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【習作】白磁のアイアンメイデン 第1話「踏んでさし上げますわ」その6

竜であった。ドラゴニュートが、その真の姿を表したのだ。ヘリヤは驚愕のあまり、持っていたティーカップを落としてしまった。

【その5】

「…恐るべき女よ」竜が、歪んだ歯をぎしりと軋ませながら唸る。「まさか、我が主の御前以外でこの姿をさらすことになろうとは」熱い息を吐きだす。竜の口内、軋む歯列の向こう側に、凄まじい熱量が溜まっていく。竜の咆哮、ドラゴン・ブレスの予兆だ。「なれど、強者には相応の態度を示すべし。敬意を込めた我がブレスにて、灰も残らぬほどに焼き尽くしてくれよう」

「あら、お褒めいただいているのでしょうか? お言葉、ありがたく頂戴いたしますわ」ベアトリスはさほど嬉しそうでもない口調で答えた。
「のんきなことを言っている場合か! ブレスが来るぞ!」ヘリヤがたまらず叫ぶ。
「ご心配なさらずに、魔術師殿」ベアトリスがヘリヤの方を振り向く。勝ち気な笑み。アイス・ブルーの瞳が、今は黄金(きん)色に染まっていた。「私に竜殺しが能(あた)うこと、間違いなく証明いたしますわ―――アルフレッド!」
『はい、お嬢様』アルフレッドがベアトリスに歩み寄りながら答える。「舞闘会(おでかけ)の支度はよろしくて?」『無論です』「ならば」ベアトリスが、アルフレッドに手を差し出す。アルフレッドが、その手を恭しく取る。

「エスコートを!」『With Pleasure,My Lady』

アルフレッドの服が、金色の閃光とともに弾け飛ぶ。現れたのは、それまでの紳士的な装いからは想像もつかぬ、無骨極まるシルエット。鈍く光る金属の隙間から光が漏れ出した瞬間、アルフレッドの腕が、足が、胴体が、顔が、音を立てて、別れて飛んだ。そのまま、彼の主人の周りを旋回しだした。ベアトリスは、迎え入れるように両手を広げ、ワルツのリズムで体を回転させる。その腕に、足に、胴体に、アルフレッドだったものが音を立てながら装われていく。

呆然と見つめるヘリヤの前で、アルフレッドの頭部が主人のもとへ飛ぶ。その顔が、左右に分かれて開いた。ベアトリスは両手でそれを柔らかく受け止めると、何かの儀式のように高く掲げ、そして自らの頭にまとった。

『全魔導回路を、内功増幅回路に切り替えます』アルフレッドの頭――今は、主人を守る頭部装甲だ――が、ベアトリスの耳元で発声した。『各部接続状態、全て良好。お嬢様、着心地はいかがでしょうか』
ベアトリスは、黄金色の瞳を光らせて答える。「パーフェクトよ、アルフレッド」『恐悦至極。ならば』
「ええ」ベアトリスは、両の拳を胸の前で打ち付けた。響く轟音。同時に、彼女の顔、下半分がスライドしてきた装甲で覆われる。
「後は我らが敵を打ち倒すのみ、ですわ」

ベアトリスが構えを取る。半身を引き、両足を前後に開き、軽く腰を落とす。左腕を敵に――竜に向け、まっすぐに伸ばす。右腕を、強弓を引く絞るがごとく、後ろに引く。息を吸い、息を吐く。息を吸い、息を吐く。彼女の呼吸に合わせ、彼女のまとう装甲が、全身が、脈動するかのように金色の光を放つ。威力が、蓄積されていく。

それは、内功の輝きである。魔術とは明らかに違う力の現れ、その美しき光を前にして、ヘリヤは一種の畏敬の念をいだきつつ合った。

反して竜は、微かに瞳を揺らがせるのみ。あの威容、如何ほどの威力を秘めるのか。なれど、もう遅い。こちらとて、必滅の閃光、敵を塵一つ残さず消滅させるには十分!

光が奔った。暴力的な熱量を伴い、ベアトリスに襲いかかるドラゴン・ブレス。
―――勝利を確信した竜はそのとき、届くはずの無い冷笑を、確かに耳にした。

ベアトリスが、両の足を踏みしめる。足に光が走る。踏みしめた足を捻り込む。捻りは黄金色の光とともに、腰部に伝わる。腰部を捻りこむ。腰部で増幅された捻りは肩に伝わり、前腕に伝わり、拳に伝わり、その度毎に増幅されていく。

これぞ<遥けき東(ファー・イースト)>より伝わりし薫風(クン・フー)が極意。大地より伝わる威力は内功を得て一迅の風となり、風は巻き、旋(つむじ)となり、嵐となる。

嵐が、ベアトリスの拳から放たれた。これぞ薫風奥義、獲麟(かくりん)。
―――竜が最期に目にしたものは、ブレスを真っ二つに裂きながら飛来する、巨大な黄金の拳であった。

【その7に続く】


そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ