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小説『同窓会』8

   《 曖昧なオスカル 》
          ~ 六戸志摩子 ~


「帰っちゃうの?」
デザートを前に一時休憩となり、会場を隔離していた出入り口の扉が一斉に開かれた時だった。
「2部まではいられないんだ」
そう言って席を立ったのはかつて『残念なオスカル』と呼ばれていた、仲良し3人組のひとりである〈雨宮翼〉。まるで結婚式の引き出物のようなお土産を手に、会場を後にする。
「エレベーターまで送るよ」
「そんな。わざわざいいのに」
去り際まで志摩子は「とうとう昔のようには心を開いてはくれなかった」と、翼に対しさみしさを感じつつ、最後まで連絡先を聞こうかと迷った挙句に言えず仕舞いでやり過ごした。
「結局教えてくれなかったね、どんな相手と結婚したのか」
いい加減しつこく質問していたが、本音ではそんなことはどうでもよかったのだ。とにかく話をつなげ、これからも「たまに会わないか…」と言いたかった。
「あ、お店に行けば会える?」
エレベーターに乗り込む翼はただニコリとだけ返し、なにか言おうとしていたが扉に遮られてしまった。ここで再会できたことさえ迷惑だったのだろうか…と、彼女の表情からはそう受け取らざるを得ない志摩子。
「逃げられちゃったぁ…」
エレベーターが閉じられ、その磨き抜かれた扉に映る自分に向かって負け惜しみのようにつぶやいた。せっかく気合を入れてめかし込んできたこの着物も、さほど役目を果たすことなく終わってしまいそうだ…と、つまらなさを露わにする。
ふいに後方から、隣に映り込む影を認め、
「し~まちゃん…」
またひとり、懐かしい名で自分を呼ぶ者がいる。
「なんだ、遥なの」
振り返ることもせず、エレベーターの扉に映り込む肩幅の広い濃紺のジャケットに軽く睨みを利かす。
「なんだとはご挨拶ね~」
真っ白なワイドパンツを揺らして近づいてくる彼女は『快進(回診)のオスカル』こと〈如月遥(きさらぎはるか)〉。彼女もまた小学部からずっと勉学を共にしてきた同級生であった。
「今のって、つーちゃん」
「そうよ」
どうせ見てたんでしょ…と、振り返る。
「仲直りしたんだ~」
すべてを見透かしているようなその言い回しが志摩子をイラつかせ、
「仲直りもなにも、もう大人だもの」
流すつもりで言い捨てる。
昔のことなどほじくり返さずとも解かり合えるものだと思っていた。だが、どうやらそんなに簡単なことではなかったらしい…と落胆する自分を気取られないよう気丈に振舞う。
「あぁ。なぁなぁにしたってこと?」
探るような目で、いやな言い方をする遥に、
「関係ないじゃない」
(相変わらず、意地悪。これだから金持ちは…)
振り切って会場に戻ろうとする志摩子。だが、
「これから施設に行くのかな~」
独り言のように追いかけてくる遥の言葉に、呼び止められる形で足を止めた。
「施設? なんの?」
志摩子の耳には初めての言葉に、その真意を問わずにはいられなったのだ。
「お母様の」
当たり前のように出たセリフが、志摩子にはなんのことだかさっぱり響いてこない。
「彼女のお母様、うちの関連施設に入居してるの。知らない?」
「し、知らないわ。なんでそんなこと…」
(なにも言ってなかった。…言えなかった?)
「仲直りしたんじゃないの?」
「思い出話してただけだもの」
遥の言葉の中に翼の「現在(いま)」を探ろうとするも、きっかけがつかめない。
「あ~。もしかして知らないとか? 彼女の家のこと」
「家って…クリーニング屋のこと? それなら、」
「まぁそうだけど。昔の大きな会社とは違うわよ」
「だって『跡継いだ』って?」
(違うの?)
「跡継いだって言っても、親と同じ職業を生業にしてるってだけでしょ。もうあそこは彼女の家でもないし…。え? ホントに知らないの?」
「どういうこと?」
鋭い目で言い淀む。
「ぁ~。あの頃のあんた、学校に来てなかった…っけ」
「は? いつのことよ?」
「高2の修学旅行のあと」
確かに志摩子は修学旅行のあとしばらく登校拒否を決め込んでいた時期がある。旅行の途中些細なことが原因で友人とケンカしたことが引き金となった。本当はそのまま「高校を中退しよう」かとまで考えていたのだ。
「そう言えば…」
(つーちゃんは、修学旅行の途中で帰った)
「彼女のお母さん、自殺未遂で心を病んじゃったじゃない…?」
「なにそれ。そんな…!」
(知らなかった…)
「それで、どうしたの?」
「どうしたのって…それからずっと入院してたけど、結局よくならなくて専門のケアハウスに移ったわよ」
「それからずっと…?」
(そんな…)
それなのに自分は、なんて呑気な会話をしていたのだろう。
「もう始まるわよ? だれか待ってるわけ?」
「あぁ、るんるんが来ないかと…」
「るんるんならさっきトイレで会ったけど?」
「うそっ…」
「嘘じゃないわよ、もう会場に入ったんじゃない? え、ちょっと」
志摩子の耳には、もう遥の言葉など届かなかった。
「はぁ? おいてけぼり~?」


かつてお嬢様学校ともてはやされた世界で、生徒達の憧れの象徴『オスカル』の名を冠されて過ごした乙女たち。時に繊細に、時に赤裸々に、オスカルが女でありながらドレスを纏うことを諦めたように、彼女たちもまたなにかを諦め、だれにも言えない秘密を抱えて生きている・・・・。

創立100周年の記念パーティーは『高嶺(高値)のオスカル』こと〈御門 玲(みかどあきら)〉の父親の営む高級ホテル〈IMPERIAL〉で、在学していた当時を圧倒的に凌ぐ煌びやかさで盛大に行われた。世界中で活躍する卒業生や卒業生の息のかかった腕の立つ料理人たちが集められ、エンターティナーショーさながらにその腕前は披露された。


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まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します