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【本を詠む】第二回「舟を編む-三浦しをん」

玄武書房に勤める馬締光也。営業部では変人として持て余されていたが、人とは違う視点で言葉を捉える馬締は、辞書編集部に迎えられる。新しい辞書『大渡海』を編む仲間として。定年間近のベテラン編集者、日本語研究に人生を捧げる老学者、徐々に辞書に愛情を持ち始めるチャラ男、そして出会った運命の女性。個性的な面々の中で、馬締は辞書の世界に没頭する。言葉という絆を得て、彼らの人生が優しく編み上げられていく―。しかし、問題が山積みの辞書編集部。果たして『大渡海』は完成するのか―。

これもまた、本屋大賞受賞作品でどんなものかと思って手に取った。辞書というちょっとニッチな、でも誰もが必ず触ったことのあるものを題材に、その作られる過程、言葉への情熱、そうしたものを丁寧に描いていた。

この作品の面白いところは、章ごとに視点が変わることである。通常は神の視点(全ての人物の心情が神の視点から描かれる)もしくは、主人公の視点から描くことが普通だが、この作品では視点が毎回変わってくる。だから、この人は実はこんな風に思っていたんだとか、この人物はこんな辞書への捉え方をしていたんだみたいな気付きが生まれる。

主人公はあくまで馬締なのだが、他の登場人物も大きな役割を担っている。いや、それぞれの人生は、それぞれの人が主役なのだから三浦さんはそういったことを描きたかったのかもしれない。

ところで、辞書を編集するのは大変面倒なことである。一つの辞書を作るのに何十年という時間をかけ、一つ一つの単語や言葉、それも時代によって移り変わるナマモノを扱わないといけない。

そういう一つ一つの単語を大事にする彼らだからこそ、言葉への想いが溢れ出てくる。

言葉だけではなかなか伝わらない、通じ合えないことに焦がれて、だけど結局は、心を映した不器用な言葉を、勇気をもって差し出すほかない。
言葉は、言葉を生み出す心は、権威や権力とは全く無縁な、自由なものなのです。
俺たちは舟を編んだ。太古から未来へと綿々とつながる人の魂を乗せ、豊穣なる言葉の大海をゆく舟を。

私たちは単なる”音”ではなく、”言葉”を発する。それは様々な単語が助詞や接続詞を使って文法法則を用いて、複雑に形成されたものである。

私たちはそうやって言葉を大切にして、文字に起こして、語りつぐことで先人の知恵や魂を引き継いできた。そうやって人類は繁栄してきた。

小説家やライターに限らず、日常で言葉を使う私たちにとってそれは大切にしないといけないものなのだろう。時には言葉はナイフのように鋭く、人の心をえぐることもあるし、暖かい言葉として人の心を救うこともある。

この本を読んでいると三浦さんの言葉に対する想いというものが伝わってくる。まさに言葉というのは大海を渡る舟で、それは過去から未来へと時代を超えるものでもあり、国境という壁を超えるものでもある。

言葉で伝わるものもあれば、言葉では伝えられないものもある。でも、そうやって言葉を紡ぎ出していく中に、心が現れ、それを勇気を持って、通じ合うことを信じて投げ出すしかない。

辞書という硬いテーマである一方で文体は柔らかくとても読みやすい。一度手に取ってはいかがでしょうか?


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