見出し画像

人が怖くて就職できなかったうつ病患者が取材ライターになるまでの話

人が怖いと、就職が難しいものです。

会社で働くとなれば、多くの人と顔を合わせて話さなければなりません。

就職を考えただけで強い不安感や恐怖心を感じてしまう、ということもありますよね。

僕の場合は、うつ病を発症してから、人に見られたり、人と関わったりすることが怖く感じるようになってしまい、就職をあきらめました。

それで、フリーライターとして、在宅ワークをはじめたんです。

現在は、不安感や恐怖心が薄れ、ビデオ通話や対面で取材ができるまでになりました。

うつ病で療養中の人のなかには、不安感や恐怖心が原因で、仕事復帰を躊躇している方もいるでしょう。

そこで今回は、僕が就職をあきらめた理由を説明するとともに、在宅ワークで仕事復帰した経緯や心境の変化について、お伝えします。

患者さんのクレームがきっかけで、うつ状態に

以前、僕は作業療法士として、病気や障がいにより日常生活が不自由になった入院患者さんに対し、リハビリを提供する仕事をしていました。

「人が怖い…」

僕がそう思うようになったのは、リハビリ中に、患者さんに強い口調でクレームを受けた頃からです。

ある日、僕は、80歳前後の男性患者さんに、リハビリの一環でマッサージをしていました。

治療用のベッドで仰向けになった患者さんは、目を閉じ、黙ったままマッサージを受けていたのですが、リハビリのやり方が気に入らなかったのか、突然「マジメにやれ!」「適当にやるな!」と大きな声で言ってきたんです。

患者さんの口調や声量は、テニスコートほどの広さがあるリハビリ室に響く程度でした。

僕は、自分なりにマッサージを一生懸命やっていたつもりだったので、予想だにしない患者さんの訴えに、どのように対応していいかわからず、とても動揺しました。

患者さんの訴えを聞いたり、マッサージの力加減を変えたりして、とりあえず、その場を切り抜けることができたんですが…

この出来事があってから、僕は、人に見られたり、人と関わったりするのが怖くなってしまったんです。

例えば、リハビリをおこなう時は、患者さんに不満を訴えられたり、怒られたりするのではないかと恐怖を感じるようになったり。

事務作業をしている時は、上司や同僚の視線が自分をバカにしていたり、悪く言っていたりするように思えたりと。

人の視線や態度・言動が怖くなってしまい、徐々に、職場にいるだけでも、憂うつで、強い不安感や恐怖心を感じるようになっていきました。

それで、精神科を受診したところ、うつ病と診断されたんです。

人が怖くて就職できない

うつ病の診断を受けてから、僕は、勤務していた病院を退職しました。

一応、期限いっぱいまで休職をしましたが、状態が改善しなかったため、職場をやめざるを得なかったんです。

退職後は、服薬を続けながら自宅で療養していました。

そのかいあってか、「憂うつ感」は、日に日に和らいでいきました。

ところが、「人が怖い」という感情は、変わらなかったんです。

人に見られたり、人と関わったりすることを考えると、強い不安感や恐怖心を感じてしまい、会社で働く気持ちにはなれませんでした。

なぜ、人に対して強い不安感や恐怖心を感じるのか?

実は、うつ病を発症する人のなかには、「不安障害」を合併するケースも多いと言います。

うつ病は不安障害、特に社交不安障害の併存が高いことが示唆されており、うつ病と不安障害の併存は治療の反応性や経過・転帰に多大な影響を及ぼすと考えられています。
(引用 塩入 俊樹(2019):臨床医に聞くうつ病治療最前線 第2回 社交不安障害を中心とした不安障害の併存を考慮したうつ病治療.持田製薬 医療関係者向けサイト)

「社交不安障害(SAD)」とは、人と関わる場面で著しく不安や恐怖を感じたり、冷や汗やふるえ、動悸、腹痛といった症状が表われたりする病気です。

僕の場合は、うつ病としか診断を受けていなかったため、「不安障害」を合併していたかは、はっきりとわかりません。

けれども、いま振り返ってみると、「人が怖い」と感じていたのは、不安感や恐怖心を抱きやすい病的な状態に陥っていたからではないかと思います。

再発するくらいなら在宅ワークに挑戦したい

僕は、どうしても会社で働く気持ちになれなかったため、就職することをあきらめました。

人によっては、不安感や恐怖心があっても、会社で働くことを選択する方がいるかもしれません。

けれども、僕は、不安感や恐怖心を持ったまま就職すれば、うつ病を再発してしまうようにしか思えなかったんです。

東邦大学名誉教授で、心療内科医の坪井医師によれば、「一度うつ病になった人は、同じような状況におちいったときに再発しやすく、また初期症状も同じような形であらわれることが多い。」と言います。

僕の場合は、人間関係のトラブルがうつ病を発症するきっかけのひとつになっていました。

ただでさえ、「人が怖い」と感じているのに、人に見られたり、人と関わったりする環境に身を置けば、高い確率でうつ病を再発してしまいかねない…

そう考えた僕は、無理をして会社で働くのではなく、フリーランスとして、在宅ワークに挑戦しようと考えたんです。

ライターを選んだ理由は、ブログを書いていたから

一口に「在宅ワーク」と言っても、さまざまな業種があります。

例えば、次のような業種です。

・IT:エンジニア、プログラマー
・クリエイティブ:デザイナー、イラストレーター、カメラマン
・ライター:ライター、編集者、ブロガー
・接客:コンサルタント、インストラクター
・軽作業:ハンドメイド作家

僕が在宅ワークに「ライター」を選んだのは、ブログを運営した経験があったため、ウェブサイト用に記事を書く仕事であれば、自分にもできるように思えたからです。

ライターとして、はじめて請け負った仕事は、恋愛や結婚をテーマに個人でブログを運営しているクライアントの依頼を受け、自分自身のプロポーズの体験談を記事にすることでした。

「記事を書かせてほしい」と、クライアントに営業をかけた時は、メールの送信ボタンをクリックするのに勇気が必要でした。

しかしながら、相手が個人事業主であったこと、話をするのに声を出す必要がなかったこともあり、人に対して不安感や恐怖心があっても、コミュニケーションのハードルがとても低いように感じられました。

そして、僕は、この仕事を請け負ってから、在宅ワーカーとして、フリーライターの生活を始めたんです。

クラウドソーシングでライター経験を積む

僕は、はじめてライターの仕事を受注する時、クラウドソーシングを利用しました。

「クラウドソーシング」とは、個人と企業、または個人と個人の仕事の受発注を仲介するサービスです。

クラウドソーシングは、就職と違い、クライアント(企業や個人)と雇用契約を結ばずに働くことができます。

また、仕事を受発注する時は、メール・チャットといったテキストを活用したやり取りが中心で、クライアントと、自分のペースでコミュニケーションしやすいです。

クラウドソーシングをはじめた当初、僕は、一度に仕事のやり取りをするクライアントを1~2人くらいに制限しました。

そうすることで、収入は少なかったですが、人と関わる不安感や恐怖心を最小限に抑えることができ、うつ病を再発しないことに重点を置いて働くことができたんです。

もちろん、時には、クライアントとトラブルになり、不安感や恐怖心を感じることもありました。

例えば、一生懸命書いた記事に対して、「あなたの文章は、小学生の感想文です」と指摘されたことがあったんですが、この時は、自分が能力のないダメな人間と言われているようで、クライアントとの関わりが怖くなりました。

ただ、このような場合は、トラブルが解決するまで他の仕事をセーブしたり、休息の時間を多くしたりすれば、ストレスに対処しやすかったです。

以上のように、僕は、クラウドソーシングでコミュニケーションの機会を最小限に抑えながら、ライター経験を積み上げていきました。

不安感や恐怖心が薄れ、取材ができるまでに

個人ブロガーからはじまり、企業の広報担当やメディアディレクター・編集者・ハンドメイド作家・歯医者・作業療法士といった職種まで。

僕は、ライターの仕事をはじめて、色々な人と関わるようになっていきました。

そうしているうちに、段々と、人に見られたり、人と関わったりする怖さが薄れていったんです。

人の視線を感じた時は「自分のことなんか、大して気にしていない」、人から批判・否定された時は「自分が努力した結果、相手に嫌われたなら仕方ない」といったように、不安感や恐怖心を和らげる考え方もできるようになりました。

そして、現在では、ライターとして、取材ができるまでになったんです。

いま振り返ってみると、取材ができるまでになれたのは、人と関わる機会を段階的につくれたことが良かったのではないかと思います。

はじめは1人のクライアントとテキストで連絡をとる、慣れてきたら関わるクライアントの人数を増やす、そのなかで少しずつクライアントと電話する機会ができ、キャリアを積むと責任ある仕事をするために対面での打ち合わせをするようになるといったように。

いきなり大人数のなかで働くよりも、人と関わる人数や頻度を少しずつ増やしたほうが、人に対する不安感や恐怖心にからだを慣らしながら、仕事復帰できるのではないでしょうか。

これは、あとから知ったことですが、専門的にはこのような不安感や恐怖心にからだを慣らす方法を、「エクスポージャー法(暴露療法)」と言うそうです。

【エクスポージャー法(暴露療法)】
学習理論における、「慣れ」の原理の応用法です。苦手とする行動や場面にくり返しさらされることで、不安感や恐怖感が徐々に弱まっていきます。
(引用 福井 至・貝谷 久宣(2012):図解 やさしくわかる認知行動療法.ナツメ社)

エクスポージャー法は、不安障害などで悩む人が、社会復帰するための治療法として用いられています。

専門的な治療が必要な状態かどうかは別として、強い不安感や恐怖心により働くのが難しいのなら、まずは少人数・低頻度で人と関わることを考えたほうが、仕事復帰に向け、はじめの一歩を踏み出しやすいかもしれません。

段階的に「人慣れ」していく

人に対する不安感や恐怖心を和らげるには、段階的に「人慣れ」していくことが大切です。

人間関係でつらい思いをした経験があると、人に見られたり、人と関わったりすることに強い不安感や恐怖心を抱くものです。

「人が怖い」と思いながら会社に就職することは、ストレスにより、うつ病を再発しないとも限りません。

そうであるなら、在宅ワークで人と関わる経験を積み重ねながら、人に対する不安感や恐怖心を克服していくのもひとつの方法です。

「会社で働く」のではなく、まずは、「人に慣れる」ことを目標にしたほうが、長い目で見た時に、職業生活を続けやすいのではないでしょうか。

引用・参考
・塩入 俊樹(2019):臨床医に聞くうつ病治療最前線 第2回 社交不安障害を中心とした不安障害の併存を考慮したうつ病治療.持田製薬 医療関係者向けサイト
・坪井 康一(2017):患者のための最新医学 うつ病.高橋書店)
・福井 至・貝谷 久宣(2012):図解 やさしくわかる認知行動療法.ナツメ社

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?