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第三話「少しのお別れ、地獄の再会」



あらすじ

植物に乗っ取られた人間が「アクマ憑き」として戦う世界――銀行に内定した主人公は、遅刻して入社式へ向かった。入社式では、499人の内定者たちが意識不明の重体となっていた。主人公は敵に襲撃されるが、銀行員の女性に助けられる。再び命の危機が訪れるが、寮母からもらった「朝顔の種」が身体に取り込まれ、「朝顔のアクマ憑き」となった。特殊部署に配属された主人公は、街で起こる怪奇事件を解決していくが……前代未聞の銀行×植物×お仕事ファンタジー!

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第三話「少しのお別れ、地獄の再会」

 夢から覚めると、知らないベッドの上にいた。身を起こして、辺りを見渡そうとしたが、カーテンで仕切られている。どこかの医務室のようだ。答えは先程、緑色の日本刀で俺を殺そうとしていた葬儀屋女――確かミントとかいう名前だった――が教えてくれた。彼女がカーテンを開けてくれたからだ。タバコのようなものを吸いながら、俺のこと見下ろしている。

「起きたね、随分とうなされていたな。ここは丸の内本部の医務室だよ」「銀行でタバコを吸って良いんですか?」
「タバコじゃない、CBD。気分がふわふわして、嫌なことを忘れられるよ」「現実逃避しても意味ないですよ。大麻みたいなもんじゃないですか」
「大麻から中毒性のある成分を取り除いてある。それに合法だ。吸ってみる?」
「やめておきます」
「間接キスだから?」
「ち、違いますよ!」
「おお、その反応は童貞かな」

 図星だった。ここ最近で最も多く接触したのは、寮のばあちゃんだったし。こんなクールビューティーではない。

「さて。アサガオ……本当の名前は違うかもしれないが、今日からお前はアサガオだ。どうした? そんな嬉しそうな顔して」
 
 この展開を待っていた。実は俺には能力があって、秘密組織に入る、そんな瞬間を……!

「色々と手続きをしていた関係で、一週間ほど遅れてしまったが。晴れて支店に配属されたよ、おめでとう」
「え、秘密結社じゃないんですか? 八菱銀行のアクマ対策本部とか」
「そのものはない。私がいる部署の名前も、リスク管理部だしね」

 俺の野望は、早々に打ち砕かれた。ていうか一週間も寝ていたのか。

「そういえば研修は? 入社式の後、そのまま研修所に行く予定だったんです」
「研修は中止。研修所で習う内容は、支店でOJTで教えてもらってくれ。アサガオのアクマ、まだうまく使えないだろう。しばらく支店で経験を積んだ方が良いよ」

 俺は放心状態の同期たちを思い出した。魂が抜かれたような彼らは、無事なのだろうか。

「あいつらはどうなっちゃったんですか?」
「10人だけ意識を取り戻したよ。エネルギーを戻してあげたからね。彼らは支店に配属されて、仕事をすることになっている。あとはみんな寝たきりだ」

 俺はベッドサイドに置かれていてスマホを手に取った。ニュースのヘッドラインでは、銀行がどう真実を隠蔽したかが語られていた。

「そう。表向きは銀行でガス漏れがあって、彼らは昏睡状態に陥っていることになっている。エネルギーを吸い取られているからね」
「どうして同期たちからエネルギーを奪ったんですか?」
「彼らが人間ではなかったからだ」
「え?」
「彼らは、いわば操り人形だったんだよ。ある植物のアクマ憑きによる仕業だ。いつからそうなったのかは分からない。あのまま銀行で働いていたら、行員を全て殺していただろう」

 確かに彼らの振る舞いは、およそ人道的ではなかった。俺はゾッとした。あいつらを助けて、俺が命を差し出していたら、俺の人生は一体何だったんだろう。

「そんなわけで、支店の仕事を頑張ってくれたまえ」

 彼女は胸ポケットにCBDタバコをしまい、俺の両肩にポンと手を置いた。

「これからアサガオには、支店の取引先で問題がある先、つまり問題先を担当してもらう。課にはお前の他にあと二人、メンバーがいるから、三人で協力して事件を解決してくれ」
「銀行の取引先が問題なんて起こすんですか。世も末ですね」
「新入行員499人が、植物に操られるような世の中だからね」

 沈黙。彼女の言う通りだ。

「誰がそんな悪いことをするんでしょう?」
「意外と街中にいるんじゃないかな。身近な人ほど、そういうことをやるんだよ」

 身近な人間といえば、俺はママのことを思い出した。

「この一週間、誰かから俺当てに連絡ってありましたか?」
「あったよ、刑務所から」
「それ多分、俺のママについてです。父を殺した罪で捕まっているので。何か言っていました?」
 
 やれやれ、といった様子で彼女が首を振った。

「あまり今のタイミングで言いたくはないんだが……これから出社でしょう」
「いいから話してください」
「どうやら脱獄したらしい」

 ウソだ。ママはそんなことするような人じゃない。いつもビクビクして、人の顔色を伺って、作り笑いして……。

「彼女と同じ新婚宗教の団体のメンバーも数名、脱獄したみたいだね。銀行本部に彼女たちが来ているか連絡が来たよ」

 俺が俯くと、アサガオ、と声をかけられた。

「現実って不平等だよな。でも量子力学の世界では、自分の意識を良い方に向けていけば、望む現実を引き寄せることができるって言われているらしい。今はどん底かもしれないけど、これから良くしていくこともできる」
「どうなんでしょう。もう未来に期待するのは疲れましたよ」
「未来のことは誰にもわからない。今を変えることしかできないからね。私も変えようと頑張っているところだよ」

 彼女の黒い瞳は、遠くを見つめていた。彼女にも何か辛い過去があるのだろうか。しかし、それを聞く言葉を、俺は持ち合わせていなかった。誰もが何かを抱えているのだ。それを知れただけで、少しだけ孤独から解放されたような気がした。

「……俺、店に行ってきます。初日から遅刻ですね」
「大丈夫だよ。店への連絡は、私が入れておくから」
「CBDタバコ、少し吸ってみてもいいですか?」
「現実逃避しても意味ないんじゃなかったの?」
「一回リセットして、また意識を良い方に向けていきます。そのためには助けが必要でしょう」

 彼女は微笑んだ。俺がこのこれまで見た中で一番あたたかく、深い笑みだった。

 部屋を出て、廊下を歩き、振り返る。彼女が見送ってくれていた。口が微かに動いていて、「頑張れよ」と言っているように見えた。ひとまず、そう思っておこう。他にも彼女は何か口を動かしていたような気がしたが、何を言っているか分からなかった。

「上がってこいよ、アサガオ。店で良い成績を残せば、選抜試験に進める。試験に合格すれば、秘密結社の一員になれる。ただしお前の店は……やれやれ。残りは二人とも特待生か」

――そう言っていたのだと知るのは、もう少し後の話であった。

 配属された支店の入り口をくぐる。ロビーのアテンドさんが「いらっしゃいませ!ご予約はされていますか?」と話しかけてくれた。

「俺、新入行員で、この店に配属されたんです」と言うと、彼女は少し不審そうな顔をした。「そうでしたか……」と、助けを求めてキョロキョロとあたりを見わたすロビーさん。助けてほしいのは、俺の方なんだが。

 そして、思わぬところから、救世主が現れた。

「久しぶりだね」

 しかし、そいつは救世主ではなかった。

「げ。なんでお前がここにいんの!?」

 その顔を見た瞬間、俺は地獄に突き落とされた。

~~第三話・完~~

作者より

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