22年目のタイムカプセル (後編)
ニイハオおじさんが、
バイクを進めながら、
笑顔でおいでおいでをしている。
こうなったら、これ以上無視する訳にはいかない。
意を決してハローと答えてみる。
心臓は緊張と不安でバクバクしている。
お「ニイハオ!◯▼×…(中国語)」
僕「……。」
なに言ってるのか、さっぱり分からない。
一応大学では第二外国語で
中国語選択だったはずなんだけどな。。
困惑している僕に気づいたニイハオおじさんは、
聞き直してくれた。
お「Wait. Where are you from?」
僕「Japan」
お「Oh! そーーりー! I love JAPAN!!」
日本が大好きだと言ってもらえると、
やっぱりちょっと、うれしくなる。
お「ニイハ…
Oh, sorry sorry。コンニチハ!笑」
お、片言の日本語登場だ。よかった。
ちょっと安心。
お「What's your name?」
--小学校の英語の教科書1ページ目で出てくるような
お決まりの質問に、
「My name is xxx」
これまたお決まりの形で答えた。
通じたみたいだ。
お「Oh! My name is Yon!
Nice to meet you sugar!!! hahaha!! 」
ニイハオおじさん、ヨンという名前らしい。
てか、さっきから何言ってんだこの人??
余談だけど、僕の名字は
某・日本で一番多い名字。
「ボク、聞いたんだ。その日本語、
訳すとシュガーなんだろ?
じゃあ、今からキミのことシュガーって呼ぶね!!
やー楽しいね!!はっはっは!
それにしてもお前シュガーなのか!
変な名前だな!でもうまそうだな!」
…言いたいことが、ようやく分かった。
なんやねん、それ。
でも、このニイハオおじさん、
どうやら悪いヤツではなさそうだ。
自分の中の直感が、そう訴えていた。
どうせやることも決まってないし、
もう少し話してみるだけならいいか。
ねぇ、シュガー!これ見てよ!
バイクの椅子を開けたヨンさんが、
大事そうに一冊の分厚いノートを取り出した。
ずいぶん色褪せている。
くしゃくしゃな笑顔とともに、
彼はそれを誇らしげに渡してきた。
----そこには、
何百もの手書きのメッセージが書いてあった。
メッセージの横には、たくさんの写真。
若かりしころのヨンさんと、
肩を組んだ日本人らしき人の写真が貼られていた。
言語は、日本語から中国語、ハングル、
英語までさまざまだ。
ヨン「せっかくだし、シュガーもどう?
2時間でこの街案内するよ!」
すごい。
素直にそう思った。
一番古い1997年とは、今から22年も前の話だ。
ヨンさんは、こんなに昔から、
ずっとこの観光の仕事をしていた。
そして数多くの日本人が、
この人のお世話になっている。
そして、みんながヨンさんとの時間をおすすめしている。
なにより、
ずっと日本を発ってからずっと1人だった自分は、
久しぶりの手書きの日本語にすごくうれしくなった。
不安がないかといえば、嘘になる。
「2時間ほどツアーさせてくれ。」
見知らぬ土地で見知らぬおじさんに
話しかけられている。
しかも、バイクで二人きりだ。
もし何かあったとしても、
助けてくれる人は誰もいない。
でも気づいたときには、
「Of course, Yon!」
言葉が先に出ていた。
そこからのバイクツアーは、最高の連続だった。
ホーチミンの街を、
真夏の喧騒にもまれながら、バイクで突き進む。
念のためと地図を確認しようとした
スマホのGPSは、
いつの間にか反応しなくなっていた。
スマホの電池は、残り5%になっていた。
けど、もうそんなのどうでもいい。
人生初のバイク。
ここはどこなのか。
どこに向かっているのか。
このおじさんは誰なのか。
なにひとつ、分からない。
でも1つだけ確かなのは、
僕は今、ここにいるということ。
異国の地で、
出会ったばかりの見知らぬおじさんに身を委ね、
生ぬるい風を切り、
前へ前へと猛スピードで進んでいる。
止まることのないクランクションの嵐。
人々の声が、地鳴りのようになりひびく。
ガソリンとゴミ、土が混ざったような、
東京では決して嗅ぐことのない匂いが、鼻をつく。
いつになく、五感が鋭くなっている。
はじめての感覚ばかりで、身体中が刺激されていた。
「俺はいま、この瞬間を生きている。」
強く、たしかなものとして、実感できた。
仏教や禅の世界では、
「今、ここに集中する」ことを重んじる。
もしかしたらこのときの僕は、
そんな貴重な瞬間を経験できていたのかもしれない。
もしこのままマフィアのアジトにでも
連れて行かれたら?
薬でも飲まされたら?
金奪われたら?
もちろん、そこで終わりだ。
でも、そんな不安を一瞬でかきけすほどに、
楽しさと興奮が上回っていた。
なぜだろう、
ヨンさんのバイクは、
無性に気持ちがよかった。
ふと横をみると、
小学生の兄弟がバイクを運転している。
お姉ちゃんが運転席、弟が後ろで
振り落とされまいとしがみついている。
頼もしいお姉ちゃんだ。
シュガー、もしやバイクはじめてなのかい?
楽しいだろ!!
ベトナムでは1人1台バイク持ってるんだよ!
ガイドブックに乗ってない穴場に連れていってくれたり、
とびっきりおいしいベトナムコーヒーを
ご馳走してくれたり。
時間はあっという間に過ぎる。
(なぜか気づいたら、
2kgものコーヒー豆を買ってしまっていたけれど。笑)
バイクに乗りながら、
ベトナムのこと、日本のこと、好きな食べもの、
いろんな話をした。
ボクね、日本が大好きなんだ!
日本のお客さんは、
みーんな親切で優しくていい人ばっかり!
日本の友だちたくさんいるんだよ!
日本、まだ行ったことなくて
いつか行ってみたいなってずっと思ってるんだけど
飛行機高すぎるんだよね…
ボクね、子供が3人いるんだよ。
家族は最高だね。
みんな元気。それだけでso happy!
ちょっとお腹すいたから、お昼食べるね。
取り出したのは日本のコンビニおにぎりの
半分ほどのサイズの、茶色いご飯。
なんだろうと思っていると
「これ、オコワ!妻が作ってくれたんだ!
めちゃうまいんだよ!!」
ヨンさんが優しい心の持ち主であること、
家族を愛していること、
でもその一方で、
決して裕福な暮らしをおくれているわけでは
ないことも、伝わってきた。
彼と話す時間、過ごす時間は濃密で、
刺激的で楽しかった。
たぶんヨンさんは、
旅行客とのふれあいを生きがいにしている。
「ボクね、日本語勉強中なんだ!!」
再び差し出されたノートに
たどたどしい文字でびっしり書かれていたのは、
何十ページにもわたる、日本語の単語と文章。
1つ1つ手書きで、日本語とその意味が書かれている。
それだけではない。
中国語、韓国語のページも同じだけあった。
すごい努力量、勉強量だ。
ヨンさんは、
観光客を楽しませるというこの仕事をするために、
必死に、毎日毎日外国語を勉強している。
なぜ彼はこんなにがんばれるんだろう?
それはたぶん、
ホーチミンのことが、
ベトナムのことが、
そして世界中から来た観光客とふれあい、
その魅力を伝えることが、
心から大好きだからだ。
自分の国を、自分の仕事を、
心から誇りに思っているのが
伝わってきた。
彼にとって、この仕事は天職。
生きがいのようなものなのかもしれない。
ツアーも終盤。
ヨンさんと最初に出会った場所まで帰ってきた。
ふたたびノートを手渡され 、
「良かったらシュガーも一言かいてってよ!」とのこと。
改めて、古びたノートに目を通す。
今回、1つの小さな奇跡が起きたことに気づいた。
ヨンさん、
そしてこのヨンさんノートを通して僕は、
「22年も前の旅人たちと、時をこえて繋がった。」
そう思えた瞬間、身体中に電流が走った。
22年前。
全く同じこの場所を
旅をしていた日本人がいた。
それも何人も。
そして彼らも、この場所で、偶然、
ヨンさんと出会ったんだ。
今、僕が立っているこの場所で。
「一期一会」という言葉は、
こういうときのためにあるのかもしれない。
もし、大雪でフライトが遅れなかったら。
もし、あのときヨンさんから偶然声をかけられなかったら。
もし、雑貨屋に入ったあとヨンさんに再会しなかったら。
僕がヨンさんと出会うことはなかっただろう。
でも今、こうして出会うことができた。
ぜんぶ、奇跡の積み重なりなのかもしれない。
◯◯◯さんは22年後の今、
いったいどんな生活を送っているんだろう。
もしかしたら彼もまた、
ヨンさんと出会ったベトナム旅が
なにかのきっかけになったのかもしれない。
また5年後、15年後。
未来の日本人の旅人が
またこの場所でヨンさんに出会い、
僕が書いたこのメッセージを見てくれたらいいな。
そんな願いを込めながら
ヨンさんへの感謝をつづり、
そっとペンを置いた。
記念に写真をとり、固い握手を交わす。
「出会えてよかった!本当にありがとう!!」
お互いに笑顔で、僕らは別れを告げた。
「一人旅は、さみしい。」
たしかに、これは紛れもない事実だ。
ときに、言いようもなく寂しくなる瞬間がある。
一人で眠るとき。
一人でご飯を食べるとき。
暗い街中で、一人きりで歩いているとき。
異国に1人という状況も重なり、
より一層の孤独を感じる。
でも。
そこには、たくさんの素敵な出会い、
そして彼らとの対話があふれている。
今回出会えたヨンさんだけではない。
ヨンさんのノートを通して出会えた、
何百人もの過去の旅人たち。
自分を歓迎してくれた雑貨屋のおばちゃん。
タクシーで僕から華麗に
お小遣いを稼いだ運転手。
町で出会った、笑顔で元気な子どもたち。
みんな一期一会だけど、
僕の脳裏には一生、記憶として焼き付いている。
そんなすてきな出会いばかりだった。
彼らと何気ないおしゃべりや対話をするだけで、
自分の視野はすーっと広がり、
新しい価値観に包まれていく。
東京で過ごす24時間もいいけれど、
同じ24時間でもずっと濃密な、
今後も一生覚えていられるような時を、
一人旅では体感することができる。
ベトナム。今ではめずらしい、社会主義の国の1つ。
そんなこの国に来て、思ったことがある。
若い。
とにかく若い。
エネルギーに満ちあふれている。
この国は、これからますます強くなる。
直感で強くそう思った。
街中は、子どもでいっぱいだった。
家族で公園を散歩している。
みんな笑顔であふれてる。
しかも子どもを連れている親の多くは、
20歳前後に見える。僕より年下かもしれない。
この国の平均年齢は、31歳。
日本より17歳も若い。
日本では、20前半と言うと
若いね~~!と言われる。
社会人なりたて。勉強中の身分。
甘えも許される。
会社や国を中心として動かしているのは、
50代の男性。
中には80代を越える方もいる。
でも、この国では違う。
ベトナムの経済を、社会を動かしているのは
自分と同世代の20代だ。
そんなこの国のみんなは、とにかく優しい。
笑顔があふれている。
この国には幸せがあふれている。
そう強く感じることができた。
翌朝、火曜日6:00。
飛行機は朝焼けで黄色に染まる羽田に、
無事着陸した。
今日からまた、いつも通りの慌ただしい1週間が始まる。
今日もさっそく、10:00からミーティングだ。
でも今週の自分は、
先週までの自分とは、なにかが違う。
今週は、今までよりももっと、
楽しくて充実した1週間にできる。そんな気がする。
つい数時間前の非日常から
極寒の日常に戻った僕は、
スーツに着替え、再びPCの電源をつけた。 (Fin.)
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