【翠の料理人 第6話】3分で読める恋愛小説|青春物語|毎日21時更新
6. 料理人としての覚悟
一太との休日が終わり、私たちは少しずつ距離を縮めていったように感じた。
だが、それでも彼の中にはまだ何か隠されたものがある。
彼が料理人としての道を歩む理由、その背後にある謎は解けないままだ。
ある日、旅館の厨房で一太が師匠の林さんと料理について真剣に話し合っている姿を見かけた。
普段、口数の少ない一太が、ここでは目を輝かせて自分の考えを堂々と話している。その姿は、いつもの彼とは違って見えた。
「一太、今日の料理はよかった。だが、まだまだお前の個性が出ていない。もっと自分の想いを料理に込めろ」
林さんがそう言って、一太に鋭い眼差しを向ける。
「…はい、わかりました」
一太は真剣な表情で頷きながら、その言葉を心に刻んでいる様子だった。
私は少し離れた場所からその様子を見守っていたが、思わず声をかけずにはいられなかった。
「一太さん、林さんに何か言われたんですか?」
「…個性をもっと出せと言われた。でも、俺にはまだそれが何かわからないんだ」
彼の目は不安そうだったが、その奥には強い決意が感じられた。
何かを掴もうとしているけれど、まだその輪郭がはっきりしない…そんな彼の葛藤が伝わってくる。
「でも、一太さんの料理にはすでに何かが込められていると思いますよ。少なくとも、私はそれを感じました」
私がそう言うと、彼は少し驚いたようにこちらを見た。
「…本当にそう思うのか?」
「ええ。料理って、ただ美味しいものを作るだけじゃないですよね。作る人の気持ちが伝わるからこそ、人を感動させるんだと思います」
一太はしばらく黙って考え込んでいたが、やがて小さく頷いた。
「…ありがとう、楓。そう言ってもらえると、少し自信がつくよ」
その瞬間、彼の表情が少しだけ柔らかくなった気がした。
数日後、旅館で大きなイベントが開かれることになった。
それは地域の特産品を使った料理コンテストで、一太も参加する予定だと聞いた。
「一太さん、ついに料理コンテストに出るんですね!すごいじゃないですか!」
私は興奮気味に話しかけたが、一太はどこか落ち着いている様子だった。
「まだ何を作るかは決まっていない。だけど、この機会に自分の個性を試したいと思っている」
その言葉に、彼の覚悟が込められているのを感じた。
「何を作るか悩んでいるなら、私も手伝いますよ!地元の食材を使ったアイデアとか、一緒に考えましょう」
私はそう提案し、一太も少しだけ笑みを浮かべて「助かる」と言った。
その夜、私たちは地元の食材について話し合いながら、何度も試作を繰り返した。
彼が選んだのは、祖谷渓の野菜や山菜を使った伝統的な料理に、現代風のアレンジを加えるというものだった。
シンプルでありながらも深い味わいがあり、その一品には彼の思いが込められているように感じた。
「これでいけるかもしれないな…」
一太はそう言って、満足そうに出来上がった料理を眺めていた。
「うん、絶対に成功しますよ。一太さんの料理には、ちゃんと想いが詰まっているから」
私はその言葉に自信を持っていた。
一太の成長が目に見える形で現れた瞬間だった。
そして、その成長は私にも影響を与えていた。
彼が自分の夢に向かって真剣に取り組む姿を見て、私も自分自身の目標を再確認するようになった。
いよいよコンテスト当日、旅館の大広間にはたくさんの人が集まり、緊張感が漂っていた。
一太もその場に立ち、静かに自分の番を待っていた。
「一太さん、頑張ってくださいね。あなたの料理なら、きっとみんなを驚かせることができると思います」
私は彼にエールを送り、彼も静かに頷いた。
コンテストが始まり、次々と料理が審査員の前に並べられていく。
そして、ついに一太の番がやってきた。
彼は自信を持って、自分の作った一品を審査員の前に置いた。
その瞬間、私は一太の成長を確信した。
彼の料理には、ただの技術以上の何か――彼自身の想いが込められている。
審査員たちが一口食べた瞬間、彼らの表情が変わった。
驚きと感動が入り混じったその表情を見て、私は胸が高鳴った。
「この料理には、料理人の心が込められている…」
一人の審査員がそう呟いた。
その言葉に、私は一太がついに自分の道を見つけたのだと感じた。