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Microbiome - 生態系としての人体

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Microbiome - 生態系としての人体
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Microbiome - 生態系としての人体 2. 微小な世界の発見 #1

― ガリレイが天体へと望遠鏡を向けたのは1610年のことである。それから彼は望遠鏡をひっくり返し、接眼レンズを眼に見えないものに近づけて、対物レンズを覗いてみた。すると、きわめて小さいものが巨大になっていた。同じ器機で二つの無限を推定することが可能で、世界のすべての境界は吹っ飛んでしまったのである ― ピエール・ダルモン

魔術的世界と顕微鏡 かつて、人々は「魔術」が支配する世界に住んでいた。

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Microbiome - 生態系としての人体 #5

 堅い表現となって恐縮だが、マイクロバイオームを有する「あなた」という存在は、多種多様な個体からなる集団性、複数性を内包している。これは列記としたパラダイムシフトだ。あなたは単一の個体ではなく、複数の生命体が合わさってできた複数者なのだ。ある個体の遺伝情報の総体をゲノムというが、消化管に群生する微生物のゲノムを数えあわせてみると、ヒトゲノムの少なくとも100倍以上の遺伝子を含んでいる。このゲノムの

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Microbiome - 生態系としての人体 #4

 マイクロバイオームという視点は、あなたを成り立たせているものは何か、という問いに対する常識をひっくり返す。あなたをミキサーに掛けて、様々な試薬を使ってなんとか細胞一つひとつにまで分離していったとしよう。見る影もないドロドロとした山ができるだろうが、驚くべきはここからだ。乱暴な例えに目を瞑って、その山から細胞を一つ手にとってみよう。あの奇跡に満ちて誕生した受精卵に由来する細胞は、10分の1の割合で

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Microbiome - 生態系としての人体 #3

 もちろん、それらはただ無為にうごめいているだけではない。例えば、二酸化炭素や窒素、一酸化炭素を含んだ原始の大気に、私たちが生きるために必須の遊離酸素を供給し、さらに紫外線を防ぐオゾン層で地球全体を覆ってくれたのは、細菌たちが数億年もの年月をかけて光合成をしてくれた結果だ。仮に細菌が地上から姿を消し去ってしまったらどうなるだろうか。感染症の撲滅に取り組む一部の医者にとっては朗報かもしれないが、その

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Microbiome - 生態系としての人体 #2

 しかし、こうした見方は、私たちのスケール感覚に強く依存している。実際のところ、地球は微生物によって満ち満ちている。生物圏の主役が、私たち人類ではなく、微生物であるのは間違いない。「土壌の表面である表土を茶匙に一杯すくっただけでも、そのなかには何十億という細菌がうごめいている」とレイチェル・カーソンは言う。海水中であれば、世界中のどの海であっても1ミリリットルあたり、10万から100万の細菌を観察

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Microbiome - 生態系としての人体 #1

 これは、あなたと、あなたを取り巻く小さな微生物たちの物語だ。

 あなたを成り立たせているその端整な身体は、一個の受精卵から始まった大いなる歴史そのものだ。はじめに、一個の卵子があった。その卵子が、文字通り万や億に一つの精子と出会い、合体し、一つの受精卵になった。その偶然に満ちた記念すべき邂逅の後、受精卵は二つ、四つ、八つと分裂を繰り返し、数を増やしていった。やがて、不思議な作用によって、球体に

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