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すべてのことには意味がある

キネシオロジーに限らずカウンセリングやセッションを受けるときに、身体の不調を治すという目標ではあんまり納得のいく結果が出ないことが多かった。
自分がやる側になってやっと分かったが、不調は問題ではないからだった。
身体と精神が繋がっていることをスピリチュアルの本などで目にしたことがあったが、正直なところ釈然としなかった。
キネシオロジーでは身体と精神を分けないからこそ、それを少しずつ飲み込めるようになっていった。

恐れすぎると腎の経絡に来るとか、納得がいかないと胃の経絡に来るとか。
”腑に落ちない”とはよく言ったものだ。
昔の人は偉いよな、全部からだことばに言い表してくれている。
先人達、有難うッ!

セッションを受ける人の多くは恐れが多いそうで、大抵の場合、腎のツボをググッとされてギャーーの流れがお決まりのコースになっている。
今まで見てきたセッションの多数がそうだった。
私もご多分に漏れず。
水が火を消すが如く、腎に行き過ぎたエネルギーで心臓やハートの経絡を疎かにしている。
はい私もそうでした~~。
人見知りだと特にそうだと思うけれど、恐怖心が強すぎて(もしくはずっと静かに居座り続けて)心が開けないまま時が過ぎていくとか。

身体とか経絡を読み解けば、心の働きが見えてくる。
だから、痛いところを取り除いちゃったり、薬で無理やり鎮めようとしたりしたって、痛みの立場からしてみれば「無理でぇ~~す!」なのだ。
過ぎ去っても根本的な心の原因は存在し続ける。
もちろん物理的なものはあるから、食生活は大事だけれど。
身体の不調に限らず、どんなことにも意味があって、それを読み解くって面白いものだ。
どうせ経絡を流すなら意味を込めて。

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