「神=天皇に過ちは無し。国土を焦土化して外国軍基地だらけでも無問題。」て邪教が「天皇」

 より

上記文抜粋
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不気味な「消えた弾丸」安倍殺しの下手人は誰?国家ぐるみの謀殺??

孫崎 享

5月5日午前4時40分頃首相官邸1階トイレの個室内で、警視庁の男性機動隊員が血を流して倒れているのを同僚が見つけた。男性は貸与された拳銃で自殺を図ったとみられ、病院に搬送、間もなく死亡確認(読売)
(既視感のある事件だなぁと思って調べてみたところ、今年1月27日の3時20分頃、永田町のビルでも機動隊員の拳銃自殺の事件を確認。本当に自殺なのだろうか?なにやらとてもきな臭い。)(★注、これは元NHK職員の田中龍作も取り上げているが、警察官の自殺は自民党本部と首相官邸の両方のトイレですよ。便所を自分の最後の場所として選ぶなど常識的に考えて有り得ない選択である。自分の意思で自殺した可能性は低い)

JFKとの類似は非常に多い。オズワルドの存在。軍歴、いかがわしさとの関連(ロシア、統一教会)、多分前方からの狙撃、高い命中度合い、周辺の負傷者なし、容易な逃走。直前の日程の変更(日程変更する権限の有る人も暗殺仲間)

(長野県以外で殆ど知られていないローカルタレントのスキャンダルを文春と新潮が同時に報じる)一誌だけならありうる。二誌とも、それも選挙直前、選挙妨害と言われるところ、野党攻撃ならありうるが自民候補攻撃。これで長野から急遽奈良に変更。狙いやすい場所設定。奈良行は地元要請というより中央から。高い角度の週刊誌への情報提供は特定筋しかない。(★注、4月26日孫崎享Twitter 解明の糸口「演説日程を長野から奈良に変える事ができる人物」と実名を出していないが事実上安倍謀殺の黒幕として自民党茂木幹事長を特定していた)

弁護士会で、有志を募り、弁護に当り、殺人未遂罪での処罰を求めるべき!致命傷になった主たる原因と、山上氏の発した弾との同一であり事の証明が、検察には、求められる。)もし銃殺が山上氏ではなく別の狙撃手であるとすると、これは国家中枢を含む極めて大規模なオペレーション。一検事が正義感でどうこうできるレベルのものではない。それに向かえる規模で動かなければ完全に闇に葬られる。

事実と推測を分けよう。事実は山上の銃で安倍を殺害していない。そこからは推測に入る。殺害はプロ。個人ではない。何故警察が死因で担当医と矛盾する診断書を出しているか、安倍氏が何故奈良に来たかを考えれば協力者がいる、下手人の特定が出来なくとも安倍氏の存在を好まない勢力の指摘は出来る。

安倍派や安倍シンパってどういう人たちなんだろう。親分がヒットマンにやられたかもしれないんだよ。そんなことはあり得ないあり得ないと頬被り。所詮親分から小遣いもらう動機。シマを許してもらえるんなら親分誰でもいいや

(山上氏ではない「強力」な実行者がいたとすれば、目的は「我々の言う通りにせよ」という恫喝だろうから、完璧に山上氏の犯行であるように見せる必要はなかったかもしれませんね。2017年のトルコのクーデター事件で米国は背後にいることをそれとなく見せていたような気もします)「我々の言う通りにせよ」という恫喝以上に、安倍氏の存在そのものを排除したい勢力があったのではないでしょうか

「あんな発煙筒みたいなものでは殺せない。」多くの人はそう思った。
山上が安倍氏を殺した事はあり得ないから、日本政治最大級の冤罪事件になろうとしている。そして警察等はすでに事実歪めの動きをしている。同時代に生きる日本の有能な弁護士で何とかしなければならないと思う人はないのだろうか。

書き込み「山上容疑者の銃の発射音が異様に大きいのが気になる、それも2度だ、先ずそこに居た誰もがその大きな銃声に気を取られて他に注意を向けることはない。一回目の銃声が合図となり2回目の銃声と同時に山上と共謀した別の狙撃者が安倍氏を狙撃したという可能性もある」。(★注、1回目では動かなかったのに3秒後「2回目」には多数の警視庁SPが一斉に山上達也容疑者に向かって突進している。同じタイミングで県警警備主任が女学生風女性を車道に突き飛ばし女八墓村のポルノを演出し大勢の視線を釘付けにする)

山上氏が銃殺したのでない

警察は真犯人を追求しない、できない、だから山上殺害に都合のいい死亡診断書(担当医師の記者会見で述べたものと全く矛盾)を作成した。これを基に山上氏犯行を主張する。検察も是認する。弁護団も争わない。シャンシャンシャンです。(読売系列の日テレが連日統一協会を取り上げる)

孫崎Twitterが「消えた弾丸」安倍殺しを「日本最大級の冤罪事件」と発信を始めるのが4月12日から。
4月6日に熊本県の第8師団長が就任5日目に管轄外の沖縄県宮古島で神隠し。国際ジャーナリスト高橋一也は第15旅団担当で管轄外の沖縄での航空偵察は統合幕僚本部や防衛大臣など上からの職務命令で、そもそもが異例中の異例だったと断定している。(★注、人は人の中に隠しニュースはニュースの中に隠すのが最良の隠蔽方法)

・・・・・・・・中略・・・・・

外務省元国際情報局長(日本版CIA)の孫崎Twitter (宗純)
2023-05-11 09:14:30
孫崎 享
@magosaki_ukeru
·
1時間
岸田首相「ギャー」だろう。何とかせねば。「バイデン氏、G7欠席も。米債務上限財政議論進まず。デフォルトの危機迫る中バイデン氏は”解決するまでここにとどまるだろう”と発言した。G7欠席する可能性を示唆した」(日経)

★注、イギリス国王戴冠式にはバイデンのジル夫人だけが出席したが、席順が最も後ろの末席で恥をかいている。その理由が、居眠りバイデンの痴呆が進行しすぎて、もはや人前に出せなくなっている可能性が高いのでバイデン再選は悪質なフェイクニュース

孫崎 享
@magosaki_ukeru
·
5月2日
皆裁判過信。山上氏は自分の行動で統一教会問題あぶりだし、現状に満足している可能性あり、あえて殺害を争わず、弁護団も減刑に重点を置けば、犯行の解明は行われない。状況明確。担当医弾丸入ったのは頸部前やや右二つ。この角度では山上の弾は当たらない。明確。裁判官でなくとも判る。自己判断

「コワイ」「サワラヌカミニタタリナシ」
引用ツイート
Shota S'zaki
@shota310zaki
·
5月1日
日本人は得てして真実を突き詰めないが、真相究明が苦手なのか?あるいは嫌いなのか。双方だろう。 twitter.com/magosaki_ukeru…

対米に関しては、「ウヨとサヨは似たもの同士」
引用ツイート
ロイロイ
@Roy1358
·
5月1日
返信先: @magosaki_ukeruさん
ウヨもサヨも真相究明せずにこのまま闇に葬りたいという心情はどこからくるのか、サヨはとにかく安倍憎し。安倍がいた方がマシだったなどという可能性は微塵もあってはならないので闇に葬りたい。ウヨもサヨもアメリカ様が安倍を殺すわけがないと思考停止してしまう。ウヨとサヨは似たもの同士なのよ。

安倍射殺:「リベラル・左派系」、安倍元首相なくなっていいんじゃない。どうして亡くなったかどうでもいいじゃん」、右派系:政府山上と言っているからそれでいいだろう。」元首相が暗殺されて真相究明する意思が国中どこにもない国、日本。何という国なんだろ言う。

孫崎 享
@magosaki_ukeru
·
4月30日
安倍銃殺事件、ケネディ大統領銃殺事件、ロバート・ケネディ銃殺事件。日本航空123便墜落事故。何だろう

孫崎 享
@magosaki_ukeru
·
4月29日
p_f「①山上の銃での安倍殺害はない(100%固い事実)②誰が何故(推測)この2部構成。「日航123便墜落」も、「圧力隔壁説はない」(ほぼ固い事実)、「誰が何故」(推測)。アベの係る「プーチン/ロシア擁護」の簡潔明瞭/理路整然さに誰もが驚かされる。」

★注、
滑り止め二流大学卒で阿呆の国粋右翼だと思われていた安倍晋三元首相の方が、高偏差値の東大工学部卒のカシコ代表だと思われている共産党委員長志位和夫よりも、実は革新的左翼で賢かったとの不思議なパラドクス

JFK暗殺とそれに続く大統領選でのロバート・ケネディ元司法長官暗殺の劣化コピーであることは明らかだが、何故か御巣鷹山の尾根の日航機墜落事件がプラスされているんが不気味。

御巣鷹山事件は宮古島での第八師団幹部10人の神隠しに近いが、これは時間的にピッタリのタイミングで雑賀崎漁港でのヤラセパイプ爆弾騒動と連動していた

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抜粋終わり

右翼は、「ロシア・中国と日本人の殺し合いを避ける」って意味で安倍氏を怨んでいた。

左翼は、人権派は「統一教会」でまっとうに憎んでいた。従米リベラル派は、ロシアを攻撃しないことに怒っていた。

安倍氏の「まともに日本人を守る」行為が原因で、安倍氏が日本人を切り売りしてきたことへの恨みに便乗して、日本人絶滅カルトの天皇の御意で、安倍氏を殺害した。

いい意味でも悪い意味でも「天皇」を軽視してきた安倍晋三氏。

考えりゃ、安倍晋三が「天皇・皇族」を虐殺して、登極してたら、もう少し日本はマシだったかもしれない。
岸信介以来、「アメリカ」には、どこか常に面従腹背でもあったのが、安倍一党。天皇家よりもその辺はマシだった・・・・

岸信介や安倍晋三が「マシ」に見える「天皇」って、やはり鬼畜外道だな。


より

上記文抜粋
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いまだに、今の自民党を保守政党と勘違いして支持していると、近未来の日本は間違いなく“東洋のウクライナ”にされてしまう!
新ベンチャー革命2023年5月10日 No.3000

タイトル:いまだに、今の自民党を保守政党と勘違いして支持していると、近未来の日本は間違いなく“東洋のウクライナ”にされてしまう!

1.われら戦後日本の国民はみんな、今の日本は決して独立国ではなく、米国戦争屋CIAネオコンに闇支配され続ける属国(植民地)でしかないことに、新ためて気付くべき!

 さて、本ブログのメインテーマは一貫して、戦後日本を今日まで、半永久的に属国闇支配し続ける米国戦争屋CIAネオコンの動きをウォッチすることです。

 なお、上記、米国戦争屋CIAネオコンの定義については、本ブログの過去投稿記事(注1)を参照ください。

 われら戦後の日本国民は、みんな、戦後日本は今日まで、半永久的に、彼らに闇支配され続けている現実に気付くべきです。

 ところが、彼らは、オモテムキ、影武者となっており、独立国を演じる今の日本政府も、そして、大手マスコミも、日本国民に彼らの存在を知らしめることはありません。

 さらに言えば、今の自民党は、完全に彼らの傀儡政党に堕しており、完全に隷米化しています。

 われら国民は、この現実に気付くべきです。

 今の隷米・自民党はもはや、保守党でもなんでもなく、単なる隷米売国政党なのです。

 この現実を知ったら、とても、今の隷米・自民党を支持する気にはなれません。

2.戦中派の政治家が活躍していた時代(2000年代初頭まで)の自民党には、米国戦争屋CIAネオコン(アメリカ様)に対し、面従腹背の政治家もいたが・・・

 さて、上記のような堕落した今の隷米・自民党も、過去、反戦平和主義を貫いていた時代もありました。そして、それはやはり、2000年代初頭まででした。

この時代の自民党を牛耳っていたのは、主に、戦中派の政治家でした。

 そのような戦中派の自民政治家の代表は、故・野中広務氏(注2)でしょう。彼は、戦争の真実を肌でわかった人であり、徹底した反戦主義者でした。

 彼が自民党内で権力を握っていた時代には、あれだけ、米戦争屋CIAネオコンから、自衛隊を米軍の傭兵として、米戦争屋の仕組む戦争(ベトナム戦争やイラク戦争など)にて、戦地に投入するよう要求されたのをことごとく、断ってきました。

 そのときの論法は、戦後日本の平和憲法を盾にして、自衛隊の参戦を断ったのです。

ところで、戦後日本における平和憲法も、実は、米国政府の対日要求であり、日本を二度と、米国と戦争させないために強制した憲法でした。

3.いまだに、隷米売国政党・自民党を支持する国民は、かつての保守政党としての自民党のイメージで支持している可能性がある

 さて、今の隷米売国・自民党は、依然として、最大与党として、日本の政権を握っていますが、それは、いまだに、自民党を保守政党とみなして、支持する国民が多いからでしょう。

 いまだに、今の自民党を保守政党と誤解している国民には、高齢者が多いと思われますが、そのような国民は、今の自民党は、もはや、保守政党ではないと見抜くべきです。

 ところで、今の自民党勢力の背後にて、あの統一教会が暗躍しているわけですが、この統一教会の背後には、米国戦争屋CIAネオコンが潜んでいると気付くべきです。

 さて、筆者はかつて、米国連邦政府のあるワシントンDCを何度も、訪問した経験を持っていますが、上記、統一教会は、ワシントンDCでも暗躍していましたので、当時は仰天しました。

このような統一教会の米国での暗躍は、今も同じでしょう。

そして、米国の統一教会は、米国政府の背後に潜む米国戦争屋CIAネオコンと水面下でつながっているのです。

 このような闇の関係を知ると、今の隷米・自民党は、統一教会経由でも、米国戦争屋CIAネオコンに牛耳られているとわかります。

 いずれにしても、いまだに、自民党を保守政党とみなして支持している国民は、それは、大きな勘違いと気付くべきです。

 さもないと、近未来の日本は、米国戦争屋CIAネオコンの思惑通り、“東洋のウクライナ”(注3)にされてしまいます。

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抜粋終わり

私は、そもそも「天皇」が売国奴であると、確信している。

そりゃ、「天皇」の地位を守るためには、日本人の命など、軽いものですは、奴ら天皇とその信者にとっては。日本国の独立など如何でもいいですはな、天皇にとってはな。なんせ「責任」はとらんでいいからな。

ケネディー暗殺も、それよりもはるかに小物の安倍氏の暗殺も、アメリカ軍産と天皇には好都合ですしな。



より

上記文抜粋
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ロバート・ケネディ・ジュニアがJFK暗殺とCIAを結びつける発言をしたインパクト

 次のアメリカ大統領選挙へ民主党から出馬すると表明しているロバート・F・ケネディ・ジュニアは5月7日、WABCラジオでホストを務めるジョン・カツィマティディスのインタビュー中、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺にCIAが関係している可能性に言及した。「合理的疑惑以上」だとしている。これまで少なからぬ研究者やジャーナリストがこの暗殺を調査、同じ結論に達している。

 ケネディ大統領は1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺され、その直後にリー・ハーベイ・オズワルドが逮捕される。ところが暗殺の2日後、ダラス警察の地下でオズワルドは射殺された。その犯人だとされているジャック・ルビー(ジェイコブ・ルベンスタイン)はナイトクラブのオーナーで、シカゴの犯罪組織とつながっていた。犯罪組織の大立者でCIAの仕事をしていたサム・ジアンカーナと緊密な関係な関係にあったとも言われている。

 ルビーは1964年4月に死刑が言い渡されたが、上訴裁判所はそれを取り消す。この年の6月にウォーレン委員会のメンバーとダラスで面談したルビーはワシントンDCへ移すように強く求めている。テキサスにいては命が危ないという理由だった。自分は真実を話す用意があるが、テキサスでは無理だというのだ。結局、彼の移送は認められず、1967年1月にパークランド病院でガンのために55歳で死亡した。

 ケネディ大統領は1963年11月2日にシカゴを訪れる予定だったが、そこでも暗殺計画があった。パレードの途中で4名のスナイパーが高性能ライフルで大統領を狙うという情報をFBIが「リー」なる情報源から入手、シークレット・サービスへ伝えられた。

 また、シカゴ警察のバークレー・モイランド警部補は10月後半、シカゴにあるカフェテリアの経営者からケネディ大統領に関して不穏当な話をする常連客がいることを知らされている。そこで警部補はその男が来るのを待ち、トーマス・アーサー・ベイリーだと確認してからシークレット・サービスに連絡している。(James W. Douglass, “JFK”, Orbis, 2008)

 ベイリーの自宅を捜索すると、M1ライフル、カービン銃、2800発の銃弾があった。11月2日午前9時10分(東部時間では10時10分)、ケネディがシカゴのオハラ空港へ到着する予定時刻の30分前にベイリーは逮捕されている。

 警察で捜査を担当したのはダニエル・グロスとピーター・シューラだが、グロスはFBIやCIAの訓練を受けた人物で、1969年には警官隊を率い、黒人解放運動を掲げて活動していたブラック・パンサーの指導者であるフレッド・ハンプトンとマーク・クラークを射殺する。またシューラは1970年代にシカゴの警察本部で情報担当の幹部になった。

 11月18日にマイアミで暗殺する計画もあったと言われている。そこで自動車によるパレードが中止になった。そして22日に大統領はダラスへ入る。(Peter Janney, “Mary’s Mosaic,” Skyhorse, 2013)

 当時のダラス市長アール・キャベルの兄のチャールズ・キャベルは1953年4月からCIA副長官を務め、アレン・ダレス長官と同じようにソ連との核戦争を視野に入れた好戦的な作戦を実行しようとしていた。ケネディ大統領は1961年11月にダレス長官を、そして1962年1月にはキャベル副長官を解任している。

 1963年11月22日の朝、ケネディ大統領はフォート・ワースのカーズウェル空軍基地からダラスのラブ・フィールドへ移動、そこでパレード用のリンカーン・コンバーティブルに乗り込む。

 そのリムジンの約400メートル前方を走るパイロット・カーを運転していたのはダラス警察副本部長のジョージ・ランプキン。この人物は予備役の第488情報分遣隊で副隊長を務めていたが、その分遣隊で隊長を務めていたジャック・クライトンはダラスの石油業者で、ジョージ・H・W・ブッシュと親しく、第2次世界大戦でCIAの前身であるOSSに所属していた。

 大統領が乗ったリムジンは防弾仕様でなく、屋根はシークレット・サービスのウィンストン・ローソンの指示で取り外されている。またリムジンのリア・バンパーの左右には人の立てるステップがあり、手摺りもついているが、パレードのときには誰も乗っていない。大統領の指示だったという話もあるが、エージェントだったジェラルド・ベーンは大統領がそうした発言をするのを聞いていないと証言している。元エージェントのロバート・リリーによると、大統領はシークレット・サービスに協力的で警備の方法に口出しすることはなかった。

 パレードの途中、12時半頃にケネディ大統領は暗殺された。後ろの教科書ビルから撃たれたことになっているが、映像を見ても証言を調べても、致命傷になったであろう銃撃は前方からのものだった可能性がきわめて高い。銃撃が始まると、大統領を乗せたリムジンの後ろを走る自動車にいた特別エージェントのエモリー・ロバーツは部下のエージェントに対し、銃撃だと確認されるまで動くなと命令している。

 しかし、クリント・ヒルは命令を無視してリムジンに飛び乗る。彼によると、銃撃の後に喉を押さえるケネディ大統領を見てのことだ。まだステップに足がかかる前、血、脳の一部、頭骨の破片が自分に向かって飛んできて、顔、衣類、髪の毛についたとしている。

 ステップにヒルの足がかかった時、大統領夫人のジャクリーンもボンネットの上に乗り、大統領の頭部の一部を手に触れようとしていた。その時、大統領の頭部の中が見えたという。リムジンの前方から銃撃されたことは決定的だ。(Clint Hill with Lisa McCubin, “Mrs. Kennedy and Me”, Gallery Books, 2012)

 ケネディ大統領の死亡はダラスのパークランド記念病院で確認されているが、後にルビーもこの病院で死亡する。大統領の死体を見た病院のスタッフ21名は前から撃たれていたと証言、確認に立ち会ったふたりの医師、マルコム・ペリーとケンプ・クラークは大統領の喉仏直下に入射口があると記者会見で語っている。前から撃たれたということだ。

 そうした証言をしたペリーにベセズダ海軍病院から電話が執拗にかかり、記者会見での発言を撤回するように求められている。これは同病院で手術や回復のための病室を統括していた看護師、オードリー・ベルの証言。ペリー本人から23日に聞いたというが、数カ月後にそのペリーは記者会見での発言を取り消し、喉の傷は出射口だとする。ウォーレン委員会でもそのように証言した。(Peter Janney, “Mary’s Mosaic,” Skyborse, 2013)

 大統領の死体は法律を無視してパークランド記念病院から強引に運び出され、検死解剖はワシントンDCのベセズダ海軍病院で行われた。担当した軍医のジェームズ・ヒュームスは検死に不慣れだったとも言われている。

 狙撃の訓練を受けたわけでもないオズワルドがひとりでケネディ大統領を暗殺したとする公式説に疑問を持った地方検事がいた。ニューオリンズのジム・ギャリソンだ。1966年後半から捜査を始め、67年3月にクレイ・ショーを逮捕する。オズワルドがソ連へ「亡命」した時に名前が出てきた人物で、サントロ・モンディアール・コメルシアールやパーミンデックスの理事でもあった。イタリアの王族や貴族もCIAの秘密工作で名前が出てくるが、ここではそうした話を割愛する。

 パーミンデックスはCIAやイギリスのMI6と関係が深いと言われている会社で、アルジェリアの独立に反対する軍人グループへ資金を供給していたとイタリアでは報道されている。ショーを逮捕したギャリソンはアメリカの有力メディアから批判されるが、それだけ彼は核心に迫っていたということだろう。

 その軍人グループとは1961年に創設された反ド・ゴール派の秘密組織OAS(秘密軍事機構)。イタリア政府もサントロとパーミンデックスを危険な存在だと認識、1962年に両社は国外へ追放され、ヨハネスブルクへ本部を移している。(Jim Garrison, “On The Trail Of The Assassins”, Sheridan Square Press, 1988)

 シャルル・ド・ゴールは大戦中、レジスタンスに参加している。アメリカやイギリスの私的権力はこのゲリラ戦部隊を敵視、対抗するために組織したのがジェドバラ。この人脈が大戦後、CIAの秘密工作部門やNATOの秘密部隊ネットワークを築いた。ド・ゴールが命を狙われた一因は第2次世界大戦中にナチスと戦ったことにあると考える人は少なくない。

 パーミンデックスが創設されたのはスイスで、カナダにも施設があった。設立当時の1958年における社長兼会長はルイス・モーティマー・ブルームフィールドだが、この人物は1938年にイギリスの破壊工作機関SOE(特殊作戦執行部)へ入っている。

 第2次世界大戦中、OSSとの連絡機関としてイギリスはBSC(英国安全保障局)を設置するが、その責任者だったウィリアム・ステファンソンはケネディ大統領が暗殺された当時、ブルームフィールドを動かす立場にいた。(EIR, “Dope, Inc.”, Progressive Press, 2010)

 ケネディ大統領が暗殺された後、副大統領だったリンドン・ジョンソンが大統領に就任、11月29日に「ケネディ大統領暗殺に関する大統領委員会」を設置、アール・ウォーレン最高裁長官を委員長に据える。委員長の名前から「ウォーレン委員会」と呼ばれることが多い。

 委員会のメンバーはウォーレンのほかにリチャード・ラッセル上院議員(当時、以下同じ)、ジョン・クーバー上院議員、ヘイル・ボッグス下院議員、FBIと関係が深いジェラルド・フォード下院議員、アレン・ダレス元CIA長官、ドイツの高等弁務官としてナチスの大物を匿ったジョン・マックロイ元世界銀行総裁がいた。そして主席法律顧問はFBIとCIA両方とつながっていたリー・ランキン。この中で委員会の専従はダレスだけだった。

 ウォーレン委員会が暗殺に関する報告書を出した3週間後の1964年10月12日、ケネディ大統領と親しかったマリー・ピンチョット・メイヤーが散歩中に射殺された。銃弾の1発目は後頭部、2発目は心臓へ至近距離から撃ち込まれている。プロの仕業だ。容疑者として逮捕されたレイモンド・クランプは1965年に無罪が言い渡されているが、捜査は杜撰だった。

 ケネディ大統領が暗殺された直後にマリーはハーバード大学で心理学の講師をしていた友人のティモシー・リアリーに電話し、泣きじゃくりながら「彼らは彼をもはやコントロールできなくなっていた。彼はあまりにも早く変貌を遂げていた。・・・彼らは全てを隠してしまった。」と語ったという。(Timothy F. Leary, Flashbacks, Tarcher, 1983)

 マリーは大統領と親しかったことから何かを聞いていた可能性があるが、それだけではない。彼女が結婚したコード・メイヤーは大戦後、CIAで秘密工作部門の幹部を務めている。ふたりは1958年に離婚しているものの、彼女はCIAの内部情報を知りうる立場にあった。

 ジョン・F・ケネディ大統領、弟のロバート・ケネディ、ケネディ兄弟と親しかったマーチン・ルーサー・キング牧師は短い期間の間に暗殺された。ケネディ大統領の息子であるジョン・F・ケネディ・ジュニアは大統領選挙を翌年に控えた1999年7月16日に「飛行機事故」で死亡している。当時、彼の出馬を望む声は小さくなかった。

 次の大統領選挙への出馬を表明しているロバート・F・ケネディ・ジュニアはロバート・ケネディの息子であり、ジョン・F・ケネディの甥であり、ジョン・F・ケネディ・ジュニアの従兄弟にあたる。

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抜粋終わり

ケネディー大統領は、やはり軍産複合体~CIAに殺された。

あと自民党の支持者て、宗教ですよな。まともな思考力が有れば、20年前、少なくとも小泉政権くらいから、自民党支持など辞めてるは。

まあ「天皇」が、最初からカルトですからな。

なんせ「敗戦」「植民地化」を理解できないのが、天皇の信者とその本尊。

より

上記文抜粋
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“歴史に学ばない者は、歴史を繰り返す。”: ラリー・ジョンソン

"Those Who Do Not Learn History Are Doomed to Repeat It" - A Son of the New American Revolution

ラリー・ジョンソン著:09/05/2023

”ゴンザロ・リラさんのことを思い出してあげてください。彼が無傷で、ウクライナからの出国が許可されることを祈ります。彼はウクライナ人と離婚し、10歳の娘と7歳の息子がいますが、どちらもチリで生まれました。ゴンザロは米国とチリの二重国籍を持っています。釈放され、「カンガルー法廷」によって裁かれることのないよう、あらゆる方面からの支援が必要です。"

本稿のタイトルにもなっているこの格言は、ジョージ・サンタヤーナの言葉として広く知られているが、ナチス・ドイツの敗北から78周年を迎えた今日、5月9日の欧米のメディアには必ずと言っていいほど掲載されているはずである。

しかし、そうではなく、エルベ川の西側では、第二次世界大戦の惨禍と第三帝国の敗北を振り返る人は皆無に等しい。

アメリカ人は、ヒトラーを倒すのに多大な犠牲を払わなかったので、気にしていないのだ。

その逆だ。ヨーロッパが壊滅的な打撃を受けたおかげで、アメリカは繁栄し、世界の最高権力者となったのだ。
ボブ・ドール上院議員やダニエル・イノウエ上院議員がまだ生者の国にいた頃、イタリアでの戦いの傷跡は、戦争がいかに恐ろしいものかを印象的に、視覚的に思い出させるものでした。

しかし、実際には、ヨーロッパ、北アフリカ、太平洋のいずれかの戦場で戦った愛する人を失った経験を持つ家族は、アメリカではごくわずかだったのです。

アメリカは仕事に戻り、第二次世界大戦の記憶は、生き残った数少ない兵士、水兵、海兵、航空兵が時の流れに飲まれ、忘却の彼方へと消えていく。

誰が覚えているのだろう?最も多くの血を流し、最も多くの痛みに耐えた国や民族、それが誰なのでしょう。中国とロシアの間では、5600万人もの兵士と民間人がこの紛争で命を落とした。

少なくとも2600万人のロシア人がナチスの手にかかり、3000万人の中国人が日本兵に駆逐された。この数字は驚異的であり、アメリカ人はこのような損失の大きさを把握することができる経験を何も持っていないのです。

だからロシアは忘れないし、ソ連兵の孫やひ孫は、今でも年に一度、勇敢な祖先の写真を載せたプラカードを持って行進する。

1941年から1945年にかけてロシアが経験した規模の戦争は、すべてのロシア人の魂に血で刻まれた消えない刺青を刻み込んだ。

アメリカの政治家や一般市民がこの深い事実を理解できなかったことが、ウクライナ戦争を引き起こしたのである。アメリカの立場からすれば、NATOをロシアの国境まで拡大することは、単なる事務的な動きでしかなかった。しかし、過去230年の間に西側からの侵略を何度も経験してきたロシアは、このような決定を実存的脅威と捉えている。

第二次世界大戦の同盟国は、ロシアを除いて、ヒトラーに対する勝利に匹敵するような見世物で記念することはない。
ロシアの「不死身の行進」は前例がない。
現代のロシア人が持っている写真に写っている男女はほぼ全員死んでいるが、ロシア国民は彼らの記憶が生き続けることを確認している。
それゆえ、"不死身 "という概念があるのです。
外国からの存亡の危機に直面したとき、ロシアは常に勝利するのである。

ナポレオンとヒトラーは苦労して学んだのである。

バイデンをはじめとするNATO加盟国の指導者たちは、ロシアからの教訓を思い出すことに関しては強硬で、再びロシアとの戦争への道を歩んでいるようだ。もしそれを止めなければ、ナポレオンとヒトラーが遅まきながら学んだ厳しい真実-ロシアと戦争してはならない-を発見せざるを得ないだろう。

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抜粋終わり

歴史を学ぶと、最低でも昭和天皇・裕仁は、島流しにしていたはずの日本人。

やはり明治維新は「日本人劣化計画」の一環だったのよな。

少なくとも2600万人のロシア人がナチスの手にかかり、3000万人の中国人が日本兵に駆逐された。この数字は驚異的であり、アメリカ人はこのような損失の大きさを把握することができる経験を何も持っていないのです。

日本人は、数千万人が「天皇」の手に掛かって、内地で、異国の山河で、無残な死を遂げた。

天皇とその信者は、その歴史を、知らしめさせない。

そりゃ、命欲しさに国土と日本人を売り払った「天皇」を象徴だの「元首」だのいうカルト教主が天皇だからな。











売国奴で、「日本人の家畜化」が、「天皇」の英国王さまからの命令。




「天皇」という寄生虫を殺し尽くして 日本人の国を作る。

日本人殺戮兵器 天皇を 破壊せよ

天皇の無い 蒼い空を取り戻す

慈悲と憐みに富む社会になりますように



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