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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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#創作

『黒い羽の鳥』(短編小説)

気がつくと、宙を舞っていた。 「わっしょい、わっしょい」と胴上げをする連中の掛け声には、男だけでなく女も混ざっている。無数の手の平が、私の全身を投げ上げて、受け止めて、また投げ上げる。 胴上げの一行は間違いなく少しずつ移動している。体が高く上がった瞬間、進行方向の先に水平線が見えた。群青色の海が日の光にきらきら輝いている。彼らが一歩一歩向かっている先が断崖絶壁であることに気づくまでに時間はかからなかった。嫌な予感しかしない。 両手両足をバタバ

『50メートル走』(童話)

ついにやってきた。待ちに待った、ゆるゆる村の運動会。 50メートル走に出場するオイラは、今日のために練習を重ねてきた。牛乳配達のお手伝いもトレーニングだと思っていつもより頑張ったし、毎朝7時に起きてゆるゆる村のひろーい田んぼのあぜ道をジョギングした。 すべては、50メートル走でいちばんをとるためだ。・・もう誰にも「牛歩」なんて言わせない。 いちばんをとったら、子ヤギのメ~テルさんが「モースケくん、かっこいい」と言ってくれるはずなのだ。そんなことを

『玉森家の一族』(超短編小説)

彼方の地平線に、陽炎が揺れていた。 視界に入るすべてのものが溶け落ちそうな夏の昼下がり、僕は縁側に座って、冷えたラムネを飲んでいた。 玉のような汗が額からこぼれ落ちた。すると、ガラス玉がコンコンと音を立てて床を跳ね、縁側の下の土に着地して転がった。 「!?」 僕は絶句した。一瞬の出来事だったが、いま確かに汗の滴がガラス玉に変わった気がする。 あっけにとられている時、頬から顎まで伝った汗がまた床にぽとり落ちた。縁側の床で弾けた小さな汗の飛

『妄想恋愛作家』(短編小説)

恋は、選ばれた一部の人間だけのものではない。 街に行けば、手をつないで歩いているカップルなんてざらにいる。恋はそんな珍しいものではなく、誰もに平等に訪れるありふれた人生のイベントだ。夢や憧れのような遠い存在ではなく、すぐそばに転がっている大衆的なもののはずだ。少なくとも、あの頃の自分はそういうふうに思っていた。 しかし、自分のまわりに恋なんてものはどこにも落ちてなかった。一人で勝手に恋い焦がれることが恋なのなら、僕は世界一の恋の達人だろう。だが、僕が望ん

『迷子のほのか』(短編小説)

水曜日は迷子になる。ほのかは、そう決めていた。 放課後は、いつも一緒に下校している仲良しの友達にバイバイと手を振って、先に一人で教室を出ていった。 校門をくぐり、いつもとは逆の方向に向かって歩き始めた。知っている道を歩いていても迷子にはなれないから、知らない道に行かないといけないのだ。コンクリートの道をどんどん行くと、また分かれ道に出た。まっすぐ行けば桜花公園で、左に行けば田んぼや果物園が広がる道だ。ちょっと迷って桜花公園の方に行くことにした。

『忘却の海』(超短編小説)

外房、九十九里浜。 私はあてもなく波打ち際を歩いていた。裸足の指で粒子の細かい砂を一歩一歩踏みしめながら。 果てしない砂浜。見渡す限りの海。いかに自分がちっぽけな存在かを感じられる場所に行きたかった。私が今心に抱えている傷は、足元に転がっている小さな貝殻と同じように、ありふれたものなのはわかっている。スケールの大きな風景が心の濁りを薄めてくれるはずだと、そう思ってここまでやってきた。 失恋旅行は初めてだった。 あの人と会うことはもうない。

『夜の留守番』(超短編小説)

それは、当時7歳だった僕には大冒険のような時間だった。生まれて初めての留守番だったのだ。 「タカユキ。ごはんはテーブルの上に置いてあるからね。夜9時までには帰ってくるから。お父さんは8時くらいには帰ってくるから留守番よろしくね。大丈夫?」 「うん、大丈夫」 その日、母は高校の同窓会だった。母の化粧はいつもより濃くて顔が真っ白だった。服も箪笥の奥から引っ張り出してきたドレスみたいなのを着ていた。キラキラしている母の姿は、いつもの母じゃないみたいで好きじゃなかった

『動物園』(超短編小説)

「さて、みなさんを動物に例えると何ですか? じゃ、右の人からね」 面接官をしている中間管理職風の垂れ目男は、にやつきながら半分お遊びのような調子で3つ目の質問をした。それを聞いた4人の就活生たちは少ない時間の中で必死に考える。 「私は自分をアリだと思いました。なにごともコツコツとやるタイプで、以前大学のゼミで・・・」 一番右の黒縁眼鏡の男は、優等生っぽい顔をしているかと思っていたが、受け答えも優等生の模範解答みたいだ。全くつまらない。 「私はゾウガメだと思

『ロンドンの犬小屋』(短編小説)

ロンドンまではまだ10時間もある。私のような大男にはエコノミークラスの座席はあまりにも窮屈で、到着まで果たして耐えられるだろうかと不安でいっぱいだった。右隣りの席には私より大きなヘビー級のサラリーマンが座っていて私をいっそう憂鬱にさせた。唯一の救いは左隣りに座っているのが10歳くらいの小さな女の子だったことだ。急きょ頼まれた仕事の出張なので、通路側の席をとれなかったのはまあ仕方ない。 前回ロンドンを訪れた時は新婚旅行だった。郊外にあるコッツウォルズの絵本のような

『コンテスト』(超短編小説)

これまでの人生、特に日の目を見たことはない。自分は取り柄のないどこにでもいる人間だと思って生きてきた。 そんな私が今、とある写真コンテストでグランプリを受賞してカメラフラッシュを浴びている。いろいろな人が入れ替わり立ち替わり私を褒めまくっている。すでに、一生分の「おめでとう」をもらっただろう。 日本で最も規模の大きなコンテストの一つらしい。歴代のグランプリ受賞者には錚々たる顔ぶれが並んでいて、誰もがその名を知っている大御所カメラマンがいれば、女優と浮き名

『パパのママレード』(超短編小説)

今でもはっきり覚えている。 病気で母が入院していたあの日、父がつくってくれたおやつのこと。私がまだ8歳で、父が30代後半だった頃の話だ。 母が入院している間は、父が家のことを全部やっていた。食事の用意も、洗濯も、掃除も、私の世話も。父は、小学校の下校時間あたりに、会社を早退して急いで家に帰ってくる毎日を送っていた。今思えばかなり大変だったに違いない。 母が入院してから3日ほど経った日の夜。皿洗いをしている父の前で、私は急に泣き出した。母がいないこ

『ひるじまの本屋』(短編小説)

そこは、大海原のどこかにあるちっぽけな孤島。 その島に正式な名前はなく、いつの頃からか島の人たちは「ひるじま」と呼んでいる。英語の「hill」が語源になっているらしく、島の真ん中に大きな丘があるのだ。それ以外の特徴は特に何もない。丘のてっぺんには小さな本屋が1軒だけポツンとあって、むかしは島の人たちの集会所のような場所になっていたのだけど、丘をのぼるのがちょっと大変で、最近は本屋に訪れる人はめっきり減ってしまった。 ピンポーン。ピンポーン。 海風

『まつごのめ』(短編小説)

2004年頃に興味本位で某芥川賞作家の小説学校に1年間だけ通っていました。その授業で発表した約3,000字の短編小説を少し加筆修正したものです。恥ずかしながら、自分の鬱屈とした20代の日々が見え隠れしています。若さと自己顕示欲でペンを走らせた、物語も文章も拙い作品です。PCの奥深くに封印していましたが、noteという場を得たことで再度人の目に触れさせてみようという気になりました。気分次第でまたすぐに引っ込めるかもしれません。 まつごのめ  深い深い夜だった。外では霧のよう