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「とほ宿」への長い道 その17:大野との縁


その1 営業・活動でたびたび大野を訪問

筆者は福井県の県庁所在地である福井市の出身で、いま宿を構えている大野市に住んだことがあるわけでも、血縁者がいるわけでもない。しかし、全くつながりが無かったわけではなく、今思えば思い当たるところはいくつかあった。
因みに大野市というのはこんな場所である。
・福井県ではいちばん東に位置し、岐阜県高山市・郡上市・関市・本巣市・揖斐川町と接している。面積は福井県で最大(福井県の約5分の1を占める)
・人口:30,185人(2024年5月1日現在)
・交通:JR越美北線が福井(越前花堂駅)から九頭竜湖駅まで通っている。福井駅から越前大野駅まで約55分
中部縦貫道が福井から九頭竜湖まで開通済、2026年に全線開通し東海北陸道と接続予定。
・主な名所:越前大野城、七間通り(朝市開催)、九頭竜湖、荒島岳、法慶寺など。「名水百選」選定。
・名産:蕎麦、ホルモン、醤油カツ丼、でっちようかん、里芋など

「天空の城」越前大野城

その14で書いた通り、筆者は本業である保険の営業活動で福井県の北半分・嶺北地域全域を回ったわけだが、大野市には宿を構える前だけでも100回以上は行っていたと思う。福井市から国道158号線、通称美濃街道を東に約1時間走るのだが、平行する足羽川はいつ来ても美しいと思う。
戦時中空襲のなかった大野の街なかは、高山とか彦根のように古い町並みのある観光地として洗練されているわけではないが、大正昭和の古い家屋が往時の姿で並んでいるのはかえって面白いのではないかと思った。全国各地に「歴史のある街」はあり、古民家をリニューアルしたキラキラした土産物屋や飲食店が近年多く出来てはいるが、どこも似たようなものになりつつあるように思う。大野はそのような時代の波に若干乗り遅れている感があるが、ナチュラルに昭和を感じられる部分が随所に残っており、そういったものはそのまま残しておいたほうが良いのではないかと個人的には思うのだ。

普通に惣菜売ってる店がいい感じ

また、隣の勝山市との連携ができるのではないかとも思っていた。勝山市には、福井県立恐竜博物館・西日本最大級のスキージャム勝山・中世には一大勢力であった平泉寺白山神社・見上げるほど巨大な越前大仏と、人口3万人そこそこの自治体としては見どころが非常に多いのに宿泊施設が少ない(今は民泊が結構出来ている)。スキージャムなどは関西圏からの日帰り利用がメインだったので、夜は大野の旅館に泊まって街なかの居酒屋で一杯・・みたいな流れができれば両方とも盛り上がるのではないかと思った。
福井県は全般的に食への意識が高いと思うのだが、中でも蕎麦や里芋は「大野産」というのは特にブランドイメージが高い。福井市内のサウナで他の入浴客同士が「ウチは大野の嫁さんの実家から貰った米を食べてるけど、やっぱ味が違うわ」みたいなことを言っていた。豪雪地帯で自然条件は厳しいのだが、そういう場所のほうが味が締まるのだろう。地方といえば買いものの選択肢が少ないものだが、大野市は地場の「かじ惣」「ハニー」に加え、県外資本の「バロー」「マックスバリュ」と、スーパーだけでも7件(最近はドラッグストアも食品販売に力を入れている)と、人口3万の土地としては異様に多いと思う。それだけの市場がどこにあるのだろうかと、今でも疑問に思う。
一方で、大きな企業もなく、福井市内に働きに行っている人が少なくないし、高校・大学進学で市外に出る若者が多く、地方の多くの自治体同様に若年層の人口流出は深刻で、このままでは町自体の存続が厳しいのではないかということは肌で感じていた。

②東京外大卒のシェフの店「森のオーブン」からのつながり

その16」で、SNSでイベントを見つけてそこで知り合いがたくさんできたということを書いたが、当時福井駅近く・足羽川のたもとにあった「森のオーブン」という店で料理会が開催されるという告知があり、しばしば足を運んだ。

毎回創作料理が並ぶ

オーナーシェフの早川さんは東京外国語大学ポーランド学科卒という異色の経歴。もう数十回行ったと思うが、ほとんど毎回違う料理が出た。基本は東欧料理なのだが、絵本のキャラクターをモチーフにしたり、酒蔵やオリーブオイル農家などと提携していたので飽きることがない。

クリスマス料理会、ムーミン料理会のご案内です。年末に何もしないのもあまりに寂しいので、少人数での料理会を企画することにしました。サンタクロースの故郷、フィンランドの料理、ということでムーミン料理を作ります。ムーミンの原作の中にもクリスマスの...

Posted by 早川 まさき on Wednesday, October 28, 2020

参加費は毎回3千円程度、お酒の持ち込みも自由だったので非常にリーズナブルだ。いつも1人での参加だったが、同様に1人で来る人が多かったのですぐに知り合いになり話が盛り上がった。「とほ宿」の夜の飲み会と似たような要素があると思う。
2018年の初めに一度店を閉めた。非常に残念に思ったが、早川シェフは全くというほど収益というものに拘りがなかったので有りうべきことだとも思った。
早川シェフはその後ハローワークで求人を探し、福井の夜の繁華街・片町の「ベリーグッドバー」で働きだした。

しかし1年ほどして、「森のオーブン」は福井市役所の前で店を構えて営業を再開した。支援してくれる人がいたと聞くし、営業再開の時にはベリーグッドバーのマスター・伊井さんから贈られた花が飾られていた。初期投資・同業との競争・原材料費の高騰など、飲食業の世界は厳しい状況だが、福井においてはこのような地方の人的つながりが店を支えているケースが少なくないように思う。経営が厳しいと聞いたらとにかく飲み食いして助けようというお客さんが多い。紆余曲折はあったが、「森のオーブン」は今でも営業している。

この「ベリーグッドバー」の伊井マスターが大野出身だった。

伊井さんから大野のことをいろいろ聞いたし、宿を始めるときにも伊井さんから前向きな言葉をいただいて背中を押してくれた。宿をやろうという決意が出来たのはそうしたことの積み重ねだったと思う。

伊井さんからは定期的にお葉書をいただく

③「福井楽しいワイン倶楽部」

「森のオーブン」では、1人1本持ち寄って「日本酒飲み比べ会」や「地ビール飲み比べ会」が行われることもあったが、参加者400人超のFacebookコミュニティ「福井楽しいワイン倶楽部」がここでよくワイン会を行っていた。

何本ものワインを飲み比べできる

この「福井楽しいワイン倶楽部」代表の小島さんという方が大野出身だった。「森のオーブン」以外でも福井のフレンチレストラン、イタリアンレストラン、割烹料理屋などを借りきってワイン会を開催し、自分で選び抜いた世界中のワインをほぼ原価で提供していて、何度も顔を合わせたし、小島さんが所有しているログハウスにお招きいただいたこともあった。
コロナの前の年、2019年のゴールデンウィークには一緒に四国一周の旅に出た。筆者の軽自動車に荷物を載せ、淡路島経由で徳島に上陸、香川→高知→愛媛→香川と、各地でキャンプしながら9日間で四国を一周した。

4/27福井発→鳴門海峡→徳島城址→霊山寺(1/88)→さぬきうどん→こんぴらさん→満濃池→大歩危小歩危→日本一の大杉→高知桂浜→四万十川→石槌山→鹿島→さぬきうどん→銭形→大窪寺(88/88)→淡路島→5/5福井着。

Posted by 小林 恵 on Saturday, May 4, 2019

因みに1泊だけ雨の日に高知・四万十町のゲストハウス「かっぱバックパッカーズ」に泊まった。

JR予土線のすぐ脇にある民家をほぼそのまま活用したという宿で、談話室で見知らぬ旅人同士話を弾ませた。世界的に有名な企業に勤めていて3か月の休暇中というオランダ人や、当時17歳の高校生もいた。若干の英語を交えつつ楽しい夜を過ごした。

小島さんには宿を始めるかどうか相談させていただいたし、開業準備中も今もいろいろと支援していただいている。一緒に酒を飲んだり遊んだりゲストハウスに泊まったりしたことが、そのまま宿の開業につながっていると思う。
筆者はファイナンシャル・プランナーとして、これからは会社勤めしつつ副業(複業)しながら人脈と知見を広げ、役職定年が見えてくる50以降はそれまでの副業に徐々にシフトしていくべきだと考えているが、「稼げる仕事」よりも「自分のやりたいこと」の延長線上でビジネスをするべきだと考えている。好きでやっていることが、いつか仕事につながる。同好の士が共感してくれる。嫌なことをガマンしなくてもいい。むしろ自分の好きなことを究めていける。

「かっぱバックパッカーズ」にて

④発酵文化を楽しむ店「きなり」

その15」で、山中温泉の老舗喫茶店「芭蕉珈琲」のことを書いた。同店は珈琲豆の通販もやっているのだが、大野に販売先ができたという話を聞いて行ってみた。
「popolo.5」という商業施設の中にあるのだが、大野の町なかのメインストリートである朝市通りから少し離れていて、立地的には不安を感じたが、ご夫婦で切り盛りされていて、発酵料理やスイーツに関する情熱をひしひしと感じたし、大野の名水で淹れたコーヒーも美味しかった。
そこで、芭蕉珈琲同様ホームページの作成を申し出た。自分のビジネスがどうこうというよりはご夫妻の姿勢に共感した部分が大きかった。「芭蕉珈琲」同様、新商品の試作などいろいろご馳走になったが。。


「きなり」の日替わりランチプレート。23種類の野菜を使用。

自分も心配したし、あちこちから「こんな店長く続かない」と言われたそうだが、コロナ渦も乗り越え、かれこれ6年以上続いている。近隣の真名鶴酒造や南部酒造(花垣)などとタイアップしたイベントが何度か開催されたし、地元のメディアにも取り上げられた。ビジネスを始めるとき、何でもうまくいく前提で考えるのは危険だが、一方で、前を向いて歩いていけばそのうちに何かがついてくるという可能性もあるのだ。



いろいろなビジネスがある中で飲食業というのは特に厳しい業態だと思う。東京のような資本主義のダイナミズムが剥き出しになるような場所では、ヒットすれば行列が出来る人気店になる一方、ひっそりと潰れていく店も少なくない。地方というのは売上爆増というのはなくても、こうやって営業が続いていくケースが多いように思う。もちろんすべてがそうではない。このお店の場合はいつも笑顔を絶やさない店主ご夫妻の人柄あってのことだと思う。一緒にいて楽しい空間を作る。同じ接客業としてお手本になった。自分はこうありたい、という人が身近にいるかどうかというのはビジネスを継続していく上で重要だ。

このお店の常連客に「おおの空き家解決町衆の会」という団体の代表の人がいた。

大野の4割が空き家になる可能性がある

何度か話を聞いて、大野の空き家問題の深刻さと、その解決の困難さを知った。実際に相談に携わっている現場の話は説得力がある。

今にして思えばだが、自分でいろいろ決めて動いていたつもりであったが、このような数々の縁に知らず知らずのうちに導かれていたのだろう。
(続く)

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