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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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#ストーリー

『真夜中のおとん』(100文字ドラマ)

アパートで暮らす冴えない独身男35歳。深夜に突然インターホンがなる。ドアの覗き穴から外を見ると、ウェディングドレス姿の親父が立っていた。「何も言うな・・お前が言いたいことはわかる」「お、おやじ・・・」 #100文字ドラマ #物語 #ストーリー

5ヶ月間で80本の短編小説を書いた私が、この2ヶ月で3本しか書いていない話。

ここのところ、小説を書いていない。 「書けない」というよりは、「書きたいという気持ちになれない」といった方がしっくりくる。前にも記事で触れたけれど、一度書かなくなると、なかなか新しい一行目が踏み出せない。 80本の短編小説を書いた約5ヶ月間。あの密度の濃い日々は、明らかに“脳の体質”が変わっていた。一文字目の動き出しが早かったし、夢中になって書いていると気がつけば3,000文字を超えていたりした。 今は、脳の運動不足のような状態。やっぱり筋肉と一緒で定期的に鍛えないと徐

『渇いた器』(短編小説)

涙は、道具だ。 四方八方から鼻をすする音が聞こえる映画館の真ん中で、僕はそう思った。スクリーンに映し出された映画はクライマックスを迎え、女優が涙の洪水を披露していた。役に入り込んでいるからこそ虚構の世界でも涙が落ちるのだ。 「映画、感動しなかったの?」 「感動したよ」 「ほんとに?」 「うん。なんで?」 「純ちゃんってさ、たまにわかんないんだよね」 「何が?」 「いつも冷静すぎるっていうか・・・」 「・・・」 妻の浩子が何を含んで言っているのかはわかっ

『玉森家の一族』(超短編小説)

彼方の地平線に、陽炎が揺れていた。 視界に入るすべてのものが溶け落ちそうな夏の昼下がり、僕は縁側に座って、冷えたラムネを飲んでいた。 玉のような汗が額からこぼれ落ちた。すると、ガラス玉がコンコンと音を立てて床を跳ね、縁側の下の土に着地して転がった。 「!?」 僕は絶句した。一瞬の出来事だったが、いま確かに汗の滴がガラス玉に変わった気がする。 あっけにとられている時、頬から顎まで伝った汗がまた床にぽとり落ちた。縁側の床で弾けた小さな汗の飛

『幼馴染』(超短編小説)

「ずっとずっと紗英ちゃんと友達だからねっ!」 「うんっ、ずーっと、ずーーーーーっと、由佳里ちゃんと友達だよ」 私は「ずっと」の部分に精一杯の力を込めて言った。幼なじみの由佳里ちゃんが遠いところに転校する。引越のトラックから手を振る由佳里ちゃんは泣いていた。いつも強くて逞しくて、男子にも負けなくて、私のことを守ってくれていたあの由佳里ちゃんが目に涙を浮かべていた。一緒に手を振るかのように、道ばたに咲いた菜の花が風に揺れていた。 転校によって、9歳と9歳の友達関係

『妄想恋愛作家』(短編小説)

恋は、選ばれた一部の人間だけのものではない。 街に行けば、手をつないで歩いているカップルなんてざらにいる。恋はそんな珍しいものではなく、誰もに平等に訪れるありふれた人生のイベントだ。夢や憧れのような遠い存在ではなく、すぐそばに転がっている大衆的なもののはずだ。少なくとも、あの頃の自分はそういうふうに思っていた。 しかし、自分のまわりに恋なんてものはどこにも落ちてなかった。一人で勝手に恋い焦がれることが恋なのなら、僕は世界一の恋の達人だろう。だが、僕が望ん

『迷子のほのか』(短編小説)

水曜日は迷子になる。ほのかは、そう決めていた。 放課後は、いつも一緒に下校している仲良しの友達にバイバイと手を振って、先に一人で教室を出ていった。 校門をくぐり、いつもとは逆の方向に向かって歩き始めた。知っている道を歩いていても迷子にはなれないから、知らない道に行かないといけないのだ。コンクリートの道をどんどん行くと、また分かれ道に出た。まっすぐ行けば桜花公園で、左に行けば田んぼや果物園が広がる道だ。ちょっと迷って桜花公園の方に行くことにした。

『忘却の海』(超短編小説)

外房、九十九里浜。 私はあてもなく波打ち際を歩いていた。裸足の指で粒子の細かい砂を一歩一歩踏みしめながら。 果てしない砂浜。見渡す限りの海。いかに自分がちっぽけな存在かを感じられる場所に行きたかった。私が今心に抱えている傷は、足元に転がっている小さな貝殻と同じように、ありふれたものなのはわかっている。スケールの大きな風景が心の濁りを薄めてくれるはずだと、そう思ってここまでやってきた。 失恋旅行は初めてだった。 あの人と会うことはもうない。

『夜の留守番』(超短編小説)

それは、当時7歳だった僕には大冒険のような時間だった。生まれて初めての留守番だったのだ。 「タカユキ。ごはんはテーブルの上に置いてあるからね。夜9時までには帰ってくるから。お父さんは8時くらいには帰ってくるから留守番よろしくね。大丈夫?」 「うん、大丈夫」 その日、母は高校の同窓会だった。母の化粧はいつもより濃くて顔が真っ白だった。服も箪笥の奥から引っ張り出してきたドレスみたいなのを着ていた。キラキラしている母の姿は、いつもの母じゃないみたいで好きじゃなかった

『鬼』(超短編小説)

「欠席」として返送するべきだった。こんなことになるのなら。 もちろん、友人の結婚を心からお祝いしたい気持ちはある。でも二次会パーティーに出席しているゲストの中に私の知り合いなど一人もいなかった。中学時代の仲間のグループ、高校時代の部活のグループ、勤め先の会社のグループなど、会場内は不自然なくらいにキレイに島ができていて、どの島にも上陸できない私は、一人孤独に海の真ん中をゆらゆらしていた。 友人の新郎はというと、今日は主役という立場なので、100人近く出席

『コンテスト』(超短編小説)

これまでの人生、特に日の目を見たことはない。自分は取り柄のないどこにでもいる人間だと思って生きてきた。 そんな私が今、とある写真コンテストでグランプリを受賞してカメラフラッシュを浴びている。いろいろな人が入れ替わり立ち替わり私を褒めまくっている。すでに、一生分の「おめでとう」をもらっただろう。 日本で最も規模の大きなコンテストの一つらしい。歴代のグランプリ受賞者には錚々たる顔ぶれが並んでいて、誰もがその名を知っている大御所カメラマンがいれば、女優と浮き名

『脱落』(短編小説)

家に帰ると、妻の千夏が鼻歌を歌いながら、手際よくコロッケを揚げていた。妻が不自然に機嫌がいい時は決まって何かイヤなことがあった時である。 「ただいま」 「あら秀ちゃん、おかえりなさい」 「いいにおいするな」 「もうすぐ肉じゃがコロッケできあがるよ」 「了解。風呂入ってくるね」 「わかった」 風呂から出ると、タイミングよくお腹がなった。リビングの食卓はすでに妻の手料理で彩られていた。 「おいしそう。今日は豪勢だな」 「なんだか今日はちょっとはりきっちゃったの」

『30年の旅人』(短編小説)

その旅人に会ったのは、インド洋を見下ろす安宿だった。 年齢不詳で、無口で、無愛想で、視線が鋭くて、坊主頭で、身にまとっている服も独特で、最初は話そうとも近づこうとも思わなかった。個人的な実感でいえば一人旅をしている人間には変わり者が多いのだけど、その旅人は変わり者の中にあっても異質だった。「バックパッカー」ではなく「旅人」という言葉の方が似合うと思った。 「あの人は日本人だよ。話してみると結構おもしろいんだよ」 同じ安宿に数週間滞在しているという、もう一人

『ロシコスの石碑』(超短編小説)

「ロシコス-ギ-アベヒ」 空に向かって突き出た石碑には、そう刻まれていた。 まるで夢を見ているかのようであった。ついに、幻の聖地にたどりついたのだ。気の遠くなるような長い旅を経て、私の体は痩せ細り、服はすりきれ、肌は日焼けでボロボロになっていた。 聖地ロシコス。この世界の誰もが死ぬまでに一度は訪れたいと願う土地だ。雪と氷河に覆われた3万メートル級の険しい山々を越えた先にある。 過去、多くの巡礼者たちが聖地ロシコスを目ざした。その道すがら、行き倒