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【世界一周#4チェンカーン】トラブルのちソンクラン

タイ北部ルーイ県からさらに北へ。メコン川沿いの小さな町チェンカーン。川を挟んで見えるのはラオス。どこか昭和のような雰囲気が残るこの町は「第二のパーイ」と呼ばれ、近年国内外から注目を集め始めている。

ラオスから国境を越え、バンコクへ帰る旅程を計画していた際に、どうせなら北タイを少し旅行できないかと探していた時に見つけた町。近年注目を集めているとはいえ、まだまだ日本人にとってもマイナーそうな感じに惹かれてこの町に寄ることを決めた。

*

けたたましいエンジン音を轟かせながら田舎の国道を走るソンテウ。向かいに座るおばちゃんは見た事も無い果物を剥いて食べ始める。ぽかぽかとした天気の中、風を感じながらうとうしている乗客も。とても心地よい時間だ。

の、はずなのに冷や汗が止まらない。脳から危険信号が発信され、体中の毛穴が開いているような感覚に襲われる。

「………………左ポケットに入れていたハズの財布が無い。」

財布を失った事実が突然の打撃として襲い掛かった。長距離バスの揺れで、気付かぬうちに財布が転落したのだろう。キャッシュカードとクレジットカードが入った財布を失ったことで、心の中でパニックが広がっていく。

走り出したソンテウはちょうど目的地の真ん中。恐らく誰も英語を話せないだろう。仮にここで降りたとして引き返せる交通手段が到底あるとは思えない。

周囲は見知らぬ言葉が飛び交う中、道路の景色がスローモーションのようにゆっくりと映る。周りの景色がスローモーションになっていく。脳みそがフル回転しているのがわかる。

一つ一つ状況を整理していく。

バックパックの中に少しのタイバーツ、そして念のためサブの楽天カードを入れていた事を思い出す。

「…!?」

ゴールまでの方程式が天から舞い降りたかのように一気に頭の中に浮かんでくる。

そう、念のためバックパックの端の方に入れていたサブカードの存在だ。

たしかそのカードは海外キャッシングも可能であったため、資金繰りについては取り敢えず何とかなりそうだ。

もうひとつの問題は失くしたカードの停止だ。これは目的地に到着してから電話を借りよう。しかしこの田舎道から推察するにまだまだ海外からの観光客も少ない町だろう。これから泊まるホステルでその対応ができるのだろうか。まだ冷や汗は止まらない。

ソンテウが目的地付近に近づいている事に気づく。どうやら自分で降りる場所を運転手に伝える必要があるみたいだ。キョロキョロとしている外国人を見かねたのか、ローカルのおばちゃんがジェスチャーで降車の意思を訪ねてくれた。

運転手に運賃を払い、おばちゃんにお礼を伝えソンテウを降りる。タイは4月。灼熱の中、道のはるか先には陽炎が見えていた。

びっちょりと全身から噴き出た汗を拭う。15分ほど歩いた先にホステルを見つける。チェックインを済ませ、タイ語で翻訳した文章をスタッフへ見せる。画面には「カードを失くしました。カード会社に電話するため国際電話を貸してください。」とタイ語で書かれているはずだ。

画面を見て事を理解したスタッフはすぐにオーナーに電話を繋いでくれた。

「申し訳ないけど、通話料がかかるから電話は貸せない。隣のセブンイレブンに行ってSIMカードに通話料をチャージすればあなたの携帯でも電話を使えるよ。」

通話料がかからない事を上手く説明できず、オーナーのアドバイス通り対応するため近くのセブンイレブンに向かう。

セブンイレブンのスタッフに日本に電話をかけたい事、すでにSIMカードを持っている事を伝える。

初めての対応なのか、店中のスタッフが集まり作戦会議が始まった。

「どこ電話をかけたいの?どれくらいの時間通話したい?」

拙い英語だからこそ、真摯に対応してくれているのが伝わった。

「これで大丈夫だと思うよ!」通話料のチャージが完了し、携帯が返却される。

すぐに店の外で電話が使える事を確認する。店の中からこちらを心配そうに見つめるスタッフ達にグッドサインを送る。スタッフ達の安堵の微笑みを見て、こちらも笑顔になってしまう。

トラブルって不思議だ。トラブルが解決したときは決まってトラブルが起きる前よりも気持ちが晴れやかだ。

時刻は夕暮れ時。ホステルでの荷ほどきなどが少し落ち着いたので、辺りを散歩する。

少し歩いただけで、大きな川が見える。メコン川だ。傾いた太陽はこの大きな川を真っ赤に染めている。

近くの段差に腰掛ける。ルアンパバーンと違って辺りに人は多くなく、この贅沢な光景を独り占めしているような気分だった。

すっかり日が落ちた後、いい匂いにつられ川沿いの歩行者天国を歩く。等間隔に立つ電柱から無数の電線があちこちに伸びており、建物は木造で暖かい色の提灯が夜を照らしている。

知らないはずなのにどこか懐かしくて、妙に心が落ち着いてしまう。

トラブルもありその日は疲れ切っていたのか、ホステルに戻った後、すぐにベットに入り次の日を迎える。

あたり一面に轟くEDM、エンジンの音、絶叫マシンに乗っているような人々の叫び声で目が覚める。

まともに頭が回っていない中、外を見てみる。

目の前の大通りは大渋滞。軽トラのような乗り物が多く、荷台には沢山の人がぎゅうぎゅう詰めで乗っている。しかも全身はずぶ濡れ、よく見るとそれぞれ水鉄砲を持っている。

通りの人は、大きなポリバケツから大量の水を車や歩行者に向けて全力でかけ続けている。

何も知らなかったら暴動が起きていると勘違いしてしまいそうな熱量。その日からソンクランが始まっていた事を思い出す。

全身からふつふつと好奇心が湧き上がる。なんとかしてこの祭りに参加したい。昨日の歩行者天国でレンタルバイクの店が数軒あったことを思い出す。

早速レンタルバイクを借りて、大通りをドライブしてみることに。

「今日は沢山の人から水をかけられるから!」

レンタルバイク屋の初老の女性が可愛らしい笑顔とともにジェスチャーで伝えてくる。

ワクワクした気持ちでエンジンをかけ、バイクを走らせる。

大通りに入り、渋滞の狭間で車が進むのを待つ。本当に水をかけられるのか心配していたが次の瞬間、バケツ一杯の冷たい水が頭から浴びせられた。

水は勢いよく顔や体にぶつかり、瞬く間に全身がびしょ濡れになった。冷たさに息を呑み、体が一瞬硬直する。顔にかかった水滴が視界をぼやけさせ、髪の毛から水が滴り落ちる感覚が伝わる。

最初はその勢いと衝撃、冷たさに驚いたが、そのうち笑いが止まらなくなってしまう。

この感覚はいつぶりだろう。

たしか小さい頃、土砂降りの中で傘もささずに鬼ごっこをしたとき。あのときは服が濡れるとか風邪を引くとか、後先の事はどうでも良くて、ただその瞬間を命がけで楽しんでいた。

大人になるにつれて先の事ばかり考えて、泥んこになれるくらいはしゃぐ事はほとんど無かったような気がする。

ドライブを終え、一度ゲストハウスに戻ると、スタッフが大きなバケツを用意して待っていた。

小さいバケツを手に取り、通りを行き交う人々におもいっきり水を掛ける。水を掛けると、お返しで水を掛けられる。そして、お互い笑いあってしまう。 この瞬間、まるでこの町の一員として認められたような気がして、心がほっと和んだ。

この旅で経験したトラブルやソンクランの祭りは、世界一周のハイライトとになるだろう。困難な時、タイ語を話せない私に親身に対応してくれた地元の人々。また、一緒に笑顔で祭りを楽しんでくれた仲間たち。

バンコクへの帰路に向かうまでの時間つぶしで入ったカフェ。眼下に広がるメコン川は静かに流れ、太陽がその水面をキラキラと輝かせている。

ふと振り返った際に店員と目が合うと、すぐにニコッと可愛らしい笑顔でこちらに微笑んだ。

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