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お前はもう、挙式に呼ばれている。

先日、家で昼寝をしていると、後輩のGから電話がかかってきて、起こされた。

「ばやしこさん、今どこおるんですか?」

Gは大学の寮の後輩だ。今も徒歩1分くらいのところに住んでいて、よく子どもと遊びに来る。

いつもはお調子者のGだが、どこか焦っているように感じた。でも僕は眠かった。

家やけど、あくびをしながら答えると、Gは「うそでしょ!」と声を上げた。

「Uの挙式、30分後に始まりますよ!」

今日はGと同じく、大学の寮の後輩であるUの結婚式である。GとUは同期で仲良しなのだ。

反射的に上半身を起こす。なに、もう夕方なの!?さっき王様のブランチやってなかった!?

時計を見る。式は16:00からで、今の時間はというと、まだ12:30過ぎである。

「ふざけんな!せっかく昼寝してたのに!」

また騙された、と思いながら布団に寝転がった。Gはよく冗談で嘘をついてくるのだ。

だが今日のGは引こうとしなかった。

「なにをいうてるんですか!それは披露宴で、挙式は13時からですよ!」

僕は常識というものがわからない。型破りだぜ、と言いたいのではなく、本当に人としてちゃんと押さえておくべき常識が、わからないことがあるのだ。

みんなこの年齢に至るまでの、どのタイミングでそういった常識を身につけたのだろう?しかし、社会は生きづらすぎる。

僕は披露宴と挙式の違いがわからないのだ。

結婚式といえば、夫婦がカタコトの日本語の神父さんに愛を誓い、みんなで二人のキスを見守ってから、ワイワイ酒を飲んで飯を食ってお祝いをするものだと思っていた。

結婚式とは結婚式であって、そこから因数分解ができるものではないと思っていたのだ。挙式も披露宴も耳にする機会はあったが、それらについて深く考えたことはなかった。というか深く考える機会なくない!?

このとき初めて、僕は結婚式について考える。今思うと、コロナが流行ってから、最初に行く結婚式だった。

名探偵たいすけは推理した。結婚式から挙式と披露宴を分類するとしたら、カタコトの神父に誓ってキスするところが挙式で、みんなでワイワイお祝いするのが披露宴だろう、と。めっちゃ簡単やん。やってみると意外と簡単だったってこと、よくあるよね。

「ばやしこさん、さっきから何を言ってるんですか」

Gに確認すると、呆れた様子で合ってますと言われた。よし。

それで、その挙式が30分後に始まるということだが、それでも僕は、Gの言葉を嘘だと思っていた。

披露宴は16時からである。13時に愛を誓ったとしても、3時間の空きがあるのだ。

普通、誓った勢いのまま、祝うもんじゃないのか?3時間待ってから祝うって!なんで!?絶対うそだ!

僕はGの魂胆を理解した。

「なに、0次会でもやってんの?」

ニヤニヤしながら訊くと「いやだから違いますって!」とGが声のボリュームを抑えつつ叫んだ。

ほーん、お前、周囲に気を遣ってお前、小声を装うなんてお前、お前さては本気で僕を騙すつもりだなお前!!!

「電話切るよ」

昨日は飲み過ぎて、しんどかった。クラブで愛すべきオタクたちと、朝まで騒いでいたのだ。オタクたちとテキーラを飲み、世界情勢に経済危機 社会問題に一般常識、を除く話題で盛り上がっていた。だから寝たい。

「いや、ちょっと待って!」とGが言った。

「招待状見てください!書いてありますって!まじで!」

「うそや〜」

普通、時間が2つ指定されていたら、どちらもGoogleカレンダーに登録するはずだし、登録を忘れていたとしても、うっすらと記憶しているはずだ。

だが僕は16時から結婚式ということしか知らない。Gが言うには、名刺サイズの茶色い招待状が、披露宴の招待状とは別に入っているそうだ。

寝ぼけながらテーブルの上に置かれた封筒の中を見ると、やはりそんな招待状はない。時間を確認すると、17時から挙式で19時から披露宴と書いてある。

あれ、と招待状の連名を見たら、それは別の結婚式の招待状だった。そっちは寮の同期の結婚式だ。

テーブルの上の本やDVDを動かして探すが、招待状が入った封筒はどこにもない。あれ。招待状がない。引き出しやテレビボードの下、引き出しの裏などをくまなく調べるが、招待状はどこにもないのだ!

僕は自分の記憶を疑った。

そもそも、僕は結婚式に呼ばれていたのだろうか……?

結婚式に呼ばれたと記憶した。後輩から上司を呼ばないので上司代表のスピーチをやってくれ、そう頼まれて引き受けたことも覚えている。だが、どこにも招待状はない。

もしかすると、僕は上司代表のスピーチを頼まれたが、結婚式には呼ばれていないかもしれないのだ。

そんなことがあるのか?いや、常に価値観のアップデートが続くこのご時世、なにがあるかはわからないのだ。ニュースタイルとしてあり得るかもしれなかった。

でもこの3ヶ月、毎日風呂場でスピーチの練習をしたんだけどな……。そんな悲しいニュースタイル、とってもいやだな……。

もう一度見てダメだったら諦めようと思い、テレビボードの下を見たが、やっぱりどこにもない。あ、あった!ありました!封筒があった!よかった!結婚式に呼ばれてた!

「ばやしこさん、はよしてください!」

若干の熊本訛りを交えながらGが急かす。スピーカーモードだが、僕は無言で小躍りしていた。

「わかってるって!茶色い名刺サイズの紙やんな?」

「同じこと何回言わせるんですか!そうですって!」

ヤンヤヤンヤうるさいなぁ、と思いながら封筒の中身を見た。

茶色い名刺サイズの紙、茶色い名刺サイズの紙、茶色い名刺サイズの紙……

ちゃいろい……さいずの……かみ……?

封筒があったと思ったら、今度は茶色い名刺サイズの紙がどこにもないのだ。どこをさがしても、挟まっていないのである。

頭がバグりそうだった。僕は挙式に呼ばれていないのでは、そう掠めたが、Gは、

「そんなわけありますか!Uがばやしこさんを呼ばないわけがない!絶対なくしたんですよ!ほんまはよ来てください!」

頑なに引かないのだ。

たしかに僕は大切なものは失ってから気づくタイプだが、意外と目に見えるものは無くさないタイプでもある。

ただ、その招待状を無くしていないかと言われると100%の自信はなかった。だって招待状はテレビボードの下に落ちていたのだから。

腑に落ちていないが、とりあえず行かないよりは行った方がいいと判断し、挙式に向かうことにした。

「場所は目黒の八芳園で合ってるよね?」

「ちゃいます!麻布グレイスゴスペル教会です!」

「あざぶ……グレ……ど、どこそれ?」

そんな場所の名前は初めて聞いたが、G曰く、やはり僕は呼ばれているのだそうだ。Uに確認することも考えたが、晴れ舞台直前のUに「俺を挙式に呼んだか?」と訊くのも変な話だ。もし呼ばれてなかったら、恥ずかしいし気まずい。

「招待状の写真送りますから、とにかくはよ着替えて来てください!もう式場に入りますからね!」

電話が切れた。すぐに招待状の写真が送られてきたが、名刺サイズの茶色い紙は、やはり見たことがなかった。

だかもう、向かうしか選択肢はないのだ。

とにかく、あと20分で麻布なんちゃら教会に行かないといけなくなった。

大急ぎでパジャマを脱ぎ、Uのためにわざわざ買った(太ってしまったから買った)スーツに着替えて、必要なものをポケットに突っ込んで家を飛び出た。

大通りへと走りながら「麻布 グレ 教会」とグーグルマップに打ち込む。地図が表示された。あと18分しかない。ここからだと何分かかる?21分!アウトだ!絶対間に合わない!

全力で住宅街を走りながら、行くのやめようぜ、と悪魔がささやいたが、絶対におゆきなさい、と天使が説得した。天使の勝ち。遅刻してでも絶対に行こうと思った。

青梅街道に出ると、通りが青信号になって大量の車が走ってきた。タクシーカモンベイベー!思って待ち構えるが、現実とは残酷なもので、なぜかタクシーが一台も走ってこない。そんなことあるのか!?

あ、きたと思って手を上げたら誰かが乗っている。信号が赤になった。角からチラホラ車が曲がってくるが、いったいなぜなのか、土曜日の昼間だからか、タクシーの姿は一切ない。

焦った僕は、少しでも麻布に近づこうと、中野坂上駅方面へと早歩きしながら、時折振り返りつつタクシーを待つことにした。歩きながら何度も何度も後ろを確認する。

だがタクシーは全く来ない。ビックリするほどに、タクシーが通らないのだ。

あ、やっと来た!と思ったときにはもう、僕は中野坂上駅の前にいた。タクシー一台を捕まえるために、新中野から中野坂上まで一駅分を走ったのだ。蒸し暑い中、スーツ姿で。

時計を見ると、挙式まであと9分を切ったところだった。念のため調べると、20分かかると表示された。9分かけて駅まできたのに、1分ぶんだけしかムーブできていないのだ!頭がおかしくなりそうだった。

さすがに今から行くの遅すぎた。このまま行っても遅刻しすぎて、とつぜん新婦を奪いに来たやつみたいになってしまう。だが僕は、まごうことなき新郎の友人なのだ。

Uには大変申し訳ないことした、と反省しながら、Gに「ごめん、無理だった。あとで謝っておくわ」とLINEを送った。

そして僕は、重い足取りで目黒へと向かった。Uに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。



練習の甲斐もあり、披露宴の挨拶は滞りなく終えることができた。新婦側の挨拶も終わり、乾杯をして料理が運ばれていく。

写真撮影タイムになった瞬間、僕はUの元にすっ飛んでいった。

「挨拶、ありがとうございました」

Uが手を差し出し、僕たちは握手した。Uはチビのお調子者で、皆から弟のように愛されていた。そんな頼りない存在だったUが、タキシードを着ているからか、やけに大人びて見えた。

かたや当時後輩に偉そうにしまくっていた僕は(だけどナメられてた)、小さくなりながら頭を下げた。

「ごめん。時間間違えて挙式行けへんかったわ」

結婚式は人間関係の整理の場、という言葉を聞いたことがある。例えばドタキャンしたり、お金を少ししか包まなかったりすると、その人とは疎遠になるというのだ。僕はまさにそれである。

だが僕の謝罪に対して、Uは余裕のある笑みを浮かべていた。Uは言った。

「大丈夫です。挙式、大学の同級生数人しか声かけてないんですよ。コロナもあるんで」

「え?」頭を上げた。「そうなの?」

「はい。本当にスピーチありがとうございました」

「え、あ、うん……」

もう一度固い握手を交わすと、新婦側の友達がキャーキャーやってきたので、僕はUに手を振り、席についた。

みんなはメシを食ってゲラゲラ笑っている。Gは同期だけのテーブルにいて、やつもゲラゲラ笑っていた。

この1日、何があったのかうまく理解できなかった。一人、放心状態で考えた。

僕は挙式に呼ばれていなかったのだ。挙式に呼ばれていないのに、焦ってスーツに着替えていたのだ。挙式に呼ばれていないのに、焦ってタクシーを捕まえようとしていたのだ。挙式に呼ばれていないのに、タクシーが捕まらんくて新中野駅から中野坂上駅まで軽くマラソンをしあのだ。

挙式に呼ばれていないのに、一人罪悪感に苛まれ、呼ばれているていで謝りに行ったのだ。挙式に呼ばれていないのに!!!

めちゃくちゃ恥ずかしい!恥ずかしすぎる!

とりあえず、目の前にあったビールを飲んだ。炭酸がキツかったが、ごくごく飲んだ。ただただ無言で飲み続けた。

ビールを飲み干すとすぐに、スタッフの方がサッと現れてビールを注いでくれた。わんこそばのように2回おかわりした。

「おーやってますねー。スピーチ緊張してましたねー」

Gがニヤニヤ笑いながら、僕のもとにやってきた。

「おい、おれ、やっぱり挙式に呼ばれてなかったよ」

と伝えると、Gはあははと笑った。

「たしかに寮のメンバー僕しかいませんでしたわ。あはははは。てかタバコ吸いません?」

なんなんだこいつは。もとはといえば、Gの電話が全ての発端だったのだ。こいつ!

しかしGはGで気を遣って連絡してくれたわけだから、責めるわけにもいかなかった。

僕たちはタバコを吸いに行った。八芳園の喫煙所は遠すぎる。タバコを吸って、ホッと息を吐いた。招待されてなくて安心することも、あるんだなあ。よかったよかった。


その後、久しぶりに後輩たちに会ったのが嬉しくて泥酔してしまい、結婚式のビデオを観て感動して号泣してしまった。二次会では後輩と酒を飲みまくり、なにかよくわからない話題を皆で話し、ミスってスーツに赤ワインをこぼして上半身が血だらけのようになった。

そしてあまりに泥酔したので後輩にタクシーに乗せられたが、なぜか僕はGの携帯を持っていて、UにGのS(スマホ)を返したいと連絡し、Gと合流し、一緒に帰った。

と思ったが、気づいたらなぜかGと目黒駅近くのラーメン屋にいて、さらに二人で酒を飲み、式を思い出して泣き、涙を流しながらチャーシューメン大盛りと餃子を食べて、タクシーで一緒に帰った。

今日はGに振り回されたことから始まったが、僕もGを振り回していた。持ちつ持たれつである。

そして次の日Gに電話で起こされ、二日酔いの状態で一緒に選挙の投票に行き、タバコを吸いまくって解散した。平和な休日。お昼からは少し二日酔いがマシになったので、この文章を書いている。

しかし本当にいい結婚式だった。U、Nちゃん結婚本当におめでとう。末永くお幸せに!

生きます。