Microbiome - 生態系としての人体 #2

 しかし、こうした見方は、私たちのスケール感覚に強く依存している。実際のところ、地球は微生物によって満ち満ちている。生物圏の主役が、私たち人類ではなく、微生物であるのは間違いない。「土壌の表面である表土を茶匙に一杯すくっただけでも、そのなかには何十億という細菌がうごめいている」とレイチェル・カーソンは言う。海水中であれば、世界中のどの海であっても1ミリリットルあたり、10万から100万の細菌を観察することができる。さらに、上空4万メートルの成層圏、地下6千メートルの掘削孔、海底1万メートルのマリアナ海溝の最深部まで、生物圏の境界は探求すればするほど拡大していく一方だ。事実、急速に発展しつつある新たな学問として、空中生物学なる分野まで勃興し、野心的な研究者たちがこぞって世界各地の空気を採取し、顕微鏡で覗いている。定量的にみれば、地球上に存在する微生物の細胞数は2.5×1030個と推定されている。余談であるが、10の30乗は、日本の数字の単位で言えば100穣、「キロ」などの接頭語を付ければ1グルーチョ、英語では1ノニリオンに相当する。この単位の甚大さを少しでも身近に感じて頂ければ幸いだ。この推定値には、観測可能な宇宙の星の総数でもっても到底及ばない。もし地球上の微生物をすべて集めて天秤にかけてみれば、その質量は地上のすべての植物の総量に匹敵する。人類全員の体重を足しあわせても、その1000分の1にも満たないほどの巨大なバイオマスだ。

 小さなものたちの強みは何か?それは地球上のあらゆる環境に適応できる多様性だろう。極限微生物と呼ばれる一群は、われわれにとってはゾッとするような過酷な環境、事実、人間にとっては一秒たりとも生存できないような非常識な場所でこそ繁殖できる。北極や南極はもちろんのこと、金属をも溶かすようなpHがほぼゼロの酸性環境、逆に強アルカリ性の環境でも焼けただれることなく生存するから驚きだ。大気圧の1000倍以上の水圧がかかる深海、100℃を超える高温環境など、想像すら超えたあらゆる条件で微生物が見つかっている。さらに極端な例で言えば、月の表面で31ヶ月も生存した細菌や、6年間も宇宙環境に曝した芽胞から、再び細菌が発芽したとの報告まである。極めつけには、猛毒のプルトニウムを始めとした放射性物質にもお構いなしに、原子炉の廃棄物タンクの中に生息する細菌も発見された。

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