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『しゃべるピアノ』(ショートショートnote杯)


「言おうかどうか迷ってたんだけどさ」
「何?」
「昨日の夜、聞こえたの。あなた、そのピアノ椅子で誰かと話してたよね」
「えっ」

 間違いなく彼女は俺を疑っていた。

「私、わかるの。相手は女よね」
「……」

 その声色には、いくばくかの憂いと怒りが滲んでいる。

「誤解だよ、そういうんじゃない」
「嘘」
「ただの女友達だよ」
「絶対嘘」
「……」
「許せない。私という者がありながら」

 声が震え出した彼女にはどんな言葉も届かない。とはいえ、対処方法はわかっている。今、彼女が欲しているのは言葉ではなく温もりなのだ。

 艶のある彼女の白い肌をそっと撫でるように触れる。

「ふぁぁ〜ん」

 一本一本の指を流れるように滑らかに動かしていく。

「れぇぇ〜」
「ふぁ〜」

 指の動きに呼応するように彼女は次々と高い声を出す。こうなればもうこっちのもの。俺は黙ってそのまま、鍵盤の端から端まで押し込み続けた。

「そ……のやさしいタッチは……」
「シ……ショパンね」


(了)


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