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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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#文学

10秒で読める、あたりまえ小説(超短編)

肩にもたれかかる彼女の長い髪からいい匂いがした。少なくとも、これだけは自信を持って言える。僕たちを乗せたこの列車の行き先は、きっと終着駅なんだ。 山岡先生はうつむきがちなクミに向かって力強く言った。 「ほら、前に進もう。まず一歩を踏み出せば、きっと以前より前進しているはずだ」 室内に響く雨音がいつもより大きく感じた。佳恵が出て行ってからもう7日が経った。それはつまり、1週間過ぎたということに他ならない。 僕にはわかるんだ。笑顔のキミを見て、みんな

『渇いた器』(短編小説)

涙は、道具だ。 四方八方から鼻をすする音が聞こえる映画館の真ん中で、僕はそう思った。スクリーンに映し出された映画はクライマックスを迎え、女優が涙の洪水を披露していた。役に入り込んでいるからこそ虚構の世界でも涙が落ちるのだ。 「映画、感動しなかったの?」 「感動したよ」 「ほんとに?」 「うん。なんで?」 「純ちゃんってさ、たまにわかんないんだよね」 「何が?」 「いつも冷静すぎるっていうか・・・」 「・・・」 妻の浩子が何を含んで言っているのかはわかっ

『玉森家の一族』(超短編小説)

彼方の地平線に、陽炎が揺れていた。 視界に入るすべてのものが溶け落ちそうな夏の昼下がり、僕は縁側に座って、冷えたラムネを飲んでいた。 玉のような汗が額からこぼれ落ちた。すると、ガラス玉がコンコンと音を立てて床を跳ね、縁側の下の土に着地して転がった。 「!?」 僕は絶句した。一瞬の出来事だったが、いま確かに汗の滴がガラス玉に変わった気がする。 あっけにとられている時、頬から顎まで伝った汗がまた床にぽとり落ちた。縁側の床で弾けた小さな汗の飛

『幼馴染』(超短編小説)

「ずっとずっと紗英ちゃんと友達だからねっ!」 「うんっ、ずーっと、ずーーーーーっと、由佳里ちゃんと友達だよ」 私は「ずっと」の部分に精一杯の力を込めて言った。幼なじみの由佳里ちゃんが遠いところに転校する。引越のトラックから手を振る由佳里ちゃんは泣いていた。いつも強くて逞しくて、男子にも負けなくて、私のことを守ってくれていたあの由佳里ちゃんが目に涙を浮かべていた。一緒に手を振るかのように、道ばたに咲いた菜の花が風に揺れていた。 転校によって、9歳と9歳の友達関係

『妄想恋愛作家』(短編小説)

恋は、選ばれた一部の人間だけのものではない。 街に行けば、手をつないで歩いているカップルなんてざらにいる。恋はそんな珍しいものではなく、誰もに平等に訪れるありふれた人生のイベントだ。夢や憧れのような遠い存在ではなく、すぐそばに転がっている大衆的なもののはずだ。少なくとも、あの頃の自分はそういうふうに思っていた。 しかし、自分のまわりに恋なんてものはどこにも落ちてなかった。一人で勝手に恋い焦がれることが恋なのなら、僕は世界一の恋の達人だろう。だが、僕が望ん

『迷子のほのか』(短編小説)

水曜日は迷子になる。ほのかは、そう決めていた。 放課後は、いつも一緒に下校している仲良しの友達にバイバイと手を振って、先に一人で教室を出ていった。 校門をくぐり、いつもとは逆の方向に向かって歩き始めた。知っている道を歩いていても迷子にはなれないから、知らない道に行かないといけないのだ。コンクリートの道をどんどん行くと、また分かれ道に出た。まっすぐ行けば桜花公園で、左に行けば田んぼや果物園が広がる道だ。ちょっと迷って桜花公園の方に行くことにした。

『動物園』(超短編小説)

「さて、みなさんを動物に例えると何ですか? じゃ、右の人からね」 面接官をしている中間管理職風の垂れ目男は、にやつきながら半分お遊びのような調子で3つ目の質問をした。それを聞いた4人の就活生たちは少ない時間の中で必死に考える。 「私は自分をアリだと思いました。なにごともコツコツとやるタイプで、以前大学のゼミで・・・」 一番右の黒縁眼鏡の男は、優等生っぽい顔をしているかと思っていたが、受け答えも優等生の模範解答みたいだ。全くつまらない。 「私はゾウガメだと思

『ロンドンの犬小屋』(短編小説)

ロンドンまではまだ10時間もある。私のような大男にはエコノミークラスの座席はあまりにも窮屈で、到着まで果たして耐えられるだろうかと不安でいっぱいだった。右隣りの席には私より大きなヘビー級のサラリーマンが座っていて私をいっそう憂鬱にさせた。唯一の救いは左隣りに座っているのが10歳くらいの小さな女の子だったことだ。急きょ頼まれた仕事の出張なので、通路側の席をとれなかったのはまあ仕方ない。 前回ロンドンを訪れた時は新婚旅行だった。郊外にあるコッツウォルズの絵本のような

『コンテスト』(超短編小説)

これまでの人生、特に日の目を見たことはない。自分は取り柄のないどこにでもいる人間だと思って生きてきた。 そんな私が今、とある写真コンテストでグランプリを受賞してカメラフラッシュを浴びている。いろいろな人が入れ替わり立ち替わり私を褒めまくっている。すでに、一生分の「おめでとう」をもらっただろう。 日本で最も規模の大きなコンテストの一つらしい。歴代のグランプリ受賞者には錚々たる顔ぶれが並んでいて、誰もがその名を知っている大御所カメラマンがいれば、女優と浮き名

『2125年』(超短編小説)

「ったく最近のジジイは・・・」 座席をもっと詰めたらあと一人座れるのは間違いないのに、大股広げて踏んぞりがえってスポーツ新聞を広げ不機嫌な顔で座る50代後半くらいの背広男に言ってやった、心の中で。皮肉にも新聞の見出しは「若者の日本離れ」であった。 それに比べて、その隣に座る髪がピンク色の若者は体を極力小さく折りたたみ大人しく夏目漱石を読んでいる。股も閉じて最小限のスペースで誰にも迷惑をかけないように気を遣っているのがみて取れる。 「最近の若者は・・」

『烏の色』(超短編小説)

「烏はなぜ黒いと思う?」 「ほらほら、またはじまった」 良平はたまにこちらが到底想像できないような突飛な話題を持ちかけてくる。そのたびに私は口ごもる。ほとんどが答えのない問いなのだ。 「昔、白い鳥に挟まれたからでしょ」 私がちょっとばかり気のきいた返答をしたりすると、良平はこの上なく嬉しそうな顔をする。 「そうか〜そうだよな〜。うーん。なるほどなあ。麻結子らしいなあ」 「で、結局答えなんてないんでしょ?」 「答えは、答える人の数だけあるんだよ」 「なにそれ

『まつごのめ』(短編小説)

2004年頃に興味本位で某芥川賞作家の小説学校に1年間だけ通っていました。その授業で発表した約3,000字の短編小説を少し加筆修正したものです。恥ずかしながら、自分の鬱屈とした20代の日々が見え隠れしています。若さと自己顕示欲でペンを走らせた、物語も文章も拙い作品です。PCの奥深くに封印していましたが、noteという場を得たことで再度人の目に触れさせてみようという気になりました。気分次第でまたすぐに引っ込めるかもしれません。 まつごのめ  深い深い夜だった。外では霧のよう