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小説『同窓会』2

   《 観劇のオスカル 》
        ~ 花村弥生子 ~

『ねぇねぇ、知ってる?』
 恋して夢中! ちゅうするための、ちゅう~リップ♪💄
 ・・・・どきどきの初デート💛
 ・・・・恋する乙女のエチケット
 ・・・・やわらかリップでいとめちゃお
『あなたも、ちゅうする?💋』

唇を突き出し薄目でカメラに向かってキス。
画面の端から端までを大股で歩くシーン、両手を後ろ手に前屈みで後ずさっていくシーン、様々なデート服でくるりとターンするカットが順に飛び出して3画面。そして最後にカメラの前にぴょんと飛び出し顔面アップでカメラを小突くシーンでフェードアウト…。

これは、女優〈弥生すみれ〉の初仕事であり、唯一脚光をあびたリップスティックのテレビCMだった。
この後しばらくイベント行事やドラマのチョイ役をこなした後、CM後半のようにフェードアウトして仕事が来なくなっていく。芸能界というところは「実力社会」。コネもなければ、後ろ盾も実績もない小娘には、実にシビアで女子高生の噂話よりも非情だった。
そうして、なんの肩書もない落ち目の新人女優は、あっけなく忘れられていったのだ。
だが高校卒業と同時、勘当同然で家を出た弥生子(やえこ)にあとはなく、そこで諦めるわけにはいかなかった・・・・。

弥生子の両親はそろって地元の役所に勤める公務員であった。父親は典型的な頑固親父で、教育委員会に所属していたためか一人娘の弥生子にもそれなりの教育と教養を求めた。母親は出世乏しい夫に諦めを感じつつも常に忠実であり、内心では娘に将来困らない程度の「良縁を」と願っていた。
そんな弥生子の唯一の自慢は、母方の祖母が「国際結婚をしている」ということだった。祖母は大正生まれのはいからさんで、英語が堪能で通訳の仕事をしていたと聞いている。その仕事先のカナダで出会ったのが祖父の〈ロバート〉だった。ロバートは大変な親日家で温泉好きだったのだが、あまり働くことが好きではないタイプの人だったようで、生活は苦しかったと聞かされている。
はいからさんはロバートと知り合ったころ、仕事に出たまま帰国しなかったためしばらく行方不明とされていた。行方不明の間にロバートと事実婚をし、弥生子の母親を産んだのだ。幼子を連れ、事実婚を正式な国際結婚にするために帰国した際にはお腹に赤ちゃんがおり、ひと騒動だったという。
しばし広い世界に身を置いていた祖母は、弥生子によく「活躍する女性」の話をしてくれた。中でもカナダ人女性で初めての宇宙飛行士である〈ロベルタ・ボンダ―〉を尊敬しており、常日頃から「目標にできる女性を念頭において生活しなさい」と言われて育った。
そうして早くから芸能界に思いを馳せていた弥生子の目標は、祖母が手土産に持ち帰ったミュージカル映画『ウエストサイド物語』でヒロインの兄〈ベルナルド〉の恋人〈アニタ〉役を演じていた〈リタ・モレノ〉となった。そう、目指したのはヒロインではなくそのヒロインを手助けする快活な女性だった。弥生子はそれ以来、毎日のように字幕のない英語放送のビデオテープを再生し、擦り切れてテープが伸びるまで夢中で観ていた。
『Oh, no, that's not true.』
中でもお気に入りの有名な劇中歌である『アメリカ』は、挿入部分から耳だけで覚えた英語と、繰り返し再生して止め、止めては手足の位置をチェックし、ひととおり踊れるまでになっていた。今でこそ授業に取り込まれてはいるが、当時はそれほど〈ダンス〉に対し世間の視界も開かれてはいなかっただろうか。〈ディスコ〉が〈クラブ〉に移行し、時代と共にスタイルも変わり始めた頃、だが学生のダンスというと、どこか昔じみたイメージがついて回っていた。当然、弥生子の踊るダンスは単なるミュージカルのワンシーンでしかない、時代にはそわない代物だった。
そんな夢みる夢子ちゃんだった弥生子を、だれが見つけたのかまわりの学生はひそかに『観劇のオスカル』と呼んだ。それは弥生子の野望を知らない心無い同級生が、そう簡単ではない将来を皮肉ってつけたあだ名ではあったが、本人的には皮肉だろうとも嬉しい肩書であり、内なる反骨精神に結びついたのである。
それが本当の意味で人目についての肩書であったのなら、弥生子の学生時代はさぞかし賑やかで華々しくあったことだろう。だが、極度の恥ずかしがり屋なことから、人前でそれらを披露する度胸もチャンスもあるはずがなく、誰ひとりとしてその事実を知ることはなかった。
もともと人との対話を苦手とし、祖母との会話だけで生きていた彼女に、学生生活は苦痛そのものでそれほど楽しめるものではなかったのだ。


かつてお嬢様学校ともてはやされた世界で、生徒達の憧れの象徴『オスカル』の名を冠されて過ごした乙女たち。時に繊細に、時に赤裸々に、オスカルが女でありながらドレスを纏うことを諦めたように、彼女たちもまたなにかを諦め、だれにも言えない秘密を抱えて生きている・・・・。

創立100周年の記念パーティーは『高嶺(高値)のオスカル』こと〈御門 玲〉の父親の営む高級ホテル〈IMPERIAL〉で、在学していた当時を圧倒的に凌ぐ煌びやかさで盛大に行われた。世界中で活躍する卒業生や卒業生の息のかかった腕の立つ料理人たちが集められ、エンターティナーショーさながらにその腕前は披露された。


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まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します