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(9) 前世紀の汚物を払拭し、 精算せよ 。


「United Nation Newsの時間です。最初のニュースはネーション紙のスクープからご紹介致します。 中南米軍の安全保障制度に関して、新たな事実が判明致しました。防衛対象の条項の中に、宇宙圏からの飛来物に関する防衛策が記されていたのです・・」 キャスター役のアバターが番組の冒頭から、「今日はいつもと違う」感を漂わせる。AIがそこまで表情を再現させるに至ったのも、視聴率の高さがIT投資へ結びついているのだろう・・     

 「この条項の存在が顕在化した背景には、ニューカレドニア島のフランス海軍艦船の隕石による大破事件があります。経緯についてもご本人に伺った方が良いでしょう。早速、ニューカレドニアで取材をされているネーション紙のアベ記者にレポート頂きます。アベさん、宜しくお願い致します」

AIキャスターのウィンドウが小さくなり、全面に阿部順子記者の姿が出てきた。突然のニューカレドニア入りだったので、中南米軍の制服に、迷彩色のヘルメットを被り、「PRESS」の黄色い腕章を付けている。      

「はい、分かりました。私はフィリピン・サンボアンガ基地に駐留している中南米軍の派遣部隊に同行して、ニューカレドニア島へ来ています。この場所は、隕石落下で沈んだ船を撤去したあとのヌメア港の埠頭なのですが、ご覧のようにここで戦艦が大破して炎上していた形跡が全く見当たらない、以前と変わらない美しい港の姿となっています」 確かに美しい海面が広がり、戦艦が沈んだ際に浮いていた筋状のオイル跡は見られなかった。   

「中南米軍は, 隣国のバヌアツ共和国に駐留している部隊と協力して、主に食料を中心とする生活物資をニューカレドニアへ運び入れております。何故、中南米軍が物資輸送をしているかと言いますのも、隕石落下を危惧した物流会社が、ニューカレドニアへの物資供給を現在停止している為です。 多くの観光客と住民の居るニューカレドニアへの物資が滞るのは好ましくないと、中南米軍がフランスに食料の輸送援助を申し入れ、暫定的に食料供給元が変更しております」 阿部記者はカメラを廻しているロボットに指で指示を送った。視聴者が見ているモニターが録画映像に切り替わる。

「ここからは 先程まで取材してきた映像をご覧いただきながら説明いたします。中南米軍は食料輸送を安全裏に行うために、隕石落下に備えて、このようにミサイル艦を配備して、24時間体制で隕石落下に備えています。残念ながら取材は簡単に出来ないのでイメージ図での紹介になりますが、南太平洋上空50万メートルの宇宙圏に、ノア型輸送船とモビルスーツ隊が配置され、大気圏に突入する前の、地上に落ちるかもしれない隕石を破壊する体制を取っています。隕石の数が前回の戦艦への衝突時のように多く撃ち漏らしてしまった場合、地上に到達する隕石を、このミサイル艦と隣国バヌアツ共和国に設置されている迎撃ミサイルで破壊致します。宇宙圏と地上の2重体制で隕石などの飛翔物を、中南米軍の防空システム「ヤマタノオロチ」がコントロールし、被害を最小限に食い止めます。               この映像は沖合に停泊しているミサイル艦に搭載している迎撃ミサイルです。このミサイルは核熱エンジンで飛び、マッハ40以上の速度で、マッハ30相当で落下してくる隕石を迎撃します。これまでマッハ30で落下する隕石の迎撃手段は無いと言われておりましたが、超音速ミサイルの導入と宇宙空間での破壊という2重の体制で、隕石迎撃を可能としているのです」    ここでスタジオの映像に切り替わり、阿部記者の姿が小さなウィンドウ画面に表示される。AIキャスターはこの日は、阿部記者に合わせて男性のアバターとなっていた。過去DBの中から情報を吸い上げて、AIが発言する。   

「阿部さん、核熱エンジンのミサイルの速度がマッハ40以上とおっしゃいました。現在最速とされているのが、ロシア製のミサイルでマッハ25と言われておりましたので、大幅に上回る性能ですよね。また中南米軍は、大気圏内に突入して5秒で地上に到達すると言われている隕石を、迎撃可能だと言っているのでしょうか? また、高速ミサイルを隣国バヌアツに配備しているというお話ですが、他のエリアでの配備状況は聞かれていますでしょうか?中南米軍は、欧米と中国以外の地球のほぼ全域の防衛を担っていますよね?」                  

「はい、ここは中南米軍の防衛機密に該当するので、特定の国名までは挙げられないのですが、核保有国以外の国々は、優先的に保護対象国となっていると、サンボアンガ基地の参謀が仰っております。このパネルをご覧下さい、最近ですが、キューバを取材していた際に、ミサイル艦に搭載されたミサイルと同じものが配備されているのを見ております。まさかあれが超音速ミサイルだとは思いませんでした・・。      

インド、パキスタン、ロシア、イスラエルの核保有国が核廃棄を検討し始めたのも、中南米軍の防空システム下に加わるのが理由だと伺っております。つまり、隕石の迎撃が実現できるのですから、地上のミサイル迎撃など、容易く行えます。核弾頭を搭載可能な最速ミサイルがマッハ20で、着弾するまで5秒以上飛翔するのですから、核ミサイルを安々と迎撃してしまいます。核を形骸化してしまう防空システム、それがヤマタノオロチなのです」  

ネーション紙の各記者のアシスタント役のロボット、エレンが作成した、ヤマタノオロチの概要図がモニターに表示される。宇宙圏での迎撃が可能なのだと分かるチャート図になっていた。                 日本のAIが元になっているアバターであるキャスターは、この核の無力化の情報提示に対して、咄嗟に反応する事が出来ずに困惑したような、戸惑っている表情をしてしまう。番組を制作しているAngle社のスタッフ達が慌て始める。日本製のAIが想定外の出来事に直面して、発言出来なくなる事態が史上初めて発生してしまった。事前に記者から詳細の情報が齎されていれば、こうはならないだろうが、速報ニュースだったのと、隕石迎撃へのフォーカスではなく、核を無力化するという記者の発言がAIには「唐突過ぎる」内容となった。事前に各国の保有核のデータを用意することが出来なかった。 阿部記者がキャスターの「間」を察して、カバーを始める。自身で核迎撃の解説をし始めて、場を繋いだ。生放送なだけに、番組製作スタッフは安堵する。ネーション紙の記者達が日々AIロボットを使っているからこそ、対応が出来たが、ネーション紙の記者以外のレポーターでは、難しかっただろう。

「・・あの、アベさん、日本には非核三原則がありますよね、核熱エンジン搭載のミサイルは日本には配備や設置すらできないと思うのですが、その点は確認はされましたでしょうか?」キャスターが復調した。阿部記者の「場つなぎ」で、何とか事なきを得た。                 「はい。近隣国に設置したミサイルで包括可能とのお話でした。日本列島であっても、宇宙からの飛来物にはちゃんと対応出来るとの事です・・」  記者は暫く島に滞在し、取材を続けると述べ、別のニュースへ話題は変わった。

フィリピン・サマル島で、このニュースを見ていたAngle社、社長の杏が、AIキャスターの困惑した事態に唖然とし、プルシアンブルー社副会長の妹の樹里に「何よ、これ?さっさと対策なさい。2度めは無いわよ!」と怒りの表情を浮かべて言い放った。樹里は姉の剣幕に引きつった顔をしながらも、頭を下げる。プルシアンブルー社の社長のサチがバッと立ち上がり、重要な取引先であるangle社 社長、杏に向かって頭を深々と下げる。あゆみも彩乃も、Angle社のAIを立ち上げた時のチーフエンジニアなので、バツが悪そうな顔をしている。娘達がビジネスライクな姿勢に転じたので、母親達が笑いあいながらも、「ジュンコさんだから、良かったじゃない」と肩を叩いて、杏の怒りを和らげる。 茜と遥の姉妹は、ここに居る5人が凄腕の経営者であり、日本最強のエンジニアだったと、ふと思い出す。祖父が指導し、育て上げた日本経済を変革してきたメンバー達なのだと。          

Angle社のAIが一時的な思考停止に陥った事態は、番組としても反響となる。「宇宙空間における迎撃能力の存在」と「核攻撃を無力化する存在」の出現という、従来には無かったものが突如として現れたので、AIが一時的に混乱したと話題となる。実際はAIが動揺した以上に、核保有国は動揺していた。中南米軍の防空システムが核攻撃迎撃も可能なシステムだと公表され、フリーズする。呆然としたのはAngle社のAIだけでは無く、世界各国の軍事と政府関係者もだった。中南米軍とベネズエラが核攻撃無効化の手段を有していると知っていたのは、防衛協定を結んでいる国々ですら知らなかった。知らされた国は、インドとパキスタン、イスラエル、ロシアの4ヶ国で、それも半年前だった・・

「マッハ40以上の高速ミサイルが存在して、各国に配備されている」国連も知らなかった事実が、たった1本のニュースで明らかになった。欧米、中国には衝撃となる。「それなりの能力があるのだろう」と見ていた中距離弾道ミサイルが、実はマッハ40を超える速度で、マッハ30で落下する隕石を迎撃すると聞くと、その時点で、もはや抗う術は何一つとして存在しないと思い知る。5万メートル上空で宇宙船とモビルスーツが監視活動をしていれば、ICBM等の高度が伴う長距離ミサイルは、安々と落とされてしまうだろう。ロシアやイスラエルが突如として核廃棄を唱え出すのも当然だった。長年に渡って開発競走を繰り広げ、大枚はたいて構築した核の傘や音速ミサイルが、このニュースによって一瞬にして無になってしまったのだから。

世界の軍事力を根底から変える防空システム・ヤマタノオロチ・・このシステムの概要を伝えるだけのニュースなのだが、生み出す副産物と世界に齎す影響度が尋常ではない。ネーション紙、阿部記者にとっても生涯最大のスクープとなった。            

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ヴェロニカがオーナーを務める、パンパシフィックホテルに投宿して、中南米軍の作業を見学し、島民達の話を聞き、政庁舎で総督にインタビューをする。スーパーには中南米軍が運び入れた食料品の数々が並び、ベネズエラの品揃えと同じような価格で提供され、島民達は喜んでいる・・。

阿部記者は、カリブ海の島を訪問しているかのような錯覚を覚える。ガソリン、軽油の価格は中南米並の値段であり、ホテルに戻れば、RedStar Hotelの系列なので、中南米都市と同じようなサービスが得られる。       隕石落下の懸念が残る期間だけの暫定措置、と言っても、ひと度 この「中南米化」を経験してしまうと、以前のレベルがどうだったのか、完全な比較対照は出来ないのだが、島民の満足度を見ると明らかな差異があるようだ。 もう、以前のレベルには戻れないのではないか。住民投票で住民はフランスからの独立を圧倒的な多数で、選択するのではないか?と判断していまう。サンボアンガ基地での取材で、「中南米軍の輸送機で、ニューカレドニアへ向かって、取材してきたら?」と杜 志乃大臣から言われて、ノコノコとやって来たが、スクープネタをモノにしたのも、ベネズエラ政府の「仕込み」「ヤラセネタ」だったのだろう。

何故、数か国の核保有国が核を捨てようとしているのか、その理由が腑に落ちなかった。ベネズエラや日本が「核保有を止めろ」「原発を停止しろ」と唱えていたが、急に迎合する国が出てきたので、ただ驚いた。その理由が取材することで分かってきた。防空システム・ヤマタノオロチが宇宙空間監視体制を強化し、地上核を始めとする飛翔物全ての迎撃が可能となるものだった。まるでパズルゲームのように、それぞれのピースが嵌っていく姿を見ていると、どうしても、次期大統領の影を感じずにはいられない。     阿部記者は、隕石を落としたのは実はベネズエラなのではないかと、勝手に考えていた。良くできた自作自演劇で、演出自体がベネズエラだけにしか出来ないものであれば、誰も可能性について考えようともしない。それこそ、宇宙人や地底人の仕業だとカテゴライズするのと同じ次元の話となる。人類には真偽を確認する手段がないのだから。             「The Liberation of Gracemeria」のメロディーが頭の中で鳴り響く。ベネズエラが想い描く世界とは、いかなるものなのかと阿部記者は思いを馳せる。独立、解放、それとも理想郷の完成なのだろうか。地球村という、この星全ての人々の為の・・
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中米、アジアの各国の基地に備えられているミサイルは、全て核熱エンジンを搭載して、防空システム・ヤマタノオロチの一部分を構成していると、防衛関係国に周知連絡された。主要国・・主に核保有国に対しては、地上設置型迎撃ミサイルを配備していない。隕石などの飛翔物には応じる用意はあるが、それ以外は関知しない姿勢を表している。確率は少ないとは言え、隕石が核弾頭貯蔵施設に落下するのは、人類として許容できない。同盟国内でも核を持つ、持たないでこのように区分けをしているが、中南米軍の超音速ミサイルの能力を知って最も慌てたのは、何も知らない北米、西欧、中国だろう。マッハ20が世界で最速ミサイルと言われていた所へ、倍以上早いミサイルが既に近隣国に配備されていると、初めて知る。        

「中南米軍の防空システムは。隕石の迎撃に対応していますが、核兵器の迎撃は想定しておりません。宜しいですか、核ミサイルを地上で迎撃すればその地点一帯が被爆地となってしまいます。大気圏内で爆破すれば、大気中を放射能が拡散するのです。核を持っていないのに、仕方なく迎撃することで、核を放った国と同罪になってしまうのです。これって、酷い話です。 アメリカが広島と長崎に原爆を投下しましたが、投下のタイミングで地上から迎撃ミサイルで落としたところで、放射能は降り注いでしまいます。  従って、B29がアメリカ領内を飛び立ったタイミングを狙うか、核弾頭の保管庫と核開発施設を狙うしかありません。そもそも、放った瞬間にダメ国家の烙印を押される兵器が、核なのです。相手が製造したものを相手国内で破壊する方が自然の発想となりますが、破壊した側に責任が生じる、実に理不尽極まりない兵器なんです。原爆を投下され、原発事故を起こし、いずれでも行政都市を失うと同時に、多くの人々の命を奪った日本の惨状を、我が国は同盟国として、よくよく考える必要があります」           

・・私の夫は日本人で、息子達は日本国籍も持っているんだよ!・・スーザンはそう思い返して、拳を握った。

「核保有国が急に手のひらを返すかのように、日本連合の同盟国に加わりたいと擦り寄っている状況に見えますが、日本人ではない私が、敢えてこの場で代弁させて頂きます。「ご都合主義も程々になさい!」と。核に縋り、信奉したいオールドタイプの政治家や軍人、学者を抱える国と、互いが信頼し合える同盟関係が結べるとでも思っているのでしょうか?
単なる抑止力に過ぎないモノを崇め奉り、いつまでも持ち続ける姿勢を見せながら、その一方で同盟国に加わりたいと言う、その意味と矛盾点を、個人的には全く理解できないのです」

ベネズエラ政府のスーザン報道官の皮肉が、たとえ核保有国の政府には響かなくとも、その国の国民にとって呼応する材料となれば、それだけで十分だった。

・・自作自演劇場第二幕の準備が、宇宙空間で着々と進められていた。  

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サンボアンガ基地に隣接する土地に、レーション製造工場の建設を始める。基地内兵士向けの携行食と、輸送機や観光シャトル便、海上ホバークラフト便の機内食を作り、それぞれに提供する。月面基地の3度の食事も基本的には機内食の仕様にして航空機やホバークラフト同様に「ギャレー」で温める。時折、ラーメンやうどんのような麺類、スープや味噌汁などの汁物も食堂で調理はするが、日頃は麺類、汁物はインスタントが主流となる。

食堂月面基地には果物を始めとする缶詰類、飲料、菓子類の仕訳もサンボアンガで行い、ルソン島のスービック海軍基地へ運び入れ、シャトルや輸送機で月面へ運び入れる。
モリが20年前にベトナム・ラオスに誘致した菓子メーカー、飲料メーカーをミンダナオ島にも誘致する。「火星や月面間の移動で、10万メートル以上の宇宙圏と高速ホバークラフトの旅で、自社製品を販売しませんか?」と言えば、飛びついてくる。「宇宙で同じものが飲食されている」とメーカーはPR出来る。そもそも、モリが好みの菓子と飲料ばかりなので偏りはあるが、それでも中国やASEAN市場でも人気の高い食品会社ばかりだ。「宇宙空間でも同じものが手に入る」という肩書を使いたいが為に、メーカー間で熾烈な製品開発が起こるよう、促す。フィリピンの缶詰食品や飲料メーカーも大いに加わって貰らう。モリはフィリピンでビール製造を考えなかった。美味しいフィリピン製ビールで十分だろうと思った。その代わりに息子達のワイナリーや蒸溜所のワインやウイスキーを宇宙に運ぼうと考えたのもバランスに考慮した。なんでもかんでも自分達の権益にしてはならないと。

サンボアンガのレーション製造、食品工場の工業団地の一角に、洗濯・ランドリー工場を新設し、基地の兵士服、機内客室乗務員のユニフォーム、月面基地の隊員の服、研究員のトレーナー、チノパン、セーター類も洗ったものを一つ一つサイズや色に合わせて梱包する。月面基地向けの肌着・下着類も洗って梱包するが、これだけはエコを無視して使い捨てとする。月面では水が貴重なので、洗濯はしない。数百人の下着類なので、割り切るしかない。個人的に服を持っていくのは吝かではないのだが、洗濯は地球に帰るまで、出来ない。                             

ミンダナオ島サンボアンガ基地は、新しい交通手段向け、宇宙空間向けの食品供給物流センター、衣料品のクリーニング施設としての顔も持つことになる。各食品メーカーの工場従業員の採用を始め、求職需要が高まってゆくだろう。 

中南米軍や日本連合が関与すると、フィリピン経済が回転していく状況が報道されると、米軍、フランス軍、イギリス軍、中国軍より良いではないかと、南太平洋諸国が、自然に意識するようになる。
既存の軍隊には到底不可能な話だが、その国の政府が、経済活動を出来るか、出来ないかで、世論は大きく変わってゆく。
古きに従ってばかりいると、既存のシステムを引きずり続ける事になる。システム変革が日本連合を生み出した・・世界がこの変革を認識するのは一体いつになるのだろうか。

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アメリカはフランス政府に対して、ニューカレドニア島の独立派が過激な動きを見せていると、統治国フランスへ予てから警告していた。そこへ隕石落下事件が起こると、独立派が急に大人しくなり、フランス軍の破損した施設の補修作業へも積極的に参加するようになる。

「思い過ごしだったか?」と誰もが思い、体制に反対する人々が沈静化して安堵する。隕石落下が生じて、一時はベネズエラの関与を疑うも、技術的に到底不可能と判断されると、「フランス軍には不憫な結末になった」と各国報道がなされて、事が済んだようになった。原発存続の是非で日本連合と意見が対立したフランスも、ベネズエラの関与には否定的な見方をし、艦船大破の検証作業と調査活動を当初は米軍に求めたものの、直ぐに撤回していた。フランスが矛を収めたのも、中南米軍のその後の行動に、人々の感謝の声が高まっていたというのもある。旧宗主国や統治国との力の差を思い知らされる状況を目の当たりにし続けることにより、被害のあったニューカレドニアに限らず、南太平洋の諸島国家全般に変化を齎す。

中南米軍の安保スキームが宇宙空間まで及び、隕石などの落下物撃墜までが対象になると知ると、各国の独立派や急進派が中南米諸国への賛美を始めて、隣国バヌアツのように共和国になろうと言い出し始める。そんな厄介な状況へ事態は変わりつつある。オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、マレーシアの英国連邦離脱の動きにも呼応され、フィジーやサモアといった英国連邦の国や、中国の安保下にあるソロモン諸島、グアムの米国統治領などでも独立派・急進派が攻勢を上げ始める。          

中米のベリーズやケイマン諸島等が、女王の崩御に合わせて英国連邦から離脱し、プエルトリコ等の米国統治領もアメリカとの関係を精算し、中南米諸国連合に加盟して成功を収めている状況も後押しの材料となった。    

フィジーとサモア、そしてソロモン諸島では、週末に行われていたデモ活動が日常的に起きるようになり、暴動や騒乱を懸念した各国が、駐留軍の増派を検討し始めた。イギリスは先のフォークランド紛争で海軍が船を中南米軍に沈められたので、陸軍と空軍を派遣する意向を表明した。政府主導で英国連邦離脱を進めているオーストラリアやニュージーランドには強く言えないイギリスは、「弱き者は徹底的に叩く」方針を打ち出したかに見えた。「イギリスのジェントルマン精神を端的に示すものだ」とフィジーとサモアのマスコミがイギリス政府の決定を皮肉ったが、面の皮の厚さと、おべんちゃら二枚舌外交で知られるイギリスの報道官は、意にも介さず能面ヅラを貫いて、淡々と軍隊派遣の決定を伝える。                

ニューカレドニアで取材をしていたネーション紙の阿部記者は、デモ隊との間で衝突が発生しているソロモン諸島に場所を移した。2020年代に中国マネーによって、中国の安全保障の庇護下にあるが、中国人が経営する店舗が焼き討ちに合うなど、中国人社会への暴動が恒常化している国でもある。そこにバヌアツ共和国の成功例とニューカレドニアでの独立への動きに触発されたようだ。「中国は出て行け、バヌアツのように中南米軍に守ってもらおう」と大勢の人々が賛同し、政府の対応を批判していた。

ソロモン諸島の人々は日本に対して、あまりいい印象を持っていない。大勢の自軍の兵士を見捨てたガダルカナル島での戦に代表される、旧日本軍の間抜けな戦いぶりを目の当たりにして語り継いできたからだ。その影響もあって他国の軍隊を自ずと懐疑的に見てしまうのかもしれなかった。日本人以上の数で島に上陸して、経済を握っている中国に対して、ソロモン諸島の人々が持つイメージは対日本以上の酷いものとなっていた。バヌアツとニューカレドニアでの変化と、ソロモン諸島を比較すると、絶対的な差があるのが分かると、反政府運動が盛り上がってゆく。          
ソロモン政府は過去に生じた暴動を懸念して、中国に軍隊派遣を要請する。中国政府も、ソロモン駐在の中国人保護を口実に海軍派遣を決めた。   阿部記者は中国人女性と間違われながらも、プレスであることを示す腕章と、ベネズエラ政府が特別に供与してくれた中南米軍の丸腰の武闘派ロボット2体を護衛にして、取材を続けていた。           

ベネズエラ政府のパメラ官房長官は、ソロモン諸島ガダルカナル島で取材している阿部記者の位置情報を、ロボットを貸与していたので認識していた。東京のネーション紙本社に連絡し、阿部記者本人にも連絡し、ソロモン諸島からの退去を勧告する。「ジュンコさん、食料輸送の中南米軍の輸送機に搭乗して。お願いだから、その島を離れて」と言われて、阿部記者はパメラの要請に従った。奥歯に物が挟まったような言い方をパメラがするので「何かが起こるのを、記者は悟った。                    

その数日後だった。イギリス軍の空挺部隊が本国を出発し、到着前の夜間に、フィジーとサモアの空港と基地滑走路に隕石が落下し、航空便の発着が出来ずに空港が閉鎖に追い込まれる事態になった。ソロモン諸島へ向かっていた中国の艦船等にはピンポン玉ほどの大きさの隕石が無数に降り注ぎ、甲板や側面に穴が空き、航行不能となる。               

宇宙空間で無数の隕石を見つけた中南米軍が、地上到達10秒前に、南太平洋各国と各軍へ緊急警告を発していた。
「あまりにも数が多いのと、隕石が小ぶりなので全てを破壊できなかった。海上に幾つか落ちると想定される。ヘルメット装着し、艦内と、船室に即刻逃げ込んで欲しい」と用意していたコメントを音声とコードデータで送信する。
中国海軍の乗組員達は船内に逃げ込んで、事なきを得た。

また、防空システム・ヤマタノオロチが発動して、ニューカレドニアとバヌアツ共和国へ落ちてきた隕石を、地上の迎撃ミサイルが破壊する映像が撮影される。マッハ32という落下速度とマッハ40のミサイルなのでスローモーション再生で無いと、分からない映像だった。

この2度目の隕石落下を受けて、ミサイル艦と潜水空母、護衛役のモビルスーツ3機が2隊構成され、フィジー、サモアの海域に配備された。2隊の艦船は海上に停船しながら、大気圏外の宇宙輸送船と常時連絡を取り続けるシンクロ接続を行い、惑星迎撃対策が完了すると、補修部隊のモビルスーツがサブフライトシステムで運ばれ、ホバリングしながら空港に降り立った。 早速、滑走路の穴を埋め始め、補修作業に取り掛かった。まるで補修作業内容を事前に察知していたかのように、効率的に作業し、その日のうちに作業を終えてしまうと、翌日からは両島の空港と基地が再開された。補修された滑走路にサンダーバード輸送機が着陸すると、ニューカレドニアと同じような展開となってゆく。島民達は思った「今迄の食料は何だったのか?」と。

新たな防空システムが配備され、英国の空挺部隊フィジーとサモアに来る意味が無くなっていた。ソロモン諸島とグアム、そしてハワイが、本国と一線を画そうと、ゆるりと動き出してゆく。

(つづく)

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