ショートストーリー 『夏嫌い』
長い梅雨が明け、ようやく夏らしくなった強い日差しがアスファルトを焼く。
世にも珍しい夏嫌いの僕は、少々気を揉んでいる。
日も高くなった日曜日。
昼までに買い物に行っておきたかった僕は、概ね予定通り、歩いて5分とかからないスーパーへ出かけた。
短い道中、小学校1年生くらいの、1人の女の子が前から歩いてくる。
学校帰りではないだろう。
それに、数歩歩くごとに辺りを見回していて、足元もどこかおぼつかない。
様子のおかしなその少女を見て見ぬふりすることを、僕の良心が許さなかった。
「どうしたの?大丈夫?」
たまらず僕は声をかけた。
目を赤くして、鼻をすするその少女は僕の顔を見上げた。
「うっ…うぅぅ……」
少女の背中にはリュックサック。
荷物が入っているように見える。
どうやら1人でおつかいに来たようだ。
そういうテレビ番組のテーマソングが僕の脳内で再生される。
「1人で帰れる?」
「怖い……。」
なおさら置いていけないと、僕の良心が訴えかける。
「お家まで着いて行こうか?」
「うん…!」
こうなると乗りかかった船だ。
目前だったスーパーから踵を返して、散歩がてら少女を家まで送ることにした。
「家までは遠いの?」
「遠いよ!坂が2つある!
1つは大きくてー、1つは小さい!」
さっきまでの泣きべそはどこへやら。
元気になった少女の様子に僕も安堵する。
■■■
すっかり元気を取り戻し、口数も増えた少女の相手をしながら、無事に家まで送り届けた。
少女の家までの道のりは、思ったよりも長かった。
子どもの言う「遠い」だからと高を括っていたが、出会ったところからでも2~3kmはあっただろうか。
しかも、少女の歩くペースに合わせていたので、距離以上に時間がかかった。
それに加えて、少女の相手に夢中になっていて考えなかったが、僕はそこから来た道を戻り、当初の目的地に向かわなければならない。
真夏の昼間に歩くと、それだけでかなり汗だくだ。
少女を送り届けた安堵感と共に、夏嫌いという僕の性分がのそりと顔を出す。
日焼け止めも塗れないまま日差しに焼かれ、歩きにくいビーチサンダルを履き、顔を覆うマスクがさらに輪をかける。
こんなことなら、面倒くさがって日焼け止めを塗らなかったり、ビーチサンダルなんか履いてきたりしなけりゃよかったと、数十分前の自分を恨む。
とは言え、久しぶりに子どもの相手ができた、楽しい寄り道だったと、どことなくいい気分でもあった。
足取りは軽く、僕は再びスーパーに向かった。
■■■
しばらく歩いてからのことだった。
右足に突然違和感を覚えたのである。
ふと足元を見ると、サンダルの鼻緒部分が破損してしまっていた。
サンダルなんか履いてくるからだと、再び自責の念に駆られる。
壊れてしまったのは仕方ないが、問題なのは、家まで1kmは優にあるということだ。
サンダルを脱いで裸足で帰ろうにも距離がありすぎる。
それに、足の裏を火傷したり、何かを踏んづけて怪我をしてしまうかもしれない。
いい気分になっていたのが、すべて台無しである。
とりあえず目的地を自分の家に変更して、マスクの下でぶつぶつ文句を言いながら道を歩く。
恐らく少女といた時以上の時間をかけて、来た道を戻り、家に着いた。
冷房をつけっぱなしにして出かけたのが、思わぬ形で奏功した。
少し家で涼んだあと、僕が出かける意欲を失くしてしまう前に、靴に履き替え、そして自転車に乗ってスーパーに向かうことにした。
しかし、その頃には、情け容赦なく照りつけていた日差しによって、僕の心の中は完全に焼土と化していた。
「やっぱり夏は嫌いだ。」
無様な捨て台詞を家に残し、僕は三度スーパーへ向かった。
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※この作品は事実を基にしていますが、表現の都合上、一部脚色を加えています。
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