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パンケーキを食べずに死ねるか、と思った「下栗の里」。


天空の里。日本のチロル。日本のマチュピチュ。生きたマチュピチュ。

『下栗の里』には、いろいろな愛称がある。そこは、標高800〜1000m、最大傾斜38度の急斜面に民家や畑がへばり付くように点在する集落だ。長野県飯田市の山深い地域にある人口150人余りの里は、「日本の里100選」に選ばれている。スタジオジブリの短編映画「ちゅうずもう」の着想を得た場所だと言われ、実際、宮崎駿監督が訪れて宿に泊まったらしい。(下部イラスト参照)

好奇心を揺さぶるキーワードだらけの『下栗の里』。初めて知った時は日本にこんな場所があるのか・・・と驚いた。その秘境に私が訪れたのは2016年の夏だった。


集落に行くには、小型車1台が何とか通れるくらいの幅員の山岳道路をのぼらなくてはならない。道中、対向車とすれ違える箇所も少なく、急坂や急カーブも多い。運転を誤ると崖の下に真っ逆さまなのだ。運転歴は20年以上あるが、あんな緊張感とスリルのある運転は初めてだった。

ギリギリの攻防の中、たまにサイドウインドウを見ると体がすくみ上がりそうになる。死と隣り合わせになると、人は思いも寄らぬことを考えるものだ。この時の私もそうだった。ここで死んでたまるか。来週の自分の誕生日にはホイップクリームをいっぱいのせたパンケーキを食べなくてはならない。

「生」に執着する私は、4つのタイヤを自分の手足のように動かして、道幅のない道を攻略していった。あの瞬間、間違いなく車と体は一体化していた。妻いわく、その時の私のハンドルさばきは本当に見事だったという。話が本筋とズレまくってしまったが、とにかく文章では表現できないその感覚をぜひ実際に行って確認してみてほしい。

そんな試練の道のりを走っていくと視界が開けて、その集落は現れる。山の急傾斜地に佇む日本家屋と耕作地。集落の背景には、“天空の里”と呼ばれるに相応しい南アルプスの見事な景観が広がっていた。達成感と同時に、帰り道の不安が襲ってきたのを覚えている。

ほとんどが斜めの世界である。

下界から隔離されたこんな天上の地になぜ集落を作ったのだろうか、と考え込んでしまう。

ここが日本有数の秘境なのは間違いない。石垣を積むことによって平行に民家が建っているが、どこにいても体が不安定な気がする。慣れていないだけで住めば都なのかもしれない。この小さな集落にコンビニやスーパーはもちろんない。飲み物の自販機はある。私は冷や汗で失った水分を補給するために冷たいお茶を購入した。

集落の一番高い位置に駐車場がある。そこに車を止めて、これまた険しい遊歩道をいけば、崖に設置された手作りの展望デッキに到着する。そこは下栗の里の全体像を眺められるビューポイントだ。このnoteの画像は、展望デッキで撮影した一枚。事前にネットなどでその風景の写真を見ていたのだが、実際に現地で見ると全然迫力が違う。

南アルプスの山々と天空の里を眺めながら私は思った。下栗の里よりも東京で生きる方がよっぽど足元が不安定ではないかと。



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