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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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#ショートショート

『冷蔵庫バス』(ショートショートnote杯)

 どうしても思い出せなかった。ここがどこなのか、なぜ自分がここにいるのか。  濃霧に包まれ視界が悪い。一人佇んでいると、微かな足音を響かせて男の影が近づいてきた。男は全裸だった。変質者かと警戒したが、心細かった僕は思いきって声をかけた。 「すみません。ここはどこですか?」 「ここかい?……ふふっ」  男は鼻で笑ってそのまま歩いていった。目を凝らすと霧の中にうっすらと複数の人影が見える。全員シルエットが裸だった。 「あっ」  なんと自分も全裸だった。慌てて股間を両手で

『しゃべるピアノ』(ショートショートnote杯)

「言おうかどうか迷ってたんだけどさ」 「何?」 「昨日の夜、聞こえたの。あなた、そのピアノ椅子で誰かと話してたよね」 「えっ」  間違いなく彼女は俺を疑っていた。 「私、わかるの。相手は女よね」 「……」  その声色には、いくばくかの憂いと怒りが滲んでいる。 「誤解だよ、そういうんじゃない」 「嘘」 「ただの女友達だよ」 「絶対嘘」 「……」 「許せない。私という者がありながら」  声が震え出した彼女にはどんな言葉も届かない。とはいえ、対処方法はわかっている。今、彼

『愛想笑いを見抜く能力』(ショートショート)

「ねえ、言っていい? 」 何かをずっと言いたげだった夏子はついに喋る決意をしたようだった。僕は落ち着いた声で「どうぞ」と口にする。 「私ね、他の誰も持っていない能力を持ってるんだ」 ・・・・・・能力? 全く想定していない言葉だった。 「愛想笑いか本気笑いのどちらかが、わかる能力」 彼女の真剣な表情からは、少なくとも嘘をついているわけでも、僕をからかっているわけでもないのは理解できた。 「あ、急に変なこと言ってごめんね。こんなこと言われても

『スキやいいねを押すたびに自分が失われていく症候群』(短編小説)

どこへ消えてしまったんだろう、あの私は。 誰かの記事を読んで、足跡のような感覚で「スキ」や「いいね」を気軽にぽんと押す。特に基準はない。記事の内容や質よりも、書き手に少しの好感を持ってさえいれば、よほどのことがない限りはワンクリックで無色のマークに色をのせる。躊躇なく惜しげもなく誰かの記事に自分をマーキングする。それが私のSNSにおけるスタンスのようなものだった。 でも、それができなくなった。 目の前に並んでいる記事に対して何も反応できな

『ドラマをみる女』(短編小説)

「あんた、彼氏と寄りもどしたらしいじゃん」 「うん」 「これで何回目? 」 「4回目かな」 「まあ、あんたが幸せならそれでいいんだけどさ。くっついたり離れたり・・・そのたびに新しい男友達を紹介してる私の身にもなってよね」 「ごめん。でも私たち戻らなきゃいけないって思ったんだ」 「もう別れるなよ」 「私ね、彼がいなくなって気づいたの。逆らっちゃいけない運命ってあるんだって」 「へえー。ふーん」 ソファに横たわる妻は、煎餅をばりばり噛み砕きながら、気怠い表情でテレビをみて

『白詰草』(短編小説)    #同じテーマで小説を書こう

思いを寄せている人がいた。 下校時、廊下の窓ごしにサッカーをしている彼の横顔を見るのが私の日課だった。真剣な眼差しでグラウンドを走り回るその姿を目で追いながら「今日も頑張ってるね」と心で呟く。 まるで校庭の傍らにひっそり咲く白詰草の花のように。彼と同じ世界にいながらも自分を消していつもつつましく私は存在していた。自分に自信のない私は遠くから表舞台を見つめるだけ。彼は決して届かない存在。彼と話すのはおろか、視界に入るのも怖かった。 そう、あの

『私の知らない夫』(短編小説)

「ねえ・・・」 「・・・」 「ねえ? ねえってば! 」 「ん? 」 「もうっ、さっきから呼んでるのに、ぜんぜん聞こえてない」 「ああ、悪い悪い」 「毎日スマホばっかり見てるじゃない・・・」 ここのところずっと、夫の様子がおかしい。暇さえあれば、スマホをのぞき、指で何かの文字を打ち込んでいる。急にテンションがあがったり、攻撃的になったり、時には涙もろくなったりする。 「ちょっと最近おかしいよ」 「なんで? 」 「食事の時も、子どもの面倒を見ている時も、ずっとスマホを触

『先輩』(短編小説)

交差点の信号が青になった。帰路を急ぐ人の群れが一斉に動き出す。ワンテンポ遅れて僕たちも横断歩道へと歩き出した。 「先輩、軽くお茶でもしていきません? 」 「いいけど、また何かの相談? 」 「ま、まあ・・・はい。・・・ほら、あそこに見える赤煉瓦の喫茶店とかどうですか」 「うんいいね、あそこにしよう」 カランカランとドアベルの音を鳴らして店内に足を踏み入れる。そこには昭和のまま時間が止まったような世界が広がっていた。琥珀色のランプ。艶のあるメローなジャズピアノの音

『罠』(短編小説)

おやおや、これはどうしたものかと思って、自然と足が止まった。目をこすって再確認したが、それは間違いなくそこにあった。 表紙ではメガネっ娘がチラリズムを炸裂させている。なんてハレンチで健康的で文化的なのだろう。異質の融合に心をそわそわさせられてしまった自分が憎い。死んでしまえ。 世の中には見過ごせない問題が山ほどある。それらに手をさしのべる人間なんてごくわずかで、みんな自分のことで精一杯だったりする。僕は今、試されているのだ。 さりげなくハンカチを

『私に向かう音』(短編小説/ホラー)

25時13分。 原稿の締め切りに追われ、パソコンにかじりついている。深夜の薄暗い室内にはカタカタとキーボードをたたきつける音だけが響いていた。 「もうひとふんばりだ・・」 椅子に座ったまま、両腕を高く上げて上半身をぐーっと伸ばすと、自然とあくびが出た。毎度のことながら、納期が近づくと極端に睡眠時間が減る。ギリギリまで本腰になれない私の悪い癖だ。 ・・・遠くの方から、それは微かに聞こえた。 救急車のサイレン音。その音はいつだって何の前

『ラブホを見つめる少年』(超短編小説)

足が鉛筆なら、打ち寄せる波は消しゴムだ。小さな足跡も、砂浜に描いたパパとママの相合い傘も一瞬で消えてしまう。 陽向(ひなた)は砂浜で遊ぶのが好きだった。さらさらの砂の上に足の指先で絵を描いたり、名前の知らない色とりどりの貝殻を拾い集めたり、暖かい季節には泳いだり・・・。住んでいる家が海のすぐそばだったから、遠浅の砂浜は陽向にとって一番の遊び場だったのだ。 海岸線は弓のように緩やかに弧を描いている。学校の視力検査のマークみたいな形だ。砂浜の端から端まで歩い

『ポジティブツイートマシーン』(短編小説)

「タナカ君・・・完成だ」 「博士っ! ついに・・・ですか」 博士は携帯ゲーム機ほどのサイズのそれをテーブルの上にそっと置いた。 「ほら、これだ」 「おおーっ、なんだか近未来チックでワクワクするデザインですね」 「感慨深いものがある。開発に10年もかかってしまった」 「・・・長かったですね。マシーンの名前はもう決めたのですか? 」 「もちろん。ずばり、ポジティブツイートマシーンだ」 「なんだかっ、かっこいい響き! 」 博士は目を潤ませていた。この10年の間に人

『黒い羽の鳥』(短編小説)

気がつくと、宙を舞っていた。 「わっしょい、わっしょい」と胴上げをする連中の掛け声には、男だけでなく女も混ざっている。無数の手の平が、私の全身を投げ上げて、受け止めて、また投げ上げる。 胴上げの一行は間違いなく少しずつ移動している。体が高く上がった瞬間、進行方向の先に水平線が見えた。群青色の海が日の光にきらきら輝いている。彼らが一歩一歩向かっている先が断崖絶壁であることに気づくまでに時間はかからなかった。嫌な予感しかしない。 両手両足をバタバ

『宇宙ベーカリー』(短編小説)

「・・・早ければ、あと36時間で、人類初の民間宇宙旅客機RETTURA号は月に到着するそうです。かつて人類初の月面着陸を果たしたニール・アームストロングは、月旅行を想像できたでしょうか・・・」 携帯ラジオからニュースが流れてくる。世間は宇宙旅行関連の話題で持ちきりだ。私はふぅ〜と溜息をついてから、ラジオのスイッチをOFFにした。 ここは「宇宙ベーカリー」。かつて宇宙飛行士に憧れた少年が大人になり、夢のかけらを引きずったままオープンさせたちっぽけなパン屋だ。言う