2人で顔を見合わせて笑ってから、櫻田はモリ愛用のベースボールキャップを、越山の頭に被せた。その寝癖のまま、作戦の指揮を執るのは宜しくないと櫻田は考えた。     ー                                 ーー 

「作戦開始!ヘリ先発隊、出動!」
「了解!作戦開始します!」
司令の指示に、作戦参謀が呼応する。エジプトが実効支配するスーダンとの国境エリア、ハラーイブ・トライアングルの駐留地に、防砂対策を施した、ヘリ50機、戦車隊が5隊、100式が、夜間とこの砂嵐を利用して、運ばれていた。エジプト、スーダン、リビア等ではこの時期、紅海からの強い偏西風が吹き、砂漠の砂が嵐のように吹き荒れる。エジプト軍はこの砂嵐を利用するのを考えていた。砂嵐が終わる5月まで引っ張ったのも、最後の最後まで決行すべきか悩んでいたからだろう。
まずは駐留地から先発のヘリ20機が飛び立ち、完全なスーダン領内へと入ると、一次侵攻作戦が始まった。間もなくスーダンの前線基地に到達するのだが、事前に探索したドローンの映像では、スーダン軍はもぬけの殻の様に見えていた。地対空ミサイルも、銃弾も、砲弾も全く飛んでこない。前線基地と言っても、平原に掘っ立て小屋があるだけで、舗装され滑走路がある訳でもないのだが、兵器も車両も映像には映らず、生物反応も無かった。 
この前線基地を叩くのが、初回の目標なので20機のヘリを先発させたのだが、肩透かしを食らったように感じていた。暫く20機のヘリが上空で待機して、司令部からの次の指示を待った。相手が居ないのは、予定されたメニューに無かったからだ。ここで、1時間弱の時間を費やしてしまう。罠なのではないか、下手に着陸占拠せずに、次の攻撃地点に向かうべきではないかと上層部の意見が纏まらなかった。
この時、日本のNation紙は、消息筋からの情報としてエジプト軍のスーダン侵攻の第一報を流していた。早速、各国の偵察衛星がエジプト軍が国境を越えて、スーダン側に入っているのを確認し、ネーションのスクープを裏付けた。同時に各国の軍関係者は驚いた。何故、衛星が画像で捉えることが出来たのか・・その2箇所、スーダンのエジプト国境の前線基地と、エジプトのハラーイブ・トライアングルの駐留地だけが砂嵐が弱まっていた。その右側、紅海側に大きな2つのV字を描く構造物があった。それがこの2箇所の砂嵐を弱めていた。この巨大なV字で風を切ったので、ヘリや戦車がハッキリと確認出来るまでに、2箇所の拠点の映像が撮れた。
「なんだ!この構造物は!」イスラエル軍の偵察衛星が捉えた衛星画像を見て、誰もが驚いた。この構造物はV字でも一辺が2km近くある。左右で4kmものV字が2つ出来て、砂嵐を往なしていた。

エジプト軍は、自分達が先進国の偵察衛星では既に見られているのを気付かないまま、侵攻作戦を続けていた。裏で糸を引いていた。アメリカとイギリスは慌ててエジプト軍やエジプト政府に連絡した。          「侵攻を停めろ、越境するな!衛星でマル見えだぞ!」と騒いでいた。しかし、その中止の連絡が前線基地には届く事はなかった・・
司令部からようやく届いた連絡は、スーダンの基地をエジプト軍の拠点化する事に決まり、19機のヘリが着陸し、1機が後続部隊が来るまで警戒態勢に当たった。サラ・ラの空軍基地から爆撃機と護衛の戦闘機が飛びだった痕だった。それも爆撃機と戦闘機に「引き返せ!」と連絡が入ったのは、国境を越えて暫く経ってからだった。
ーーーー

羽田で入国審査を済ませた、幼児2人を連れたマタニティ姿の女性の3人組が、富山空港行きの国内線に乗り換えた。2人の子供は初めて別の国にやってきたので、「あれは何?」、「あのマークは何?」と、目につく度に母親を質問攻めにしていた。周りに居る人達が疑問に思っていたのは、3人が流暢な日本語を話しているのに、母親は日本の説明ばかりをしていた。ベネズエラ発行のパスポートは、アユ・コナーズ・タイラー、蒼・コナーズ・タイラー、翠・コナーズ・タイラーと書かれていた。富山空港に到着すると、実母の杜 蛍が迎えに来ていたが、まさか娘達が違う名前で入国しているとは、蛍は思わなかった。                         車両が高速に入ると、後部座席のチャイルドシートに括り付けられる2人は寝てしまった。それを機に、母親は娘から事の詳細を追求され始め、蛍は鮎から聞いた話をそのまま伝える。五箇山の家に車が到着した。古ぼけた表札は祖母の旧姓「平良」だった。あゆみはその表札を見てほくそ笑んだ。ガラガラっと引戸が開いて、出てきた人物の顔を見て、どうしていいのか一瞬戸惑い、頭が混乱している所に鮎が抱きついてきた。その抱きつかれた力の加減や、嗚咽まじりの声で、確かに祖母だと認識すると、ジワッと涙が滲み始め、直ぐに溢れ出した。暫く、涙目で祖母と孫の抱擁を見ていた蛍は、年代物のミニバンの後部座席から、孫娘を抱きかかえて、家の中へ運んだ。それを見て、鮎が3才児の翠を抱きかかえて、曾孫の寝顔を愛しそうに見ながら家の中に運んでゆく。あゆみはリアハッチから、キャリーバッグを取り出した。子供を布団に寝かせて、居間に3人で移動すると、蛍が急須にお湯を注ぎ始めるそばから、あゆみがパスポートを取り出して、祖母に見せた。  「櫻田首相から、昨日このパスポートを渡されたの。櫻田さんから話を聞いて、私はお父さんの判断に従うことに決めた。お母さんへの説明は・・おばあちゃんがするって聞いてるけど、私から話そうか?」
「ちょっと、なんの話よ・・」お茶を淹れて、2人に出しながら、自分が蚊帳の外に居るらしいと蛍が悟った。                 「えっとね、改めて初めまして。私の名前は平良 鮎と言います。 おばあちゃんの旧姓をそのまま使った、ベネズエラの日系人です。蒼も翠も、お腹の子も、平良姓とコナーズ姓の両方を持ちます。杜家の皆様、以後、お見知りおきのほど、宜しくお願い申し上げます」
あゆみが卓袱台に三つ指を立てて、頭を下げた。          
「ちょっと。どうして、タイラ姓なのよ・・」             「蒼と翠の為よ。実の父親が誰だかボカす為には、あゆみが別人になるのがベストなのよ。これは分かるでしょ?」                「前々から、その計画だったけど・・何で今なの、まだ慌てなくてもいいでしょうに・・」

「前倒しだよ。お母さん、正に絶好の機会なの」           「絶好の機会? えっと・・ごめん、全然わからないよ・・」     「杜 あゆみという30にこれからなろうとしている人物が、まさに行方不明になっている状態っていうのは分かるよね?」鮎がそう言って、蛍の顔をマジマジと見て、笑った。あぁ、若かりし日の茶目っ気たっぷりの祖母にそっくりだと思って、あゆみも母親の方に身を乗り出して、笑いながら言った。
「可愛い、可愛いあゆみちゃんの代わりの役目を果たせるのは、さて、誰かな〜」                              「ちょっと待って。私、今年、55歳なのよ。そんな無茶苦茶な話を誰が信じるって言うのよ。2人とも、調子に乗りすぎなんじゃないの?」    鮎がすっくと立ち上がった。ポケットから取り出すと、何故かコンパクトを持っていた。何時でも出せるように準備していたのだろうか・・
「私、モリ・ホタル、中身は75過ぎのお婆ちゃん。テクマクマヤコン テクマクマヤコン、若い女になぁ〜れぇ。あ~ら、不思議。本物より若返っちゃったみたい・・マハリーク、マハーリタ、ヤンバラヤンヤンヤン マハリーク、マハーリタ、ヤンバラヤンヤンヤン、魔法の国から やってきた、ちょっとチャームな女の子、サリー、サリー、魔法の言葉を唱えると、愛と希望が飛びぃ出すの、サリー、サリー・・」   
「魔法使いサリーちゃん」を鮎がピンク・レディーの渚のシンドバッドの振り付けで歌い始めたので、一瞬唖然としてから、2人とも吹き出して大笑いを始める。幼少期にこの部屋でアニメを見て、歌番組を見て、真似して歌っていたに違いないと、娘と孫娘は思った。昔の映像でこれと似たような振り付けを見た記憶がある。どこがカッコ良かったのか分からないが、今ではコミカルな動きにしか見えず、このアニメソングに妙にあっていた。    「お母さん、モリ・アユミを継いでくれない?」まだ、歌っている祖母を尻目に母親の手を握る。

「娘が、親に向かって継いでくれっていうセリフ自体がね、良く分からないのよ」母親が真面目な顔をして歌い続けているので、笑いながら応える。

「サリー、お前はキューバへ向かいなさい!2か月もしたら、モリ・アユミとして生まれ変わり、20代の若さを取り戻しているかもしれない。これぞ、現代の浦島太郎伝説だ!いや、異世界ものかもしれないぞ! バイ、サリーちゃんのパパ」娘を指差して、仁王立ちしている。           「20代って、幾らなんでもそれは無理でしょう?」蛍は呆気にとられた顔をしている。

「ワシは20年以上は楽に若返ったと思っているのだ。やってみなければ、何事も分からないのだ! バイ、バカボンのパパ」     
もうヤメてくれ、と2人が腹を抱えて笑っている。母親が赤塚不二夫氏に感化されて育ったのは2人共、よく知っていた。             「私や彩乃よりも若返ったら、お母さん、お父さんを独占できるかもしれないよ・・」あゆみがニヤニヤしながら言うと、蛍がハッとした顔をした。鮎は蛍が食らいついた「この時」を、見逃さなかった。
「確かに、ワシにはこれ以上はもう無理なのだ!ビキニの着用を強要されて、あの肉欲獣の相手をするなんて、もはや精神年齢的にも、体力的にも辛いのだ・・。一人じゃ無理なのだ!勘弁して欲しいのだぁ〜。バイ、バカボンのパパ!・・あ、バカボンのママ?仮に若返っても、子宮は生殖活動を終えているので、もう出産は無理なのだ。それに、子育てからも解放されるのだ。ちびっこたちは、ワシに任せるのだ。バカボンのママ、結婚して直ぐにアユムを身籠るまでの短い2人だけ新婚生活を、この機会に思いっきり取り戻すのだ!」  
娘がその気になっているのが分かった。どれだけ、旦那に惚れているのかがよく分かる。 鮎は座って、蛍の手を取って、真顔に戻って締めに入った。

「仮に、蛍が30歳に戻ったとして、寿命を迎えるまでの数十年間を、私よりも若い体で、彼と共に過ごせるのよ。夫じゃなくて、父の秘書として、杜あゆみとして、あゆみらしく、いっつも父親に付きまといなさい・・。こんなのは、我が家にしかできないでしょうね。愛情を分散させてしまった悔みを、あの人はあの人なりに、ずーっと考え続けていた。
あゆみと私達が辿ってきたこれまでの人生と、諸々に巻き込んでしまった懺悔も含めて、このタイミングで一掃出来るかもしれないって、考えたみたい。たまたま、私の失踪が元になって生まれた、似た者同士3世代、スライド大作戦とでも申し上げましょうか・・」

「3世代スライドって、3人で抱かれる時にあの人が言ってたような気がしたけど・・そうか、この遺伝子だから出来るのか・・」

蛍がぼそっと呟くと、あゆみが蛍の肩に頭を乗せて、甘えた。

ーーーー
パルマでご一行様を下ろして、機体は一旦地中海に出るとイタリア・ジェノバの沖合に浮かぶ名物の滑走路にめがけて、ゆっくり進入を初めていた。 海上に滑走路を建設するのはカネの無駄で、自然破壊だとモリは考えていたが、台風の来ない地中海ならば、まぁ仕方がないかとも思い直す。それでも地中海の澄んだ水を見ると、大量の土砂で埋め立てるのはやはり許容できないと思い返す。中部も関空も北九州も、何れ日本の人口が減少すれば閉鎖して、内陸の空港に切り替えた方がいい。                入国はフォン・ルイス・平良と言うベネズエラ人のパスポートを使う。フォン・ルイス・タイラーという同一名のコロンビア人がパナマに居住して、Gray Equipment社の社長をしているが、平良姓の方はベネズエラ国籍で、カレン平良、金森鮎の偽名人物とベネズエラ戸籍上では、夫婦になっている。このニセパスポートの存在を家族には知らせていなかったが、フラウが隣に居るので仕方がなかった。
「後で説明するけどさ、お忍びで入国しないとみんなに迷惑が掛かるから、これを使うね」と言って、この場を凌ぐ。
北朝鮮の出国時は、日本に向かう鮎と一般人の方へ並んで、簡易手続き組と分かれて手続きを済ませていた。日本政府と北韓総督府には、このパスポートの存在が判明するのも想定していた。年齢は見た目よりも若く、55歳と記載されていた。モリは老眼が進んだ為に、眼鏡を常用するようになっていた。頭髪の色が戻り始めて斑となり、体格の似通った欧米では完全に埋没して、誰にも気づかれないまま街を歩く事が出来る。ロビーに出ると、孫を左右に侍らせたヴェロニカが近寄ってくる。フラウと抱き合ってから、こちらには強く抱きしめて耳元で囁く。
「フラウは酔わせちゃって寝かしつけるからね・・」ギョッとする。続けて下の子供を抱き上げてモリに押し付けて、少し大きな声で言った。
「モリ総司令官殿、櫻田っちから、伝言! アフリカ北部で紛争の兆しあり、至急連絡されたし」フラウとモリがビクッと反応する。ヴェロニカは片腕を絡めてまた耳に口を寄せ、眉をひそめたような顔をして「また若返ったんじゃない?」と囁いた。
「よせよ、気のせいだって・・」そう言って、こちらを見てニヤニヤと笑っているフラウに荷物を託して、上の子供も抱き上げて、左右に子供達を抱き上げた格好になった。抱き上げると姉の方がキスをしてくれて、デレっとしただらしない顔になる。ヴェロニカとフラウが同じ笑顔を浮かべて、並んで早足で歩き出し、それをモリが追う。ヴェロニカは少し、太ったかもしれないと左右に揺れる形の良い臀部を見て思った。フラウも後ろ姿は母親に似てきた。鮎と蛍とあゆみを後ろから交互に攻めた時を思い出して、思わず、首を振った。
母娘の会話が聞こえてくる。下の兄弟に聞かれないためか、モリに聞かせる為か、フラウが英語を使った。
「ママ、なんか嬉しそうだねぇ・・」               
「娘が、帰ってきたんだもの、それは嬉しいでしょう」         「私が一緒でがっかりしてるんじゃないの?」             「何よ、それは、どういう意味よ・・」                「まぁ、安心して。お酒なんか飲まなくても寝ちゃうから。今日は移動で出来なかったから、明日は早朝トレーニングするからねぇ・・」     「あんた、聞こえてたの?」ヴェロニカが急に慌てだした。      「さぁて、何の話だったかな? でも安心していいよ。私は何時でも、何処でもママの味方だから」
モリは背筋が寒くなりながら、母娘のやりとりを更に聞き取ろうとして後ろに近づいた。 ここまで行動がバレている母親が、全く動じていない事に驚いた。イタリア人の寛容さや懐の広さの範囲を、大きく履き違えていたかもしれない・・                 
車に乗り込んで、運転席に居るアンナにスマホから登録認証をフラウと共に始める。これで柳井家の人物として、フラウとモリが登録される。同時に自動的にベネズエラ政府の専用線に接続される。「ごめん、これからベネズエラと会話するね・・」2列目のシートに居るヴェロニカに、振り返って許可を貰った。
「アンナ、繋いでくれ」とモリが言うと、ベネズエラ政府の110-119番AIに繋がる。ヴェロニカとフラウが一緒に居るが仕方がない。それどころでは無かった。アンナが頷くと直ぐに櫻田の声が聞こえる。
「総司令!エジプト軍が国境を越えました。ヘリは既にスーダンの国境基地・・予定通り、無人基地に到着しています。各国の衛星でも捕捉できるように、デザートオペレーションV1はスタートしています」

「了解、作戦はデザートオペレーションだけだな?繰り返す、攻撃や威嚇行為は行っていないんだな?」

「ええ、まだです!紅海に居る、中東方面軍には対応を要請しました。ドローン3機がエジプトの先発隊の哨戒作業に入るまであと15分です。空母鷹月の艦載機100機は、ペイント弾を実装完了し、発射スタンバイ完了しています。総司令、デザートオペレーション、V2システムの利用許可を申請するかもしれません。覚悟しといて下さい!」

「・・分かった。まだ使いたくないんだけどな・・」 

「まさか本当に動くとは、誰も思っていませんでしたからね。でも、これでエジプト・オリンピックは延期か、開催国変更になる可能性が出てきました・・」   「それは仕方がない・・、今頃、米英は大慌てだろう。
こちらはあと10分でヤナイ家に到着する、15分以内に再度アンナ経由でアクセスする。それまで、櫻田首相、君に全権限を移譲する。受理するように。
イスラエルとリビアの軍の動きにも警戒しろよ。あと、上空の偵察衛星だ。イスラエルはバッチリ捕捉出来るはずだ。オペレーションのV2をやるとなったら、ミノフスキーの散布を怠るなよ」

「了解!映像が無くても、相変わらず的確な指示をありがとう!愛してるわ!」 「バカ、ここに誰が居るのか知ってるだろう!」  

「勿論ですとも。私と同い年のヴィーにはっきり聞こえるように言いますね。ヴィー、今夜は程々にね!以上、交信終わります!じゃあ、また後でね、総司令!」ブチッと回線が切れた。
後席を振り返れずに、タブレットをバックから取り出すと、自動起動していた・・。いつから、こんなの出来るようになったんだろうか・・

「紛争が起きるの? それにミノフスキーって、ガンダムに出て来るミノフスキー粒子の事?」ヴェロニカが冷静に反応してくれたので助かった。ゆっくりと後席を振り返るとフラウはニヤニヤして笑っているので、孫とは視線を反らした。

「いろいろと言えない事もあるんだけど、こうなったら仕方が無い。この車での話は太朗にも黙っていて欲しいんだ。多分、日本の防衛省も国連もそろそろ気づいているとは思う。 交戦は起きないように祈ってるけど、国境を越えてしまったので、何らかの衝突は起きるかもしれない。これを見て・・エジプトの戦車隊とヘリ部隊が国境へ動き始めている。ミノフスキーは、呼び名はお察しの通りガンダムからパクった。用途がアニメと似ているからね。でも、使わない事を祈るよ・・」                 タブレットを後席に渡して、衛星画像を見せる。

「こんなに、くっきり見えちゃうんだね・・」

「パパ!こっちの画像って、もしかして・・」

「そのまさかだよ。ベネズエラの衛星からは見えているけど、他の国の衛星には写っていない。中南米軍の最新兵器、MS-01だ・・」

ヴェロニカとフラウは、簡易3D化された2本足の大型ロボットの小さな画像を食い入るように見ていた。

(つづく)


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