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【短編小説】椿の花嫁

1

二〇二一年三月十五日、仙台市内の教会で私たちの結婚式が行われた。

ウェディングドレス姿の私は、まっすぐ歩いて祭壇で待っている彼に向かって歩き始めた。

隣には今まで育ててくれたお父さんが連れ添ってくれている。お父さんの肩越しに、涙ぐむお母さんと目が合う。私もつられて泣きそうになって思わず、うつむいてしまった。目線を下げると、今身に着けているウェディングドレスが見えた。

それは着物ドレスというもので、私にとって特別な意味があるドレスだった。

私はこのドレスを見ながら、つくられるまでを思い出した。

2

十年前の二〇一一年三月十一日十四時四十六分。
東日本大震災。
私から大切な人を奪った日。
四日後に結婚式を挙げる予定だった。仙台に住んでいたおばあちゃんは津波に巻き込まれ、帰らぬ人となった。

結婚式を中止して、仙台に向かったけれど、発見されたのは遺体と着物だけだった。
着物も帯も汚れや破れが目立っていて、使えなくなってしまっていた。そんな状態のおばあちゃんの着物を見て、私は涙が止まらなかった。

着物が大好きだったおばあちゃんは私に着物の柄の意味や着方など、着物についていろいろなことを教えてくれた。

例えば、若いころのおばあちゃんがおじいちゃんに買ってもらったと嬉しそうに話してくれた白地に赤い椿柄の着物。
椿の散り際は花ごと落ちることから死や別れを象徴する花でもあるが、椿の花言葉の一つに「私は常にあなたを愛しています」や日本での紅い椿の花言葉は「気取らない魅力」、西洋での紅い椿の花言葉は「あなたは胸の中で炎のように輝く」などたくさんの素敵な花言葉を持つ花だという。
全て同じ花であるのに多様な意味を持っているのが興味深いだから、お気に入りだとも話していた。

よそ行きのための黒地に金と銀で弦が描かれた豪華な着物は、私の結婚式に着ていくと話してくれていた。その着物は私に優雅さと気品を感じさせた。

私が働き始めた年のおばあちゃんの誕生日プレゼントに送った黄色の矢尻模様の帯。おばあちゃんは矢尻模様には邪気を払う縁起の良い意味があると教えてくれた。

そして、おばあちゃんが結婚式の時に仕立てられた白無垢は、私も結婚式に着ようと思っていた。白無垢には純白で清楚な花嫁の姿を表すことも教えてくれた。

ほかにもさまざまな着物の数々。

おばあちゃんの着物をコーディネートするのが楽しくて、夏休みに遊びに行ったときは必ず二人で一緒に着物を組み合わせて遊んでいた。

私にとって着物はおばあちゃんとのかけがえのない思い出だった。

3

震災から十年が経った。私たちは震災を乗り越えて、婚姻届を出して夫婦になった。しかし、仕事に追われて、結婚式を挙げることができていなかった。

婚姻届を出してから、三年が経ったある日、彼が私に結婚式のリベンジをしようと提案してくれた。今更という気持ちもあったが、正直とても嬉しかった。前回着るつもりだった白無垢は震災により着れなくなったため、新しくウェディングドレスを試着してみた。しかし、なんだか自分には似合っていないように感じ、別のドレスを探すことにした。

どのドレスにしようか悩んでいる中、気分転換に彼が仙台へと連れて行ってくれておばあちゃんのお墓参りも一緒にしてくれた。
私がおばあちゃんの白無垢を忘れられないことを理解してくれていた彼は、ウェディングドレスは亡くなったおばあちゃんの着物でリメイクドレスにすることを提案してくれた。
その提案はもう着ることができない白無垢を着られるようになる上、もう結婚式に招待できないおばあちゃんも参列できるようで嬉しかった。

さっそくデザイナーに相談して、おばあちゃんのお気に入りの椿柄の着物と白無垢を使った着物ドレスをお願いした。そして、六か月後に私の理想のウェディングドレスは完成した。

デザイナーから連絡が来て、ドレスを受け取りに行ったとき、私は息をのんだ。そこには、おばあちゃんとの思い出の着物から生まれ変わった、私だけの、世界一のウェディングドレスがそこにあった。
白無垢の素材や柄が上手く活かされている上、椿柄の着物も巧みにアクセントとして使われていた。ドレスはとてもシンプルだけど華やかで、着物らしさを残しつつもモダンな雰囲気になっていた。

私はドレスを着て、鏡を見ると、自分でも信じられないほど自分が美しく見えた。おばあちゃんにもこんなに素敵なドレスを見せてあげられたら喜んでくれただろうと思った。

そして、私の気持ちを理解してくれ、おばあちゃんの着物も大切にしてくれた彼に私は感謝した。

4

そして、ついに結婚式当日がやってきた。私はおばあちゃんとの思い出の着物から生まれ変わったウェディングドレスを身にまとって、彼の前に立った。お父さんから手を離して、彼から差し出された手を取った。彼に支えられながら牧師の前まで歩いた。

「病める時も健やかな時も互いに助け合い、明るく笑顔溢れる幸せな家庭を築くことを誓いますか」

「「はい、誓います」」

彼と誓いの言葉を交わした時、私は新しい自分に生まれ変わった。おばあちゃんが見守ってくれていると信じて、彼との永遠の愛を誓った。

この日は私にとって一番大切な日となった。それは、私の人生の新たな出発の日であり、私の今までの人生の中で最も幸せを感じた日だからである。

私はこの日のことを一生忘れないと心に決めた。

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